表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
29/132

突入(6)=いかに野郎をぎゃふんと言わせるかの計画=前哨戦

何故かルヴィーは顔を真っ赤にしていた。


「どうしたのさ、暑かった? 道具袋の中はそんなに暑くないはずだけど」


彼女の額に手を当てようとすると、ルヴィーはまくしたてるように言い始めた。


「お願いだから恋人ならちゃんと恋人だって教えて置いてちょうだいな! わたくしいたたまれなくてたまらなかったわ! 恋人がいるならそうだって言ってほしかったし、ただお兄さんだなんて紹介しておかないでよ、心の準備ってものが出来るでしょう?」


「え、お兄さんはお兄さんだよ、恋人とかじゃないけど」


「だったらなんでキスするのかしら!?」


「一番痛みを与えやすい箇所が粘膜だったから」


「あなた何処かずれているとは思っていたけれど! そこがそんなにずれていて大丈夫なのかしら! この先も!?」


ルヴィーはそこまで言い切った後、お兄さんをまじまじと見た。

そして愕然とした顔になる。どうしたんだろう、そんなにびっくりする要素は、ない気がしたんだけれども。

目を見開いて口まで開いて、顔全体どころか全身で驚いている彼女が、しばらくしても何も言わない。

お兄さんも何も言わないで彼女を見た後に、おれを見た。


「子犬、お茶を入れてあげなさい」


「はあい」


確かに水玉に限定されていた水分補給だったから、ちゃんとした液体で水なりなんなり、飲みたくなるだろう。

あんだけ叫んだのだからなおさら、と思ってお茶を沸かしに台所に進んだあたりで。

彼女が絞り出すように、


「凍れる生贄……こんなところに暮らしていたなんて……」


って呟いたのが聞こえた。

凍れる生贄って何だろう。お兄さんは沙漠の隠者以外の何か、名前でも持っているんだろうか。

そう言えばさっき、浄化がどうとか言っていたような。

まあいいか、後でゆっくり聞いてみよう。話したくない事だったら、お兄さんは言わないだろうし。

無理強いしてまで、聞く事もない。

お茶を沸かすために火を熾す。さっきまで冷えていた台所や、水の溜まっていない水がめとかを見て、お兄さん結構無精な生活してたんだな、と思うのは早い。


「おいちょっとお兄さん、いつから水がめに水をためないで生活してたんですか!? なんか蜘蛛の巣が張っててそれがさらに凍ってるんですけど!?」


「しばらくだな」


「しばらくってそりゃないですよ! この調子だと家の掃除もやっていなさそうですね!? あとで掃除しないと」


「そうだな、一緒にやろう」


おれの文句はお兄さんには通用しない。もともとおれとお兄さんとでは、生活の基準が違うから仕方がない。

しかし凍っていた間は気にならなかった埃も、結構気になるようになってきた。

だってここは沙漠の真っただ中。いくらオアシスとは言えども、砂は毎日家の中に侵入してくるのだ。

床が砂だらけなんて日常でしかない。

おれが取りあえず、色々ずさんな物から目を背けている間に、ルヴィーは椅子に座る所まで立ち直ったらしい。

椅子に座り、お兄さんを見て、また目をそらし、でも気になるという風に見て、を繰り返している。

向かいの席に座るお兄さんは、おれが知っているとおり何も揺るがない。

でも、おれがいなくなったって事であたり一面氷の世界にしちゃったくらいには、揺らぐ事もある人なのだ。

……おれが必要とされてる気がして、悪い気はしない。

でも凍らせるのは問題だよな、とか。

あと、なんで砂の賢者の手紙来なかったんだよとか。

幾つも考えが浮かぶ中、薬缶がぶくぶくと音を立てたので、おれはお茶を入れて茶器をお盆に乗せて、卓まで持って行った。

卓も腰に下げていたぼろ布でざっと拭いておかないと、やっぱり埃が積もっていた。

お兄さん……こんな砂だらけの場所で生活しちゃダメだろ。

後でしっかり言っておかないとと思いつつ、茶器を並べて格下の椅子に座れば。

ルヴィーがやっと口を開く事にしたらしい。


「あなたはナナシの頼りになるお兄さんという事で、合っているかしら」


「子犬、私は頼れるのか?」


「基本的に頼りになりますよ」


「そうか」


お兄さんが緩く笑った顔のまま、茶器を手に取る。

そしてお茶を一口飲んでから、彼女に問いかけた。


「さて、子犬は厄介ごとだと言ったのだが。あなたはどんな問題をここに持ち込みに来たのだろうか。子犬が導いたという事は、私と話すべきだと子犬が判断したという事だが」


「……わたくしは帝国の三女なのですが」


「おや、闇の教団の誰かと結婚させられそうになっていたという?」


「そこからして語弊があるのですが……」


そこでルヴィーは自分に起きていた事を説明した。最低な婚約者の事とか、助けようとしてくれたノイの事とか。

そして婚約者とは絶対に結婚したくないという風に、話を締めくくって終わらせて、お茶を飲んだ。

話を全部聞いたお兄さんは、おれをちらっと見る。


「なるほど、子犬が助けたいと思うのはよくわかる。だが帝国を敵に回すのはあまりよくない。どうしたものか」


どうしたものか、と言いながらも、お兄さんには解決策が見えているようだった。

それも誰もが文句を言えない解決策が。

一体何が飛び出すんだろう、とお兄さんの言葉を待っていれば。


「三女の姫。あなたはその婚約者を徹底的にこらしめたいだろうか」


「……何をおっしゃるの?」


「三女の姫は優しいかもしれないから、聞く事にしただけだ。徹底的に懲らしめてもいいのならば、この隠者、解決策を用意できる。それも婚約者の最低具合を、世間に知らしめ、結婚がぶち壊しになる方法を」


だが、とお兄さんが続ける。


「あなたがそんなにひどい目に合わせたくない、というのならば、また別の物を考えようと思う。あなたは子犬の友人だ、子犬が大事にしている物ならば、私もできる限り手を貸してやりたい」


ルヴィーはしばし考えてから、ゆっくりと結論を出した。


「相手は尻尾を掴ませない狡猾な人です。もしも徹底的に懲らしめられるなら……やりたいです。お父様を怒らせてしまったとしても、わたくしはそれを望みます」


何人も隠れて愛人を抱えて、ルヴィーを持参金目当てだと断言している最低野郎。

懲らしめるは、彼女の望みでもあったようだった。

でも、ただの王女には何の力もないから、出来なかった事。

それを、お兄さんが変える。

たくさんの知識があるって重要だな。

おれは持とうとは思わないんだけれども。


「その男は、友人に姿を変える魔法を使って、愛人を囲っていると聞いた」


「ええ、だから本人は愛人の一人もいない、恋人の一人もいない誠実な騎士だと言われているのですが」


「もしも、結婚前日に戻れなくなったら……どうなるだろうな?」


あ、お兄さん意地悪だ。ちょっと楽しんでる。

お茶のお代わりを二人に入れながら、おれはお兄さんの楽しそうな声を聞く。


「結婚式など、出来ようはずがないだろうな? 他国の王侯貴族が集まる場所だ、姿を変えたまま挙式などできるわけがない」


だがそれでは甘いか、と言った後。

お兄さんはにっこりと笑った。


「もっと徹底的に懲らしめる方法を考えようか。確か帝国の王族の結婚の誓いは……」


幾つか考えているのか、思い出したのか。

お兄さんはぽん、と手を打ってこれがいい、と言った。


「赤っ恥になるいい薬があったな」


中身を聞いたおれは……それって結婚式でやっちゃいけない薬だよな、と思った。

対してルヴィーは目を輝かせて、


「そんなすごい薬を、あなたは作る事が出来るんですか?」


って言った。

お兄さんは頷いた後に、彼女を見る。


「あなたには、意に染まぬ結婚を進めさせてしまうが……我慢できるだろうか?」


「ええ、それを行うための準備だと思えば、ちっとも苦にはなりませんわ!」


彼女の断言に、お兄さんはそれこそ楽しい悪戯を考えている顔で、おれまで見た。


「子犬、さっそく準備に取り掛かろう」


まずはルヴィーは気の病で調子を崩し、お兄さんの所で療養しているという手紙を帝国に送り、彼女を迎えに来てもらう。

その間にも、おれたちは少しずつ、ルヴィーの最低婚約者を懲らしめる方法を入念に練る事になった。

ルヴィーは軽やかに笑うようになって、おれは嬉しくってたまらない。

数日後、隠者の住処に騎士たちがきて、彼女を迎えに来ても、三人とも計画をおくびにも出さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ