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その後の話 5


「重苦しいぜ、出口も何もありゃしない」


宵闇の中、月明かりと星明りだけが光源の世界で、一人の青年が火を起こしていた。

砂漠の中だというのに、様々な植物が生い茂り、以前は街だったのだろう廃墟が存在するそこは、明らかに異空間と言ってよかった。

そこを歩き回り、やっと見つけた水場の傍で、青年は野営の準備をしていた。


「こういうのってここを作った親玉か、術を壊さなきゃ出られないってマーニャが言ってたが……オレ一人で出来るとも思えないな」


火を起こして維持するためにかき回し、青年がぼやく。

植物以外の気配が全くない空間は、本当に不気味な場所であり、眠る事もしたくない。


「徹夜かこれは」


溜息を吐いた時だ。

不意に水場の表面が揺れた。青年が己の武器である、弓を構え矢をつがえた時だ。

水の中から上がってきたのは、一人の青年だった。

その青年は、この暗い世界でも、おかしいくらいに光って見える。色の薄い……輝く髪の毛のためか、肌がおのずから発光するような白さだからか。

魔物か、いや、魔物にこんなのはいない……と青年が判断した時だ。

水の中から現れた相手が、びしょ濡れの額の髪の毛をかき上げ、こちらを向いた。


「……っ」


あおい。人間とはとても思えない深々としたあおい瞳が、こちらをまっすぐに見て、そして。

ふんにゃりと笑った。

唇がむず痒いくらいに、あどけない。はっきりって餓鬼臭い。なんだこれ。乳臭いなんてレベルじゃないだ、と彼が思った時、その相手が口を開いた。


「やさしいなあ、一人が嫌なのちゃんと知っててくれた」


「……は?」


「あなたに怪我はない? 友達がここに連れて来てくれた人に、怪我とかさせるの絶対ないんだけどさ。転んだとかない?」


ばしゃばしゃと水を散らかし、ずぶぬれの格好で、その青年は彼に近付いてくる。

悪意も敵意も、まして殺意もない。

そのあっけらかんとした何か……取りあえず危害を加える気のなさだけは伝わり、武器をおろすと、青年は彼の向かいに座り込んだ。


「……怪我は、してないぜ。……お前、名前は?」


「わあ、こういうところでは、自己紹介しちゃだめなんだよ。って、知らない人は聞くか」


「お前はこういう得体のしれない空間に、慣れてるのか?」


青年のみょうちきりん具合が悪化する。こんな場所になれているなら明らかにおかしい。

だが、相手は笑顔で頷いた。そこは笑顔になる場所じゃないだろう。


「皆よく連れて来てくれるんだもの。ここでの礼儀作法とかは覚えるよ?」


「礼儀作法!?」


青年は声がひっくり返った。得体のしれない空間相手に、礼儀作法があるとは信じられない。

だが相手は大真面目だ。


「ここはね、えーっと、なんていうのが分かりやすいかな。そうだ、秘密基地なんだよ」


「……はあ」


「人の秘密基地に入れてもらったら、そこでの禁忌とか、守った方がおたがい気持ちいい事とか、あるでしょ? 床に唾を吐かないとか」


「……このわけわからない場所相手に、それを言うのか?」


「あるよ? ここはあのこの決めた場所だもの」


「……」


「でも、名前つけないと君は呼びにくそうだね。僕のことはアリーって呼んでくれればいいか。君はマーレでいいか」


青年は、アリーの発言にぎょっとした。決められた勝手な呼び名は、彼の本名に近かったのだ。

まさかアリーは、自分が何者か知っていてこんな事を?

一瞬だけ疑った物の、ずぶぬれの服を脱いで絞っているアリーに、そう言った駆け引きの匂いはしなかった。


「マーレ、ここから出たいの?」


「居心地が悪いからな」


「そっかそっか。大丈夫、明日の朝になったら出してくれるって。夜は危ないから、入れてくれたんだってさ。優しいよね」


「……お前はさっきから誰に言っているんだ、優しいだのあの子だの」


「ここを作った友達」


「ここは宵闇の魔神の魔域だろう?」


「そんな名前は知らないよ? 夜が得意な友達なのは知ってるけど」


服を大体絞り終えたのだろう。ばさばさとあおってから、腰の道具袋の中に入れてあったらしい袋に突っ込むアリー。むき出しになった肌は、やはり光るように白い。

しかし……


「お前、片腕がないんだな」


「友達に切り落としてもらったんだ。じゃないと抜けなかったから」


「……それに、体中に古い傷があるのは?」


「血のつながった人たちは、殴ったり蹴ったりするのが大好きでさ。それで血が出るまで楽しがってたから」


血が出たら、汚れるからってやめたんだよね、と朗らかに語るアリー。

普通の環境で、生きてきたわけではなさそうだ。

体中に走る火傷の痕や裂傷の痕。肉をえぐられたのだろう痕跡。きれいに切られた傷の方が、少ない。

骨も、何度も折られてくっついているのだろう。かすかに歪んでいた。


「……それでも、綺麗なものだな」


「そう言うのは違うよ、綺麗な相手は信念を貫く背骨がきれいなんだ」


そう言って欠伸をしたアリーが、聞いてくる。


「君の傍に寝てもいい? ここに入ってくる魔物は一匹もいないから」


「……はあ」


人間関係が壊滅的だから、この空気の読めない喋り方なのか? そんな事を思った青年は、別に側に寝転がるくらい、と許す。

アリーはそれを聞き、ぱっと近寄ってきて、ひょいと青年の胡坐をかいた膝に頭を乗せた。

その動きが、非常にあれに似ていた。


「人懐こいでかい犬っころ……」


それも毒気が抜かれて、その行動を許してしまう奴だ。


「ん?」


「男の膝なんて堅いだろ」


「僕がしょっちゅう枕にしている人は、もっと堅いよ……おやすみ」


言うや否や、アリーはすうすうと眠りだす。その顔を見ていると、気を張って寝ているのがばからしくなり、青年はその姿勢のまま、目を閉じた。座って寝るのは、慣れていた。


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