その後の話 4
「放っておけないとお前が判断するくらいだ、相当なものだろう」
聖騎士が見返して聞く。盾師は頷き、簡潔に言った。
「新しくアシュレに入る勇者が、おれを引き抜くためにアリーズに危害を加える可能性があるって話だ」
それを聞き、聖騎士が怪訝な顔になる。彼の中ではありえそうにない事だったからかもしれない。
盾師と並び、人間には過ぎる力を持った神降ろしの隣に立ってきたからであろう。
彼は、そんな事をした場合の結果が、簡単に想像できるのだ。
「アリーズには関わるな、と言うのがアシュレのほかのギルド全部に通達されたはずだ。大体、関わってこま切れになる冒険者を出すわけにはいかない、という事で俺とお前がついたんだろう。アリーズ並みに世間からずれた勇者なのか、今回も。だがアリーズは状況が違ったはずだ」
「ああ。あいつはかみおろしってものが、どれだけのものなのか、どれだけの危険性を持つのか、誰からも教えてもらっていない立場だった。さらに己がそんなとんでもない素質を抱えているなんて事も、神殿に隠されてた。今みたいに、あいつがかみおろしって知られた状態で、あいつに何かひどい事をするっていう奴は、相当馬鹿なはずなんだけど、マイクおじさんが心配してたんだ。……迷宮におれを連れていきたいあまりに、しでかさないか」
「たとえしでかしたとしても、アリーズの友達が総出で守るだろう。……それに今、俺とナナシは期間未定のミッションを継続している」
「なんかしてたっけ」
「ギルド三柱の、生ける爆弾、かみおろしアリーズの保護者だ」
「……これミッション扱いだったのかよ」
「ドリオンさんが言っていたから間違いないだろう。余計な馬鹿が介入できないように、最上位のミッションとしてこれを受けさせた、という事にしたそうだ」
「……マイクおじさんそれ知ってたはずだよな?」
「知っていても、アリーズのあれは実際に見て見ないと実感できない、と判断したからかもしれない」
腕を組み、難しい表情を取る聖騎士。今そばにいるようになった聖騎士とて、そのかみおろしとしての力を目の当たりにするまで、あのお人よしの、底抜けの明るい幼い青年が、言われるほど危険だと思わなかったのだ。
……親友を救うために、腕を一本己から切り落とす、狂気を垣間見せる事はあっても。
「それか、あちこちの神殿にいるかみおろしと同じように思われて、接触されたらたまらないかもしれない。アリーズは何から何まで桁が違う。……故郷の神殿にいたかみおろしと比べても、あの神々との直通回路じみた力は、ありえない」
聖騎士が言った時だ。突如道の方が騒がしくなり、二人の女性と一人の男性が走ってきた。
「あら、勇者の仲間たちだわ。……勇者本人はどこかしら」
賢者が彼等を確認し、呟く。全速力で、息を切らして現れた三人が、口々に叫んだ。
「ここに誰か、神々と交信できる人は!」
「大変なんです、一刻を争う事態が!」
「本当なんだ! 砂の賢者どの、お力を貸してください!」
赤毛の男性が叫び、黒髪の女性が息を切らせて何とか言い、最後に栗毛の少女が泣きながら言う。
一体どんな事が起きたのだ?
盾師は彼等の前に立ち、問いかけた。
「あんたら、まず息を吸ってはいて、落ち着いてから、詳しく賢者のねえちゃんに話せよ。それじゃ支離滅裂で助けようがない」
「……君は関係ない!」
「おれの知り合いに、飛び切り神々と交信するのが上手な奴がいるんだ。そいつはお人よしだからな、力を貸してほしいって頼めば、手を貸す」
「その知り合いさんはどこに!? 勇者が、宵闇の魔神の魔域に飲み込まれて……!!」
盾師の言葉に、少女がつかみかかる勢いでまくしたてる。その勢いを受け流し、盾師は確認した。
「いつどこで誰が、どんな風に?」
「夕方、ここに来る途中の街道から少し外れた所で! 採取ミッションをしていたんだ、その時砂に埋もれた遺跡みたいなのを見つけて、そこに置かれていた石に、ちょっと勇者の指が触れたと思ったら、勇者の姿が無くなって、その足元に宵闇の魔神の紋章が」
「あの術は、魔神と言われれる存在が、自分の領域に人間をさらう時に現れる紋章だったのです! 私の力では領域とつながる事も出来ず」
赤毛の男が悔しげな顔をする。この男がこの面子の中で、魔術を使う役割だったようだ。
「マーニャ、そんなに落ち込まないで。あなたが一時間粘って駄目だったのだから、普通の力では駄目だったのです」
黒髪の美女が肩を叩く。そして盾師と聖騎士、砂の賢者を見る。
「魔神の領域では、あらゆる存在が魔神よりも弱体化すると聞いています。魔神が勇者を殺そうとして引き入れたならば……」
「だったら諦めな」
盾師は話を聞いて断言した。その言葉を聞き、栗毛の少女が手を振り上げた。
思い切り頬を叩き、それ以上に殴りかかろうとする彼女を、マーニャが抑える。
「落ち着けジーパ! あなたもなんて事を言うんだ」
「そっちの美女が言っている事が正しいなら、もうその勇者死んでっから」
「なんですって……」
「確かに、それを目的にしていた場合、もうあなた方の勇者は死んでいる」
ちらっと盾師の張られた頬を見てから、聖騎士が静かに言った。訳が分からないという顔の彼等に、一度神の聖域に招かれた男は言う。
「宵闇の魔神というものが、どれだけの強さかはあいにく知らないが、己の領域に入った者が全て、その魔神以下の力にされてしまうならば、殺す目的で入れていた場合、もう死んでいる。あなた方が巻き込まれたのが夕方なら、もう一時間半は立っているだろう」
「……」
「一時間半も、そんな条件の元ねばれはしない。そこが、全て魔神に有利になるならば」
「そんな……うそ、うそだ!」
少女が泣き叫ぶ。彼女の肩を抱き、美女が言う。
「……その場合、勇者の亡骸はどうなりますか?」
「神は物質に興味はない事が多いので、領域から追い出されますね」
「……やっと海辺の沙漠から、ここまで来たのに……」
マーニャがうめいた。盾師は彼等を見て、頭をかいた。難しい事は苦手だが、一つだけ手を貸せる事はある。
「明日の朝、おれのアリーズが戻ってきたら、あんたらの勇者が触った物の所まで連れて行ってくれ。……アリーズなら、怒らせないで亡骸とか、取り戻せるだろうし」
「アリーズはそれも可能か?」
「あいつは神々が全部等しく友達だって話だ。おまけに出会った瞬間にお気に入り認定される。アリーズがねだれば、死体なんて簡単にきれいなまま返す」
「本当に規格外だな、彼は」
「その代わり、あいつのネジは更に外れただろ?」
「……たしかに」
「話はまとまったかしら? 全員神殿の休憩室に案内しますよ。あなた方、とても汚れているのですもの。それに、どのような形でも勇者を取り戻すなら、休まなければなりません」
だいたい見届けた砂の賢者が手を叩き、彼等全員を手招いた。




