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その後の話 2

元勇者が、若い女性、特に妙齢と言われる女性の中でも、美人と言われる部類がことさらにだめだ、と知ったのは、盾師が真実を知ってすぐのことだった。

あの時は大変だったと、盾師は思い出す。

元勇者にして、おそらく当代一と言われても仕方がないほどの強さのかみおろし。それにあやかろうと近寄って来る人間は、後を絶たなかったのだ。

色仕掛けで自分の思うように神々を使おうと、寄って来る女性は多かった。数えきれない位だったが、その彼女たちが近付いてきて、それは起きたのだ。

まず初めに顔色が真っ青になり、歯の根が合わなくなり、それでも耐えられなくなると、誰かの背中に隠れようとする。誰かがいなかった時が、悲惨だったのだ。

アリーズは、かみおろしは、発狂したように叫びだしたのだ。

こないで、こないで、ちかよらないで、あっちにいって! どっかいって!

それは駄々っ子の我儘に似ていたが、正しく警告だった。それでも、自分の美貌でなだめようと近寄ってきた女性たちは、文字通り、細切れにされた。

アリーズが行ったわけではない。

アリーズの恐怖に反応した八百万の神々のどれかが……彼を守るために力を使ったのだ。

一番初めのそれは特にひどく、対処法を考えていなかったせいで、ギルドの一角が切り裂かれた。

まずいと思った冒険者たちが、生きている物をそこから軒並み退避させたから、近寄った美女が数人細切れになる程度で終わったのだ。

おそらくそれは、かみおろしの開けてはいけない扉を無理やり開かせてしまった。

怖くて思い出したくなくて、厳重に鍵をかけて封じ込めて、日常を過ごそうとした彼の、開いてはいけない扉を壊してしまった。

それ以降、彼は若い美女を嫌い、逃げ出し、泣き叫ぶ。

美女と言われるような人間は、己の美貌を誇っているからこそ、その対応が酷く不愉快な物になり、時には意地でも振り向かせようとする。

それがあだなすことは多く、ある時は風の刃、ある時は炸裂する光、ある時は焼けただれる劫火、ある時は体を鞭うつ砂嵐。酷いのは稲妻で、アリーズが我を忘れて怖がると、そう言った現象を起こすようになった。

神々が、アリーズがあまりにも怖がるから、遠ざけようと力を使うのだ。

地上の生き物の基準をはるかに超えた手段で、排除しようとする事から、本当に頭の痛い問題だった、と思う。

それでも、背中に隠れられる誰かがいれば、アリーズは必死に正気を手繰って、その背中に逃げ込む。逃げ込めば、その暴走は起こらない。

それが判明して以来、盾師やディオは、アリーズの傍にいなければならなくなった。せめてどちらかが。

まあそれはそうだろう、と盾師は納得している。

いれば大問題を引き起こさないとわかっている手段があるなら、使った方がいいだろう、と。

砂の中、道をせっせと走る盾師の腰で、不意に奇妙な笑い声が響いた。


『相方も苦労してんなあ』


「苦労って程のものじゃないだろう。……自分の体が意思と違う風に動いて、交尾してたらそりゃあ、美女が致命的に苦手になるってものだ」


『子供と年寄りには、あんなに優しくて丁寧な奴なんだけどな、もったいない』


「もともとあいつはそうだった、でも聖剣とかふざけた名前持った呪いの剣が、あいつに取り返しのつかない傷を作っちまったんだ」


砂漠を走る足は軽い。行きかう誰もがその速度に目を丸くする程度には、速い。

これが走る時の通常運転な盾師だが、笑い声の持ち主、落書きの目玉を持った呪いの本が問いかけて来る。


『にしてもなんで、相方と出会った時、元勇者は死にかけてたんだ? あれだけ神々に愛されてりゃあ、生きるの簡単だっただろうに』


「あれはあの山の主に気に入られ過ぎたんだ」


『というと?』


呪い本が面白そうに眼を瞬かせる。盾師は特別な事でもない調子で続けた。


「神々ってのの中には、可愛さ余りに自分の領域で大事に囲い込みたいっていうのも、多いんだと」


『ほうほう』


「アリーズはあの山の一番上の神に、見初められちまってたんだ、あの時。だからほかの神は助けに入れなかった。その神の縄張りだったから。そして神に見初められた人間の末路なんて、だいたい決まってんだろう?」


『殺されて、魂を神の領域にとらわれるってか』


「そう言う事だったんじゃないかって、アリーズの奴言ってたぜ。自分だけのものにしたいから、自分の縄張りで死なせる。神々のなかでは割とありふれた話らしくてな、アリーズの奴はしょうがないって笑ったぜ」


笑いごとではないのだが、アリーズはそう言った現象に慣れ過ぎていたのだろう。


「だから、黒曜石の友達を使えなかった。幸いその山の主が、おれのことを苦手だと思ったらしくて、助けに入れたんだけどな」


『かみおろしは強運だなあ』


「そうだな、でもある意味運が悪い。いろんな神様に気に入られ過ぎて、人間の中に馴染めないんだから」


喋っている間に、砂の神殿の見事な建物群が見えてきた。

いつ見ても見事としか言いようのない建物たちの周りでは、露天商が稼ぎ時と言わんばかりに商売をしている。


人通りが多くなったあたりで速度を緩め、盾師は目を凝らした。


「……まだ問題は起こしてなさそうだな、あいつ」


『聖騎士がいるだろうに』


「ディオがいても、運悪く背中に逃げ込めなかった時ってのが大変なんだ、お前も知ってるだろう、もう」


『けけっ、ちげえねえ』


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