その後の話 1
外伝はじめました。アシュレに戻った後のお話です。
アシュレに勇者が入ってきたと聞いたのは、ちょうど夏が終わったあたりだった。くるくると言いながら来なかったのは、おそらく帝国がもめにもめていたからだろう。
ナナシはぱくりともう一度、匙の中身を口に入れた。
その何も動じない姿に、溜息を吐く男がいる。マイクだ。
マイクはどうやら昼の休憩時間であり、受付をほかの誰かに変わってもらったばかりらしい。
喋る余裕があるという事はそう言った事であり、何らおかしな事ではない。
ギルドの受付が交代で食事休憩をとるのはよく知られた事で、その休憩時間に意中の受付嬢を食事に誘う男もいる。
ときおりそれで、何らかの修羅場に発展する事もあるが、そんなものも大きなことではなかった。
「で、なんでそんなのおれに言うわけ?」
匙であらかたの肉を拾い上げ終わったからか、食事の手を止めてナナシは問いかける。
マイクは苦笑いをした。その、理由が分からないと言う考え方は何も変わらない。
隠者と出会ってそして道を違えても、この盾師の本質的なものは変わらない。
おそらく根本の部分がはっきりとしているのだ。
「お前は元々勇者の盾師だっただろうが」
「勇者の盾師じゃねえよ、アリーズの盾師」
「そこの違いを誰もが分かってるわけじゃない。大概の奴はお前の肩書を、元勇者の盾師、と考える」
「まったくもって別のものなんだけどな」
「うちのギルドの関係者は、最近になってその意味をよく分かってるがな。余所はわからないし、帝国から来た勇者はもっとわからない」
「で、マイクおじさんは何が言いたいんだ?」
ナナシの銀色に光る、特定の人間にはいたたまれない気持ちを抱かせる瞳がマイクに向けられる。
引退してもその経験を高く評価される、それだけの経験を積んできた冒険者にとっては、そこまでの視線ではない。軽く受け流し、続ける。
「お前に勧誘がかかる可能性があるからな、揉め事を起こす前に知らせておこうと思ったんだ」
「勧誘ってなんでまた? 勇者のパーティにだっているだろう、盾師」
「盾師自体の人数は年々減少の一途をたどってるからな、なかなかいない。お前だってこのアシュレで、本物の盾師と言う奴には出会った事が無いだろう」
「まあな、他所のギルドの所の盾師は、皆中途半端な盾師だ。おれの思う盾師じゃない」
ナナシはあっさりと同意した。ナナシの見てきた師匠以外の盾師は、重たい盾をやっとこさ動かし、ちょびっと味方だけで防げない攻撃を、受け流すことを役割にしていた。
可憐な女の子が、あまり動きたくないという理由で盾師を選ぶことも多く、軽量の安価な盾も売られている。
それで本当の盾師が務まるわけもなく、ナナシはそう言った彼女たちを同じ盾師だとは思わない。
あれは職業も考え方も違う種族だ、と思っていた。
何をもってしても立ち上がれる限り、守ると決めた相手を守る。頽れる間際まで盾としてある。
そう言った昔気質の盾師であるナナシは、他所様の盾師の、
ちょっとだけ守ってちょっとだけ補佐して、後は傍観。
と言うやり方は気に食わない。盾師舐めんなと思う程度には。
だが一般的な盾師は、首魁戦の時だけ、それも後衛職の結界の補佐を行い、遠方から補助をするというやり方をしており、ナナシのように前線に出て、己の体を際限なく使い守ると言ったやり方はしない。
話はずれてしまったが、それ位ナナシの思う盾師と、一般的な盾師はもう違う物なのだ。
師事する相手の年代が変わったからだろう。ナナシの師は数百年を盾師として生きている、伝説に等しいオーガなのだから。
「そう、お前の思う盾師はとても少ない。いない事はないが、腕のいい盾師は皆しっかり契約を結んでいて、いきなり勇者が押しかけて、契約を結ぶ事は出来ない位固い絆を結んでいる」
「おれならどことも契約を交わしてないから、押しかけて盾師になれと言えるってか? 舐めた事言うなよ、おれが守るのはアリーズだ。ディオだ」
「だがお前は書類の契約などないだろう?」
「書いてあるものだけで、おれの信念とか誓った事とかをない事にされるのは困るな、それにおれやディオがいないだけでどんだけ、アリーズの事止められなかったと思ってんだよ。何回他所のギルドのチンピラがアリーズ利用しようとして、色仕掛けを使ってあいつの理性吹っ飛ばしたと思ってんだ。被害総額とかいう奴どんだけだったっけ」
「それも事実だがな。元勇者、それも自分を追い出した相手とまた固い絆を結んで、補佐に回っているなんて誰も思わないだろう、他所の住人は。アシュレの住人はお前ら見てて、子犬がじゃれまわってるようにしか、もう見えてないけどな」
「おれとアリーズ子犬なの」
「じゃれてふざけてからかって遊んで、明らかに子犬だからな」
マイクが微妙な顔をしたナナシに即答し、だからお前には声がかかると告げた。
「他所の住人だった勇者たちが、お前のうわさだけを聞いてお前に声をかける可能性は高い。場合によってはアリーズを何らかの方法で排除して、お前と書類契約を結ぼうとしてくる可能性も高い。お前は数少ない、生き残りでもあるからだ」
「迷宮の化け物から逃げられた生き残りってやつのせいか?」
「道を正確に知っているのはお前だけだ、そしてその道からどう行くかも覚えているのはお前だけだ」
「ケルベスとグレッグだって知ってるぜ」
「あいつらは迷宮単独では入れない。許可証が条件付きだからだ。そしてお前は条件なしで迷宮入りできる最高峰、金剛石だ」
金剛石と言われるだけの実力、そして知識、経験、迷宮の最奥に近い場所まで道案内が出来る技量。
目の前の銀色の目をした白い髪の盾師は、それだけのものを持っているからこそ、苦労してきたのだろう、とマイクは思う。
技量が足りなければそれすなわち、死だとしても。
「勇者は高確率で、道案内の出来る、己の身を確実に守れる冒険者を欲しがる。だからお前は身の回りに気を付けておけ、勇者ほど厄介なのは滅多にいないってもう知ってるだろ」
「アリーズは勇者じゃなかったけどな」
「まあそうだな」
ナナシはそこで食事を再開し、スープを一口も残さず飲み干した。
最後にひょいとマイクの食事から一枚、あげ菓子をつまんで口に放り込み、立ち上がる。
「そんじゃあ、おれはこれからアリーズ迎えに行ってくるわ。あいつ今、砂の神殿の方に行かされただろ、ララさんの命令で」
「ディオが同伴しているだろう?」
「今の話を聞いていて、アリーズの周りから目が離せないって分かったから、迎えに行くんだよ。砂塵の舞うフィールドだったら、ちょっと乱暴な手段で排除しようと思うだろう? アリーズが何持っているか、ちゃんと理解しなかったら」
盾師たるナナシは、腕に装着していた折り畳み式の盾を微妙に調整し、ギルドの食堂を後にした。
「まあ、被害総額が金貨一千枚を超えたから、あいつも過保護なのかもな……」
マイクの独り言は誰にも聞かれない。
この被害総額金貨一千枚、はこのあたりでは有名な話で、アリーズという元勇者が恐慌状態に陥り、周囲にもたらした被害の金額だ。
どれも本人が全く制御できない状況で行われた事から、常にアリーズは監視と落ち着かせる役の冒険者が近くにいる。
ディオはギルドでも相当な腕前の居合士だが、同時に聖騎士でもある。アリーズと同じチームだった事、さらにアリーズを落ち着かせる事も出来るため、今日もアリーズについているはずだ。
ナナシはもっと重要な役割であり、恐慌に陥る前に、アリーズが背中に隠れる相手である。
二人のおかげで、アシュレと言う町は廃墟になっていない。
それ位、アリーズの本来の職は危険なものだった。
かみおろし。
普通交信不可能な神と語らい、神と歌い、神に愛され、神を許すもの。神と対等の言葉を連ねあうというその性質は、ひとたび暴走すれば神がその尺度で手を貸し、大惨事を引き起こす。
しかし十数年どこにも見出されず、市井で育ったアリーズは、神殿のかみおろしとは相いれない。
それゆえ神殿も、己の所に迎えいることもできない。
ひどく難しい立場だった。
さらにその本人が、極度の若い女性恐怖症という物になってしまった結果、神殿はますますアリーズを迎え入れられなくなってしまう。
その若い女性恐怖症こそ、アリーズにお守が二人もついている理由だった。




