過去=暖かかった物と残酷な結末
一人の王族に三人の従うもの。
他の国の王族の事は知らないが、公国ではこの風習は一般的なものだ。
王族の子供には三人の従者が付く。その選び方は色々あると言うが、一番あるのが、血筋の正しい家の子供を三人選ぶと言う物だ。
ただその子供は、絶対に家の後継者にならない事が義務付けられている。
大抵ぎりっぎり認められている愛人の子供、という存在が付くようになっているシステムだ。
王族とのコネを持ち、実際にそばに使える子供に権力を持たせないようにするように、綿密な法が存在もしている……。
ただカルロス様の時はその子供選びが難航したという。
何故かってその当時、貴族女性が愛人と言う物にとても厳しく、旦那が愛人を囲っていたと知った途端に、血みどろの争いになるほどだったのだ。
そんな状況で余所に子供をつくるとか、命知らずだし生まれた子供はかわいそうだし、と頭のいい貴族はそう言う事を控えていた。
その結果カルロス様にちょうどいい年頃の、後継者にならない子供と言う存在がいなかったのだ。
本当に偶然だった。
そしてカルロス様は、傍に従う子供が誰もいない状態で数年を過ごし、俺たちに出会った。
俺たちとの出会いは偶然で、カルロス様が十歳で辺境の土地に追いやられ、そこの城で犬のように扱われていた俺たちを見出した。
「見つけた、俺にしたがうべき者たちを」
その時のカルロス様の笑顔を、俺は忘れない。そしてカルロス様は法の隙間を見つけ出して、俺たち三人を、傍に置くことにした。
俺たちはその城で、全員まとめてジョディと呼ばれていた。上のジョディ、中のジョディ、下のジョディ。まさに犬扱いだった。
その事を言えば、カルロス様は笑ったのだ。
「名前が覚えやすくていいな、お前たちの氏にしよう」
そして俺たちは、ジョディと言う苗字を持つ事になった。
三人とも、似たような髪の色、似たような目の色をしているけれど、真ん中のジョディだけ決定的に違っていたのは性別だ。
彼女は子供のころから目を合わせられないほど、美しい女の子だった。俺や上のジョディと姉弟だったかはわからない。暖かく包むような薄い色の髪の毛と、穏やかに見えそうな緑の眼の彼女は、しかし性格は容赦なかった。
言いたい事はどんどんいうし、質問だってどんどんする。知識ってものに貪欲で、カルロス様がそれに面白がって知識を渡してった。
苛烈な性格と強烈な印象をもたらす美貌、その魅力は計り知れない物で……カルロス様が手を伸ばさないわけがなかった。
真ん中のジョディも当たり前にその手を取った。上のジョディと俺は、そんな二人の世界を見るのが好きだった。あの二人が一緒にいるのが、俺たちの幸せの一つだと思っていた。
真ん中のジョディは、自分が正当な結婚をしようとは考えてなかった。血筋とかいろいろ分かってたからだ。
ただ、カルロス様に面と向かって堂々と意見できる、その強さが誰よりもきらきらしていたんだ。
カルロス様が帝国に留学に行く際、ついて行ったのは真ん中のジョディだった。
帝国で一体何があったのか、彼女は口を割らなかった。ただカルロス様と二人秘密を持つようになっていたのは確かで、俺たちは水臭いな、と思っていた。
公国に残った俺たちが行ったのは、カルロス様の命令で、“双子の兄が実在する”という演技だった。
カルロス様は悪戯が過ぎるところがあって、昔同じ歳の兄がいるような演技をした結果、公国ではそうだと思われてしまったのだ。産んだはずの女王陛下まで、それに騙されたほど。
……女王陛下が、それだけカルロス様に興味がなかったからともいえるだろう。当時は三人ほど、兄君がいたんだから。
カルロス様はそれを面白がっていて、だからそれを続けろ、と命じられた。上のジョディがその同じ歳の兄のふりをした。王族の顔なんて下々は知らないし、貴族だって社交界に出るまでは知らないような物だ、演じるのはたやすかった。
カルロス様の設定によれば、その同じ歳の兄は乱暴者で、性格が悪い事になってたから、そう言った嫌な奴がいるという設定で演じるのは、最低な奴らを知っている俺たちにすれば楽なものだった。
心配になったのは留学から戻ってきたカルロス様が、よく氷の魔法を誤爆させていた事だ。きっと相性の悪い術の使い方を習ってしまったんだろう、と誰もが思っていた。
誤爆させるとすぐに、真ん中のジョディが顔色を変えて走って行った。冷たい手を握って、冷え切った肩を抱きしめて、何度も声をかける彼女は、誰がどう見ても恋人だった。
それが、それが。
カルロス様の婚約者の機嫌を損ねるどころか、浮気を誘発する事になろうとは。三人のジョディの誰も考えてなかった。
だって俺たち立場どれだけ下だと思ってんだよ。
そんな風に過ごして五年。婚約者の公爵家令嬢が、カルロス様の在りもしないでたらめを並べて、彼を国から追い出した。さらに存在しない双子の兄の事で詐称だと罪を上乗せして、逃げ場が亡くなった。だから俺たち三人はすぐに、彼の後を追いかけた。
四人でどこかに逃げて、ひっそり暮らそうと思ったんだ。
でもカルロス様は公国の裏社会から懸賞金がかけられていて、追手がかかった。
理由は知らない。でもどこかで恨みを買ったんだろう。
そして上のジョディは、カルロス様を国から逃がそうとして命を散らせた。
「真ん中のジョディと、カルロス様を頼んだぞ」
腹に剣が刺さって、背中に矢が刺さりすぎてハリネズミのような状態で、俺よりずっと強かった上のジョディは遺言を残して倒れた。
俺は二人を馬に乗せて逃がした。そして自分は足止めをするべく裏社会の人間とぶつかった。もう死ぬ……と何度思ったか。
追手を自分に引き付けて数日、あれが起きるまで俺は、二人が遠くに逃げてくれたと思っていたんだ。
山一つ凍り付くまでは。
真夏の暑い日の事だった。追手も暑さに負けたか何かで、俺を山で追い回さなかったその日。
不意に、慣れ親しんでしまった氷の気配が爆発して、山が一気に白く染まったんだ。
カルロス様に何かあった。それだけはすぐに分かって、近くにいるはずだと、真ん中のジョディもそばにいるはずだとそっちの魔力を、道具を使ってたどった。
そしてその現場に到着した時、全部全部手遅れだったんだ。
泣いた事のないカルロス様が泣きわめいていた。
腕の中には、口に出すのもはばかられるような有様になったジョディがいた。
その、きれいな女の子だったからこそ悲惨な有様が際立つジョディを抱きしめて、カルロス様が泣きわめていた。周りにはいろんな男がいたけれど、全部血の一滴まで凍りつかされて即死だった。
「ジョディ、ジョディ、俺のせいだ、すまない、すまない、すまない」
喚く声は剣を取り落とすほど痛い物で、駆け寄るのもできなかったその時だ。
「泣かないって言ったじゃない、カルロス様。笑って、私のカルロス様」
真ん中のジョディがかろうじて読み取れる唇でそう言って、続けた。
「逃げて、生きて。あなたは生きて逃げて」
「ジョディ」
「約束して、カルロス様。私たち“ジョディ”の分まで長生きして」
「だめだ、いくな、いくな、逝ってしまうな、俺を置いていくな!」
カルロス様が叫ぶ。彼女は命の炎を限界まで燃やして、願いを伝えていた。
「約束よ、カルロス様。笑って長生きして」
そう言って、ぱきん、と。彼女のすべてが凍り付く。カルロス様の氷の魔法の爆発に、一番近かっただろう彼女が、まだ凍らなかったのはきっと奇跡だった。
彼女を抱えたカルロス様。がさっとそこで音を立ててしまった俺。
背後から、兵士たち王宮の関係者の声も聞こえ始めていて、カルロス様は選択するしかなかった。
カルロス様は、周りを獣のように見回して、噛み切った唇で口を真っ赤に染めて、ジョディに自分の外套をかけて来るんで、そこから逃げた。
その選択を、俺だけは責めないと決めている。




