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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
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装束=だってこれしか持ってない!

「妙とは誰がいるんだ?」


お兄さんの怪訝な声に、ジョディが顔をあげていう。


「勇者アリーズですよ。あの存在は異質だ」


体が少し硬くなった気がした。聞き知った名前、そしてよく知っていたはずの相手の名前でもある。

あいつが妙って何なんだろう。

おれの事が無ければ、わりとまともだったはずなのに。


「アリーズどのが妙とは変な事を言うな? 公国の勢力を大きく広げるであろう、魔王の遺物を破損一つなく持ってきた、優秀な勇者だろう」


「生き物の中身しか食べない男を、妙以外に何というのでしょうね」


生き物の中身だけ。内臓だけ……だと?

あいつ、内臓嫌いだった気がする。前に下処理をしていない煮込みを、問答無用で食べさせられて以来だめだって、言ってた。

おちつけ、これだけで変な事だと思うのは早い。

もしかしたら、この公国には絶品の内臓料理があるのかもしれない。

少ない情報だけで、判断してはいけないだろう。


「宗教の理由かもしれないだろう。どこにどんな宗教があり、戒律があるかを把握は出来ない」


お兄さんがもっともな指摘をする。

それでもジョディは疑った顔だ。


「それだけの事なんでしょうかね……まあ、私たちが気に掛ける事でもありませんがね。……殿下! 今はそれどころじゃなかったんですよ!」


呟いた後に、大変なことを思い出した、そんな顔をするやいなや、お兄さんをがっちりつかむジョディ。


「今度は何だ」


「そんなに暢気にしていらっしゃらないでください! 婚約の契約式は今日でしょう! あなたがどこを探しても出てこないから、上を下への大騒ぎなんですよ!」


「式にならないだろう。周りが軒並み凍るのだから」


「今日と陛下が決定されたのですから、我々がどうだこうだ出来る事じゃないですよ! とにかく着替えてください! 狗! お前はとりあえず、悪目立ちしない見た目の衣装探せ! 殿下の狗がそんな埃まみれの状態でいるなんて、許されませんからね!」


言われて自分を見下ろせば、確かに埃まみれである。地下通路を通ったせいだろう。

お兄さんもかなり強引に、身ぐるみはがされているし、少し埃をかぶった頭髪を拭かれている。

風呂じゃねえんだな。


「時間がないんですよ、あと十分で仕上げなければならないんですからね!」


あ、すごく大変だ。

その時間を聞いて、おれもお兄さんの近くにいるため、大急ぎで何か、まともな衣装を探す事にした。

急いで道具袋を開けて探すんだけど、どうにも式典とかに出られそうな物が見つけられない。

ジョディはおれを完全に放置して、お兄さんを仕上げているし、助は求められなさそうだ。


「ああ、肩幅が合わない! だから採寸をし直せと言っていたのに!」


「寄れば凍る状況で誰が、そんな事をできるんだ」


「暢気すぎるでしょうあなたも!」


ジョディは式典に相応しい衣類をお兄さんにあてがって、どんどん着つけていく。

それを横目に探しに探して……おれはある衣装を見つけた。

これでいいかな、ちょっと大変かもしれないけれども。

でもまともに見えそうな格好って、これしかもう、ないよなあ。


「ジョディ、まともなら許される?」


「その泥と埃の衣装以外なら!」


その服を片手に持って聞いたのに、ジョディのやつこっち見もしないな。

じゃあこれにしよう。ほかにないし。

おれはそう思ってから、ばさっとそれを振りさばいて広げた。


「……おれの柄じゃない衣装だけど、しょうがないか」


これ以上にいい服、今持ち合わせにないし。

おれが日常的に着ている服とはすこし、着方が違うやつだけど、前に着方を見た事があるから、それも何とか着る事が出来た。

着終わってから、おれはもしかしたら顔を隠さなきゃいけないかもしれない、と気付く。

おれの特徴が公国側に知られていると思い出したのだ。

ただの兵士だって知っていた。

おれを、勇者に歯向かったオーガ混じりとして知っていたんだ。

顔が露骨に見えていたら、お兄さんがいくら狗と言っていても、つまみ出される可能性が高い。


「なんか頭を覆う物……」


ないかな。あるかな。おれは変な物はいっぱい持ってても、活躍しそうな物が無かったりするんだ。


『おうい、相方。こいつなんてどうだ』


道具袋をもう一回探し始めた時に、ばらばらと言う音とともに、呪い本が喋った。

そして布をくわえる。


「これ?」


『似合いの布じゃねえの? おいらには悪いと思えない』


その布は確かにいい物だし、式典なんかで召使が頭を覆っていても、変じゃなさそうだ。

これでいいかと妥協して、おれはその布を被り、手持ちのピンで固定した。


「狗、終わったか?」


ジョディはやっと、お兄さんの着つけが終わったらしい。こっちを見る余裕が出来たのか、声をかけてくる。


「これでまともに見えるだろ?」


特徴になりそうな髪の毛も顔も隠れた。衣類もまともだ、と胸を張って返事をしてから、お兄さんが呆気にとられた顔になっているのに気付く。

ジョディは普通だ。呆気に取られていないし、おれの格好を変だと思ってもいなさそう。

見た目が不自然な着方なわけじゃない……だろう。


「お兄さん、どうしたんです?」


ただお兄さんの表情が、普通じゃないから聞いてみれば、なんだか確認するのも馬鹿らしい事を言われた。


「……お前は、俺の狗なのだな?」


「狗ですよ?」


あなたが最初に言い出したのに、なんでそんなに驚いた顔でいるのか。

訳が分からないまま時間が来たようだ。

扉を恐る恐る開けて、声をかけてきたのは若い男。


「お時間です」


「ああ、今行く」


お兄さんが答えて、顔をあげて強い眼差しで、長くて立派な深紅のマントをひるがえし、颯爽と歩き始めた。

周囲を舞う、粉雪みたいな氷。でも凍り付いたりはしない。

お兄さんが笑った。


「味方が二人もいると、心もちが変わるらしいな」


ジョディが頭を軽く下げて続き、おれは正面であり、お兄さんの背中をみながらその後ろを歩き始めた。

……でも複雑だな。お兄さん婚約の契約式なんだって。

って事は、相手と結婚するんだろう?

おれの記憶以外に、お兄さんとおれのやりとりは残ってないような物だから、お兄さんがこの婚約を受け入れる事に、つっこみを入れても意味がない。でも、もやもやする。だって。


「あなたは」


おれに求愛の印として、このアラズの名前をくれた。


「……おれだけが、覚えていればいいことだ」


たった一つ、記憶だけじゃない確かなものとして、この名前が存在する。

それはお兄さんの本質と同じで、揺らぐものなんかじゃない。

顔は上げたまま、何も恐れない視線を意識して、お兄さんのひらひら揺れる、ほれぼれする程格好いいマント姿を見ておく。

お兄さんは藍色とか紫っぽい色とか、黒とかをよく着ていたんだが、こういうのも似合うな。

廊下がどんどん立派になり、彫刻が細かくなり、石材が無駄に高い物になっていく。

壁越しでも聞こえて来る豪華な音の群れ。お兄さんが、誰も出入りしていない出入口に立つ。

そこから部屋を一望できるのは、出入口の先が階段になっているから。

この階段を下りる間、誰も彼もが注目するのだろう。

目立つには効果的だな……攻撃されまくりの造りだけどさ。

そんな感想はともかく、ラッパが響いて、誰か大声を出すのがうまい人間が、お兄さんの登場を知らせた。

部屋の中の誰もが、お兄さんの方を見る。

ざわめきが、強まった。

あり得ない、信じられない、そんな馬鹿な、どうして。

そういう声が立て続けに響いて、さすがのお兄さんも怪訝そうだ。

それでも階段を下りていく。

おれも後に続き、そのざわめきがお兄さんではなく……おれに対するものだと知った。

なんでって?

なんだか見覚えのある神殿関係者が、階段を下りたおれに駆け寄ってきたからだ。


「そこの方!」


初めて聞く名称だな、誰の事だと思う間もなく、神殿関係者が突っ込んだ。


「いつの間に聖者の印を渡されたのです!? 砂荒神の聖衣、それをまとうはただ一人だったはず」


言いながら彼は、おれの顔に見覚えがあったらしい。おれもある。

彼は呆気にとられた顔でおれを眺めまわし、そこでお兄さんの視線に気づく。

そしてさらに呆気に取られて、しかし我に返った様子だ。


「赤い衣の御仁、砂の神殿はこの者にどうしても問わねばならぬ事があります、失礼」


断固とした態度でおれを掴み、神殿関係者……覚えておいでだろうか、砂の神殿の大神官様だ……がおれを引きずって行った。


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