嫌われ令息の没落
グーネルはドーソン伯爵家の一人息子で、小さい頃から甘やかされて育ったが、ある程度の教育も受けていた。
婚約者のアリシア・ファネルを別にそこまで醜いと思った訳ではなかった。
地味だけど顔立ちは美しかったし、婚約は既定路線だったし。
人が良いファネル伯爵は良い金蔓になると、父が笑っていた。
最初が肝心だから、どちらが上か分からせるのよ、と母がほくそえんでいた。
だから、高圧的な態度で示したのだ。
「汚い顔だな」
「………えっ?」
びっくりしたように聞き返して、脅えたような目をしたアリシアに、グーネルは優越感を感じた。
「何だその、みっともない茶色の汚い染みは。僕の婚約者がこんなに地味で汚いなんて、どうかしてる」
「………しつれいします…!」
雀斑を侮辱すれば、みるみる目に涙を溜めて、アリシアは小走りに逃げ去った。
本当は、婚約などしたくない、と示す事で、こちらが上だと分からせるのだ。
母の命令は、的確だった。
成功した事を伝えれば、満足げに母は笑う。
「いいこと?これからも生意気な態度をとらないよう、きちんと教育をするのですよ」
「分かっております」
弱弱しい娘だから、言いなりになる筈だ、とグーネルは微笑んだ。
大人しく従っていれば、優しくしてやってもいい。
気が向けばの話だが。
それからというもの婚約者だというのに手紙は寄越さない。
定期的なお茶会などもなかった。
かと言ってドーソン家がその場を設ける事は無い。
余計な支出を増やさない為でもあるが、まるで機嫌を取っているかのように見えるからだ。
相変わらず父はファネル家に婚約者の誼として、金を都合して貰っていたが、その位は問題ないのだろう。
だが、10歳の誕生日は流石に無視出来ない。
招待を受けて、折角訪れたのにアリシアは腹痛で部屋から出られないという。
代わりに現れたのは妹のクロエだった。
見た目は悪くない。
地味な色合いはアリシアと同じだ。
「姉と変らん地味さだな。物語だと姉とは違う美しい妹が出てくるものなんだが……まあいい」
「そうですね。物語だと、姉の婚約者が素敵で妹が奪う話もありますものね」
素敵だと誉められれば悪い気はせず、グーネルは偉そうに笑みを浮かべた。
クロエが驚いた顔をしていたのは、グーネルの笑顔が魅力的だったからだと勘違いをしながら。
親に言われて、最後の最後に見舞い、という体でアリシアの私室へと向かった。
部屋の中の調度品は、高価な物も含めて上品だ。
グーネルは合格だな、と頷いた。
「趣味は、さほど悪くは無いな。あまり金遣いが荒いと困る。欠点は見た目だけか」
「そう仰るのでしたら、何故婚約などなさったのですか」
気弱だと思っていたアリシアから言われたのは、婚約をした事への抗議とも取れる言葉だった。
グーネルの顔が怒りに歪む。
「何を生意気な。男に口答えなどするな」
「貴方にはもっと美しい方がお似合いでしょう」
何だ、謙遜していたのか、とグーネルは良い気分になった。
確かに、グーネルにはもっと家格も財産も上の、美しい令嬢が似合いだろう。
「ああ、だが、仕方ないのだ。お前の家からどうしても、と望まれてな。確かに見た目も悪い、持参金もそこまでは期待できない家の娘など貰い手がないだろう。情けをかけてやったのだから、逆らうんじゃない」
伯爵家より格上になれば侯爵家や公爵家が相手となってしまう。
権力もあれば、厳しさもある家柄が相手では自由に金を引き出せないのだ。
それは伏せて、グーネルは自分達の方が偉いのだとアリシアに教え込む。
立場が分かったのか、アリシアは暫く考えて、頭を下げた。
「そうですか。分かりました。お見舞いとお誕生日のお祝い、ありがとう存じました」
そうそう。
女は愚かで素直で従順な方が良い。
グーネルは満足してアリシアの部屋を後にした。
ある日、アドモンテ公爵家からグレイシアの10歳を祝う誕生会の招待状が届いた。
両親は浮かれきって、すぐに衣装の新調に取り掛かったのである。
「もしかしたらもっと良い家の令嬢に見初められるかもしれないものね」
そう言いながらグーネルも豪華に飾り立てられた。
誕生日当日は、子供達は室内の会場で、大人達は外でと分かれた。
大勢の同年代の令嬢令息と会うのは初めてだ。
中でも主催であり主賓でもあるグレイシアの美しさは群を抜いていたのである。
その横で彼女の手を引いていたのは、このアルテシア王国の王子レクサスだ。
美しい金の髪の二人は、絵本の中の王女様と王子様のように見える。
二人のダンスもとても美しかった。
気乗りはしないが、親にも一度は婚約者のアリシアと踊る様にと厳命を受けていた。
金を引き出すのに婚約者を理由にしているのだから、義理は果たさないといけない。
案の定、アリシアは壁際で中央で踊る人々を見守っている。
「あまり気乗りはしないが、踊ってやろう」
だが、差し出した手を無視して、つい、とアリシアは目を逸らす。
「おい、聞こえなかったか?醜い上に耳まで遠いとは!」
面倒なのに誘ってやった恩を仇で返され、グーネルはカッとなって大声で叱った。
その後ろでは友人の令息達が楽しそうに笑っている。
惨めに笑われる姿を見て気分を持ち直したところに、穏やかな声が重なった。
「醜いのは誰かしら?」
先程まで中央で踊っていたグレイシアが、そこには立っていた。
慌ててグーネルも令息達も、周囲の人々も最上の礼を執る。
「お恥ずかしながら、私の婚約者なのです。グレイシア様の足元にも及ばない醜女でして……」
へらりと笑ったグーネルに指さされて、アリシアはカッと頬を染め俯いた。
いい気味だ、と笑いを深めたグーネルに、グレイシアは穏やかに問いかける。
「自らの婚約者をそんな風に見下げる貴方の方が恥ずかしいのではなくて?」
「……えっ……はっ……?」
アリシアを下げつつ、グレイシアの事を誉めたのに、窘められる意味が分からずにグーネルは顔を引きつらせた。
比べられるのも嫌だというくらい醜い、ということなのかもしれない。
「今日はわたくしの誕生日ですから、あまり醜い言葉は耳に入れたくないの。分かって頂けて?」
にこりと微笑まれれば、グーネルも同調していた令息達も頷いた。
確かに、美しいグレイシアの耳を汚してはいけない。
「二人はこちらについてらして」
「は、はい」
グレイシアに連れて行かれる姉妹を見ながら、仲間内で笑う。
「あの二人は別室に隔離されるほど見栄えが悪いという事かもな」
「お前の婚約者があんなので、かわいそうだよ」
「まったくだ」
だが、その後すぐに公爵家の従僕達に案内されて、グーネルと仲間達は会場から外へ出された。
そこにグレイシアの兄のツェーザレが現れる。
白銀の髪に水色の冷たい瞳で睨まれて、少年達はぶるりと身を震わせた。
「どんな理由にせよ、愛しい妹の誕生日に、愛しい妹の耳を汚した罪は、重い」
重く発せられる一言一言に酷薄さが滲む。
まるで今すぐに罰を下されそうな雰囲気に、誰も口を挟むことが出来ない。
「だが優しい彼女は、お前達の舌を切り落とす事は望まないだろう。何せ祝いの場でもある。だから、今日は注意だけに留めておいてやる。疾く帰るがいい」
そこまで言われて残りたいと言える者はいなかった。
慌てるように自分の家の馬車まで戻り、家へと逃げ帰る。
馬車の中で親を待っていたら、今度こそあの鬼のような公爵令息が来るかと思ったら一秒もあの場には居たくなかった。
馭者は大変だが、伯爵家から折り返してまた公爵邸へと取って返すのを見送りながらグーネルは家の中に逃げ込んだのである。
そこから先はそれまで通り、ほぼ没交渉だった。
ファネル伯爵家の申し出があり、ただ金を融通するのは出来ないと言われて、アリシアの持参金を先払いする形でなら融通すると言われて、親は喜んで了承したのだ。
金蔓、と言っても断られる事もあったし、嫌な顔をされる事もあったのだが、先に持参金を使うのならばそういう意味での遠慮が要らない。
結婚する時には減ってしまうが、まあいいだろう。
それが両親とグーネルの判断だった。
だが、それも学園に入学する頃には底を突いてしまったのである。
持参金分を使い果たしたドーソン家は、それでも贅沢な生活に慣れ切っていたので、我慢が出来ない。
新しく提案されたのは、ドーソン伯爵家の所持する事業の売り上げの配分を、ファネル伯爵家に譲渡する事だった。
一分という少ない割合で、目の前に大金が積まれるのに目が眩んで、父は最初に一割もの配分を差し出したのである。
それに伴って、会計などにも正確さが必要だと言われて、ファネル家が費用を出して会計士を入れた。
給料が浮いたと言って父は喜んでいる。
グーネルにも出会いが訪れた。
学園で出会ったカリンは、夕陽色の髪と目をした可愛らしい少女で、何より男を立てる事を知っている。
知らない事を教えてやれば、目を丸くして驚き、輝く笑顔で褒め称えてくれた。
贈物をすれば、目に涙を浮かべて、大事そうに両手で包んで見上げてくる。
抱きしめれば、胸に顔を埋めて微笑んだ。
可愛らしいカリンを、王子のレクサスすら大事にし始めて。
あのグレイシアという完璧な婚約者がいながらも、カリンに夢中になる王子を見て、彼女は王子の婚約者を超える魅力がある女性なのだとグーネルは認識した。
魅力的な女性に頼られ、甘えられるという優越感。
だから、大きな夜会に彼女に贈り物をして、同行するというのは、名誉でもあった。
アリシアに伝えれば、快く了承したのである。
分を弁えている女も嫌いではない。
カリンと一曲踊ったら、アリシアとも踊ってやろう、とグーネルは頷いた。
夜会の日、突如現れた美しい女性に、皆が沸き立った。
グレイシアは勿論美しい。
王子の横にいて、常に光り輝いている。
だが、ルシャンテ辺境伯令嬢という男装の麗人に連れられた少女は、学園では誰も見たことが無かったのだ。
赤に黒の光沢があるドレスと白い肌という対比に、思わず目が引きつけられる。
そこに密やかな噂話が耳を打った。
「まあ、アリシア嬢、今日は艶やかね」
「ルシャンテ様の色を纏って……お似合いね」
は?というように、グーネルは固まった。
確かに茶色の髪に青灰色の瞳は、アリシアと同じだが、雀斑もなければ眼鏡もかけていない。
噂話をした令嬢を慌てて探す様にグーネルは辺りをきょろきょろする。
だが、カリンに腕を引かれて我に返った。
「あ、ああごめん。カリン嬢、踊ってくれるかな?」
「ええ、喜んで」
誘いはしたものの気はそぞろだ。
グレイシアと王子、王妃と国王の二組のダンスが終わると、皆が中央にと向かう。
赤いドレスから見え隠れする白い肌の色も艶めかしく、アリシアは男達の視線を集めていた。
「何だか派手ね、あの人。下品だわ」
注目を奪われて気に入らないカリンの言葉に、見惚れていたグーネルが慌てて頷く。
「まったく、何処の娼婦かと思ったよ」
思わず上ずった声は、周囲に大きく響いて、白い目で見られる。
慌ててグーネルは顔を赤らめて、顔を伏せた。
冷や汗を流しながらも、音楽が奏でられ始めるとダンスが始まる。
すれ違いながら、何度も目で二人を探す。
赤い髪のすらりとしたルシャンテは、黒に藍色の差し色の正装で、美しく情熱的にアリシアをリードしている。
日焼けしたルシャンテの色が更に、アリシアの肌の白を引き立てた。
間近で踊っている者も、遠巻きに見守っている観衆も、二人を目で追っているのが分かるほど。
見た目も衣装も鮮烈に美しかった。
「なあ、グーネル。あれは本当にお前の婚約者のアリシア嬢なのか?」
そんな訳はない、と否定しかかったものの、別の声でそれを思い止まった。
「凄く美しいご令嬢じゃないか。羨ましいよ」
「アリシア嬢なら、確かに、婚約者として自慢できるな」
「もう皆!カリンといるんでしょ?」
拗ねたカリンの可愛らしく怒る声に遮られ、「ごめんごめん」と笑ってその場は幕を閉じる
今までは自慢出来る婚約者ではなかった。
だが、これからは「美しい婚約者がいるけれど、他の女とも遊ぶ自分」になれるのだと、グーネルは歪んだ笑みを浮かべた。
「だがまず、あんな娼婦みたいなドレスを注意してやらないとな。美しいのだからもっと地味なドレスだって似合うはずだ」
ぶつぶつと呟きながら、得意げな顔でルシャンテ達の集団がいる場所へ向かう。
もうすぐ二曲目が終わるから、婚約者として踊ってやらなくてはいけない。
だが、グーネルが手を差し出そうとした時に、背の高い騎士がスッとアリシアに手を差し出した。
「アリシア嬢、どうか一曲お相手を」
「ええ、喜んで」
そして二人は仲良く手を携えて中央に行き、ルシャンテもまた令嬢の中から一人を選んで中央へと行く。
自分の姿は目に入っていた筈なのに、断ることなく他の男の手を取ってダンスに興じるアリシアに怒りが沸々と込み上げる。
文句を言いたくても、言える相手は踊っていてこの場にはいない。
曲が終わるまでその場で立ち尽くし、次こそは、と思ったのだが、別の騎士がアリシアを誘い、また中央へと出て行く。
同じようにルシャンテもまた、別の赤いドレスの令嬢をダンスへと誘った。
何度もそれを繰り返され、立ち尽くしていたグーネルは耐えきれずに大声で怒鳴った。
「アリシア……婚約者を蔑ろにして、男達と踊るとは何事だ」
「あら?婚約者を蔑ろにして、ドレスを贈った女性をエスコートする殿方に言われたくはございませんわ」
今まで言い返してこなかったアリシアに言い返されて、グーネルはヒュッと息を呑んだ。
自信が満ち溢れているアリシアは、とても美しい。
「もうすぐ、それも終わりますけれど、その話は後日。折角の楽しい祝宴を台無しになさらないで。どうぞ、愛しいカリン嬢の元へお戻りなさいませ」
「浮気男は婚約者として相応しくないんだよ。早く此処から立ち去ってくれ」
ぎゅっとアリシアの肩を抱き寄せたのはルシャンテで、男装していても男ではない。
正論で言い返されては、弁明のしようもないグーネルは、その場を足音も荒く立ち去った。
くすくすと背に刺さる笑い声は、何時かアリシアを嘲笑ったグーネルへの仕返しのように思いながら。
カリン達の元へ戻ると、何人かの令息が困った顔をしている。
「ルシャンテの奴、俺の婚約者に自分の色のドレスを着せやがって」
「ダンスに誘ってやろうとしたのに、ルシャンテ様と踊る順番があるから無理、だなんて!」
先程次々に、赤いドレスを纏った令嬢達と踊るルシャンテを間近で見て来た。
彼女達は一様に幸せそうに頬を染めていて、婚約者に蔑ろにされた不憫な令嬢には決して見えない。
寧ろ、恋をしているのかと思う程だった。
注意したくても、相手が女性なのだから浮気にはなりえない。
ルシャンテは令嬢達だけでなく、騎士達の信頼も篤いし、年上のご婦人方にも可愛がられている。
何よりあの、グレイシアの側近であり、辺境伯の娘なのだ。
文句を言っても許されるとしたら、それは王子のレクサスだけだろう。
「私は、ルシャンテ君より皆の方が好きだよ!だって、あの人女じゃない。男の人の方がかっこいいよねっ!」
そう言われれば、怒っていた令息達も和やかに笑った。
「だってぇ、好きになっても結婚出来ないじゃない。皆と婚約してるんだし、今だけだよ」
カリンに言われれば、そうか、と令息達も納得する。
幾ら好きになったとしても相手は女なのだから、憧れでしかない。
きっと拗ねているだけだ、と安心した。
裏で何が起こっているか、誰も正しく考えていなかったのだ。
夜会から数日後、グーネルはアリシアを中庭に呼び出した。
「君は恥ずかしくないのか、あんな娼婦のような派手なドレスを纏って、これ見よがしに他の男と踊るなんて!もっと貞淑な女性かと思っていたよ!」
怒鳴れば謝ると、そう思っていたが、ややあってアリシアが答えたのは一言だけだった。
「貴方とお話する事はございません」
その後何度も学園で、眼鏡を外して雀斑も無くした美しいアリシアに、グーネルは話しかけては拒絶されていた。
「いい加減機嫌を直してくれ」
「貴方とお話する事はございません」
何を話しかけてもそう返されて、日々は過ぎていく。
誕生日の贈り物も受け取らずに送り返されて来た。
グーネルの誕生日には何も贈られてこなかったが、それも親には言えなかった。
ただ、不安だけが大きくなっていく。
あの夜会から、少しずつカリンとは距離を置くようにしていた。
何故なら、婚約破棄や解消をされる令息達が段々増えていたからだ。
最初に断られ始めたのは、婿入りをする予定だった令息達で、ルシャンテに恋をしていると思っていた令嬢達は、別の騎士を婿に迎えていた。
だが、浮気を問うても無駄だったのだ。
常に、ルシャンテが交流の場に居たのだから。
「友人として紹介して」
「友人として仲良くなって」
「婚約がなくなったから、婿に迎えた」
そう言われれば、何も言えない。
第三者がいない場所で二人きりで会うという愚は、誰も決して冒さなかった。
幸せそうな恋人同士にカリンが割り込もうとしても無駄だったのである。
それどころか、騎士科の人気を集めていたヴァイス・ネーヴェルを追いかけてグレイシアを怒鳴るという愚行を冒したと聞いた時には流石に血の気が引いた。
愚かな所も確かにあったが、可愛い女性だと思っていたのである。
だが、最早それも幻想でしかない。
唯一彼女が成功したのは、レクサス王子とグレイシア公女の仲を裂く事だけだった。
それと共に、グーネルにも破滅が訪れたのである。
ファネル伯爵家からドーソン伯爵家に婚約破棄の書状を持って、弁護士が訪れた。
一切の話し合いは不要で、今までの酷い態度と罵倒の数々、他の令嬢への贈り物と同行で婚約者より優先した件について、これ以上の婚約は続けられないという通知。
従って、持参金として先に払われていた金が、借金となってしまった。
思ったよりも莫大になっていた金額に、母は目を回して倒れたのである。
事業の資金で何とか賄えると高を括っていた父も、事業を任せていた代理人の言葉に耳を疑う。
売上の実に半分以上がファネル家の物となる形に変わっていた。
持参金を越えてしまっていたドーソン伯爵家は、事業の売り上げの配分を担保にして金を融通されていたのだ。
目先の欲に囚われた伯爵と、息子のグーネルによってほんの少しの割合という意識の積み重ねが、それを許した。
最早、事業を売る事すらままならない。
実権は既にファネル家にあるようなものなのだ。
領地を売れば、借金を返した上で一時的に懐は潤う、が。
その後の税収は勿論断たれる。
「あれだけ、アリシアの心を掴んでおけと言ったのにお前は!」
「最初に分からせたのではなかったの?こんな風に反抗を許すなんて!」
父と母の罵声にグーネルは顔を俯けた。
二人の浪費も原因だが、浪費なら自分もしていたのだ。
カリンに甘えられて褒められて、いい気分で贈り物を繰り返していた。
その度にキラキラした瞳を潤ませて、皆の前で財力や優しさを誉められて、自分が誇らしかったのだ。
だが、その結果は。
「今すぐ、頭を下げてでも婚約破棄を撤回してもらうのだ」
「ああ、何て事なの。この役立たず。貴方の継ぐ家が無くなってしまうのよ!」
親達の罵倒は尤もで、グーネルはアリシアに何とか思い直してもらう必要があった。
もう、矜持だの名誉だの格の違いだのと言っている場合ではない。
「もう、カリンになんか近づかないから、許してくれないか。君の事だけを愛してやるから」
「望んでいませんわ。嫌いな殿方に愛してやると言われるのってこんなに不快になりますのね」
「……えっ?」
嫌いな殿方と言われて、ドクリと嫌な音で鼓動が鳴った気がした。
ずっと優位だったのは自分の方だった、とグーネルはアリシアを怪訝な顔で見つめる。
「罵倒した相手を好きになる奇特な女性は少ないでしょう。少なくとも幼い頃から貴方の事は大嫌いでした。誕生日に腹痛で出られなかったのも貴方に会いたくなかったから。お茶会を設けなかったのも同じ理由ですけれど、何故愛されているなんて勘違いなさったの?」
「え……え、でも僕らは婚約者じゃないか!」
「正確には婚約者だった、のですけれど。私の容姿を貶めながら気に入ったと婚約をせがまれたのは、お金の為でしょう?そこに愛なんて一欠けらもなかったのですよ、お互いに」
確かにグーネルには愛情はなかったが、長年一緒に過ごせば情も湧くというものではないのだろうか?
グーネルは疑問を口にした。
「だから、愛は育んでいくものだろう?今の美しい君なら愛せるよ」
「ふふ。わたくしは傲慢で鼻持ちならない貴方を一生愛する事は出来ませんし、傍にいたくもないのです。これだけは最低限ご理解くださいませ。浮気をされる前から、貴方の事が世界で一番大嫌いでしたの」
「……そんな」
「やっと願いが叶って、他人に戻れたのです。纏わりつかないでくださいませ」
冷たい美貌に笑みを浮かべたアリシアに、何を言っても無駄なのだとグーネルは確信した。
重い足を引きずるように中庭を後にする。
家に帰ってから結末を話せば、親子喧嘩にも発展した。
「母上のせいで嫌われたのですよ!格の違いを分からせろと言うから、彼女を罵ったのに!」
「何を言うのです!それでも縋るだけの魅力がお前には無かっただけでしょう!」
「二人とも煩いぞ!」
金策に走りまわった父の顔色は悪い。
ぐったりと、椅子に凭れ掛かったまま、父が言った。
「我々は、平民となるのだ」
「は?」
「何を仰るの、あなた……」
「奴隷落ちするよりはマシだろう!」
抗議の声を上げる事は許されなかった。
そこまで追い込まれているとは思わなかったのだ。
何処に行っても借金は断られ、主家筋のバダンテール公爵家でやっと、話が纏まったのだという。
伯爵位の返上に、伯爵領と事業の売却。
その代わり王都の伯爵邸はグーネルの代までは住んでもよく、年給も出される。
贅沢をしなければ暮らしていける。
だが、働かねば結婚は出来ないし、もう貴族ではない。
文官試験に通れば、下級の役人として仕官できるが、今まで散々馬鹿にしてきた低位貴族にすら頭を下げなくてはならないのだ。
残りの学園生活を鬱々と過ごしながら、暗澹たる未来を思い描いてグーネルはただただため息を繰り返した。
飼い殺し没落平民落ちENDです。
性格も歪んでるので、嫁はおろか恋人も出来ないんじゃないかな!平民だし、金ないし、多分働かないし…!(貴族のプライドと年金があるので…)
グレイシアの兄のツェーザレが短編では初登場です。父親似。




