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キスと弾丸  作者: 蒼治
3 伯爵令嬢婚礼事件
50/53

15

 客室で、寝こけていたソフィアとエイミーがたたき起こされたのは、日が沈んでからだった。昨晩や昼の宴席に比べれば質素ながらも、夕刻も一席設けられたらしい。しかし満腹で寝不足の二人は寝入ってその機会は逃してしまった。

 二人の客室にやってきたのは、使用人だった。宴席は終わったが、男性陣を招いて軽い会が開かれているとのことだった。


 イヴリンから、二人を呼ぶように依頼があったというのだ。しかしその会が実際は蒸留酒を囲んだ酒の席だと言うことはわかったし、若い娘がいるべき場所でない。

 一回は辞退したが、あまりにも使用人が譲らなかったので、結局二人は仕度を整えて、招きに応える事にした。


 呼ばれた部屋に向かってみれば、そこにいたのはイヴリンとヘンリーの他はほんの十人足らずの男性客だけだった。この城の客間ということだったが今までの広間と比べればこじんまりとして完全に私室だ。

 ただ、安心できたのは、そこにジョンの姿を見つけたからだ。ジョンはすぐに近寄って、ソフィアを守るように、周囲の男性陣との間に立った。


「イヴリンがどうしてもと言うからだ」

 やってくる選ばれた客人をもてなしていたヘンリーが不満そうに言った。ヘンリーにとって役に立つ客だけを呼び寄せて、最後の会合だったらしい。アーサーが居ないのはきっと断ったのだろう。予想通り蒸留酒やワインが提供されている。ソフィア達にも手渡されたが、ジョンはともかくソフィアとエイミーはなれない酒に戸惑ってしまう。


「とりあえず、もっていればいい」

 それでもジョンがいるから、ヘンリーもあまり傍若無人な真似はしなかった。

 部屋の一番奥でイヴリンは青白い顔をしてソファに座っていた。着ている物はソフィアやエイミーには想像も出来ないような高級な品だった。濃紺の光沢ある布で出来たドレスの色が反射してイヴリンを青ざめさせているのではなかった。


「イヴリン」

 ソフィアとエイミーは人の間を抜けて、イヴリンの元にたどり着いた。顔を上げてイヴリンは微笑む。

「面倒なことに巻き込んでしまってごめんなさい」

「そんなことないわ」

 ソフィアは一言で否定すると、イヴリンの脇に屈み、視線を彼女の目線に落とす。


「イヴリン、これからどうするの?」

「どうもしないわ。いい夫婦になれればいいと思うだけ」

 イヴリンのそれが諦めなのか、前向きな意欲なのかはソフィアにも分かりかねた。ただ彼女の灰色の瞳は、不思議なことに輝きを失っていない。虐げられてもまだ折れずにいられるのだろうか、自分はライオネルから受けたただ一度の暴力から立ち直るのに時間がかかったというのに。


「でもソフィアとエイミーがいてくれて良かった、とても心強かった」

 ソフィアがそれに良心の痛みを覚えつつ答えようとした時だった。ヘンリーが部屋の中央で酒の入った杯を掲げた。

「私とイヴリンの婚礼にお越し頂きありがとう。今後もギャラガー工業と良い関係を続けていただくことを皆様にお願いしたい」


 彼にとって婚礼ですら仕事の一つに過ぎないのだと気が付いて、ソフィアがまた憤りを新たにした時だった。ふわりとどこかから漂ってきた香りがあった。それは最近知ったものでまだ忘れていないものだった。ソフィアは横のジョンを見上げた。ジョンも動きをとめて杯を見ていた。

「皆様、お待ちを!」

 一番早く行動に出たのは、驚いたことにイヴリンだった。青いドレスの衣擦れの音が、男性ばかりの室内に響く。


「その杯に口をつけるのは待ってください!」

 イヴリンがそういった理由はわかった。理由はわかったが、まさかと思う。イヴリンがそんな自信に満ちた行動を、そして『彼』を守ろうとするなど。

 漂ってきた香はアロンの香水の香りだったのだ。彼の姿はない。ソフィアは知らないが、ヘンリーもイヴリンもこの部屋に闖入者がいるとは語っていなかった。けれど、その残り香が。


「なんだイヴリン!」

 怒りを表情に出しながら、ヘンリーが大股で歩み寄ってきた。婚礼の最後を飾るはずのこの小さな会に水を差したことに激昂している。イヴリンに詰め寄った彼は怒鳴りつけた。

「お前など、黙ってここに座っていればいいんだ」

「アロンの香水の香りがしました!」

 イヴリンは勇気を振り絞ったかのように顔細い声で訴える。


「わたくしの気のせいなら結構です。でももしも彼がこの会に何かをしていたら。そうこのお酒に毒でも……」

「黙れ!」

 さすがに大勢の目の前で殴りつけることは避けたらしいが、ヘンリーはイヴリンの美しいドレスの胸元を掴んだ。

「俺に恥をかかせる気か」

「人が……あなたが死ぬよりましでしょう」


 イヴリンは負けじと訴えた。だがヘンリーの怒りは収まらない。おそらくアロンとの揉め事は彼にとっても秘密にしたいことだったのだろう。ただ金を盗んで逃げただけならヘンリーの反応は違ったはず。アロンの才能をヘンリーが食いつぶしていたことも知られたくなかったとしか思えない。

 だからこそ、こんな騒ぎを怒るのだ。


「……酒にか」

 ヘンリーは意地悪く笑った。

「……どうせ、なにも起きっこない。これはさっき口をあけたばかりだぞ」

「ですがアロンは、この城に入り込んで、何かを企み、クラリッ……」

 イヴリンが言いかけた時、ヘンリーは彼女の胸元を引っ張り低い声でいい加減にしろと言う。クラリッサの死を隠匿したいのは明らかだ。

「これを飲んでやる」

 ヘンリーが突き出したのは、持っていた乾杯用の杯だった。まだ口をつけておらず琥珀の色が揺らめいている。


「……今、なんて」

「俺が証明する。別に何もおきっこない」

「いけません、確認して!」

 イヴリンが叫んだ時にはヘンリーは笑いながら自分の喉に流し込もうとした。その手を捕らえたのはイヴリンだった。ヘンリーから杯を奪い取り、先にと一気に口に運んだ。

「イヴリン!?」

 驚いたのはソフィアとエイミーだ。立ち上がって、よろめいたイヴリンを支える。イヴリンはヘンリーを見て言った。


「わたくしは、この結婚に悪意しか存在していなくても、あなたがわたくしを虫けらと思っていようとも、神に誓ったのですから、なんとか幸福なものにしたいと願っています。でもあなたが、以前の不幸な結婚のせいでわたくしを信じないのであれば、どうしようもありません」

 そういっている間にイヴリンの呼吸は瞬く間に荒くなっていく。演技や精神的なものではない。間違いなく何かの症状だった。ふらついて、喉を苦しげな呼吸音で鳴らしながら、イヴリンはヘンリーをまっすぐみた。


「あなたがわたくしを信じてくださるのなら、わたくしは毒だって」

 イヴリンの視線の強さは、ヘンリーをはじめてたじろがせた。

 しかしヘンリーが言葉を発する前にイヴリンの手から杯が落ちた。そのまま彼女はその真っ白な胸元に指先を伸ばしてかきむしる。明らかに様子がおかしい。客達もざわめき始めている。

「毒かも!」

「どなたか!水を持ってきて!沢山!」


 ソフィアは声を張り上げた。使用人が部屋を飛び出していく音がする。ソフィアは床に落ちた杯を拾い上げた。

 ……大丈夫、シナバーは毒にも強い。

「ソフィア!?」

 ジョンが驚いてソフィアを止めようとしたがその前にソフィアはそっと伸ばした舌先に、それを一滴乗せていた。灼熱感はない。ならば、吐かせて平気だ。喉や胃を焼く薬剤であれば嘔吐は逆に粘膜の熱傷を深くする。薬剤の種類は不明だが、そういった薬剤でないのなら、水を飲ませて吐かせるくらいしかできない。ここにはクイン教授もおらず、医師もいない、解毒剤もない。


「ソフィア、君はいったいなにを!」

「平気よ」

 と言った、ソフィアだが、膝をついてしまった。息苦しい。たった一滴だというのに。

「ライオネル!」

 ソフィアは間違いなくこの室内にいるはずのもう一人にシナバーの名を呼んだ。ざわめく客達を越えて彼がやってくる。

「イヴリンを隣の部屋に運んで!」


 何か文句を言ってくるかと思ったが、ライオネルはすぐさまイヴリンを抱えあげた。使用人が水を持ってくると、それを掴む。ジョンが何か怒鳴っているがそれどころではない。ソフィアの意図を察したエイミーが、ものすごい速さで駆け寄って、部屋のバーカウンターに置いてあった純銀のワインクーラーの器を奪い取る。中に入っていた酒瓶を放り出し、窓から水を投げ捨て去ると戻ってきた。

「ソフィア、大丈夫なの!?」

「大丈夫よ。あれは体内を焼かない。だから吐かせましょう」


 ライオネルについて隣の部屋に進む。ふと気がついて振り返ってみればヘンリーが言葉を無くしていた。

 彼はイヴリンが死んでもいいと思っていたのだろう。そして彼女の注意など聞くつもりもなかった。

 まさか信頼を得るために毒を飲む女がいるとは考えてもなかったから。

 怒りを必死に抑える。シナバーが本気で殴ったら、ヘンリーとてただではすまない。ライオネルの警護がない今はチャンスだが。それでもやってはいけない事もある。


 ソフィアが唇を噛んだ時だった。隣にいたエイミーがその柔らかな手のひらで、ヘンリーの頬を打った。鋭い、けれど軽い音が響く。

「恥を知りなさい」

 エイミーの声が重く響いた。


 二人はそのまま振り返ることなく、隣の部屋に駆け込む。イヴリンはソファに寝かされ真っ白な顔のまま荒い呼吸に胸を上下させていた。水差しの口を傾けて、そのままイヴリンの喉に水を送り込む。乱暴だが、意識のあるイヴリンは自らも協力的だった。そのまま息苦しそうだがクーラーに吐き戻す。

「ライオネル、医者はいないの?」

「ここには。湖畔の屋敷には一人いる」

「呼んで来て!」


 ライオネルも深刻そうな顔で立ち上がった。ヘンリーの許可を取る様子もなく、その目的のために部屋を出て行く。隣の部屋は騒がしくなっているようだがソフィアも興味がなかった。せいぜい糾弾されていろと願うだけだ。そういったまともな愛妻家の男性だって一人くらいはいてもいいのにと願う。


「……平気よ、ソフィア」

 イヴリンが冷たい指先で、ソフィアの手に触れた。まだ呼吸は落ち着いていないが、しっかりとした目で、背を擦っていたソフィアを見た。

「……そんなにすごい毒じゃなかったのね」

「話さなくていいわ」

 ソフィアはよろけるイヴリンをソファに横たえた。エイミーも膝を付き、イヴリンの手を握る。

「……どうしてそこまでするの?」

 エイミーは泣きそうな声だった。


「あんな人のために」

「……自分のためよ」

 イヴリンは目を閉じて微笑む。逆にエイミーを慰めるように彼女の手に触れていた。

「どんな毒かもわからないのに!今良くてもあとで何が起きるか!」

「……信用してもらいたいの。ヘンリーに。わたくし……わたしが願うのはそれだけ」

 ソフィアにはまるで理解できない。彼女がヘンリーに拘る理由が。

 その時、扉が開いた。外のざわめきを遮るかのようにすぐに扉を閉めて入ってきたのは、ヘンリーだった。睨みつけるソフィアとエイミーを前に一瞬怯んだが、彼の意識はイヴリンにしかなかった。


「イヴリン」

 彼が、その娘にそんな静かに語りかけるのは初めてだった。

「あなたなんかと話すつもりはないわ!」

 エイミーが代理のように噛み付いた時、ゆっくりとイヴリンの手が彼を呼んで空を舞った。ヘンリーはまるで怖気づいたように、ためらってからゆっくり歩み寄る。ソフィアとエイミーは不承不承ソファの横からどいた。

 入れ替わってソファの横に跪いたヘンリーは、不思議そうに無言で妻を覗き込んでいた。やがて口を開くまでにかなりの時間がかかっていた。


「……どうしてあんなことを?」

「信じて欲しかったからです」

 イヴリンはその灰色の目で、夫を見つめた。

「あなたの不信感を和らげたかった」

「……なにも毒を飲まなくても」

「他に、何か手段がありますか。あなたは妻を裏切るものと考えていらっしゃる。しかもわたくしは、あなたを裏切ったアロン・ギャラガーの妹です」

「……背負うものが多すぎるな」

「でしょう」

「でもその大半は、俺が勝手にお前に押し付けた先入観と印象か……」

 ヘンリーは呟き、それから肩を丸めてうなだれた。


「……すまなかった」

 その謝罪に、ソフィアはエイミーと共に息を飲む。


「復讐したかったんだ。『妻』という存在に」

「最初の奥様のことですか?」

「……クラリッサから聞いたのか」

 ヘンリーは遠慮がちにイヴリンの頬にかかった赤い髪の一筋をどけた。くすぐったかったのかイヴリンが微笑む。

「……迷惑をかけてしまったソフィアとエイミーには謝ってくださいます?」

 イヴリンはヘンリーの頬に優しく触れた。

「わたくしに謝罪は不要です。だってただの夫婦喧嘩でしょう?」


 許すのか。

 ソフィアには衝撃だった。あれほど酷いことをされた相手を?

 感動、というよりは恐怖を感じた。

 イヴリンを理解できない。理解できない自分がおかしいのだろうか、わたしと言う人間が狭量なのだろうか?


「ソフィア、エイミー」

 少しだけ扉が開いて、ジョンが呼んだ。そこに救いを感じてソフィアはエイミーの手を引いて部屋を立ち去る。


 ヘンリーの暴力が怖い。けれどそれを許すイヴリンはもっと不気味だった。


 口々にギャラガー夫妻の話をしている客人達のことは放り出した。中にはソフィア達に好奇心を向けたり、イヴリンの様子を聞いてくる人間がいたが、あえて無視して足早のその部屋を出た。

 すぐに噂になるだろうが、城内でゆっくりしている客達にはまだ騒ぎは起きていなかった。


「エイミー」

 ジョンが、ソフィアの手首を握り締めてエイミーに頼み込む口ぶりで言う。

「すまない。君の友人を、ほんの少しだけ僕に預けてくれ。十分くらいでいい」

 あまりにもその口調が険しくて、ソフィアは反論する機会を失ってしまった。エイミーも動揺で、しばらくその大きな目をしばたかせてから深く頷いた。

「私、アーサーに今の出来事を伝えてくるわ」

 そういって、彼女は二人から離れる。ジョンはそのまま強く手を引いて、ソフィアを二階の花のテラスまで連れ出した。


「ジョン、どうしたの」

 あの毒はすでにその効果を失っている。今回はさすがにジョンから血をもらわなくてすみそうだとソフィアは考えていたが、今までのソフィアの無茶の中でジョンの態度は一番深刻だった。テラスのベンチにソフィアを座らせると、ジョンは自分は座らず前に立って見下ろしてきた。


「ジョン?」

「大怪我ならまだよかった。僕の血で済む」

 何を突然言い出した、とソフィアは反論も忘れて彼を見上げる。

「君の心の問題には、僕は介入できない」

「どういうこと?」

「……なんであんな無茶をした」

 ジョンがソフィアが毒を舐めた件を言っているのかと思う。


「粘膜を爛れさせたり、気化する毒物は嘔吐すると逆に危ないから」

「違う。どうしてそこまでイヴリンに尽くす。君が毒を口にするほどの関係か」

 関係か、と問われれば違うのかもしれない。

「イヴリンを死なせたくなかったからよ、友達だもの」

「……僕はそうは思わない。もっと早く気が付くべきだった。君はイヴリンに罪悪感を抱いているんだ」

「罪悪感?」


 今までそんなこと思いもしなかった。ただ、友人で。

 だから力になりたいと。

 逃げてきたとき、何も助けてあげられなかったから。

 ……それが、罪悪感?


「もっと早く、イヴリン・ギャラガーに会えばよかった。まさかこんなことに」

 ジョンは呻き、ソフィアに背を向け、湖を向きテラスの手すりに拳を打ちつけた。こんな慌てているジョンは初めてでソフィアはなんといっていいのかわからない。


「君は単純で善良で真面目だ、エイミーも。君はアーサーに全てを語っていない、僕はイヴリンに会っていない、それがこんなことになるなんて」

「ジョン、あなた本当に何を言っているの?確かにわたしは無茶をしたかもしれないわ。でもそれはいつものことよ?わたしの考えが足りないだけ」

「罪悪感、憎悪からの反転、恐怖による扇動、同情……とすると、彼もだな。なにで支配しているんだ」

 ぶつぶつと呟くジョンの言葉が本格的に理解できない。唖然としてその背中を見ているだけだ。ジョンには何か気が付くことがあったのかもしれない。やがてジョンは振り返ってまたソフィアに視線を移した。


「ソフィア、帰ろう」

「は?」

「もう帰ろう。アーサーとエイミーも一緒に」

 子供のわがままのような、というにはあまりにも堂々としている。

「え、だって」

「婚礼も一通り終わった。すぐ帰ろう。アーサーには僕が説明する」

「説明は不要」

 声をかけられて気が付いたが、アーサーがエイミーを連れて立っていた。アーサーもめずらしく深刻な顔をしている。


「ジョン、君の言わんとすることはわかる」

「どうして放置した?」

「君は私が神だとでも思っているのか。そうかもしれないと考えるだけだ、今も君ほど自信はもてない。仮に君の予想通りだとしても、すでに幕は下りたはずだ。これ以上はなにもないと推察するが?」

「僕が嫌なんだ!」


 驚きの駄々コネである。まったく何を言っているのか分からないが、とりあえずジョンが無茶を言っていることだけはわかる。

「ねえジョン、説明して。理由がわかればわたしだって」

「……君には貸しが沢山ある」

 ジョンはすねたような顔で言った。

「どうかそれを今返してくれ。今すぐ、理由を聞かず、僕と一緒に帰ろう。言うことを聞いてくれ」


 ついに来た!


 ソフィアは思わず口をあけてしまう。しかもジョン本人も自分の理不尽がわかっているようなのだ。わかっているだけ進歩だが、その強引さは逆に退化と言うべきだろう。

 そういうのが嫌だから貸しを作りたくなかったのだとソフィアは気がついた。けれどジョンがここまで言うのだから何か言いたくない理由があるのだろうともわかる。


 エイミーも理由はさっぱりわかっていないようで、全員を順番に見渡している。イヴリンが心配なことは心配のようだが、ジョンとアーサーの剣幕に気おされていた。

「でも橋が直るのは明日よ」

「僕の馬車は湖畔の屋敷にある。アーサーの馬車はアーサーが持って帰ればいいんだ。湖畔の屋敷には船で向かえる」

「それにしても、あまりにも夜も深いわ。闇夜の馬車は心配よ」

 エイミーが困ったように言う。


「明朝早々に、ならまだ可能だけど。ジョンだって、ソフィアと一緒に事故に合いたくないでしょう」

「ソフィアと一緒ならなんだって平気だ」

「いくらなんでも事故に対して用心棒にはなれないわ」

 呆れて言ったソフィアの言葉に、なぜかエイミーとアーサーは顔を見合わせて苦笑いだった。


「……仕方ない。明朝に、すぐに。帰れる支度をしておいてくれ」

 精一杯、妥協しましたというジョンの言葉になんだか逆にこちらの毒気は失われてしまう。

「……いつか、ちゃんと説明してね」

 ため息交じりの言葉だったが、自分の言葉にソフィアは少し驚く。

 いつか……いつかでいい、ということは意外に自分はジョンを信頼しているのだと知った。

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