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それから一時間ほどして、ソフィアは戻った下宿の扉を開けた。今日はジョンは来訪しておらず、またルイス夫人にも声をかけられなかった。自分しかいない部屋は寂しい空気で満たされているがその静けさにほっとする。今日はあまりにもいろいろなことがありすぎた。
アンソニー・クイン教授にロバート・メリベル・ルヴァリス公爵。それにポール・テイラー。いろいろな人々と知り合ってしまった。
ポールのことを思い出すと明瞭ではないのに確実に漂う悪意と敵意を改めて感じとる。だいぶ学内にも馴染んできてここしばらくはあまりそういった人とは接していなかっただけに、少し堪えた。
ソフィアはベッドに腰掛けた。どっと疲れが押し寄せる。
彼はエイミーが学ぶことを望んでいない。それだけならまだしも、自分の考えを彼女に押し付けようとしている。あの後、ポールのことなどほっといて慌ててエイミーを探してまわったのだが、学内で見つけることは出来なかった。
明日はエイミーに話を聞くことが出来るだろうか。
ソフィアは時間割を思い出し、彼女と会うことが出来る授業を思い浮かべる。どちらにしても昼食には会えるだろう。
エイミーの優しさが嫌なほうに向かっていなければいいのだけどと、ソフィアは心配しているのだった。彼女は優しいが、自分が我慢すればいいという方向に考えがちだ。ポールについてもきっと正面から反論などはしないだろう。
わたしだったらとっくに殴っている。
ソフィアはポールの傲慢な態度を思い浮かべて苛立ちを募らせた。でも自分にとっては所詮他人のことだ。別に殴りたいわけじゃない。でもエイミーが怯えていたから。
過去に何があったのだろう。そしてそれを彼女は話してくれるだろうか。そんなことが心配だった。まだあって半年、とても仲良くなったとはいえ、自分の思うこと全てを語れるような間柄ではなっていない。
ロバート・メリベルとアンソニー・クインの二人の気兼ねない言葉のやり取りがうらやましく思える。
……わたしだって、彼女に話していないこともある。
ソフィアは自分の臆病さを思い浮かべる。言ったら嫌われてしまうかも。そう考えてしまう自分の真実は誰にだってあるのだろう。でもエイミーが悩んでいることがあるのなら、自分にできることがあるといいのになあ。
ソフィアはそんなふうに考えていた。
翌日の夕刻、ソフィアはしょんぼりと下町の路地を歩いていた。
結局今日、エイミーと話すことは出来なかったのだ。いや、彼女を授業前につかまえることはできたし、昼食も一緒に取ることはできた。だがポールの話を持ち出そうとしたソフィアにエイミーは困ったような、そして泣き出しそうな顔を向けたのだった。彼女が彼の話をすることを拒絶しているのだということは明らかで、ソフィアはそれ以上話を続けることはできなかった。
何か困ったことがあるのなら言ってね、とそれだけを伝えるのがやっとだった。
授業が終われば、エイミーは何かを恐れるように学校の目立たない場所にある北門からそっと帰ってしまった。
自分がなんの力にもなれなかったということに消沈して、ソフィアも肩を落としながら校門を出たのだった。ポール・テイラーがエイミーの暗い顔の原因だということははっきりしている。だからもし彼がいたら追いかけて捕まえてみようかと思ったくらいだが、彼も昨日のように待ち構えてはいなかった。
帰宅の徒についたソフィアは、ふとヒューゴのことを思い出したのだった。
自分の祖父母の年若い友人であった彼は、あまり治安がよくない下町で小さな診療所を開いている。儲かってはいないが、それを承知でなお続けている彼のことがソフィアは好きだった。かつて幼い頃は自分の憧れのお兄さんだったくらいだ。
彼と話せば気がまぎれるかと思い、ソフィアは下町に向かった。
ソフィアが図書室で勉強してきたこともあって、すでに日はすっかり落ちている。アーソニアは今が一番厳しい寒さだ。先日降った雪は大部分が解けたがまだ日陰に冷ややかな青い影となって残っている。
吐く息の白さを追うようソフィアは足を速めた。
ソフィアは大学進学と共に、アーソニア地方の田舎から首都に出てきた。だからこの周辺をうろつき始めて半年ほどになる。
当初こそ、うら若い女性ということでたちの悪い連中に絡まれたりお金を巻き上げられそうになったりもしたが、今ではなんとなく診療所周辺では顔見知りとなっている。
ごろつきをものともしない若い女性……気迫ではなく主に腕力で、太刀打ちできるものはまあ珍しいといえよう。シナバーは、普通の人間では勝負にならない身体能力を持つのだ。
……でも試験期間中は腕力よりよっぽど学力が欲しいと思うわよ……。
とぼやきたくなるものだが。
大体、顔見知りであるといっても別に話しかけてくれるわけでもなく、ただ遠巻きに見られているだけなのだ。ソフィアがシナバーであることと、この貧困の地で医療に携わっているヒューゴへの尊敬からちょっかいは出さないのが礼儀、と考えられている程度だ。すっかり馴染んでいるヒューゴが少しうらやましい。
もしかしてわたしは人付き合いが下手なのかしら。
などという衝撃的なことに思い当たってしまって、ソフィアは思わず足を止めてしまった。
人と接することが仕事である医師を目指すに辺り、それは致命的な欠点では無いだろうか。
「……臨床じゃないほうがいいのかな」
医師免許をとったからといって、必ずしも臨床医にならなければいけないというわけではない。治療法の研究や薬剤の開発、疾患の追及にまわるものもいる。とはいえいきなりそこを目指すものは少ない。人を治したいから医師になるものが多く、やはり臨床はその手ごたえを最も強く感じとれるからだ。
でも。
ソフィアは考える。別にわたしを誰かを救うために医師になるという強い信念があるわけじゃない。
その事実は、ずっとソフィアの心の中に後ろめたさとなって巣食っている。ジョンは、そんなソフィアを励ましてくれたが、ソフィア自身が全て納得したわけではないのだ。
あまり暗いことを考えるのはやめようとソフィアは張り付く思考を振り払った。どうも昨日から落ち込むことばかりだ。
「ヒューゴ」
ヒューゴ・ウィルシャーの自宅兼診療所は、まだ道路に面した窓に明りが灯っていた。ソフィアが扉を開けて中を覗き込むと、彼は診療所の片づけをしているところだった。ソフィアの声を聞いて彼は振り返る。
「やあ」
変らない親しげな笑顔を向けてくれた。しかしそれを見てソフィアはいつもと違うものを感じた。彼は疲れているようだったのだ。しかし来訪すぐにそんなことを指摘するのも気が引ける。ソフィアは自分も微笑んだ。
「診療はもう終わったの?」
「まあね。今年の冬は変な流行風邪がなくていいけど、それでも患者さんは増えるよね」
その人柄を示すような柔らかい茶色の髪は少し伸びすぎていた。きっと自分が床屋に行く時間が無いのだろう。彼が言わないまでもその大変さを思いやって、ソフィアは途中で買ってきたパンを見せた。
「でも忙しいわよね。一緒に夕飯にしない?」
「ああ、これはありがたいね。ちょっと待っていて、片づけを終わらせるよ」
ヒューゴとソフィアは年が離れているがいい友人であった。ヒューゴは実は貴族の次男らしいのだが、貧しい娘と結婚したことで実家を勘当されている。それでも彼が戻れば家族は迎えるだろうと思うのだが、あくまでもここで診療所を続けることを選んでいた。
半年前ソフィアがジョンと関わることになった事件がきっかけで、彼は病で失った妻への執着とすら言える強い思いをある程度整理することができていた。事件後、彼は実家に戻るのかもしれないと思っていたが、ヒューゴはここでの生活を変えるつもりは無いようだった。
ソフィアもヒューゴも、なんとか日々の暮らしを保っているという程度の生活だが、だからこそ良い友人として過ごしている。ソフィアにしてみればヒューゴは自分の進む道の先輩でもある。たびたび彼の様子を見に訪れている。もちろんヒューゴは立派な社会人であり、ソフィアに心配されるまでもなく規律正しい生活を送っているのだが。
「待たせたね」
一応片付けた診療所の一角で、ヒューゴは温かいお茶を出してくれた。ヒューゴの椅子と患者用の椅子にそれぞれ座って向き合うと、それほど美味しくないパンを食べる。
「早く温かくなるといいわね」
「そうだね。冬は薪代もかさむしなあ……」
率直なヒューゴのぼやきにソフィアも大きく頷いてしまった。
「わたし下宿だと手袋して勉強しているの」
「ソフィアも風邪には気をつけて。シナバーだって病気には勝てない」
そういったヒューゴの声は単純に友人への気遣いや、亡くなった妻への思い、それだけでないものがあるような気がしてソフィアは彼の顔をまじまじと見つめた。
「ねえヒューゴ、何があったの?なんだか悲しそうだわ」
ソフィアの指摘にヒューゴは困ったような顔をする。
「ソフィアにはすぐわかってしまうんだな」
「だって知り合ってけっこう長いもの」
ソフィアがまだ少女で、彼が医学生だった頃からの知り合いだ。貴族の若者らしく小奇麗だったヒューゴはとても素敵だったが、今の少しくたびれているけどやりたいことをやっている彼はもっと素敵で尊敬している。
だから、ただの疲れじゃないことにも気がつく。
「ちょっと悲しい出来事があってね」
「もしよかったら聞かせて」
ヒューゴは少しだけ躊躇ったが頷いて口を開いた。
「実は、先週、知人が亡くなったんだ。事故で。とても気の毒な亡くなりかただったんだ。火事に巻き込まれてね、遺体は彼ともわからなような酷い有様だった」
「まあ」
「私と同じ年齢だったんだけど、すごく立派な人間だったよ」
俯いてため息をつき、自分の暗いであろう表情に気がついて苦笑いをする。
「聖ヴァレリー大聖堂に籍を置くパトリック・スピアという司祭でね、とても優秀で国教会の中でも将来が期待できると評判だったんだ。だからといって横柄だったり尊大だったりするわけでなく、とても感じのいい人だった。私が彼と知り合ったのも、貧困街の子供の読み書きを教える慈善事業の関係だった」
「熱心だったの?」
「非常に。私は彼を尊敬していたよ」
きっと、ただの知人ではなく、友人だったのだろうとソフィアは気が付いた。ヒューゴも貧困による不平等に憤りを感じて、貴族である実家を飛び出してこんなところで医者をやっている人間だ。同じような志のある人間と会えたなら意気投合することも多かっただろう。
「それはとても残念ね。そんな事故に巻き込まれてしまって」
事故、という言葉を聞いて、ヒューゴは小さく首を横に振った。
「ヒューゴ?」
「事故、とは一体どういうことだろうね」
ソフィアを見る彼の柔らかいハシバミ色の瞳に暗い影がよぎった。かつて彼の妻が亡くなった直後によく見られた悲しい色だ。
「彼が巻き込まれた火事は、港のみすぼらしい倉庫の一つで起きた。でも私には彼がそんな場所に用事があったなんて思えないんだ。遺体も激しく損傷していて、教会から与えられた彼の名前入りの金属の数珠が無ければ、彼と判断することも難しいくらいだった。だからもし」
ヒューゴはそこで口をつぐんだ。若い女性に言うべきことでは無いと思ったのだろう。パトリックが火事の前に殺されていたとしてもその証拠すらないのだと考えていることは。さらにヒューゴは悩み迷っている。彼がそんな暗く寂れた場所で死ぬ理由は無い、でも殺される理由のある後ろ暗い人間でもないということもわかっている。だから警察に相談もしかねているのだ。
「わたしにはそんな事情はわからないけど。でも出来ることがあるとすればパトリックの冥福を祈ることくらいだわ」
ソフィアは手を組んで頭を深く下げる。
「彼が生前の善行によって、今、神の前で安らかにいることを」
ソフィア自身は、信心深いかどうかと問われれば、あまり信心深くないです……と答えざるを得ない。でも国教は国教だし、誰かの死を悼むのに神が居ないのはとても不便だと思っている。だからこんな時は素直に祈る。
少しの瞑目と沈黙のあと顔を上げてみれば、同時に顔をあげたヒューゴと目が会った。
「ありがとう」
控えめに彼は微笑んだ。
「ソフィアは本当に私のことを気遣ってくれるね」
改めてそんなふうに言われて面映い。ソフィアは顔に血が上るのを感じる。シナバーである以上血色は悪く、基本的にはいつも青ざめているのだが。
そもそもソフィアにとってヒューゴは憧れのお兄さんだ。彼は別の素敵な女性と結婚してしまったから、ソフィアの恋心はその形を成す前に消えてしまった。ヒューゴが亡妻シンシアをどれほど大事にして愛していたかを知っているから今でも恋愛感情は消えたままだ。でもそんな風に言われてしまえばときめくものはある。
「でも、そろそろ私のことよりも、ジョンを気遣ってあげてもいいと思うんだ」
一瞬、意識が吹っ飛んだかと思うほど仰天することを続けられて、ソフィアはぽかんと口をあげてヒューゴを見つめてしまった。言葉はまだでない。
「ジョンは確かに非常識な人間だけど、彼なりの基準で大事な人を気遣っているんだと思う。やり方がどうしても妙だったら、それは違っていると伝えてあげればいいわけだよ。私とシンシアにも意見の相違はもちろんあって、話し合いで歩み寄ったものだよ。皆最初から完璧な人間では無いし、もちろん完璧な恋人同士ではない。だからこそ、この先の長い時間を一緒に過ごす価値がある……」
「ちょっと待って、ヒューゴ!」
ソフィア思わず椅子から立ち上がってしまった。
「ヒューゴ」
ああ、口にするのも恐ろしいが。
「まさか、わたしとジョンが恋人同士だと?」
先ほどパトリックの話をしていた時の陰鬱さは薄れさせて、嬉しい話をする顔でヒューゴはかすかに首を傾けて微笑んだ。
「ああ、もちろんソフィアはしっかりしているから、清い関係だと信じているよ。結婚が前提であるとしても、君もまだ学生の身だから、浮ついた行為はちょっとどうだろうと思うし、私以上に君はそう考えるきちんとした人だろう?」
まさかと思うような言葉の連続に、今すぐ気絶したくなる。
「な、な、なぜそのようにお考えに?」
「ジョンが言っていたけど」
はあー!?と内心で絶叫しながらもソフィアにもまだ反論が浮かばない。いやまて、ジョンが言っていた?
「一体、彼はなんて……」
「ああ、それはちょっと長くなるんだけどね」
ヒューゴが言いかけた時だった、突然、ノックも無しに診療所の扉が開いた。急患かしらと振り返ったソフィアは、ぎゃっと叫びそうになるのを堪えた。
「ヒューゴ、また雪が降り始めた。うんざりだ」
そういって入ってきたのはたった今、噂をしていたジョンだった。ジョンもソフィアを視界に捕らえて唖然とする。
「ソフィア、どうしてここに?」
「が」
ヒューゴからたった今聞いたことをジョンの胸倉つかんで締め上げたい気持ちでいっぱいだ。しかし、予想もしていない言葉が飛び出してきたらと思うと、手が出せない。
「学校の帰りに寄ったのよ……」
なんて、つまらないことしか言えなかった。ソフィアの言葉も歯切れが悪いが、ジョンの反応もなぜか冴えない。
「そうなのか……試験勉強は」
「学校の図書館でさっきまでやっていたの」
ジョンは不満げにソフィアを眺めた。なんだかわからないが機嫌が悪いなということをソフィアも察する。なんでだろうと思ったが、途中で思い出した。
そういえば試験だから会えないとか言ったばかりだった。そのくせヒューゴとは会っているとなれば確かに行動が一貫していない。
「えーと」
そろーっとソフィアは立ち上がり、自分の上着を手にした。にこにこしながら二人に向かって言い訳がましく言う。
「わたし、そろそろ帰るね。明日も学校だし、夜更かしはよくないから」
「ソフィア?」
「ジョンはゆっくりしていって」
そっと大量の教科書が入っている鞄を手にすると入り口近くに立っているジョンとすれ違いながらにこやかに扉を押した。ジョンは不機嫌顔でソフィアを見ている。
「ソフィア、外は暗いよ」
「大丈夫、シナバーだから!」
ヒューゴの言葉にも言い捨てて、ソフィアは診療所を飛び出すように出た。ジョンが言いかけたように、空からは雪が舞い始めていた。そのまま歩き出したソフィアは、小さな物音を聞いた。
「ソフィア」
明瞭過ぎて頭にぶつけられたような気持ちになるくらいはっきりとした響きだった。
「……ジョン」
振り返ればヒューゴの家から出てきたジョンが足早にやってくるところだった。ソフィアもそのまま立ち止まる。
「ジョン」
「送ろう」
「別に大丈夫なのに」
そういったソフィアを上から見下ろしたジョンはなにやら呆れているようだった。ちょっと彼に冷たくしすぎたかな、とか不誠実だったかしらというソフィアの良心の痛みとはまるで違う視点を感じとれる。
「ジョン?」
歩き出したソフィアはジョンに声をかける。彼は大きくため息をついた。まるで演技じみて見えるほど大仰だった。
「君がそれほどに物事に対して肝が小さいとは思わなかった。君もくだらない部分があるな」
「は?」
いきなりの罵倒である。
「君が僕を避けていることも来訪を迷惑に思っていることも気が付かない僕だと思うのか」
「め、迷惑なんて」
慌てて気遣いを口走ってしまうが、ジョンがそんなものなど求めていないとすぐに気が付いた。
「だが僕としても数少ない友人を迷惑がらせてしまうのは本意ではない。なぜ君が困惑しているのかを考えた。そしてすぐに思い立ったわけだ。君は僕が持ってくる品々を負担に感じているのであろうと。なるほど、それに対価を支払うのであれば確かに君の財布事情からすれば困るに違いないと理解した」
「……なぜわたしの財布事情を知っている」
「そんなものは君を見ていればすぐわかる。とりあえずあんな物置まがいの古く狭い下宿で暮らしていること自体、僕からしたら理解に苦しむ」
「ジョン、今の発言はね、あなたがわたしの友人だから、二百歩譲って許しているのよ?」
「そう、僕もだ。君は僕の友人だ。だから君が僕の持ってくる品々を負担に思う必要などない」
「いきなり話の筋が見えなくなったわ……」
積もった雪が押し固められて氷結している地面を気をつけて歩きながら、ソフィアはぼやく。
「いいか、君が僕の暴言を許すのは、君が勝手に好きでやっていることだ、僕の知ったことではない」
「人の気遣いを木っ端微塵にしたわね」
「だから、君も僕の持ってくるものを気にすることはない。あれもまた僕が勝手にやっていることなのだから。お互い様だ」
やっと話の筋が見えてきたが、もはや感覚が麻痺するほど暴言の乱発である。
「僕にしてみれば、あの程度の土産は土産のうちにも入らないくらいだ。だから君があれを負担に思うことはない。どうしても思ってしまうのならいろいろ考えるが……」
「あら、対応を変えてくれるの?」
「そうだな。君があれを負担に思わなくなるくらい、桁違いに豪華な贈り物でも続けようか」
「すごい勢いで本末転倒よ、ジョン」
こっちが気を使っていたのが確かに馬鹿馬鹿しくなってきた。ソフィアは肩をすくめてジョンを見あげた。
「でもジョンに気を使われたわ。なんだか驚いた」
「だから、別に気を使うほどの土産では」
「いいえ、今よ」
ソフィアが気にしているのなら、何か手を考えなければならない。そうジョンが考えたこと事態、かなりの僥倖であると言えよう。
「……そうかもしれない」
ジョンは自分でも気がついたらしくふむふむとなにやら頷いている。
「だからこのまま少しだけ気を使ってちょうだい」
今まで言う気もなかったが、言ってもいいかもしれないとソフィアも思い立つ。
「別にあなたと話すのが嫌というわけでもないのよ。だから手ぶらで来てくれればなんということもないの」
嫌なことはないが、ぶちきれそうになることはあるけどね、と付け足そうかソフィアは考える。彼のために言うべきであろう、届かないような気もするが。
それにしてもジョンは一体ヒューゴに何と言ったのだろうか。
先ほどヒューゴが言いかけたことが気になる。ジョンに聞くなら今が機会だ。
ああ、でも。
ソフィアは自分のことよりももっと気になることを思い出した。
「ねえジョン、ヒューゴからパトリック・スピアという司祭様の話は聞いた?」
「ああ。ヒューゴは馬鹿馬鹿しいほどお人よしだが、それは見方次第では立派な人間だと言える。知り合いも多い。スピア司祭もなかなか人徳ある人間だと言っていた。実際に会ったことは無いが、きっと会っていたら僕は彼を怒らせていただろう。そういった常識的な人間に嫌われる自信はある」
「どういう自信よ。ルイス夫人に会っている時とか、あなたちゃんと普通に良識ある人間に見えたわ。どうしていつもそうしないの?」
ソフィアの好意的な、優しいと言ってもいい忠告を聞いたとたん、ジョンは目を丸くしてソフィアを見つめた。
「ソフィア、君は毎日必ず走って大学校に通ったりするのかい?」
突然意味のわからない質問をされてソフィアは首を傾げつつも答えた。
「まさか?遅れそうな時とかは別だけど、どうしてそんな疲れるようなことを?」
「僕も疲れることは、やむを得ない時しかしたくない」
……ジョンの返答が「できるんだから常識的にふるまえ」というソフィアの言葉へのものだと気がついて、ソフィアはがっくりと肩を落とした。




