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第101話/Rainbow

第101話/Rainbow


「うぐっ……」


頭上から、キリーのくぐもった声が漏れる。痛みをこらえるように、俺の肩に置かれた手にぎゅっと力がこもった。


「こらえておくれ。十分な量が取れないと、墨を彫ることはできないんだ」


「う、ん……平気だよ、リル。わたしは気にしないで」


キリーがけなげに強がりを見せた。今は、リルがみんなの血を抜いている真っ最中だ。抜くと言っても、特別な道具があるわけじゃない。みんなの皮膚をえぐって、そこから血を絞り出す作業だ。当然、相応の痛みがあるに決まってる。それでもキリーは、やめてとは一言も言わなかった。


「……よし。もう終わりだよ。よく頑張ったね、キリー」


リルがそう言うと、キリーの強張った体からほっと力が抜けたのが分かった。なぜなら、俺の頭はキリーの膝の上に乗っているから……

キリーは今度こそ俺のそばにいるんだと言い張り、血を抜かれる時でさえも俺から離れなかった。支えが無いと首を上げることもできない今の俺からしたら、それはありがたいことだったが……後頭部に感じる、さっきまで力んでガチガチだった太ももは、今はふにゅりとやわらかい。


「着替えて終わったかい?よし。ユキ、もう目を開けていいよ」


ふぅ、ようやくか。俺はつぶっていたまぶたを開くと、パチパチ目をしばたかせた。リル曰く、血を抜くときは心臓に近ければならないらしい。ということは、当然胸をはだけなければいけないわけで……ことが済むまで、俺は目を開くことを禁止されたのだった。


「さて、これで墨はばっちりだ。みんな、よく頑張ったね」


リルは血に染まった髪の毛を、五ふさぶら下げながら言った。みんなからもらった血がそこに蓄えられているんだ。ワイシャツを着たキリーの左胸には、紅い染みができている。俺のために身を削ってくれた証だ。みんなの胸にも紅い血の印が、まるで代紋のように刻まれていた。


「あはは。結局、このメンバーに落ち着いたね」


キリーがみんなの顔を見ながら笑った。


「ふふ、そうですね。なんだかんだ、みんなといるとしっくりきます」


「ほんとだねぇ。キリーちゃんがいて、ウィローちゃんがいて、わたしがいて、ユキくんがいて……あの事務所に三人だけだったなんて、もう考えられないよ」


「ま、そうね。あたしは途中参加みたいなもんだけど、今の生活もけっこう気に入ってるわ。毎日飽きないしね。それより、ステリア。あんた正式な組員でもないのに、お人よし過ぎない?こんなとこまでついてきちゃってさ」


「問題ない。私がしたくてしてること。それに……私だって、みんなといると楽しい、から」


ステリアは、照れくさそうに鼻の頭をかいた。それを見たリルは、しきりにうなずいている。


「うんうん。持つべきものは友、だね。あの子には、そんな相手が見つかったのか……よかったね、ステリア」


リルはまるで自分のことのように、うれしそうに笑った。


「よし!そんなあの子と、その友達が、君のことを必死に助けようとしてる。なら、私は一肌でも二肌でも脱がせてもらうよ!ユキ、覚悟はいいかい?」


「ああ、もちろんだ……始めてくれ!」


俺の背に、銀の針が通っていく。

以前は灼けつくような痛みを伴った彫付だったが、今は違う。

刺した箇所から、じんわりと熱が伝わってくる。それは少しずつ広がり、全身を満たしていった。みんなの力が、針を通じて、俺に流れ込んでくる。


「……よし。終わったよ」


リルが針をはなして、俺の背をポンと叩いた。

ん……もうか。いつもと違って、ずっとこうしていたい心地よさがあった。


「それで、どうだい?体の具合は……」


「そうだよ!ユキ、元気になった?」


キリーが俺の肩をつかんで、ゆさゆさ揺する。


「お、落ち着いてくれよ……っ!」


大丈夫だ、と返そうとした矢先。

心臓が、ドクンと鼓動した。


「うぉっ……!」


「え!?ユキ、だいじょうぶ!?そんな、ダメだったの……?」


ちがう、これは……

再び心臓が跳ねる。その衝動に、俺は思わず目をぎゅっとつぶった。

目を閉じると、俺の中から力が沸き上がってくる。それは、色とりどりの閃光だった。


濡烏。

梅色。

金色。

蒼。

若草。

そして、深紅。


力の奔流は、虹色の輝きとなって、俺の中を駆け巡っていく。


俺は、ゆっくりと目を開けた。




カツン。カツン。

鉄の階段を踏みしめる音だけが、静かに響き渡る。下の喧騒など嘘のようだ。

やがて、目的の扉が見えてきた。ギィ、と錆びつく扉を開ける。

扉の外は、小高い建物の屋上だった。東の空が、朝焼けに白み始めている。まもなく夜明けだ。


「ふん……時間まで正確だな。完璧だ」


リーマスはそうほくそ笑むと、懐から無線機を取り出した。ザザザ、と数秒のノイズのあと、こちら機動隊、と返事が返ってくる。


「私だ……現時点を持って、計画は全てのフェーズを完了した。残るは君たちの“仕上げ”だけだ」


『ハッ。いよいよでありますね』


「うん。頼むよ」


『了解です。あの屑どもを粉みじんにしてやります!……それで、あのう』


「……なんだね?」


『あ、す、すみません。念のための、確認なのですが……この爆弾は、起動してから、三十分は爆発しないんでしたよね?我々が脱出してから、爆発するようになっていると……』


リーマスは、思わず叫びたくなった。だが、ここまで来て計画を水泡に帰すことはできない。なんとかはち切れそうになる感情を抑えて、リーマスはつとめて穏やかな声を出した。


「もちろんだ。君たちを見捨てるわけないじゃないか。罰せられるべきは、人の道を外れた連中だ。君たちが、それのはずないだろう?」


『そ……そうでありますな!で、では、起動準備に取り掛かります』


「ああ。安心したまえ、爆破までは十分な猶予がある。あとは、私の最終合図で起爆してくれ……君たちの活躍に期待するよ。プレジョンの明日のために」


『ハッ!プレジョンの明日のために!』


ザザ、と短いノイズを残して、通信は切れた。リーマスは思わず、無線機を叩き壊してやろうと、高く腕を振り上げた。

だがそのとき、奴からすれば聞こえるはずがない声が、暁の空の下に響いた。


「リーマス。ずいぶんいら立っているみたいだな?」


「なっ!き、貴様らは……」


リーマスは、屋上に立つ俺とキリーの姿を見て、驚愕の表情を浮かべた。そりゃそうだろうな。死にかけだった俺が、こうしてピンピンして立っているんだから。


「ど、どうやって!いや、どうしてここに!」


「なにって、お前を待っていたんだ。ずいぶん遅かったじゃないか」


「そ……そうだ!なぜ私より先に、ここへ来られた!ここへ通じる道は、一つしかないはず……」


リーマスはそう言って、背後にある鉄の扉を振り返った。一本道なら、途中で必ず奴とかち合うはずだ。だが実は、そうならない単純な理由があった。


「俺たちは、近道してきたからな」


「んふふ……これ、なーんだ?」


キリーは意地悪く微笑むと、ぴょんと俺のわきから飛びのいた。すると、その背後の床に、大人がゆうに通れるほどの大穴が開いていた。


「穴……だと?まさか、天井をぶち抜いてきたとでも……」


「そのまさかだ。聞こえなかったか?結構派手にやってたと思うが」


言われて、リーマスはぎりっと唇をかんだ。確かに、階段を上る途中で地響きのようなものはあった。だが、マフィアどもには十分な武装を与えている。その余波だと思い込んでいたのだ。


「……ふん。それで?私を出し抜けて、得意気になったつもりかね。それとも、わざわざ私に殺されるために、穴ぐらから這い出てきたのか」


「そのどちらでもないな……お前のふざけた計画を、邪魔しにきたんだ」


「なにぃ……?ふはは、残念だったな。たった今、爆弾の機動指示を出したところでね。あとは私の意思一つで、ドカン、だ」


「だが、それにはタイムラグがある。隊員たちが脱出するまで、爆発しないんだろ」


「く、ははは!残念ながら、それも間違いだよ。あれは起動した瞬間、いつでも起爆できる設計なのだ」


「なに?」


「はははは。そして、そのカギは私が握っている。あとは私がこの場を離れた時点で、ドカンだ」


リーマスはおどけたように、ぼん、と手で爆発をまねて見せた。


「そ、そんなのおかしいよ!」


キリーが我慢ならない、とばかりに一歩踏み出した。


「だって、そしたら!あなたの仲間まで、爆発に巻き込まれちゃうかもしれないんだよ!?」


「だから、その通りだと言っているのだよ。彼らは、捨て駒だ」


「捨て駒……」


リーマスの当然だ、という口調に、キリーは絶句した。


「……どういうことだ。お前の標的は、ヤクザとマフィアだけじゃなかったのか?」


俺がたずねると、リーマスは小馬鹿にしたように笑った。


「ふん。簡単なことだ。所詮は彼らも、お前たちと同類なのだよ」


「同類?」


「奴らは、汚職や不正……お前たちと同じ、悪事に手を染めた犯罪者なのだ。警察の恥さらしもいいとこだよ。そんな連中失ったところで、我々にとっては何の痛手でもない」


一歩でも道を外れたら、仲間でもなんでもない。そういうことらしい。


「……都合の良い人間だから、殺してもいいってことか」


「その通りだ。クズどもを処分しつつ、警察内部の膿も出す。実に合理的だと思わないかい?」


リーマスの顔には、ためらいも、後悔も、なに一つ感じられない。心の底からそう思っているようだった。

キリーは信じられない、と顔をしかめた。


「狂ってるよ……」


「……なんだと?メス犬ふぜいが、誰に向かって口を利く!」


リーマスは青筋をたてて激昂した。知的で冷静な長官の面影は、もうない。


「お前に、一つだけ聞きたい。今すぐそのふざけた計画を止め、下にいる警察たちを引き上げるつもりはないか?」


「はっ?引き上げる?なぜそんなことをする必要があるのかね。勝利を目前にした勝負を捨てる馬鹿がどこにいる?……君たちは、今日、ここで滅びるのだ!」


「そうか……これで、情けをかける理由は何一つなくなったな。心置きなく、お前をぶっ飛ばせる」


俺は、ジャケットの上着を脱ぎ捨てた。風が、ジャケットを暁の空へと舞い上げていく。


「……ヤクザという生き物は、どうにも学習能力がないらしい。私に勝てるはずがないということを、もう忘れたようだな」


リーマスは苛立たしげに、首をパキパキと鳴らした。

俺はその挑発を、鼻で笑い飛ばす。


「やって見なければ、わからないさ」


「……上等だ。その単細胞な脳に免じて、少しのあいだ、遊んでやろうッ!」


つづく

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