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第94話/Trio

第94話/Trio


先を走る連中は、一斉に銃を構える。まもなく、激しい銃撃戦が始まった。まっさらなこの広場には、障害物は何もない。だけど撃つ側も撃たれる側も走っているから、弾に当たる不運な奴はかなり少なかった。

そして銃を構えるために速度を落とした奴らを追い抜いて、刃物やバットなんかを持った第一陣が激突した。


「わあああああ!」


「ぎゃああああ!」


「があああああ!」


ヤクザとマフィアが激しくぶつかり合う。こうなると、もう飛び道具は使えない。敵味方が入り乱れすぎて、まともに引き金を引けないのだ。


「ユキ!私たちも向かいましょう!」


ウィローが男たちの怒声に負けじと、大声を張り上げた。


「ああ!けど、キリーたちが……」


このだだっ広い広場は、一瞬で乱戦地帯と化してしまった。キリーたちを安全な場所に下げたいが、そもそもどこが安全かもわからない。


「ユキ!」


その時、キリーが人波をかき分け、俺のそばまでやってきた。


「ユキ、わたしもついて行かせて!」


「キリー?だめだ、危険すぎる。今だって真っ青じゃないか」


キリーの顔からは、すっかり血の気が引いてしまっていた。さっきの銃撃戦のせいだろう。


「だいじょうぶ、平気だよ。もう気を失ったりしないから!」


「それでもだ。体調を崩す時点で、十分危険だろ」


「それでも!ユキ、わたしを守ってくれるって言ったじゃない!」


「ぐ……どうしてそんなに意地を張るんだ!それどころじゃないってわかっているだろ!」


だんだんと、俺たちの口論は激しさを増していく。スーが俺たちの様子をおろおろとうかがっていた。戦場の真っただ中で口喧嘩なんて、本当はしてるヒマないってのに!


「イヤなの!わたしのために戦ってるのに、その背中すら見えないなんて!」


「いやいや言うな!おとなしく待ってろ!」


「どうして!わたしだって……」


「お前がっ!大切だからだ!わからないのか!大切なんだよ!」


俺は、キリーの肩をわしづかみにした。


「言ったさ!お前を守ると!だけどここにきてから、きみはどれだけ危険な目にあった!何度けがをした!下手をしたら、命が危なかったかもしれないんだぞ!」


キリーの目が大きく見開かれる。俺は、なんだか急にその瞳が怖くなってしまって、がっくりうなだれた。


「……口で言うのは簡単だ。だけど、きみだけじゃない。ウィローも、スーも、ステリアも……アプリコットも、リルも、黒蜜も、みんなボロボロだ」


俺は力なく、キリーの肩から手を離した。

俺は結局、誰も守れちゃいないんだ。いつもがむしゃらに突っ走って、そのたびに皆に助けられている。本当は、俺一人で、みんなを守れるくらい……


「……『俺が、みんなを守るんだ』とか、そんなこと考えてるんじゃないですか?」


え?

思わず顔を上げる。ウィローが、俺のがくりと垂らした手に優しく触れていた。


「ユキ。言ったじゃないですか。あなたの獅子は私が守ると。私だって、あなたを。みんなを守りたいんです」


ウィローの言葉が、優しく俺の中に染み入る。周りの喧騒が、ゆっくりと溶けていくようだった。


「……だけど。俺は結局、何も出来ていないじゃないか。さっきだって、ウィローが……」


「え?あなた、それ本気で言ってるんですか?」


ウィローが心底呆れた、という顔をした。


「まあ、知らぬは本人ばかりとは言いますが」


「あはは、ほんとだね」


スーがにっこり笑うと、そっと俺に手を重ねた。


「ユキくん。わたしだって、ユキくんを守りたいと思ってるんだよ。そりゃあ、ほとんど守られてばかりだけど……けど、わたしの刺青が役に立てるってわかった時、本当に嬉しかったんだ」


「スー……」


「スーだけじゃありません。私だって、キリーだって、他の皆だって……あなたのことが大切なんです。私たちは守りあう、じゃダメですか?」


「ダメだなんて、そんなこと……そうか、俺は、勘違いをしていたのかもな」


「だいたいねえ、ユキ。あんた、マジメすぎんのよ。ちょっとは肩の力抜きなさい」


アプリコットがやれやれ、と笑う。


「ヤクザの喧嘩だもの、そりゃケガだってするわよ。おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし、誰一人傷つけないなんてできっこないわ。それでも、あたしたちは助け合うの」


「アプリコットの言う通りです。一人では無理でも……みんながいれば、怖いものなんてありません」


「あら、珍しいじゃない?ウィローがこういうのに乗ってくるなんて」


「い、いいじゃないですか。たまには、ですよ」


ウィローが赤くなった顔を隠すように髪をいじる。


「くっ……ははは。そうだ、そうかもしれないな。何が正解かはわからないけど、俺はきみたちの考えが気に入ったよ」


すとんと腑に落ちた、という感じかな。腹の中でグラグラと揺れていたものが、かっちりはまった。もう、ぶれない。


「キリー」


「うん。ユキ」


「お前は、俺が守る。だから、俺をお前が守ってくれないか」


「……うん!待ってたよ、その言葉!」


キリーの顔に、大輪の花が咲いた。そのとき、奇妙なことが起こった。地下だというのに、ふわりと一陣の風が吹き抜けたのだ。そよ風がキリーの前髪を揺らす。この風……キリーの近くにだけ、吹いているのか……?俺はキリーを見つめたまま固まってしまった。


「行こう、みんな!わたし、今ならだれにも負けない気がするよ!」


そんな俺の様子には気付かずに、キリーは威勢よく駆け出した。


「ユキ、行きましょう!遅れを取るわけにはいきません!」


「あ、ああ!」


さっきのは、俺の勘違いだったのか?いや、だめだだめだ。俺は雑念を振り払うように、ぶんぶん頭を振った。今は、目の前の戦いに集中しなければ。


「……いくぞっ!」


唐獅子の炎が全身を包み込む。俺は燃え盛る弓矢となって、黒波渦巻く戦場へ突っ込んでいった。


「おぉぉりゃあぁぁ!」


俺は雄たけびを上げると、渾身の力で男の腹を殴りつけた。殴られた男は声も出せずにぶっ飛んでいき、別のマフィアの背中にぶつかってゴロゴロところがった。

俺は怪力に任せて、戦場をぶった切るように暴れていた。しかしいかんせん、黒服ばかりで敵味方の判別が難しい。一応、胸についた鳳凰会の代紋で区別はできるが……そこで俺は、あえて目立つように暴れて、攻撃を待つことにした。刺青のオーラ全開の俺に殴りかかって来るってことは、そいつが敵ってことだろ。


「はあぁぁぁ!」


一方、ウィローは俺と対照的に、人の隙間を縫うように疾走していた。満開の力で、今のウィローは風のように早い。蒼い燐光が待ったと思ったら、次の瞬間にはマフィアが泡を吹いて倒れていた。彼女は、どうやって敵味方を判別しているんだろう。


「えいやぁ!」


「わっ、キリーちゃんすごい!ナイスパンチ!」


「えへへ、くぅ。でしょー?いてて……」


キリーは赤くなった手をぶんぶん振っている。キリーたちは、他の鳳凰会の組員と一緒になって戦っていた。敵も女なら倒しやすいと思ってか群がっているが、彼女たちは絶妙なコンビネーションで互いを助け合っていた。


「はあっ!」


ジュウゥゥゥゥ!

ステリアが手に持った棒のようなものを振り回すと、触れたマフィアのスーツが焼け焦げた。当然、素肌に当たった運のないやつは……


「ぎゃあああ!」


「うわ……ステリア。それ、なんだい?」


リルが引き気味にたずねる。


「うん?ソルダーアイロン(はんだごて)、溶接用の工具。ふつうは人体に向けて使用しない」


「そりゃそうだろう……ね!」


リルが身をひるがえすと、手から何かをシュッと投げた。


「うぎゃっ」


それはステリアに襲おうとしていた男に命中した。男の腕からは、金串のような巨大な針が生えている……彫師らしい武器だな。


「ありがと、リル」


「ははは。きみは、大事な娘だからね」


一方で、アプリコットと黒蜜は苦戦していた。


「あっいたたたた!放しなさいよ!」


「黙れ、このメス猫!」


マフィアが、アプリコットの髪をむんずと掴んで、ぐいぐい引っ張っている。


「いっ、いたいいたい!」


「あ!なにしてるんすか!その手をどけなさい!」


「へへへ、うるせえ!」


「こっの……!」


アプリコットは涙を浮かべながらも、強引に身をよじった。


「ふざけんじゃ、ないわよ!」


シャッ!アプリコットが男の顔を鋭くひっかくと、男の鼻の皮はべろりとむけてしまった。


「う、うぎゃあ!」


「今よ!警察、なんとかしなさい!」


「言われ、なくても!」


黒蜜は悶える男の襟をつかむと、声を張り上げた。


「おりゃあああ!」


黒蜜は男の腕を引っ張ると、腰を跳ね上げて投げ飛ばした。見事な払い腰だ。


「やった!やるじゃない、あんた!」


「柔道くらい基本っす。それより、大丈夫っすか」


「ええ。まったく、デリカシーのない男ね。女の命をなんだと思ってるのかしら」


俺はみんなの健闘っぷりに、ほっと胸をなでおろしていた。はは、案外みんな強いじゃないか。強敵との戦いで、過敏になりすぎていたのかもな。

そんなことを考えていた時だ。


「ユキ、あぶない!」


なに!俺の後ろに、ドスを持った男が忍び寄っていた。まずい、この距離じゃ避けきれない……!

ズドン!


「ぐぎゃあ!」


男が腕から血を吹きだしてふっ飛んだ。


「大丈夫ですか、ユキさん」


「レスさん!助かりました」


二丁拳銃を構えたレスが、涼しい顔でこちらを見ていた。


「油断しないようにしてくださいね」


短く言葉を放つと、レスはすぐに次の標的へ照準を合わせていた。これだけ人がいるのに、正確に、マフィアだけを撃ち抜いている……しかしレス自身は、そのことに何の感情も抱いていないようだった。単調な作業のように、引き金を引いていく。


「うわあぁぁ!」


そのとき、叫び声とともに、俺の足下に何かが転がってきた。それは大柄な男だった。胸についたバッチから、こいつはヤクザだと分かった。


「おい、どうしたんだ!」


「うぅ……い、刺青が……」


刺青?だがすぐに、俺にもそいつが吹っ飛ばされた原因がわかった。

前方に異様な風貌の男が立っている。何が異様って、そいつの顔と両手が血のような赤に染まっているのだ。だが、怪我をしているというわけではない。刺青だ。肌を覆うように刻まれたタトゥーが、ぞくぞくするような赤い光を放っている。


「タトゥー……ジェイ以外にも、刺青持ちがいたのか」


「うぐぐ……きをつけろ……一人じゃない……」


そこまで言って、大男は気を失ってしまった。一人じゃない?

俺は男を起こそうとしたが、その前にタトゥーを刻んだマフィアと目が合ってしまった。

マフィアがこちらへ向かってくる!


「くそ、上等だ!」


奴が血潮の赤なら、俺は深紅だ!

俺と男の拳がぶつかり合う。さすがはタトゥーの力だ、男の拳は重い。だが、俺のほうが上だ。

バキィ!

俺が拳を弾き飛ばすと、男は驚愕の表情を浮かべた。だが、すぐににやりと口元をゆがめる。

俺の背後に、もう一人のタトゥー持ちがいた。


「なに……ぐぁ!」


背中を思い切り蹴とばされ、俺はゴロゴロ転がった。ものすごい力だ、唐獅子の力がなかったら背骨が折れていたかもしれない。


「へへへ……タトゥーの力が、お前たちだけのモンだと思ってたか?」


男たちがにやにやと笑う。その時、俺は気づいた。

二人どころじゃない。ざっと数えても、十数人……全員が全員、顔まで覆われるほどのタトゥーを刻んでいる。

バカな……これだけの数の刺青持ちがいるなんて!


「へへへ……これだけ数がいんだ、いくらお前がバケモンじみてても勝てっこねぇぞ」


「くそ……」


「……そいつは、どうでしょうかね?ヒヒヒッ」


え?この気味の悪い笑い方は……


「ファンタン組長!」


俺の隣に、チャックラック組組長、ファンタンが立っていた。やつはニタニタと笑いながら、這いつくばる俺を見下ろす。


「ヒヒヒ……あなたが無様に転がる姿を見るのも愉快ですが、とっとと起きてもらえますか?」


「い……言われなくても!」


俺が慌てて立ち上がると、ファンタンはコキコキと首を鳴らした。


「まったく、面倒ですがね。あの連中をどうにかするためには、あなた“がた”と手を組むのが一番手っ取り早いんですよ」


あなたがた?俺以外の刺青持ちといえば、もう一人……


「……俺だって、テメエらなんざごめんだがね。手っ取り早いっていうのには賛成だ」


うお。反対からぬっと姿を現したのは、チョウノメ一家、ニゾーだった。


「に、ニゾーの、兄貴……」


「おう、メイダロッカ。ちっとツラかせ。こいつらぶちのめすんだよ」


「え。いや、はい」


「キヒヒヒ!ほんとなら、あなたたちだけでどうにかしてもらいたい所ですがね。ワタシの手を煩わせないでもらいたいですよ」


「あぁ?このドブネズミ、誰が誰を煩わせるだと?」


「……いいますね、ムジナふぜいが偉そうに!」


「あ、あの。手を組もうって話でしたよね……?」


俺たちが小競り合いを始めると、マフィアたちはいよいよ呆れた顔をした。


「なんだこいつら。漫才を始めたぞ?」


「いい、いい。こんなふざけた連中、気にせずやっちまえ!」


タトゥーをいれたマフィアたちが、いっせいに襲い掛かってきた!

だが、そこは腐っても幹部クラスの男たちだ。マフィアが動いた瞬間、ファンタンとニゾーはさっと雰囲気を変えた。


「ちっ。人が話してる途中だっていうのに、なめられたものですね」


「……つぶすぞ。いくぞてめぇら!足引っ張りやがったら殺すからな!」


「そ、それが仲間にいうセリフか……?」


非常に不安だが、あの人数を一人で相手にするのは避けたい……やるしかなさそうだ。


つづく

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