第92話/Farewell
第92話/Farewell
「……へっ、えらい強気じゃんよ。いいねぇ、友情とか絆っていうの?それで強くなれりゃ誰も苦労しねぇよな」
「御託は結構です。けりを付けましょう」
ジェイのこめかみがピクリと動いた。血管がブツリと切れる音が聞こえそうだな。それと同時に、顔を覆う入れ墨が深紅に染まる。まるで内に渦巻く感情と呼応しているかのようだ。
奴は腰を低く落とすと、鞭を胸の高さに構えた。
「……調子に乗るなよ?」
「それは、自分の身で確かめたらどうですか」
「……上等だッ!」
ジェイは腕をぐるりと回すと、鋭く鞭を繰り出した。さっきまでの単調な振りとは違う。まるで鞭が生きてるのかのように、くねくねと蠢きながらウィローに襲い掛かった。
だがウィローは冷静に鉄パイプを突き出すと、くるりとパイプを一回転させた。
パァン。
「な、なに?」
あっけないほど簡単に、鞭が弾き飛ばされた。ジェイが目の前の光景に狼狽える。その隙を逃さず、ウィローは風のように駆け出した。
「クッソ!」
ジェイが再び鞭を振るうが、ウィローはスピードを緩めず、ピョンと飛び上がった。
「え……」
「バ、バカな!」
信じられない。ウィローはくねくねとしなる鞭の、その上を走っていた。まさか、今の彼女に重さはないのか?
「はあぁぁ!」
ウィローはそれで速度が落ちるどころか、よりスピードを上げた。
「くっ……そおおお!」
最後のあがきとばかりに、ジェイは鞭を手放すと、拳銃を引き抜いた。それと同時に、ウィローが跳躍する。
パアン!
乾いた発砲音と同時に、ウィローが宙返りをして、ジェイの後方に着地した。しょ、勝負はどうなったんだ……?俺は思わず、固唾を飲み込んだ。
そのとき。ウィローの体がぐらりと揺らいだ。ジェイが勝ち誇った笑みを浮かべる。だが次の瞬間、ジェイの両目はぐるりと白目をむいた。
「ごはっ……」
短い断末魔をあげて、ジェイはばったり倒れた。そして、ピクリとも動かなかった。
「や……やったな!ウィロー!それより、大丈夫か!」
俺は最大限の喜びと心配を同時に表現するという、なんとも肩の凝るリアクションをとった。ウィローが柔らかくほほ笑む。
「ええ。さっき受けた足の傷がうずいて……でも、大丈夫ですよ」
ウィローはにこりと笑って立ち上がった。よかった、銃弾は受けていないようだ。
「そうか。それにしても、さすがウィローだ!」
「よしてください。それにユキ、あなたがいたからですよ。私一人では、とても太刀打ちできませんでした。ありがとうございます」
「よせよ、あははは。けど、そう言ってもらえると嬉しいよ」
俺は喜びのあまり、思わずウィローの頭をがしがしと撫でていた。ウィローが、にゃ、と変な声を出したのを聞いて、正気に戻る。
「あ。す、すまん、ウィロー!つい……」
俺が慌てて手を放すと、なぜだかウィローは、少し残念そうな顔をした。
「あ……こ、こほん。私だって、もう子どもじゃないんですから」
ウィローはくしゃくしゃになった頭で、ぶつぶつと澄ましたこと言っている。俺は思わず吹き出しそうだったが、ぐっと我慢した。
「……そうです、子どもと言えば」
ウィローが思い出したように、あたりをきょろきょろ見回した。
ソーダとホックは、瞳をウィローの蒼い燐光に染めながら、ぽかんと口を開けていた。彼らのもとにアプリコットがゆっくりと近寄っていく。
「これでわかったでしょう?あんたたちの兄貴より、あたしたちのウィローの方が何倍も強いのよ」
ホックは茫然と、崩れ落ちたジェイを見つめている。ソーダは手からナイフをカランと落とすと、がっくり膝をついた。
「……せよ」
「え?」
「殺せよ!オレたちはあんたたちを殺そうとしたんだ!生かしておいても意味ないだろ!」
ソーダは血走った目でアプリコットを見上げた。その目には涙が溜まっていたが、ソーダはべそをかくようなことはしなかった。
「……殺しは、しないわ」
「なんでだ!あんたはオレが憎いはずだ!ならなぜ殺さない!」
「……あんたは、殺して欲しいの?」
「……そうだ!」
ソーダは、涙をぽろぽろこぼしながら叫んだ。
「ここで生き残っても、またオレたちは罰せられる……オレならいい、けどもしまたホックがあんな目にあったら……ホックは、今度こそ壊れてしまう!」
どさり。これは、ホックが膝をついた音だった。そんな彼女を見て、アプリコットは哀れそうに瞳を伏せる。
「……それでも、死ぬことはないじゃない。外に出れば」
「外だって?この町のどこに、オレたちの居場所があるっていうんだ!身寄りのない、マフィアの、獣人なんかに!」
アプリコットを遮って、ソーダが叫ぶ。アプリコットだって痛いほどよくわかっているはずだ、獣人たちの居場所のなさは。彼女はどうするつもりだろうか?
アプリコットが視線を上げた。
「わかった。ユキ、ウィロー。この子たちの処分は、あたしが決めていいかしら」
しょ、処分?アプリコットの口調は、有無を言わせない様子だった。聞きたいこともあるが、仕方ない。俺とウィローは、黙ってうなずいた。
「ありがと。さて、ソーダ。あんたはあたしに殺してくれって頼んだわね。なら、煮ようが刻まれようが、あたしに任せていいってことね?」
アプリコットの冷たい声に、ソーダはぐっとたじろいだ。が、それでも見栄を張って、なんでもないように振る舞った。
「す、好きにしろ……」
「ふぅん……上等じゃない。ならよく聞きなさい。これがあたしの見解よ」
アプリコットはずいと顔を近づけた。ソーダは怯えたように身を引いたが、すぐに恐れをはね飛ばすように、逆に身を乗り出した。二人の視線が至近距離でぶつかり合う。
アプリコットが口を開いた。
「……ばーーーーーかっ!」
ぐわ、耳がキーンとする。ウィローは目を白黒させている。それを耳元で食らったソーダは、くらくらと目を回しているようだ。
「ガキンチョが生意気に!殺してくれですって?気取ってんじゃないわよ!」
「う……るさい……お前になにが……」
「分かるに決まってんでしょ!アンタより何年長く獣人やってると思ってんの!」
「だ……だったら……」
「だからこそ言ってんのよ!まだ十年っぱかししか生きてないのに、知った口を利くんじゃないの!」
「く……さっきから言わせておけば!」
衝撃から立ち直ったソーダが、キッとアプリコットを睨み返した。
「お前にこそ、なにが分かるっていうんだ!オレたちの居場所がどこにあるのか、おしえてくれるってのかよ!」
「そんなもの、分かるわけないでしょ。そいうのは自分で見つけるものよ。誰かからもらうことはあるかも知れないけど、最後に決めるのは自分だわ」
「はん。結局あんたも、大人たちと同じことを言うんだな。偉そうなことを言うだけ言って、なにもしてくれやしないんだ。オレたちはそれが嫌で、ここまで来たんだ!けど、それで……」
ソーダの声はだんだん尻すぼみになり、最後は消え入るようだった。
「そうね。あたしは何もしないわ。けど、あたしにはアンタたちの生殺与奪権があるのよね」
「う……ど、どうする気だよ」
不安そうなソーダに対し、アプリコットはビシッと指を突きつけた。
「生きなさい!アンタはまだ、この世界の何もわかっちゃいないわ。生きて、それを見極めなさい」
「……だから!それができないから言ってるんだ!ここで死ぬより、外で飢え死にする方がマシだっていうのか!?」
「まさか。策もないのに、そんな大それたこと言わないわよ」
アプリコットは、逡巡するかのように数回耳を動かすと、髪をさっとかき上げた。
「ここからずうっと離れたところに、あたしたちがシマにしてる町があるの。そこに行きなさい」
「え……」
「遠いけど、汽車に乗れればまぁどうにかなるわよ。着いてからだけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!それって、あんたたちの縄張りでかくまってくれるってことか!?」
「いいえ。言ったでしょ、居場所は自分で決めるもんだって。そこに行ったからといって、必ずどうにかなるとは限らないわ」
ソーダは分かりやすいくらいしょんぼりした。そんなソーダを見て、アプリコットはにこりと笑った。
「けど、そこまで邪険にもしないわ。毎日のご飯くらいなら、どうにかしてあげる」
「ほ、ほんとか!」
「でも、それもあんたたち次第よ。秩序を乱すようなら、あたしたちは縄張りのボスとして、異分子を排除するわ」
「お、おう!ちゃんと言うこと聞くよ!」
ソーダは頭をぶんぶん振ってうなずいた。
「……その上で、もう一度聞くけど。あんたは、それでも殺されたい?」
ソーダはキュッと首を縮こまらせた。明るい話をされて、そのことをすっかり忘れていたようだ。
「お、オレは……」
ソーダがいいよどむ。だがその時、ソーダの袖を、ホックがくいと引っ張った。
「ホック……?」
「ソーダ、わたし……死にたくない。死にたくないよ……」
ホックの声は蚊の鳴くように小さい。それでもソーダの心には、はっきりと響いたようだった。
「ほ、ホック……オレだって。オレだって、死にたく、ないよぉ……」
ソーダの瞳から大粒の涙がこぼれだす。それを見て、ホックもボロボロと泣き出した。
「ごめ、ごめんなざい、ソーダ……わだじ、ぜっかく、ソーダが覚悟きめてぐれだのに……」
「ば、ばか……おれが、もっとお前を守ってやれながっだがらぁ……」
わあわあと泣き出した二人に、アプリコットは優しく声をかけた。
「バカね……あんたたちが悪い事なんて何一つないわ。あんたたちは自分で道を決めたんだもの。それはとっても立派なことなんだから」
アプリコットは時おり、ああして妙に優しくなる時がある。俺も前に感じたが、母親らしいというか、安心できるというか……そして今、それをあの二人も感じているようだ。二人はたまらず、アプリコットへ抱き着いた。
「うわあぁぁぁん」
「もう、なによあんたたち……こどもみたいね」
アプリコットはかがんで、二人を抱き寄せた。頬をすり寄せる三人は、まるで本当の親子のようだ。アプリコットの目にもきらりと光るものが浮かび、思わずこっちまでもらい泣きしそうだった。
「うぅぅぅ……えぐっ。ぐず、ひっぐ。よがっだねぇ……」
……スーだけは、もうすでにぐずぐずだったが。泣き方だけなら、この中で一番ボロボロだった。
「さて。あんたたち、もう大丈夫ね?」
「おう!」
「うん!」
ソーダとホックは、元気良くうなずいた。その眼には、生への希望が明るく輝いている。
「いい、あたしたちのいる町は、パコロっていうの。国外れの、海の近くの町よ。あんたたち、海は見たことある?」
ソーダとホックは、そろって首を横に振った。
「聞いたことしかないよ。青くて、水がいっぱいあるんだろ?」
「そうよ。一目見ればわかると思うわ。問題はそこまでどうやって行くかだけど……」
アプリコットは迷うように瞳を伏した。
「ほんとは、いっしょに付いていってあげたいんだけど。あたしは……」
「わかってるよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、このお兄さんたちといっしょに行かなきゃいけないんだろ?」
ソーダが親指で俺を差した。ホックもうん、とうなずいた。
「お姉さんの大事な仲間なんだよね。なら、そばにいてあげなきゃ」
「え、ええ。けど……」
アプリコットが言いよどむと、ソーダはどん、と自分の胸を叩いた。
「心配すんなって!オレたちはずぅっと、自分たちだけで生きてきたんだ。今更どうってことないよ」
「けど、今ここは鳳凰会とファローファミリーの戦争の真っ最中なのよ。無事に外へ行けるかも……」
「おいおい、オレたちはずっと見回りの仕事をしてたんだぜ?このアジトの中なんて、死ぬほど歩き回ってるよ」
ソーダは自慢げに胸を張った。そんな姿を見て、ホックがくすり笑う。
「抜け道なら、結構知ってるんだ。それこそ、子どもじゃなきゃ通れないようなものもね。何とかなると思う」
アプリコットはなおも迷っていたようだが、それを振り切るように大きく頭を振ると、にっこりと笑いかけた。
「わかった。あんたたちを信じるわ。あんたたちも、あたしたちを信じていて。きっと向こうで会いましょう」
「おう!お姉ちゃんもうまくやれよ!」
「それにね、お姉さん。わたしたち、やりたいことがあるの。他の子たちも、外に出してあげたいんだ。それで……」
ホックが言いよどむと、アプリコットは分かってる、とポンとホックの頭をなでた。
「いいわ。みんな連れてきなさい。きっとその子たちも喜ぶわ」
ホックは安心したように、ぱあっと顔を明るくした。
「ありがとう!いこ、ソーダ!」
「ああ!じゃあな、お姉ちゃん!」
ソーダとホックは手を繋ぐと、たたたっと駆け出して、部屋を出て行った。
つづく




