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第91話/Bloom

第91話/Bloom


「……!」


犬耳の少年、ソーダは、一瞬ビクリと身をすくめた。が、それでも手にしたナイフを振りかざして襲いかかる。ウィローはぎこちない動作でそれを受け止めたが、ソーダはやみくもだ。


「わああぁぁ!」


「おい、よすんだ!きみと戦いたくない!」


「うるさい!お前らは敵だ!」


ソーダは聞く耳を持たず、ぶんぶんとナイフを振り回す。


「くそ、どうなってるんだ!」


ウィローは明らかに困惑していた。九分咲の力で、向かってくる敵を問答無用で切り捨てそうになる。だが、それを理性が引き留め、結果としてあのぎこちない動作になってしまっているようだ。

それに対して、ソーダは遠慮を知らない。仇敵か何かのように、ウィローへ襲い掛かっている。


「ユキ、あの子って……」


「ああ。この前あったソーダだ」


「え!ちょっと、どういうこと!」


みんなを押しのけて、アプリコットが前に進み出た。


「なんであのガキがここにいるわけ?ていうか、なんで襲ってくんのよ!」


「くそ、俺だってわけが分からないんだ」


アプリコットは荒くなった息を、ふーっと落ち着ける。と、大声でソーダへ声をかけた。


「ちょっと、アンタ!これはどういうつもり!」


「見てわかるだろ!オレはおまえらを殺すんだ!」


「どうして!アンタ、あたしたちを見逃したんじゃなかったの!」


「見逃しただろ!二度目はないといったはずだ!」


「ちっ、強情ね……!」


アプリコットは舌打ちすると、大きくかぶりを振った。


「ソーダ、こんなことやめなさい!人殺しなんてするもんじゃないわ!」


「うるさい!オレはお前らをハイジョするんだ!」


「どうしてよ?またその男の、ジェイの言いつけでしょう!」


「そ……うじゃない。オレはただ……」


ソーダの語尾が揺らいだのを見て、アプリコットが畳みかける。


「だったら、あたしたちは敵じゃないわ!あたしたちも、あの男を倒しにきたの。なら、協力して戦えば……」


「それはダメだ!」


アプリコットがビクリと肩を震わせた。ソーダが突然、とんでもない大声を出したのだ。


「どうして!アンタまさか、まだあんな奴の言うこと信じてるんじゃないでしょうね!」


アプリコットはジェイをビシッと指差した。当のジェイは椅子に座って、ニヤニヤとこちらを眺めている。ちっ、高みの見物ってわけかよ。


「……違う」


「え?」


「オレは、兄貴の命令で戦う。けど、兄貴のために戦うわけじゃない」


どういうことだ?俺はてっきり、ジェイのホラ話を信じ込んでいるのかとばかり思っていた。アプリコットも同じだったようで、俺たちは顔を見合わせた。


「……じゃあ、何のために戦うっていうのよ」


アプリコットの問いかけにも、ソーダは無言だった。だが、その様子には鬼気迫るものがあった。適当言ってるわけじゃなさそうだぞ。


「……」


俺は注意深くソーダを見つめる。確かに、以前の彼とは様子が違う。なんだろう。

……そういえば、他の子供たちがいない。あの鳥の羽毛が生えた少女、ホックの姿も見えなかった。


「……ソーダ。一つ聞きたい」


俺が話しかけると、ソーダは目だけをこちらへ向けた。


「あの女の子、ホックはどこにいった?」


ソーダが髪の毛をグワッと逆立てた。

その時俺は、視界の端で何かが動くのを感じた。アプリコットが叫ぶ。


「ユキ!」


「ぐおっ……」


腕に鋭い痛みが走り、同時にカーッと熱くなる。俺の腕に、小さなナイフが突き刺さっていた。


「ハアッ……ハアッ……!」


俺にナイフを突き立てた張本人は、手をわなわな震わせ、激しく息を荒げていた。頭髪には真っ白の羽毛のような毛が混じり、それらをトサカのように逆立てている。


「ホ……ホック……」


「ユキ!大丈夫!?」


アプリコットは駆け寄ってくると、ホックを鋭く睨み付け、叫んだ。


「ちょっとアンタ、なにやってんのよ!」


だがそれと同じくらい、大声を上げたやつがいた。


「ホック!なにやってんだよ!」


ソーダが大声を上げると、ホックはびくりと身をすくめて、慌てて後ずさった。そんな光景を、ウィローは呆然と眺めている。ソーダは立ち尽くすウィローのわきを駆け抜け、いまだに息を荒げるホックのもとへ大慌てで走っていく。


「バカ!オレに任せて、隠れとけって言っただろ!」


「ソーダだけになんてさせられない。それに、わたしがやらなきゃ……」


「そんな必要ない!いいからソレを離せ!」


ソーダはホックの手からナイフを奪おうとしたが、ホックは指が白くなるほど柄を握りしめ、離そうとしない。歯の根をガチガチいわせて、ホックは顔面蒼白だった。それでも目だけは異様に血走っている。明らかに様子がおかしい。


「ホック、あんた……」


アプリコットがホックの豹変ぶりに、一歩後ずさった。


「……ソーダ。これが、お前の闘う理由か」


ソーダはガタガタ震えるホックをあわれそうに見つめると、視線を戻してこちらを睨み付けた。


「そうだ。ホックは傷を負ってしまった。オレは二度とこいつを泣かせないために、お前たちを排除するんだ!」


ソーダが再びナイフを構える。くそ、どういうことなんだ。


「ソーダ、説明してくれ!何があったんだ!」


「うるさい!オマエらには関係ないことだ!ここでおとなしく死ね!」


「納得できるか、そんなこと!」


ソーダは問答無用とばかりに突進してきた。といっても、所詮は子どもだ。これだけ鈍い攻撃なら、目をつぶっていても避けられる。

その時だ。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


ウィローが咆哮した。いや、絶叫と言った方が正しいかもしれない。悲痛な響きを含んだ、獣のような叫び。


「ヨクモ……ヨクモ、ユキヲッ!!」


ウィローが鉄パイプを構えてこちらへ突進してくる。その彼女の眼を見た時、俺は血の気が引いてしまった。

そこにあるのは、混じりっ気のない殺意。純粋な憎しみだけが、真っ黒な洞穴に溜まっているようだった。


「アアアアアアアアアアアアアアア!」


「よせ、ウィロー!この子たちを殺しちゃダメだ!」


ダメだ、全く聞こえていない!

怯えて動けないソーダの頭がはじけ飛ぶ寸前、俺は間一髪でソーダとウィローの間に体を滑り込ませた。ゴキン!


「ぐぅおっ……!」


猛烈な衝撃が全身を襲う。足元でバシリと音がしたと思ったら、床が俺たちを中心にひび割れてしまっていた。


「ウィ……ロー!彼らは敵じゃない!」


「ユルセナイ……ユルセナイ!」


くそ、さっきより状態が深刻だ。その時、見かねたキリーが、こちらへ駆けよってきた。


「ウィロー!話を聞いて!ウィローが言ったことじゃない!殺したくないって!」


「ウウウウ……」


キリーの声が効いたのか、ウィローの唸りがおとなしくなった。


「おいおい!殴らないのかよ!?興ざめだなぁ!」


今までニタニタ笑っているだけだったジェイが、唐突に声をあげた。


「黙れ!よくもぬけぬけと!」


「あなたが子どもたちに無理やりさせてるせいでしょ!」


俺とキリーが同時に叫ぶ。するとジェイは、おどけた様子で首を横に振った。


「いいや?俺は何にも言ってないんだ、これホント」


「信じられるか!」


「マジなんだって。聞いてみろよ、本人にさ」


本人、だと?俺はわきで腰を抜かしているソーダに目をやるが、ソーダは目をそらしてしまった。


「おーい、ちゃんと言えよ。ったく、しょーがねーなぁ。おい、お前!女の方!」


ホックがビクリと肩を震わせた。


「言ってやれ!これは自分が好きでやってることだって!」


「こっ……これは。ぅ……げほっ」


ホックは途中でえずくと、口元を手で押さえた。ソーダが駆け寄り、心配そうに背をさする。


「ホック……」


「こっ……これは、わたしが好きでやってること!あんたたちを殺す!殺す!ころす!」


殺す、と連呼するホックを見て、ジェイは満足げにうなずいた。


「さすが。いい子だ」


いい子、という言葉に、ウィローがピクリと反応した。


「……イイコ、ダト?」


「ウィロー!落ち着くんだ!」


「そうさ!実にいい子たちだ!ふふん、これで分かっただろ?この子たちは自分の意思で武器を取ってる。なら、お前たちもそれを受け止めなきゃ」


「黙れ!汚い手を使いやがって、このど腐れが!」


俺はこれ以上ジェイにしゃべらせないよう、声を張り上げた。このままでは、ウィローがまた暴走しかねない。


「……コノコタチニ、ナニヲシタ」


ウィローはゆらりとジェイを振り向いた。口調こそ静かだったが、彼女の背からは憤怒の炎がゆらゆらと燃え上がっている。


「なんだよ、そんなにひどいことしてねぇよ?ただちょーっと“お仕置き”して、言うことを素直に聞くようにしたのさ」


……だんだん事態が見えてきたぞ。ソーダはさっき、ホックが傷を負ったと言っていた。その“傷”のせいで、ホックはおかしくなってしまったんだ。そしてそれを付けたのは、他ならぬ……


「このクソッタレ野郎……こんな幼い子どもに手を上げたのか!」


「あー?失礼だな、調教とでもいってくれよ。人もどきへの躾だ、ぴったりだろ?」


「このっ……!」


「……ブッコロシテヤル!」


ウィローが鉄パイプを地面にこすらせながら飛び込んでいく。しかし、その間にソーダが割って入った。


「ソコヲドケ!」


「ふざけんな!お前の相手はこのオレだ!」


ソーダはめちゃめちゃにナイフを振り回して突っ込んでくる。が、ウィローは容赦なくソーダを蹴とばした。


「ぐあぁっ……」


「ソーダ!」


「ひゃあははは!とうとうやりやがった!どうせならそのガキもぶち殺せばいいじゃないか。そんなザコ、二秒で片づけられるだろ?」


「ダマレェェエェェ!」


ウィローは一直線にジェイへ飛び込む。ジェイは新たに、一本の鞭を手に持っていた。さっきのスパイク付の物よりも細いが、長さは倍以上ある。


「オラァ!」


長い鞭が蛇のように、鎌首をもたげてウィローを襲う。ウィローは華麗なバク転でそれをかわすと、再び距離を取った。だが、ジェイの鞭は凄まじいリーチだ。こうなるとジェイのほうが有利になる。


「くくく、形成逆転だな?」


ジェイはニタリと笑うと、鞭をぴしゃりと打ち付けた。


「ひゃはは!オラあ!ガキども、ちゃんと仕事しろぉ!」


「っ!」


ホックはびくりと身をすくめると、ガタガタ震える手でナイフを構えた。ソーダはまだ蹴られた場所を苦しそうに抑えていたが、それでも立ち上がった。


「っ!アンタたち!もうやめなさい!やめなさいよぉ!」


アプリコットの悲痛な叫びも、彼らには届かない。それだけ、ジェイの恐怖に支配されているんだ。その根源である奴を倒さなければ、彼らの目を覚ますことはできないのだろうか。


「ぅ……ぁぁぁああああ!」


ホックが叫びながら、ウィローに向かって突進した。それを見て、ソーダも走り出す。ウィローは二人に挟まれる形となった。


「まずいぞ……!」


俺の心配は二つだった。一つはウィローだが、もう一つはソーダたちだ。ウィローが容赦なく二人を叩き伏せるかもしれない……


「フッ!」


ウィローが飛んだ!

彼女は高々と跳び上がると、ソーダたちの攻撃をかわした。そのまま天井に向かって、思い切り鉄パイプを突き立てる。パイプが深々と突き刺さると、ウィローはそれにつかまって天井へ張り付いた。相変わらず、すごい身のこなしだ……


「ァァァァ……」


ウィローはパイプに足を掛けると、ぐっと力をこめた。まさか、さらに跳ぶつもりか?

その時、俺は気付いた。ウィローの目論見に気付いたジェイが、目ざとく目を光らせたのを。その視線の先に、ホックがいることを。

俺は考えるよりも早く、駆け出していた。


「ガアアアアアアア!」


ウィローが跳んだ!蒼い炎に包まれ、燃え盛る火の玉のように突っ込んでいく。

対してジェイは、鞭をブンッと大きく振るった。それは、ウィローを狙ったものではない。鞭は大きく弧を描いて、ホックの胴体へと絡みついた。


「え……」


ホックが声を上げる間もなく、ジェイは思い切り鞭を引っ張った。まるで一本釣りのように、軽々とホックが持ち上がる。ソーダが必死に手を伸ばしたが、むなしく空を掴むだけだった。

そしてジェイは、狙い通り位置にホックをほおり投げた。つまり、自分と、ウィローの間に。ジェイは、ホックを自らの盾にするつもりなんだ。


「アアアアア!」


だが、今のウィローには、目の前の獲物しか見えていない。その間に邪魔な障害物があるなら、排除するだけだ。

ウィローは拳を引いて、目の前の邪魔者に狙いを定めた。


「間に合え……!」


俺は、全力で地面を蹴って跳び上がった。


ドコォ!


間一髪だ。俺は空中でウィローを捕まえると、そのまま地面にごろごろと転がった。同時に、難を逃れたホックもどさりと落下する。ホックは今起こったことのショックで放心していたが、とりあえず無事なようだった。


「ちぇっ。つまんねぇことすんなよ。白けちまったぜ」


ジェイが口をとがらせて文句を言う。それを見てか、ウィローが俺の腕の中で、再び暴れ出した。


「ガアァァァアア!グアアァァァア!」


「ウィロー!」


パシーン!


「……」


ウィローは、なにが起こったか分からない、と言う顔で自分の頬を抑えていた。俺の手もじんじんと痺れている。力の加減がうまくできなかったから、相当な勢いで引っ叩いてしまったかもしれない。


「ウィロー……戻ったか?」


「あ……ゆ、ユキ。わたし……」


「気にすんな。荒っぽくなっちまったけどな。ぶん殴ってでも止めるって言っただろ?」


俺は片腕で、優しくウィローの頭を胸に抱きこんだ。


「自分を忘れるな。お前は、俺たちのウィローだ……それでもヤバそうなときは、また俺が目を覚まさしてやる。少し手荒だけどな」


ウィローは応える代わりに、きゅっと俺のスーツを掴んだ。


「……やっと、女の子の抱き方を覚えたようですね」


「余計なお世話だ……」


ウィローは顔を上げると、すっと立ち上がった。


「ウィロー、いけるか?」


「ええ。大丈夫です」


「……それで?茶番は終わったってのか?拍手でもしようか?」


おっと、すっかりジェイのことを忘れていた。奴はイライラした様子で鞭を引き絞っている。


「で、なにか?これで一件落着、俺が泣いて謝ればハッピーエンドってな」


「いや、そんなことは思っちゃいないさ。……お前は、泣いて謝るだけじゃ許せそうにない」


ジェイはピクピクとこめかみを引きつらせた。

俺はウィローの隣に立って言う。


「ウィロー。恐れるなよ。きみの敵は、目の前のあいつだけだ。それ以外のことは、俺がなんとかしてやる」


ウィローは目を見開くと、ふ、と笑った。


「ええ……わかりました。私の背中の、孔雀を任せます。あなたの獅子は、私が守りましょう」


ウィローは、ゆっくりと俺の前に立った。彼女の刺青は、もはやさっきまでの息の詰まるような蒼さじゃない。まるで夜明けの空のような、晴れやかな蒼だった。


「あれ……」


ウィローの刺青がおかしい。彼女の孔雀は、瞳を閉じていたはずだ。だけど今は、その瞳がゆっくりと開いている。

そして完全に開ききった時……ブワー!


「うわ……」


未だかつてないほどに、ウィローの刺青が光り輝いた。孔雀は大輪の花のように翼を広げ、今にも飛び立たんばかりだ。俺は自分でも知らずのうちに、その言葉をつぶやいていた。


「満開……」


その時、ウィローの頭上から、さっきまで突き刺さっていた鉄パイプが落ちてきた。ウィローは視線はむけず、手だけを上げてそれをキャッチする。まるでパイプ自身が主のもとへと戻りたがっているかのような、絶妙なタイミングだ。

ウィローはスゥっと鉄パイプを滑らせると、その切っ先をジェイへと向けた。


「覚悟はいいですか」


つづく

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