表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/105

第39話/ Cold Heart


黒蜜と俺はスーツの裾をひるがえすと、一歩ずつ、のしのしとボジックに近づいていった。


「へへへっ……臭ぇ身体しやがって。獣臭くて死にそうだ、おい!」


「ひっく……ひぐっ……」


「おし、それじゃそろそろ……」


「臭いのはあなたのほうではないですか?」


黒蜜はボジックの前に立ち、きっぱりと言い放った。


「……あ?んだてめぇら!おぉ?」


「さっきから、人の皮を被った獣の臭いがひどくて、たまりません。いい加減、勘弁してもらませんか」


「かっ、このチビ……!」


ボジックは黒蜜の挑発を真に受け、歯をむき出しにして怒っている。うまい。あえて男の注意を引き、自分へと誘導したんだ。これなら娘を巻き込まないで済みそうだぞ。


「なんだてめぇら、二人だけかよ?悪いけど、オレぁ手加減できないタチだぜ?一瞬でぶち殺して……」


そこまで言った時、ボジックの顔色がさっと変わった。


「お前……」


ボジックの目は驚愕に見開かれている。


「俺の顔は覚えているか、ボジックさん?」


「な、なんでテメェがここに……なら、まさか……!」


ボジックはせわしなく目をきょろきょろさせたが、ある一点を見つめてぴたりと止まった。

どうしたんだ?俺の姿に驚いたというよりは、どちらかというと……俺たちの後ろ、キリーたちの方を見ているような……?


「く、くそぉ!」


「きゃぁ!」


「あ!」


ボジックは突然身をひるがえし、娘を抱え込んだ。その手には折り畳み式のナイフが握られている。


「お前ら、オレから離れろぉ!コイツをぶっ殺すぞ!」


そう叫ぶボジックの手は激しく震え、突き立てられたナイフは、今にも娘の顔に突き刺さりそうだ。

状況を察した乗客たちが一斉に息をのむ。しんと静まり返った車内には、ボジックの荒い息だけが不気味に響いた。


「くっ!刃物なんか隠し持ってたっすか……!」


「おい、落ち着け!そんなことしたって何にもならないだろう!」


「うぅう、うるせぇ!は、離れろっつってんだ!さもないと……」


がたがた震える刃先が妖しく光る。ちっ、しかたない、。


「黒蜜。今はあの子の無事が最優先だ。ここは一旦退こう」


「はい……」


俺たちはしぶしぶ、ボジックから一歩離れた。


「もっとだ!もっと下がれ!この車両から出ろ!」


「~~~~ッ!」


黒蜜は苦虫を噛み潰したような顔できびすを返した。くぅ、これで手出しは相当難しくなってしまった。


「なにぼさっとしてやがる!お前と、あの後ろの女どももだ!」


なに?キリーたちもだって。やはりボジックは、彼女たちを妙に恐れている。前にコテンパンにされたからだろうか?


「センパイ?癪ですけど、言う通りにしましょう。早くしないと、あの女の子が危ないです」


「あ、ああ悪い。みんな、いったん撤退だ!」


「え?ユキ、どうしたの?」


「話は外でだ。今はひとまず移動してくれ!」


俺は状況が呑み込めていないキリーたちを、車外への扉にせかせかと押し込んだ。


バタン!


「くそっ!うまくいきそうだったのに!」


扉が閉まるや否や、黒蜜が堰を切ったように吠えた。


「厄介なことになったな……」


「ユキ?交渉は失敗したんですか?」


ウィローが心配そうに問いかける。


「すまない、娘を人質に取られてしまったんだ」


「あの男、アンタたちのほうをしきりに気にしてたっすよ!なにか後ろでおかしなことしてたんじゃないでしょうね!」


「な!そんなことするわけがないでしょう!あなたこそ男をヘタに刺激したんじゃないですか!」


「なぁんですって!」


「やめなさいアンタたちっ!」


もにゅり。アプリコットが二人のおしりをわし揉んだ。


「にゃあ!」


「ぎゃあー!」


「話が進まないでしょ!ユキ、埒が明かないからアンタから話してちょうだいな」


「あ、ああ……みんな、チャックラック組のボジックって覚えてるか?ほら、顔に傷がある……」


「あぁ、いたわね。え、なに?そいつがさっきの男なの?」


「ああ。それでビビったのか、いきなり暴れ出したんだ」


「えぇ?前はあんなにふてぶてしい態度だったのに?」


「いや、本当になにがなんだか……けど確か、きみたちのだれかを見てからそうなったような気が……」


「あたしたち?」


アプリコットがきょとんと聞き返す。


「そう見えたんだ。けど、その理由が……」


「う~ん……」


「ね、ねぇ?それよりも、今はあの女の子を助けてあげた方がいいんじゃない?」


スーがおずおずと手をあげた。


「……確かにそうだな。スーの言う通りだ、すまない」


「あ、ううん!そういうんじゃないんだけど……早く、助けてあげたいなって」


スーが目を細めて客車の扉を見つめる。暴力を受けた過去のあるスーには、思うところがあるのかもしれない。


「……ヤクザに言われなくたって、そのつもりでしたよ。これから彼女を救出します」


「とはいえ、どうやってヤツに近づく?中に入るにはこの扉しかないぞ」


俺は、さっき俺たちが通った扉を指さした。ここが少しでも開けば、中にいるあいつにまる分かりだろう。


「そう、なんですよね……」


「ねぇ、なら上はどうかな?」


キリーが空を指さした。


「あなた……ウチらに鳥になれっていうんですか?」


黒蜜が呆れたように首を振った。いや、けど悪くない案だ。


「上……そうか、列車の屋根。それなら上を通って、ヤツの背後をとれるな」


「え。センパイ、本気ですか?危険すぎですよ!」


「けど、今のところそれしか手がなさそうだ。ただ問題は……」


俺は列車の屋根を見つめた。そびえ立つ壁は高く、男の俺でも手が届くか届かないかくらいだ。唐獅子の力を使えば、よじのぼること自体はたやすいだろうが……


「な、なるべく静かにのぼってみるよ。少し時間がかかるかもしれないが……」


「ユキ、でしたら私が行きます」


ウィローがとん、と自分の胸を指さした。


「ウィロー?」


「自慢じゃないですが、私はこの中でなら一番身軽な自信があります。ただ、私じゃ身長(タッパ)が足りません。ユキ、持ち上げてくれますか?」


「……わかった。気を付けろよ、ウィロー。頼む」


「頼まれました」


俺は両手を組み合わせて、中腰になった。ウィローが俺の手に足を掛ける。


「いち、にの、さんでいくぞ。いち、にぃ……」


「さん!」


俺が手をぶんと振り上げると、ウィローの体は軽々と浮き上がり、客車の屋根にふわりと着地した。顔だけを突き出して、ウィローがこちらを見下ろす。


「よし。では、いってきますね」


「こっちでも隙を作れないか試してみる。じゃ、あとで」


「はい。では」


頭が引っ込んで、ウィローは屋根の陰に消えて行った。


「それじゃあ、俺たちも作戦を始めよう」


「センパイ、さっき隙を作るとかって言ってましたけど、どうするつもりですか?」


「ああ、ヤツに何か話しかけてみようと思って。少しでも注意を引ければ、ウィローもやりやすくなるだろ」


「けどそしたら、余計あの男を刺激しちゃいません?」


「そこなんだよな。だからなるべく、ヤツを怒らせないように話さないと……」


「あー……なら、ウチは向かないかもですね」


「それは、さっきさっそく言い合いになってるしな……」


となると、交渉役は俺たちの中から選ばないと、か。しかし、キリーたちは一様に俺を見つめていた。


「えーっと?」


「えっともへちまも、アンタしかいないでしょ。さっきアイツと話したのは、アンタたちだけなんだし」


「それに、ユキくん話すの上手いから。わたしたちだと、ほら、その……」


「なんなら、私が請け負ってもいい。私のトークスキルなら、どんな頑固な口もイージーオープンエンドのように……」


「よし、俺が行こう」


「そうね、それが適任だわ」


「お願いします、センパイ」


「……小粋なジョークなのに」


俺は客車の扉の前に立つと、大きく息を吸い込んだ。


「おーい!聞いているか!少し話がしたいんだ!」


ドンドン、とドアを強めにノックする。

少し待ってみても、中からは反応がなかった。


「……よし、少し開けてみよう」


キィ。俺はゆっくりノブをひねり、扉を開けてみた。


「開くな!もしそこを開けてみろ!こいつの喉も真っ二つに切り開いてやるぞ!」


ピタリ。扉をほんの少しだけ開いたところで、中からボジックの怒声が聞こえた。後ろで黒蜜たちが息をのむ音がする。俺は手を止めたが、開いたすき間を閉じることもしなかった。


「わかった!もうこれ以上は開けないと約束する!俺はただ、アンタと話がしたいんだ!」


「う、うるせぇ!俺には話すことなんかねぇ!」


「前あったことは忘れよう!俺たちも忘れる!そんな恐ろしいことはよせ!」


「ハッ、白々しいぞ!恐ろしい?お前らがよく言ったもんだな!」


なんだって?まるでそれだと、恐ろしいのは“こっち”のように聞こえるが……


「……すまない、意味がよく分からない。説明してくれないか!」


「んだと?お前たちの仲間じゃないのか!あの“天使”は!」


「て、てんし?」


俺はとっさに振り返ってしまった。

黒蜜はきょとんとしているし、スーたちも知らない、と首をふるふる振った。


「……天使っていうのは、何かの例えか!」


「とぼけんな!前やり合った時は知らなかったが、もう騙されねぇぞ!」


「なんのことだ!きちんと説明してくれ!」


「は?お前……あっはっははは!」


突然、ボジックは大声で笑いだした。


「お前まさか、ほんとうに知らないのか?」


「あ、ああ。言葉通りの意味としか……」


「ぶひゃっははは!こいつはお笑いだぜ!」


男は笑いすぎて、ドンドンと床を踏み鳴らしている。c


「くははは!こんなバカ初めて見たぜ!バカすぎるから教えといてやるよ。お前らが仲間だと思ってるやつは、実はとんでもない凶悪犯だってことをな!」


なんだって。俺は全身がこわばるのを感じた。こいつは何を言ってるんだ?


「それを知らずに、今までのほほんとしてたなんてな!しかもそれだけじゃねぇ!お前ら、もう一つでっかい爆弾を抱えてるだろ!」


「何のことなんだ!さっきから話がちっとも読めないぞ!」


「バーカ!教えてやるよ、そいつの名は……」


その時だった。

バターン!と、扉がはじけ飛ぶ音がした。続いて、がっ、という短い悲鳴。

もしや、ウィローが動いたか?俺は思い切って、扉を開け放った。


車内では、ボジックがうつぶせに倒れていた。その後ろには鉄パイプを構えたウィローが立っている。脇では解放された馬耳の娘が、母親と抱き合っていた。


「おぉ!はは、やったなウィロー!」


俺は笑いながらウィローに手を振った。だが、ウィローはうつむいたまま、微動だにしない。


「ウィロー……?」


俺が近くで呼びかけると、ウィローははっとしたように顔をあげた。


「あ、ユキ。やりましたよ。これでもう安心です」


「あ、ああ。さすがだよ。さて……」


これだけ暴れたんだ、客たちはさすがに動揺してるに違いない。俺が乗客に呼びかけようとすると……


「……なんだ?」


何とも言えない違和感があった。乗客たちが、落ち着きすぎているのだ。ナイフを持った男が暴れてたなら、もう少しざわついているものじゃないか?


「ったく、やっと終わったか……」


「やれやれ、人騒がせな連中だよ……」


「これだから人もどきは……列車が止まらなくて幸いだったよ……」


耳を澄ませると、ぼそぼそとささやく声が聞こえてくる。

ここの乗客たちは、落ち着いているんじゃない。始めから事件を気にしてなどいなかったんだ。それはつまり、獣人の母娘がどうなろうと、自分たちの興味関心にはなかったということ……


「……いきましょ。ここにいても、あんまりいいことなさそうだわ」


いつの間にか来ていたのか、アプリコットが母娘に声をかけた。スーは服がはだけてしまった娘にジャケットをかけ、優しく慰めている。

ウィローもこくんとうなずいた。


「さっき上にあがった時、後ろの方に貨物車が見えました。ひとまず、そちらへ向かいましょうか」


「……そうだな」


俺は伸びているボジックを荷物のように担ぐと、列車の後方を目指した。今はただ、この最悪な空気の中から、一刻も早く抜け出したかった。


続く


《次回は木曜日投稿予定です》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ