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第37話/Preparation


「……マジ?」


「……悪いな、おおマジだ」


「ごめんねステリア。一緒に来てくれない?」


ステリアは額に手を当て、ため息をついた。怒っているというよりは、呆れているようだ。


「……分かった。その、新年のあいさつ?ってのに行けばいいということ?」


「その通りだ。すまない」


「まあ私にも、思い当たる節はある。あれだけやれば、目をつけられてもしかたないって気もするから」


年の瀬が迫る中、俺たちはステリアのガレージにやって来ていた。一年通して温暖らしいアストラでは気付きにくいが、もうそんな時期なんだな。


「ありがとね、ステリア。もういっそメイダロッカ組に入ってくれてもいいよ?」


「それは遠慮する」


「……えーん!ユキー!」


「あー、よしよし」


俺は飛び付いてきたキリーを適当にあやした。

けどよかった、ステリアの所へ来るのがすっかり遅れてしまったから、ここで断られるとどうしようもなかった。


「それで、いつ出発なの?」


「ああ、そう言えばそうだな。来年の頭にあいさつだから、年末くらいか?」


「ああ、それ明日だよ」


「え」


「は?」


キリーはあたりまえだ、という顔でうなずいた。


「早めに本家に入って、そこで年越ししてすぐにあいさつするんだよ。言わなかったけ?」


「は・つ・み・み!」


「いひゃひゃひゃ!いひゃいいはい!」


ステリアに引っ張られ、キリーのほっぺたがびよーんと伸びる。モチみたいだ。


「まったくもう。分かった、今から支度するから、今日はもう帰って。ていうか、あなたたちもちゃんと準備して」


「いてて……は~い。いこっ、ユキ」


「あ、あぁ。じゃあなステリア、よろしく頼むよ」


ひらひらと手を振られ、俺たちはガレージを後にした。


「……しかし、まさか出発が明日だったなんて、おどろいたぞ。だったらなおさら、ステリアにはもっと早く言っとくべきだったな」


「いや、あれでよかったよ。むしろバッチリ」


「え?なんでだよ」


「ステリアはけっこう気分屋だからね。いっしょに行くって言ってくれたけど、一日経ったらその気じゃなくなってるかもしれない。だから、決めたらなるべく早く動きたかったんだよ」


なるほど。いちおう考えあってのことだったんだな……あれ、でも。


「もしも、ステリアに断られてたら、その時のことは想定してたのか?」


「え?あっははは、もう、ユキったら」


……もしかしたら、考えなんてないのかもしれない。


「あ、それと。どうして俺を連れてきたんだよ?別にキリーだけでもよかったじゃないか」


「ああ、それは簡単だよ。ユキがいたほうが、ステリアも話を聞いてくれると思ったから。あのこ、あれでけっこうユキのこと気に入ってるみたいだから」


「えぇ?それこそありえないだろ?」


「そんなことないって!現にステリア、とっても楽しそうだったじゃん」


そう言われて、俺はステリアの姿を思い出してみるが……う~ん、浮かんでくるのは、いつもつなぎを着崩して、クールな表情の彼女ばかりだ。


「やっぱり、キリーの勘違いじゃないか?きっと珍しい刺青を研究しようとしてるとかで、観察してるだけだろ?」


「ちっちっち。ユキもオトメゴコロがわかってないなぁ。アプリコットに教わってみなよ。わたしもそれでわかるようになったんだ」


「いや、きみも乙女だろう……なんで教わってるんだよ」


「え?あれ、そう言われればそうだね。なんでだろ」


俺とキリーがおしゃべりしながら階段を上っていると、がちゃりと事務所の扉が開いた。出てきたのは、アプリコットとキノだ。


「じゃ、そういう手筈で頼むわよ」


「かしこまりました。ボスも、どうかお気をつけて。と、どうも。メイダロッカ組長、ユキさま」


キノは俺たちに気付くと、軽く会釈した。


「二人とも、なにか用事があったのか?」


「ちょっとね。本家に行ってる間、留守番を頼もうと思って。シノギの引き継ぎをしてたのよ」


「といっても、上辺のごく簡単な部分ですけどね。日常業務に支障がきたないように、お手伝いさせていただきます」


「なるほどな。確かにキノなら、任せても安心だ」


「そういうことだから。じゃあキノ、後はよろしくね」


「承りました。それでは、失礼いたします。皆様もお気を付けて」


キノはおじぎをすると、階段を下りていった。


「よし、これであたしは準備完了よ、あんたたちは?」


「いや、俺は荷造りがまだだな」


「わたしもー」


「もう、早くしちゃいなさいよ。明日は早いんだからね!」


口を尖らせるアプリコットに、俺たちは揃ってはーいと返事をした。

しかし、準備といっても、俺の持ち物は何一つないからな。いざ始めてはみたものの、カバン一つの荷物すら集まらなかった。


「ふむ……暇になったな」


部屋の真ん中でひとりごちる。こうもあっさりだと、かえって不満足だ。

あ、みんなの仕度は終わったのかな。やることがあるか分からないが、手伝いにでもいってみるか。

俺はまずキリーの部屋に行ってみた。


「キリー、今いいか?」


「ユキ?うん、いいよー」


がちゃり。

キリーの部屋は、俺とよく似ていた。いや、俺の部屋は先代のお下がりだから、正しくはそっちにか。

物の少ないシンプルな部屋。テーブルのまわりは少し散らかり、灰皿には吸い殻が山と積まれている。そして壁には、日に焼けて褪せたセクシーなポスター……


「おい……」


「へ?ああ、これすごいよね。いつ見ても牛みたいだよ」


「……いやすまない、思わず突っ込んだが、そこはどうでもいいんだ。じゃなくって、なにか手伝うことはないか?」


「ん~、大丈夫かな?けっきょくそんなに荷物ないし。あっちでは一日泊まるだけだしね、せいぜい着替えくらいかな?」


「そうか」


「あ、じゃあユキ。わたしのパンツたとむの手伝って……」


「あー!邪魔したな、キリー。他のみんなにも聞いてみるから、じゃあな」


「あっ!ちょっと!」


バタン!

俺は慌てて部屋から飛び出した。とんでもないこと言うなまったく……

うーん。それにしても、みんなそんなに手間取ってはないのかな。確かに支度らしい支度は必要なさそうだが……


「まあいいか。どうせ暇だしな」


俺はキリーの隣、ウィローとスーの相部屋の扉をノックした。


「はい?ユキですか?」


「え。あ、ああ。よく分かったな」


「この組で律儀にノックするのはあなたとスーくらいですから」


がちゃり。扉が開いて、ウィローが顔をのぞかせた。

ウィローたちの部屋は、もとはスーの一人部屋だ。アプリコットが越してきた時、足りなくなった部屋を確保するためにこうなったが、以前はずっとこの部屋割りだったらしい。


「ユキ、暇なんですか?」


「まあ、ぶっちゃけな。やることがあれば、手伝うけど」


「そうですね、うーん……」


開いた扉から、部屋の中が見える。二人の部屋は、きれいにきっちり二分されていた。といっても、仕切りがあるわけではない。並んで置かれたベッドを境に、片側はきちんと整頓され、もう片方は壮絶に散らかっているのだ。


「……ああ、これですか。まったく、これさえなければ、どこに出しても恥ずかしくない娘なんですが……スーは絶望的に、片付けが下手なんです」


「み、みたいだな。はは……」


そういえば、ここのキッチンはかなり混沌としていた。そしてキッチンにまともに立つのはスーくらいだ。


「まあ、誰にでも欠点の一つはあるよな……」


「そうわけですので、声をかけるならスーにしてやってください。私は大丈夫ですが、彼女は怪しそうなので……スーは今、下のキッチンにいるはずです」


「わかった。ありがとな、ウィロー」


パタン。

さて、スーは下か。けどその前に、最後のアプリコットの部屋に寄ってみよう。さっき会ったばっかりだが、部屋にいるかな?

コンコン。


「アプリコット」


「うん?なによユキ」


ガチャリ。

桃色の髪が戸口からのぞく。


「いや、手すきなもんだからさ」


「あたし?そうね、明日の準備は済んじゃったし……」


うーんと考え込むアプリコット越しに、俺は彼女の部屋を観察してみた。

アプリコットの部屋はこざっぱりと清潔だった。整頓されているんじゃなく、純粋に物が少ないんだ。まあ、あの殺風景なアパートから越してきたばかりだからな。みんなと唯一違うのは、鏡の前に化粧品がいくつか置かれているところだった。


「……ちょっと。まさか、のぞきにきたんじゃないでしょうね」


「そ、そんなわけないだろ……」


実は少し楽しいとも思っていた。俺はアプリコットのじと目をせきでごまかす。


「……まあいいわ。せっかくだけど、あたしから頼むことはないわね。なんだったら、ステリアんとこに行ってあげたら?さっき知らせに行ったばかりなんでしょ」


「ステリアか……それもそうだな。そうしてみるか」


「それと、のぞきのシュミも大概にしなさいよ」


「だから違うんだって!」


「あはは!せいぜい気を付けなさい」


くっ、変な誤解をされてしまった……誤解だよな、うん。俺は自分に言い聞かせながら、階段を下りていった。

手狭なキッチンでは、スーが忙しそうに動き回っていた。


「スー、なんだか忙しそうだな?」


「あれ、ユキくん?」


スーはこちらに振り返ると、指に付いたソースをぺろりと舐めた。


「今は何をしてるんだ?」


「今?明日のお弁当を作っちゃおうと思って。きっと、明日は一日中汽車の中だろうから」


スーの傍らには大きなバスケットが転がっていた。ずいぶん気合が入っている。


「とうとう六人分だもんな……なにか手伝うか?」


「へ?う~ん……」


スーは腕を組んで、むむむと考え込むポーズをとった。


「……むしろ邪魔か?」


「あっ!ゴメンなさい、そういうことじゃなくって……ただこのキッチン、狭すぎて二人で立てないから……」


「あ、そうか」


手狭なうえに、ごちゃごちゃと食器の並ぶここでは、小柄なスーでも少し窮屈そうに見えるくらいだ。


「……ほんとは、いっしょにやってもらうのも楽しそうなんだけど」


「俺じゃあまり役に立たないかもしれないがな」


「ううん。キリーちゃんもウィローちゃんも、ここに立ちたがろうともしないから……」


「はは……」


そういや、お茶もコーヒーもスーにいれてもらってばかりだったな、あの二人は……

俺が渇いた笑いを浮かべていると、スーが不思議そうに口元を抑えていた。


「スー?」


「あ、ごめんね。なんだか、不思議だなって思って」


「不思議?」


「うん……こんなふうに、普通におしゃべりできる男の人って、組長さん以外だと初めてだったから」


組長……先代のことか。本当に筋金入りだったんだな。


「俺も少しは、信用できる男になれたかな」


「……ごめんね。悪い人じゃないっていうのは、とっくの昔に分かってたんだけど」


「そんなに謝らないでくれよ。スーに少しでも信じてもらえたなら、俺も嬉しい」


「うん……ありがとう」


スーはにこりと笑った。


結局、事務所に仕事はなかったな。ここまで来たら、ステリアのとこへも行ってみよう。それに、あの秘密基地のようなガレージを、俺はけっこう気に入っているんだ。


階段を下りていくと、ガレージからはガチャガチャとにぎやかな音が聞こえてきた。いったい何をやってるんだ?


「おーい、ステリア?」


「うん?なんだ、唐獅子か」


ステリアはつなぎの裾で、油の跳ねた鼻をぐいっとこすった。機械いじりをしていたのか、およそ準備をしていたようには見えない。


「支度は済んだのか?」


「してない」


「えぇ?」


「ていうか、する必要ない?私が行ってもすることないし、身一つあれば十分だと思う」


「まぁ、確かに……」


ステリアは組員でもないしな。彼女が必要ないと言うのなら、俺たちから用意してほしいものはない……


「あ、でもステリア。さすがにその恰好じゃいけないぞ」


ステリアは相変わらず、よれたつなぎとよれたタンクトップ姿だった。


「問題ない。これは私の一張羅だから」


「いや、問題しかないだろう……それに、きみについては名指しで釘を刺されてるんだよ」


「名指し?」


「きみを連れてこいって言った人がな、きちんと正装して来いって。ドレスとまでは言わないから、フォーマルな格好で頼むよ」


「……」


「ステリア?」


「困った。私、これしか服がない」


「えぇ!」


ステリアは汚れた手でぽりぽりと頬を掻いた。


「だって、仕事してたらすぐ汚れちゃうし……作業着さえあれば十分だったから……」


「そうか……それは困ったな……」


今から見繕うにしても、もう日が落ちてずいぶん経つ。店の店主を叩き起こさなきゃ、買い物なんかできないだろう。すらりと背の高いステリアじゃ、キリーたちのスーツも合わないだろうし……


「うーん……ステリア、本当につなぎしか持ってないのか?普段着とかもなし?」


「普段着……あ、一枚ある」


ステリアはすっと立ち上がると、ガレージのすみに置かれたロッカーへと歩いていった。


「確かここに……よっと!」


ガタン!錆びついた扉をむりやりこじ開け、ステリアが取り出したのは、灰色のワイシャツだった。


「師匠が着てたやつ。これだけ置いていった」


「ワイシャツ一枚か……つなぎよりはましだが、正装とはとても言えないな……」


「もうこれ以上でない。ネタ切れ」


ステリアはお手上げだ、と首を振った。


「うーん仕方ない、ならあっちに着いたらきみの服を見よう。時間はいくらかあるだろうし、首都なら品揃えもバッチリだ」


「え~……やっぱりつなぎじゃ……」


「ダメだ」


「ちっ……」


ステリアはいかにもしぶしぶといった様子だ。


「さすがに作業着じゃ会長の前に出れないよ。金はこっちで持つよう頼んでみるからさ」


「……しょうがない。わかった、付き合あう」


「悪いな、頼むよ。……それじゃあ、明日はよろしくな」


ステリアはひらひらと手を振ると、すぐに機械いじりを再開した。確かに彼女には、つなぎが一番似合うのかもしれない。


「さて……」


だけど結局、やることはなかったな。なんだか寂しいような……


「あ!ユキいた!」


「ん?」


事務所への階段をのぼろうとすると、頭上からキリーの声が聞こえてきた。

見れば、事務所の扉の前にキリーをはじめ、みんなが勢ぞろいしていた。


「……何してるんだ?」


「ユキ、たいへんたいへん!きんきゅーじたいなんだよ!」


キリーがわたわたと手を振った。


「どうした?何かあったのか?」


「……でたの」


「は?」


「アレが出たの!」


あれ?俺がみんなの顔を見回しても、みな一様に青ざめて首を振るだけだった。ウィローが神妙な面持ちで、俺の手を取った。


「ユキ。あなたの腕を見込んで、頼みたいのです」


「ど、どうしたん……」


そのとき、ウィローがすっと、俺にあるものを手渡した。それは、丸めて筒状にした……


「新聞紙?」


「それで、退治してください……黒いアレを」


……ああ、わかった。そういうことか。ヤクザといえど、アレはどうにも苦手らしい。

かくして俺の仕事は、害虫駆除に決まったのだった。


続く


《次回は土曜日投稿予定です》

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