第34話/ Calm
「……まだ、終わりじゃねえぞ」
「バカな……!くそ、どれだけしぶといんだ!」
ニゾーはふらつきながらも、ゆっくりと起き上がった。信じられない、あれほどの攻撃を受けてまだ立てるなんて!
「ここがダメだったからって、俺たちゃ諦めない。明日だろうがあさってだろうが、何度でもテメェらを殺しに行ってやる」
「なんだと!本家の命令に逆らうのか!」
「んなもん関係あるかよ。本家が耳に入れなきゃいいだけの話だ。今度はネズミ一匹逃がさねぇ、本家に逃げ込む前に確実にぶっ殺してやる」
「そのセリフ、聞き捨てなりませんね」
突然、聞き覚えのある女の声が波止場に響いた。この声、どこかで……?
「だ、誰だテメエは!」
「口を謹みなさい、チョウノメ組員。本家の決定は絶対です」
コツコツとヒールを鳴らして現れたのは、白いスーツに浅葱色の髪の女性……
「あぁ!レス!……さん」
本家の秘書、レスはつかつかとこちらへ歩いてきた。両わきにはボディガードだろう、屈強な体躯の男たちを引き連れている。
「あなたたちの決闘はすべて見させていただきました。本家代理として、私はメイダロッカ組の勝利を認定します」
「え?」
「なんだと……?」
困惑する俺たちを見て、レスは涼しい顔で続けた。
「監視がないわけないでしょう。ケンカの勝敗なんて、この目で見ないでどうやって判断するんですか」
ああ、そういわれれば……
「そしてその結果、チョウノメ組員。あなたは一時ではあるが、完全に戦闘不能になりました。メイダロッカ組は仲間の救助を優先しましたが、その気があれば、あなたは今、確実に生きていません」
ニゾーは苦々しげに歯を食いしばった。
「以上のことから、本家は全面的にメイダロッカ組の言い分を支持します。チョウノメ一家、あなたたちも速やかにこれに従うよう、他の組員に言い聞かせてください」
「……」
ニゾーはうつむいたまま、なにも言わない。だがその握り拳は、わなわなと震えていた。
「……了解しました」
ぼそりと言い残すと、ニゾーは押し黙ったまま闇夜に消えていった。
「さて。次はメイダロッカ組、あなたたちですが……」
「すみませんレスさん、大変失礼ですが仲間を治療しなければなりません。事務所にお通しするので、そこでお願いできますか」
まくし立てる俺を見て、レスは驚いたような、呆れたような表情を浮かべた。
「ほんとに失礼な人ですね、仮にも本家筋の人間に……わかりました。事務所の場所は把握してますので、あなたたちはさっさと行ってください。ここで死なれても、寝覚めが悪いです」
「恩に着ます!」
俺はウィローを抱え上げると、事務所へ猛然と駆け出した。一刻も早く、ポッドのもとへ向かわなければ!
キキー!車が止まると同時に、俺はドアを蹴飛ばすように外へ出た。
「すまないステリア!助かった!」
「構わない。早く行って」
ステリアは運転席からひらひらと手を振る。俺はそれに後押しされるように、ガンガンとシャッターを叩いた。
「ポッド!ポッド、起きてくれ!」
ウィローは、はっはっと浅い呼吸を繰り返している。その吐息が、いっそう俺の気をはやらせた。ドンドン、ガンガンガン!
「あーもううるさい!なんだってんだ!」
バターン!扉が開いて、頭にカーラーをくっつけたポッドが飛び出してきた。
「またアンタか!何度あたしを叩き起こせば気が済むんだい!」
「ポッド、すまない!ひどい怪我をしてるんだ、診てやってくれ!」
「ああ?ったく、なんでヤクザってのは夜にドンパチしたがるんだろうね。たまにはお天道様の下でやりあったらどうなんだい?」
ポッドはぶつくさ言いながらも、戸を開けてくれた。
「ふわぁ……ポッドさん、どうしたんですか?」
目をこすりながら、寝ぼけまなこのルゥが出てきた。
「ルゥ、急患だよ。悪いけど手伝っとくれ」
「あ!ユキさん、それに……わかりました、すぐ準備します!」
ルゥはくるりときびすを返し、てきぱきと用意を始めた。いつの間にか、こっちの仕事も手伝えるようになったのか。
「ユキ、早くベッドに寝かせな。症状は……聞くまでもないね。ったく、外科は得意じゃないんだがね」
ポッドがウィローのシャツをまくり上げる。鮮血に濡れた肌があらわになると、俺は思わず顔をそむけた。
「……ナイフは刺された時からそのままだ。ウィローが触らないようにと」
「賢明な判断だね。まぁ、なんとかなるだろう。お嬢ちゃん、覚悟はいいかい?」
「……私には、構わないで結構……です」
「はっ、いい度胸だ。始めるよ。ユキ坊、あんたは外で待ってておくれ」
「しかし……」
「心配なさんなって。程度にもよるだろうが、命に障りはないよ。さ、行ったいった」
「……わかった。ポッド、よろしく頼む」
俺は祈るように頭を下げると、戸を開けて外へ出た。後は任せるしかない。
雨上がりの町はひんやりとした空気に包まれていた。時おり吹く夜風が身をすくませる。
「唐獅子」
店先に停められた車から、ステリアが顔をのぞかせている。彼女は窓枠に肘をついて、タバコをくゆらせていた。
「孔雀の彼女はどう?」
「ああ、今ポッドたちに診てもらってる。大丈夫だろうとは言っていたが……」
「そう。よかった」
ステリアはふーっ、と紫煙を吐いた。
「大事な顧客が減ったら、大変」
「へへっ……今日は助かったよ、ステリア。きみがいなかったら、今ごろどうなっていたか」
「まぁ、構わない。今日はドライバーに甘んじる」
ステリアは口元のタバコをプルプルと振った。
「ところで、唐獅子は平気なの?」
「へ?ああ、俺か……」
俺はぎしっと車に背を預けた。
「正直、疲れたよ。唐獅子の力のおかげとは言え、全身ボロボロだ」
ふっと息をつくと、今まで忘れていた痛みがぶり返してきた。ニゾーにずいぶんもらったからな、あちこち傷だらけだ。
「そっか。お疲れ、唐獅子。一服やる?」
ステリアが懐をごそごそ探る。
「うん?ああ、タバコか……あれ、そういや俺って吸ってたのかな」
今まで吸いたいとは思わなかったが、ヤクザだったらスモーカーでもおかしくない。
「ふふっ、なにそれ。自分のことなのに分からないの?」
くすくすとステリアが笑う。
「ちょっとな。昔のことが思い出せないんだ」
「そうなんだ。ならちょっと、試してみる?」
タバコか。もしかしたら、何か思い出せるかもしれない。断片的ではあるが、最近記憶が戻りつつあるしな。
「そう……だな。ものは試しで、もらっていいか」
「ん。ふぁい」
そう言って、ステリアは咥えたタバコを突き出した。
「は?」
「探したら、これが最後の一本だった。まだ少し残ってるから、早く」
「え、いやしかし……」
「ん」
「だが……」
「ん!」
くっ……仕方ない。俺はおそるおそる手を伸ばすと、口元のタバコを掴んだ。
「んっ……」
指先が彼女の唇に触れる。びっくりした俺は、慌ててタバコを引き抜いた。手に持ってしまった以上、吸うしかないか……ほんのり湿ったフィルターを、俺は意を決してぱくりと咥えた。
「ぐほっ!?ごっほゴホゴホ!」
「……その様子だと、吸ってなかったみたい。無理は禁物」
「す、まない……ごほっ」
ステリアにタバコを返すと、彼女は車の灰皿にタバコを擦りつけた。
「ふわ……当分車は動かさないでしょ。少し寝る」
「ああ、お疲れさま。俺はもう少しウィローを待ってるよ」
「わかった」
ステリアはシートに背を預けると、目を閉じた。
俺はずるずると座り込むと、雲が晴れた夜空を見上げた。ウィローの容態は、大丈夫だろうか。ポッドは任せろと言ったが……俺が考えを巡らせているうちに、嵐の去った空は、少しずつ朝の白さに染まっていった。
不意に扉が開く音がした。
「ユキさん!手術、終わりました」
ひょこりと顔を出したのは、マスクをつけたルゥだ。いつのまにか、ずいぶん時間が経っていたらしい。
「ルゥ!ウィローは……?」
「ご無事です。ポッドさんも平気だろうって。もう入っていただいて大丈夫ですので、どうぞ」
ルゥに促され、俺は中へ入った。
ウィローはベッドの上で、背をもたれて座っていた。血がこびりついたワイシャツの下には、白い包帯がのぞいている。
「ウィロー!どうだ?傷は痛むか?」
「まぁ、さすがに今は少し。ただそれ以上に、七分咲の反動が来てますね。指一本動かせそうにないです。おかげで痛みは和らいでますけど」
「そうか……何かできることがあったら何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。では早速ですが、事務所に戻ってくれませんか?」
「え?」
「事務所の方で本家のかたと、話し合いがあったはずでしょう?どういう形に収まったか、気になってならないんです」
「ああ、そうだよな。わかった、いったん戻って、また知らせに来るよ」
「お願いします。私もさすがにくたびれたので、急がなくていいですからね。ユキもゆっくり休んでから、報告してください」
「わかった。ポッドもルゥも、夜分遅くにありがとうございました」
「そ、そんな!ユキさんのお役に立てるのなら、わたし、嬉しいです!」
「できれば金輪際、夜間営業は遠慮したいとこだがね」
「はは……努力します」
俺はぎこちない笑みを浮かべた。ポッドにはこの先、頭が上がりそうもないな。
「すみません、ではこれで。また改めて顔を出します!」
俺は一礼すると、戸を開け外へと急いだ。ステリアにもうひと踏ん張りしてもらわなくては。
ステリアに車を走らせてもらい、俺は事務所まで戻ってきた。
「何べんもすまなかったな、ステリア。ほんとに助かった」
「いい。今回はことがこと」
「そう言ってくれると助かる。ゆっくり休んでくれ」
「そうさせてもらう。ふぁ……ほやすみ」
ステリアは大あくびをして、ガレージへ入っていった。よし、俺も事務所へ上がろう。もうずいぶん経ったから、さすがに話し合いは終わっているだろう。どういう結果になったかな。
俺が事務所の扉を開けると、そこには屈強な黒服たちがずらりと立ち並んでいた。それらに取り囲まれるようにして、白いスーツの女性がお茶をすすっている。
「レス!……さん」
「ああ、やっと戻ってきましたか……あら、これおいし」
レスは口元を抑えると、お盆を持ったまま硬直しているスーに向き直った。
「……スーさん、あなたが淹れたのよね?」
「えっ!その、そうですっ、ごめんなさい……」
「謝ることないでしょうに。ずず……」
事務所には、キリー、スー、そしてアプリコットが、黒服たちの隙間に形見狭そうに身を押し込んでいた。自分たちの事務所で、おかしな話だが……その中で優雅に茶をすすったレスが、俺に向き直る。
「ふぅ。さて、ユキ組員」
「あ、は、はい」
「協議の結果としましては、おおむねあなたの望み通りになったと言っていいでしょう。本家はあなたたちの意見を全面的に擁護し、今後チョウノメ一家の干渉を認めません」
「そうですか……!ありがとうございます」
よし、これで最大の危機は去った。シノギも続けていけるな。でも、それを言うためだけにわざわざ俺を待ってたのか?
「それとは別に、会長から言伝を預かっています」
「俺に、ですか?」
「はい」
なるほど、そっちが本題か。
「来年の年初めのあいさつには、ユキ組員、あなたも参列するように、とのことです」
え?会長がじきじきに、俺を名指しで指名したのか?
「伝言は以上です。ただ、これだけ本家に世話になった以上、組員全員が参加するのが道理、というものでしょうね」
それは、確かにそうだが。
「メイダロッカ組長。来年のあいさつは、“六人”全員で出席してください」
「は、はい」
キリーがつっかえながら返事をする。
うん、六人?あれ、ウチはキリー、ウィロー、スー、アプリコットに俺で、計五人じゃ……?キリーも途中でおかしいことに気付いたらしい。
「あの、レスさん?六人、ですか?」
「はい。この場にはいないようですが、銀髪の彼女にも伝えてください……彼女の場合、身なりにも特に注意するようにと」
銀髪……?もしかして、ステリアのことか!
「あ、あの!すみません、彼女は……」
「言訳無用。本家の命令は絶対です。異論は認めません」
レスはぴしゃりと言い放った。キリーは何も言えなくなってしまった。
「では、わたくしからは以上です。これにて失礼します……スーさん。お茶、ごちそうさまでした」
「あっ、はい!どうも……」
スーが恐縮そうに縮こまると、レスは黒服たちをぞろぞろ引き連れ、バタンと出て行ってしまった。
「……まいったな。ステリアも組員ということになっちゃったぞ」
「ああ言われちゃうと、否定もできないね……」
キリーが苦笑いを浮かべる。
「う~んしかたないなぁ。来年の頭には、ステリアにもいっしょに行ってもらおっか。名指しで指定されたら、断るわけにもいかないよ」
「そうね……って、それはこの際どうでもいいわよ!ユキ、あんたニゾーに勝ったのね!ところで、ウィローは?」
アプリコットが矢継ぎ早に食い掛かる。
「あっ、そうだった!ウィローは無事なの?まさか、何かあったなんてことないよね!?」
「みんな、落ち着いてくれ。とりあえず、ウィローに大事はないよ。順を追って説明する、聞いてくれるか」
俺はみんなが落ち着くのを待って、一つずつ話し始めた。
「……というわけなんだ」
「そんなことが……ウィローちゃんが怪我を……」
スーが思いつめた表情で言った。俺は彼女を励ますよう、努めて明るい声を出す。
「けど、大事はないそうだから。また日を改めて見舞いにいこう」
「うん……そうだね」
スーの表情は、いくばくか和らいだようだった。キリーはそれと、と手を打つ。
「それに、ステリアにもお礼にいかないとね。ずいぶんいろいろしてもらっちゃった」
それをアプリコットが引き継ぐ。
「そしてさらに面倒をかけるわけね……年始のこと、早く伝えましょ」
「うぅ~ん、あっという間に今年が終わっちゃいそうだよ~」
「そうだな。ふぅ……」
俺はソファに深くもたれると、大きく息をついた。どうにも目まぐるしい日々が続いている。酷使していた体から、バキバキと音がするようだ。
「……とりあえず、急場はしのいだか」
「うん!レスさんも好きにしていいって」
「そうか……」
「ま、それもそうよね。これだけアガリがあるんだもの。文句なんか言わせないわ」
「あー、そこも驚いてたね。毎年ウチの組からはスズメの涙が定番だったから。たぶん絶対、本家的にはチョウノメ一家に肩入れしてんだろうなぁ」
「でもでも、ユキくんもウィローちゃんも、すごいよね!そのチョウノメ一家に勝っちゃったんだもん!」
「ほんとだよ!ね、ユキ!どうやってニゾーの兄貴に……あれ」
「……すぅ」
キリー、スー、アプリコットの三人は、そろって顔を見合わせた。そして、小さくくすりと笑いあった。
「……ずっと走りっぱなしだったもんね。おつかれさま」
「ねぇ、ここで寝かせてあげよう?起こしちゃ、かわいそうだよね」
「まったく、こういうとこは子どもなんだから……ま、毛布ぐらいは、かけてあげましょ」
「うん。おやすみ、ユキ」
続く
《次回は土曜日投稿予定です》




