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第31話/Chairman


室内は、驚いたことに和室だった。広大な部屋の一面に畳が敷かれ、壁際には屏風や掛け軸が見える。ちょうどその真ん中に、一人の老人が胡坐をかいて座っている。


「会長。メイダロッカ組が来ました。会長にご挨拶したいとのことです」


レスが老人に立って言う。その声を聞いて、老人はおもむろに顔をあげた。その顔は厳しく、刻まれたしわは深い。だが、その恰好が……真っ赤な生地に、可愛らしい魚がプリントされたシャツと、下は半ズボンという出で立ちだ。この人が、ヤクザの親分……?


「キリー……またきみの間違いじゃないよな?」


「ちょっとユキ。失礼だよ、両方に」


てことは、本当に本当なのか。


「ただ、間違いであってほしいとも思うけど……」


「え。それって」


そのとき、会長はしゃがれた、だが重みのある声を発した。


「メイダロッカぁ?」


「はい、会長。彼女が、その組長です」


キリーが一歩進み出て、会長に頭を下げる。


「お疲れさまです、会長。少し、お時間いただけますか」


会長はしばらくじっとキリーを見つめていたが、やがてにかっと顔をゆがませた。


「誰かと思えば、キリーちゃんじゃないの!ちょっと見ないうちに、ますますキレイになったねぇ」


「えへへ。ありがとうございます!」


「レスちゃんったら、言いかた固いんだもん。わし、殺し屋でも来たのかと思っちゃった」


「……そんなわけないでしょう。だったらお通ししませんよ」


「もう、レスちゃんったら冗談が通じないんだから」


「はあ……」


「あれ、会長?わたしより、そっちのほうがよかったですか?」


「わははは!キリーちゃんみたいなかわいい殺し屋だったら大歓迎だなぁ」


会長は豪快に笑う。キリーがいつもどおり話してくれて助かった。俺は口をぽかんと開けて、まぬけ面だったろうから。


「レスちゃん、何か飲み物でも持ってきてよ。プシュッとするヤツとかさあ」


「会長……一応、仕事中ですので」


「もー、固いこと言わないで~」


会長は笑いながら、レスのお尻をもふっと揉んだ。


「……」


レスは何も言わなかったが、俺はメガネの奥がギラリと光るのを見逃さなかった。

キリーは正座をして、会長の前に座る。俺もそれにならって、キリーの少し後ろに座った。


「すみません会長。今日はわたしたちからお話がありまして」


「あら、仕事ってキリーちゃんたちのことなの?それじゃあしょうがないか。やだなあ、最近こういうのばっかり。この前もウオノメ組がどうたら……」


「会長、チョウノメ組です」


「あ、そうそうそれそれ」


レスがすかさず突っ込む。さすがのキリーもあきれたように顔を引きつらせていた。


「あはは……実はその、チョウノメ組について相談したいんです」


「ふーん。っと、その前に。そいつ、だれ?」


会長はびしっと俺を指さした。


「確かキリーちゃんのとこって、女の子しかいないんじゃなかった?もしかして、彼氏?」


「へ、ああ。ご紹介が遅れました」


キリーはくるりと振り向くと、俺を手で指し示した。


「会長、ウチの新顔のユキです」


俺は無言で一礼だけした。会長は興味なさげに俺を一瞥する。この人、男と女で全然態度がちがうな……


「ふーん。ま、カレシじゃなくてよかった。そしたらワシ、泣いちゃうもん」


「はは……それで、本題なんですが」


「ああ、そうだった。なにか相談があるんだって?」


「はい。先日、会長がチョウノメ組に、ウチのシマを仕切る権利を認めたと聞きまして」


「え~?わし、そんなこと言ったかなぁ?レスちゃん、どうだっけ?」


「確かにおっしゃいましたね。先日、チョウノメ組長がいらした時です。……まあ会長は、何に対しても“ああわかった”しか返していませんでしたが」


「あ~……“雷獣”んとこの組か。すっかり忘れてた、アイツの話つまんないんだもん」


会長はあごをポリポリ掻いた。


「ごめんねキリーちゃん、そういうことみたいだよ」


「はい。ですので、会長からチョウノメ組にひと言……」


「あ~違う違う。これはわしじゃあ、どうにも出来ないってこと」


「え?」


「だって、わしが一度言っちゃったんだもん。今さらなかったことには出来ないよ~」


「で、でも……」


なおも食い下がろうとするキリーに、レスはぴしゃりといいのけた。


「メイダロッカ組長。会長の発言は絶対です。チョウノメ一家についてもそうですし、会長が出来ないとおっしゃっれば、それはどうにもならないんですよ」


レスの厳しい物言いに、キリーは言葉を失ってしまった。ヤクザの世界でほ、上下関係は絶対だ。上に噛み付くことは、決して許されない。


「うぅ……」


言葉に詰まってしまうキリー。そのとき、俺の中にある妙案が浮かんだ。


「キリー!ちょっと……」


「へ?ゆ、ユキ?」


俺はキリーの袖をちょいちょいと掴むと、声を潜めてささやいた。


「キリー、今回のことはしょうがない、諦めよう」


「ユキ!けどそれじゃあ……!」


「ああ。だから、別のことを頼んでほしいんだ」


「別のこと?」


「チョウノメ一家とは、こっちで話をつけることにする。だから本家には、その“協議の結果”を認めてもらいたい。そう言ってくれないか」


「え、え?」


「悪い、説明してる暇はないが……俺を信じてくれ」


キリーは俺の目をじっと見つめたが、すぐにこくりとうなずいた。キリーが会長に向き直る。


「会長。では、一つだけお願いしたいことがあります」


「うん?なにかな、キリーちゃんの頼みなら何でも聞いちゃうよ」


ちっ。デタラメ言いやがって、調子のいいじいさんだ。だったら発言を撤回してくれと言いたくなる。キリーはぎこちなく笑いながら続けた。


「……会長、チョウノメ一家に関しましては、わたしたちのほうで話をつけようと思います。ですので、その話し合いの“結果”を、本家で認めてくれませんか」


会長は目を大きく見開いたかと思うと、すぐにスッと細めた。


「なるほど……そうきたか。なかなかどうして、食えないねぇ」


にぃーっと、会長は歯を剥いて笑った。


「わかった。そん時は、わしが後ろ盾になってやろう。ただし、泣いても笑ってもその一回だけだ。二度目はないから、気を張りなよ」


「あ、ありがとうございます、会長」


拍子抜けするほどあっさりな回答に、キリーは若干面食らっていた。


「いいっていいって。わしは美人の頼み事には弱いんだ。それで、今日はそれだけ?この後は暇なの?」


「いえ、チョウノメ一家と、今夜落ち合う約束になってまして……」


「ちぇ、なんだよぅ。チョウノメのやつ、ほんとにせっかちなんだからなぁ。せっかくキリーちゃんと飲めると思ったのに」


「すみません。また次の機会にお願いします」


「わかった、わかった。今夜はレスちゃんと飲むことにするよ」


会長の言葉に、レスはぎくりと顔を歪ませた。キリーが立ち上がったので、俺も小さく一礼すると、それに続く。


「待ちな、兄ちゃん」


ぴたりと足を止める。振り返ると、会長は鋭いまなざしで俺を見ていた。


「兄ちゃん、名前なんっつったか、確か白い……ネギだっけ?」


た、確かに白いが……


「……ユキです」


「ああ、そうだそうだ。ユキ、お前さんの顔、覚えとくぜ」


会長の発言を聞いて、レスは珍しいとばかりに、目を丸くした。


「はい……?ありがとう、ございます」


よくわからないが、会長に顔が売れるのはいいことだろう。俺はぺこりとお辞儀して、今度こそキリーとともに部屋を後にした。

廊下を歩きながら、キリーはおどろいたように言った。


「すごいねぇ、ユキ。あの会長、男の人を覚える事なんて、めったにないんだよ」


「まあ、名前は覚えられてなかったけどな……」


「けどすごいよ……じゃなくって。ユキ、さっきのこと、どういう意味か説明してよ!あれでよかったの?」


「ああ。けど、ここだとあれだな……キリー、悪いがもう少し辛抱してくれ。今は一刻も早く、パコロに戻ろう」


「うぅ~……けど、そうだね。帰りの汽車でじっくり聞かせてもらうから。急ごう!大丈夫、今回はちゃんと客車に乗るからさ」




俺たちが汽車に乗り込む頃には、雨が再び勢いを増しつつあった。

帰り道はいたって平和で、妨害にあうことは一度もなかった。それどころか、庭に倒れていたはずの黒服たちすら、煙のように消えていた。


「一応、約束は守ってくれるみたいだね」


座席に腰を下ろしながら、キリーが言った。


「それは、さっきの話か?」


「うん。今夜わたしたちがチョウノメ一家と話をつけるまでは、本家は口出ししないでいてくれると思う……それよりユキ!早く説明してよ。これで帰っちゃって、大丈夫なの?」


「ん、ああ。少なくとも、こっちでやれることは、もうないだろうから」


俺はジャケットの雨粒を払うと、キリーに説明を始めた。


「さっきも言ったけど、本家はどうあがいても動いてくれない。あそこで駄々をこねれば、俺たちが悪いことになってしまう」


「……そうだね。ユキの言うとおりだよ」


「だったらいっそのこと、黙っててほしかったのさ」


「うん?」


「ま、掻い摘めば、俺たちとチョウノメとでうまく話をつけるから、本家は黙ってそれを認めろってことだな」


「……つまるところ、チョウノメとケンカして、勝ったほうの言うことが正しいってこと?」


「そんなところだな。本家が助けてくれないなら、自分たちでどうにかするって言ったんだよ」


「ほぇ~……ユキって時々、すっごい大胆だよね」


「これしか思い付かなかっただけだよ。思いのほかあっさり認めてくれて助かった。キリーが気に入られてたおかげだな」


「ああ、あの人……基本的に女なら誰でも好きだから。若ければ特に」


「あ、そう……」


「けどそれなら、戻ったらチョウノメ一家と全面対決だね」


「ああ、最大の問題はそこなんだ。チョウノメ一家の規模を知らずに啖呵を切ったから。けっこう大きい組なのか?」


「ん?そうでもないよ、ヘーキヘーキ、わたしたちなら行けるって」


キリーは自信満々だ。なら、案外どうにかなるのかも知れないな。俺は流れていく雨粒を車窓越しに眺めながら、ほっと一息ついた。



俺たちがパコロに着く頃には、日はとっぷりと暮れ、遠くから雷鳴が聞こえる天気になっていた。


「さ、ユキ!早く事務所に帰ろ!」


「ああ。チョウノメの連中、もう押しかけてるかもしれないな」


ニゾーとの約束は夜だ。もう夜といえば夜だし、もっと遅い時間を指しているのかもしれない。

俺たちが駅舎を出ると、目の前の道路に一台の車が停まっていた。車は俺たちが差し掛かると、パッとヘッドライトをつけた。もしや、チョウノメ一家の差金か……?


「唐獅子!メイダロッカ!」


プップーと、気の抜けたクラクションが響く。俺をこう呼ぶのは、一人しかいなかった。


「ステリア!迎えに来てくれたのか」


「うん。もうチョウノメ一家がうじゃうじゃしてるから」


「なに!」


「あのままじゃ営業妨害、商売あがったり。早いとこなんとかしてもらわないと」


ステリアの店が開いていたところは、今まで見たことないが……それよりも、やはりチョウノメ一家は動き出していたか。事務所のみんなが危ない!

俺たちは、転がるように車に乗り込んだ。


「よし。ステリア、飛ばしてくれ!」


「アクセル全開だー!」


「言われなくても、そのつもり……!」


ギアをガチャンと切り替え、ステリアは猛烈な勢いでハンドルをさばいた。ギュギュギュギュ!タイヤが道路を擦り、雨に濡れるアスファルトは白い煙を吐いた。車は矢のようにすっ飛び、事務所への道をひた走る……




チョウノメ一家は、事務所をぐるりと取り囲むように鎮座していた。車は無造作に乗り捨てられ、道路をふさいでしまっている。


「また数が増えた。これじゃあ近寄れない」


ステリアがブレーキを踏む。


「いや、ここまでで十分だ。この先は自分の足で行くよ。ありがとう、ステリア」


俺はドアに手をかけ、外に飛び出ようとした。


「唐獅子、下りるのはまだ早い。もう少し近寄れる」


「え?」


「そうだよユキ、全然いけるじゃん」


「いや、どう見ても……」


なんだろう。キリーとステリアには、俺とは違う道が見えているようだ。ステリアはともかく、キリーのいう道って……


「しっかりつかまってて」


ステリアがギアをジャコンと入れる。俺は嫌な予感がして、シートベルトをしっかり締めた。


「ぶっ飛ばす!」


ギュオン!

車は力強い唸りをあげて、真っ直ぐチョウノメ一家に突っ込んでいく。だが目の前にはヤツらの車が停められ、道は潰えている。


「ど、どうするんだ!」


「直進できないなら、迂回する」


迂回?いやだめだ、道の両脇にも隙間なんか空いていない。


「無理だ!通れっこない!」


「迂回もできないなら……飛び越える!」


「ええー!」



メイダロッカ組事務所の前には、チョウノメ組組員がひしめいていた。あたりにはケンカの前の緊張と、興奮とがないまぜになって漂っている。もうじき、突入の号令がかかるはずだ。

そんな時、グオォンと、エンジンの重低音が聞こえてきた。見れば、一台の車がこちらへ走ってくる。


「なんだアイツ?ここが通行止めなのが見えないのか」


しかし車は止まるどころか、ますますスピードをあげてきた。


「なぁ、ヤバくないか……?」


「まずいぞ、突っ込む気だ!」


「うわぁあ!」


男たちは慌てて飛び退いた。だが車だってきっと激突して……

しかし車は、縁石で前輪を跳ね上げると、ギャルンッと飛び上がった。

ガシャアン!

車は男たちの車を踏みつけ、その上を強引に突き進む。そいつは包囲網を難なく突破すると、メイダロッカ組の前で停まったのだった。

そこから三人の男女がおりてくる。




「はい、到着」


「ひゅ~う。なんだかお股が、ぞわっとしたよ!」


「し、死ぬかと思った……」


俺はふらつく足で車を下りた。窓ガラスにぶつけた頭がガンガンしている。


「さ、連中が胆を冷やしてる間に、早く事務所へ行って」


「あ、ああ。ステリア、きみも早く」


「え?いや、私は組員じゃないし……」


「ばか、なに言ってるんだ。あれだけのことをして、連中がほっとくわけないだろ。ウチのほうがまだ安全だ。キリー、それでいいだろ?」


「うん。いこ、ステリア」


「……しょうがないか。わかった、お邪魔する」


ちょうどその時、頭の上からガラガラと窓の開く音と、にぎやかな声が聞こえてきた。


「ユキ!キリー、それにステリアも!戻りましたか!」


「あんたたち、遅いわよ!待ちくたびれて死ぬかと思ったわ!」


「みんな、おかえりー!」


事務所の窓からは、留守番のみんなが今にも落っこちそうなほど身を乗り出している。


「……まったく、にぎやかな歓迎だな」


「あはは!ねぇ、こういうにぎやかは嫌じゃないね!」


「ああ、そうだな」


俺とキリーはにやっと笑うと、事務所への階段を駆け上った。


続く


《次回は土曜日投稿予定です》

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