表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/105

第13話/ Prima donna

挿絵(By みてみん)


コツコツとヒールを鳴らしてやって来たのは、ふわふわの髪をした娘だった。頭には猫のものだろうか、ふさふさの耳がぴょこんと生えている。


「久しぶりじゃない。やっぱりあんたたちだったのね」


猫娘は親しげに笑うと、俺たちと同じテーブルについた。ウィローは驚いたように目を見開いたが、同時に納得したようにこくんとうなずいた。


「アプリコット……あなただったんですね」


「白々しいわよ。知ってて来たくせに」


さっきとは一転、刺々しい口調で、猫娘は食って掛かってきた。


「今日はなんの用。いっとくけど、あたしは組には戻らないわよ」


なんだって?組に戻る?

ウィローは猫娘とは対照的に、静かに首を振った。


「……修正が二つあります。私たちは本気であなたの行方を知らなかったし、組に戻るよう説得しに来た訳でもありません」


「じゃあなんだっていいわ。あたしはもう関り合いになりたくないの。それを言いに来たのよ」


「アプリコット、あなた……」


俺は我慢できなくなって、隣に座るキリーをつんつんと小突いた。


「なぁ。この人は元組員なのか?」


「え?アプリコットは、う~ん……まあそうっちゃそうかな」


「なんだよそりゃ。どういうことだ?」


「え~、なんて言ったものか……」


俺たちがおしゃべりしていると、猫娘・アプリコットは、耳障りだというように猫の耳をピクリと震わせた。横目で俺のほうを見る。


「……誰よこいつ。見ない顔だけど」


「彼は新入りです。つい最近舎弟になったんですよ」


「ふ~ん……」


アプリコットはいちべつだけすると、興味なさげに視線を移した。


「それより、あのジジイは一緒じゃないの。あたし、あいつに一言いってやりたいんだけど。あいつのせいで、あたしたちどれだけ迷惑したか……」


ジジイ?キリーはきょとんとした顔でたずね返した。


「じじいって、おじいちゃんのこと?おじいちゃんが何かしたの?」


ああ、先代の組長のことか。アプリコットも、彼を知っているんだな。


「あんたたちのボスはねえ、あたしたち獣人を裏切ったのよ!」


なんだって?獣人を裏切った?


「え……アプリコット、どういうこと?」


「……あんたたち、ホントーに何も知らないの?」


キリーがこくんとうなずくと、アプリコットは苛立たしげに腕を組んだ。


「あのジジイ、自分の組員にすら話してなかったのね……いいわ。しょうがないから、教えてあげる」


アプリコットは、ギッと椅子に深く腰掛けた。


「あたしが組に入る前、別の店で働いてたのは覚えてるでしょ」


「うん。おじいちゃんの行き付けだったもん」


へえ。それがどうしてヤクザの組員になったんだ?疑問符を浮かべる俺を見かねて、ウィローが説明してくれた。


「彼女はもともとホステスだったのを、先代が勝手に組へ籍を置いたんです。だからほとんど組に顔を出したことがないんですよ」


な、なるほど。幽霊組員、とでも言うのか?聞いたこともないけど。


「もうっ、ちゃんと会いに来てって言ってるのに」


「あのねぇ、勝・手にって、聞いてなかった?あたしはあんたたちと仲間になったつもりはないの!」


「え~?でもおじいちゃんと会う時は、まんざらでもなさそうだったじゃん」


「ばっ、な、なわけないでしょ!適当言わないで!」


アプリコットは耳をピーンと立てて叫んだ……分かりやすい()だな。


「けどね、だからこそ分かんないよ。どうしておじいちゃんを恨んでるの?まあ確かにテキトウなとこはあったけど……悪い人じゃないことは、アプリコットもよく知ってるでしょ?」


アプリコットは口をつぐむと、キリーの顔をじーっと見つめた。キリーも負けじと見つめ返す。やがて諦めたように、アプリコットはため息をついた。


「……あいつが初めて店に来たのは、あたしが下っ端としてこき使われてる時だったわ」


その口調は誰に話すでもなく、ただ昔の記憶を思い起こしているようだった。




「あの時は地獄だった……ろくなものも食べられず、店ではこの耳のせいでいじめられて……正直、死にそうだった。けどそんな時に、あいつはやって来た」


「あいつはおせっかいで、デリカシーのかけらもなくて……気が付いたら、あたしはあいつの組の一員にされてた。そしてそこには、あたしの他にも“生き場”のない女の子がいたわ」


「あたし、きっとヤバイやつに捕まったんだって思って、大慌てで逃げ出したのよ。ちょっと前に獣人さらいが流行ったばかりだったし。まぁ結果として、あいつは何もしてこなかったけど」


「それから、あいつはちょくちょく店にも顔を出すようになった。店で獣人だからってもめ事が起こると、それを仲裁してくれるようにもなった。あいつのおかげで、獣人たちはずいぶん働きやすくなった……けどね」


「一度良くなったぶん、そこから転がり落ちた痛みはより大きくなってしまったのよ」




店におもむいて、トラブルの解消。先代は俺たちのシノギと似たようなことをやっていたんだ。そして、それは実際に成功していた。ならなぜ?


「痛みって……どういう、ことなの?だって、アプリコットだって嬉しかったんでしょ?」


キリーは納得できない、と身を乗り出した。


「そうね。ここまではよかった。けど、その後が問題なのよ」


アプリコットもずいと身を乗り出すと、キリーを真っ向から睨み返す。


「あいつに守られてる間、獣人たちは安全だった。けどある日突然、それは消え去った。あいつはふっつりと、店に来なくなったのよ」


「え?」


いままで面倒見てきたのに、いきなり?もしかしたら、その時もう先代は……


「ねえ、あいつも今日近くにきてるの?いるならぶん殴ってやりたいんだけど」


「……おじいちゃんは、もう」


キリーが物憂げに告げた。


「え……」


アプリコットは目を見開いた。


「だって……あいつ、つい最近まで」


「……おじいちゃんが、いなくなってから。まだ一年も経ってないから」


「ッ……そうだったのね。まあ、なんとなく……そうだろうとは思ってたわ」


アプリコットの耳は悲しげに伏せられていた。だが次の彼女の言葉に、俺たちは目を丸くした。


「けど……ならなおのこと。あたしはあいつを許せない。老い先長くないなら、人助けなんかすべきじゃなかったのよ」


彼女の言葉に、キリーは驚いたように声を震わせた。


「ど……どうして?助けてもらって、嬉しかったって……」


「その時はね。けどあいつがちょっかいを出したおかげで、獣人たちはいっそう目の敵にされるようになったのよ。そんな状況でいきなりほっぽかされて、あたしたちがどれだけ大変だったか……」


俺は昨日キリーとした話を思い出した。最後まで守るだけの力が無ければ、かえって人を不幸にすることがある……先代は、あの話での悪魔に変わり果ててしまったのだろうか。


「けど、けど!おじいちゃんだって、悪気があったわけじゃ……」


スーがなおも食い下がろうとするも、アプリコットはそれをぴしゃりと遮った。


「たとえそうでも、一声かけるとかはできたはずでしょ。その策が講じれなかった段階で、無責任だわ」


「……」


キリーはなにも言い返せなかった。アプリコットが言っていることは、昨日キリーが話した事そっくりそのままだったから。


「……先代については、今は置いておきましょう。大事なのは、アプリコットが私たちに協力してくれかどうか、です」


ウィローが場を仕切りなおす。確かに、いま大切なのはそこだ。俺たちには、上納金という差し迫ったリミットがある。


「っていっても、あたしの答えは出てるけどね」


ふん、とアプリコットはそっぽを向いた。


「……一応、聞いていいですか」


「ノー、よ!決まってるでしょ!」


アプリコットは、い~っと八重歯を剥いた。


「しかし、アプリコット。これはあなたたちにとっても悪い話では……」


「い・や・よ!ヤクザの言ううまい話ですって?芋虫がしゃべったって言うほうがまだ信じられるわ」


「アプリコット。そう意地を張らないでください。いい年して、大人げない」


「……あんですって。あたしが大人げないなら、あんたはちんちくちんね。そんなんだからいつまでたっても貧乳なんでしょ」


ブツン。うわ。ウィローの血管が切れた音が聞こえそうだ。

バアン!ウィローが思い切りテーブルを叩いた。スーがびくりと身を縮こまらせる。


「……言っていいことと悪いことの分別もつかねーようですね、このメス猫!」


「あーら、あんたよりはついてるつもりよ!そっちこそ、目上への口の利き方がなってないようね!」


バン!アプリコットも一歩も引かずに手を叩き付ける。これじゃ話し合いどころじゃないな。


「おい!落ち着けよ二人とも。ウィロー、俺たちはケンカをしに来たわけじゃないだろ」


「あぁ!?」


「アプリコット、あんたも。冷静になってくれ。少しくらい話を聞いてくれてもいいだろ」


「あんですって!?」


今にも取っ組み合いをしそうな彼女たちを、俺は無理やり押し戻した。


「まずは、話し合いから……」


「ふん!あたしは話すことなんかないわ!これでこの話は終わり!お金はいいから、とっとと帰って。あたし、この後忙しいの。延長料は……高くつくわよ?」


彼女があごでしゃくった方を見ると、屈強な姿の黒服たちが、大勢でこちらを睨んでいた。その荒々しい風貌はまるで狼の群れだ。


「あっ!ちょっと待ちなさい!話はまだ……」


俺たちが気をとられている間に、アプリコットはコツコツとヒールを鳴らして行ってしまった。


「……困ったことになったな」


「はぁ、全くです!」


「とりあえず……ここを出ようか。長居してもいいことはなさそうだ」


俺はいまだ怒りまくるウィローを引きずりながら、店を後にした。




車まで戻ってくるなり、ウィローはガスンとタイヤを蹴りあげた。


「なんなんですかあのメス猫!ちょっと出世したからってえっらそうに!」


「こーら。ウィロー、一応同じ組員なんだから。悪く言わないの」


キリーがなだめるように声をかける。しかし、その声は明らかに元気がなかった。そりゃそうか、慕っていたじいさんのことを、ああもいろいろ言われちゃな。


「けどあの人、本気でおじいさんのこと嫌ってるようには見えなかったね。ちょっと怖いけど、悪い人じゃないのかも……」


「ちょっとスー、あなたどっちの味方ですか!」


「えぇ!?」


「……なんにせよ、目下の問題は。このままじゃ金が集まらないってことだな」


結局のところ、そこが大問題だ。


「もういっそのこと、あの店を襲ってむしり取りますか」


え……俺たち三人が凍り付いたのを見て、んんっとウィローが咳払いをした。


「冗談ですよ。あれだけ大きな店だと手を出しづらいです」


「……きみが言うと、冗談に聞こえないんだよな」


そうですか?とウィローは首をかしげている。


「けど、本当に大きな店だったな」


俺はプラムドンナのまばゆい内装を思い出した。あれだけ箱がでかいと、きっと稼ぎも大きいのだろう。


「だけど……獣人って、身分が低いんだよな?アプリコットはどうやってあの店のオーナーになったんだろう」


「そう言われれば……」


それだけじゃない。彼女は風俗街を掌握するボスでもあるのだ。夜の女帝ってのは聞いたことがあるが、現実に年端もいかない娘が街一つを牛耳るとなると、一筋縄でいかないだろう。


「……なにか、カラクリがあるんでしょうね」


ウィローがこめかみを押しながらつぶやいた。


「ですが……もしその秘密を暴けたなら」


俺はこくりとうなずいた。


「シノギがうまく流れ出すだけじゃない……ひょっとすると、もっとでかい金鉱にぶち当たるかもな」


アプリコットがどんな手を使ったのかはわからないが、風俗街のボスという、絶大な権力を生み出す秘密だ。俺たちが一枚噛めれば、大きな利益につながるに違いない。

儲け話の予感に、キリーがにわかに瞳を輝かせた。まさしく、現金なやつだ。


「いいじゃん!わたし、そういう話だいすき!」


「よし。それなら、この辺りをうろついてみないか?なにか手がかりがあるかもしれない」


「……そうですね。このまま手ぶらで帰るよりかはマシそうです。ですが」


ウィローはぴっと人差し指をたてた。


「行くなら個人個人で行きましょう。私たちが固まって動いていると目立ちすぎます。アプリコットの目にとまったら、何されるかわかったものではありません」


それは確かにそうだ。背後から闇討ちなんて、冗談にもならない。


「わかった。じゃあ各々ある程度聞き回ったら、ここで落ち合おう」


「りょーかい。ユキ、お小遣い持ってる?持ってるね、おっけー。ふふ、この辺はひさびさだから楽しみだな。じゃあね!」


言うが早いか、キリーははずむように駆け出していった。


「では、私も行きますね」


「……ウィローちゃん、一緒に行っちゃダメ?わたし、こういうとこは怖くって……」


「もう。スー、あなた話を聞いていたんですか?」


なんのかんの言いながら、二人は連れ立って町へ消えていった。


後にはぽつんと一人、俺だけが残された。


「……俺の相棒はお前だけだよ」


俺が車体を撫でると、ボロ車は冗談じゃない、というようにぎしぎし揺れた。くそぅ……


続く


《次回は土曜日に投稿予定です》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ