表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/105

第12話/Theatre

挿絵(By みてみん)


「よーし、出発しよー!」


あたりが本格的に茜色の化粧を始めた頃、俺たちは事務所の下に集まっていた。


「“ボス”がいるという店は……ここです、プラムドンナ。メインストリート沿いですから、ちょっと遠いですが」


ウィローが薄暗がりの中、地図を見ようと顔を近づけている。


「そうなの?じゃあ車で行こうよ!」


キリーが笑顔で言うと、ウィローとスーはそろってギクリと震えた。


「え、えーっと。わたし、今日は歩いて行きたい気分かな~って?」


「そ、そうですね。そのほうが健康的ですし、それがいいんじゃないですか?」


「えー。ねぇ、ユキはどう思う?」


「え、俺か?」


車って、タクシーか何かかな。いや、金がないからバスか。

急に話を振られた俺は、必死に首を振るウィローたちには気付けなかった。


「車でいいんじゃないか?そのほうが楽だろ?」


「だよね!さすがユキ、話がわかるよ!」


キリーは俺の肩をバシバシ叩くと、スキップでビルの裏へと消えていった。あれ、おかしいな。あっちには俺たちが日中働いていたスクラップ置き場しかないはずだが。


ふと気付くと、じとーっとした視線が二つ、俺を見つめている。


「な、なんだよ二人とも。俺がなにかしたか?」


「うぅぅ~、したというかこれから起こるというか……」


「はぁ、まあこれも新入りへの洗礼だということにしましょう。習うより慣れろとも言いますし」


「えぇ~ん、あんなの慣れっこないよ~!」


二人はとぼとぼキリーを追っていく。なんだ、なにを嫌がっているのだろう。


「お、おい。二人ともなんの話を……」


ガラガラガラ。ギギィー!


うわっ。なんだ?けたたましい音が鳴り響く。

キョロキョロ辺りを見回すが、スクラップの山しか見えない。いや、待て。山の片隅に何かある。あれは……車庫?

錆びや痛みのせいでほとんどスクラップと同化しているが、車庫がある。そのシャッターがゆっくり開いているのだ。ギギッ、ギギィー!

シャッターが開ききるかというところで、中からバボンッ、とくぐもった爆発音が響いた。


「やった!今回は一発でかかったよ!」


キリーの声だ。

やがて車庫が完全に開くと、中からドルドルと唸るおんぼろ車が姿を現した。


「どう、ユキ?我が一家の愛車、えっと……ジェシーだよ!」


「あれ?キリーちゃん、この前はファニーって言ってなかった?」


「へ?そうだったっけ?まぁなんでもいいや」


ジェシーだかファニーだか知らないが、ともかくその車はそうとう年季が入っていた。塗装は剥げ、あちこち傷だらけ、おまけに左のサイドミラーが取れてなくなっている。


「お、おいキリー。この車で行くのか?」


「そうだよ?大丈夫、こんな見た目でもけっこう速いんだから」


むしろ速いほうが恐怖を感じるが……ウィローたちの憂鬱がなんとなく分かってきた。


「さっ、みんな乗って乗って!」


キリーが運転席から手招きする。


「ま、待ってくれ、きみが運転手……?」


「だからそうだってば」


「免許は!きみ、免許もってるのか?」


「じゃじゃーん。これな~んだ」


キリーがひらひら揺らすそれは、日本とフォーマットこそ違えど……


「免許だ……」


「へへ~。さ、もう文句はない?」


愕然とする俺に、ウィローはあきらめろ、と首を振った。


「この町では、金さえ積めば赤ん坊でも免許が持てます。例え絶望的に運転が下手でも……」


「えっ。ウィロー、最後のはどういう意味……」


「ほらー早く乗ってよ!もう出るよ~」


なぜだろう。車の戸口が、地獄の釜の口に見えてきたぞ……




「ぐあっ。キリー、そこ道じゃないぞ!?」


「あれ?ごめーん、乗り上げちゃった」


「うわわわわわ、地面が二つに見えるよよよよ」


「スー、だいじ、うおぉ!?」


「あっ!危ない、赤信号だったよ」


「ぐえっ。ブレーキが……」


「ギャーー!ユキ、どこに触ってるんですか!」


俺たちは三人そろってもみくちゃになっていた。みんな後部座席に座っているのは、誰一人として助手席に乗りたがらなかったからだ。後ろの方が、まだ少しは安心だろ?

しかし、この揺れでは……向こうに着くころには、俺たちは一つに溶けてバターになっているかもしれない……




どうにか個々の姿を保ったまま、俺たちは目的地に到着した。


「いやー、楽しかった~!ひさびさのドライブだったね」


「みんな、無事ですか……脱落者はいませんね……」


「うぅう~、目がくらくらするよぉ」


「……ひどい目にあった」


キリーの運転は、何というか、普通に下手だった。別にスピードをぶっ飛ばすわけでも、むちゃくちゃなハンドルさばきをするわけでもない。ただ曲がり角の度に路肩に乗り上げるわ、急ブレーキや急アクセルだらけで、地味~な衝撃が積み重なるのだ。

うぅ、まだ脳みそが揺さぶられている……。


「くっ、シノギがうまくいったら、今度こそ私が免許を取ります……今は資金的に厳しいですが、このままでは……」


「頼む、そうしてくれ……」


「あれ、みんななに疲れてるの?もういくよ~」


くそ、なんで当の本人はへっちゃらなんだ。

まだ目が回っていたが、それでも俺たちは夕暮れの町を歩き出した。


メインストリートと呼ばれたこの通りは、名に反して地味な装いだった。俺なら、商業密集通りと呼ぶな。大小さまざまな店が軒を並べ、凸凹の町並みはでたらめに詰めこまれた本棚のようだ。

しかし、見た目の派手さこそないが、ここには確かな活気があった。まだ夜の早い時間だというのに、あちこちの店に赤提灯が灯り、うまそうな匂いが辺りに漂っている。俺がこの町で働いていたら、確かにここで一杯ひっかけたくなりそうだ。


「不思議だなぁ。こういうとこの雰囲気はどこも似てくるものなのかな」


「あんまりキョロキョロしないで下さいよ。子供じゃないんですから」


「わ、わかってるよ……」


グウゥ。

おっと。腹の虫が……


「あはは、ユキったら。食べる事ばっかり……」


ぐー。


「ありゃ。わたしもか、へへへ……」


キュゥ。


「……あれ。今のは?」


「あ、や、やだ!」


見れば、スーが顔を真っ赤にして、ぶんぶん手を振っていた。


「……ぷ」


「ちがう、あの、違うんだよ!」


「ユキっ……笑っちゃだめだよぅ、ぷくく」


「ぶっ……くくくっ。笑ってないぞ、全然」


「もぉ~~~!」


が、奥へと歩を進めるほど、通りの装いが変わってくる。赤からピンクへ色が変わり、インモラルな空気が辺りに満ちる……


「……」


「あれ?ユキ、ずいぶんおとなしくなったね」


「……慣れてないんだよ、こういうの」


どうしてキリーたちは平気なんだろう。あ、いや、スーは違ったけど。

辺りの店の前には、大抵キャッチの男か、煌びやかに着飾った女がいた。その女性たちの恰好がすごい。はだけているのは当たり前、ほとんど下着姿だとか、裸に布きれを巻いているだけ、なんてのもあった。

女性たちはみな自分の体を惜しげもなくさらし、誘惑の言葉を投げかけてくる。キリーたちが一緒じゃなかったら、とっくにつかまって引きずり込まれているだろう。


「変な話ですね。男のあなたのほうが照れてるなんて」


「ほんとだな……きみたちはどうとも思わないのか?」


「まあ、同じ女性ですし。そこまで気にしませんよ」


ウィローがけろりと言った。


「そんなもんか……?」


「あっ、でもほらウィロー。あっちに男娼がいるよ」


「へぇ。珍しいですね。どこですか」


「ほら、あのすごいカッコしたお兄さんの……」


「わー!もう、キリーちゃん!ウィローちゃんも行くよ!はやく!」


もう耐えきれないとばかりに、スーが二人を引きずってずんずん歩いていく。俺はキリーの指さしたほうをちらりと見てから、こうつぶやいた。


「……頭が痛いな」


そのまま通りを進んでいくと、やがて突き当りにひときわ大きく、またどこよりもまぶしく輝く店があった。


「あれがプラムドンナです。ショーパブと聞いていますが、まるで劇場のようですね」


「すごいな……ぜんぜん雰囲気が違うぞ」


プラムドンナ。そう縁取られたネオンの看板が煌々と瞬いている。大きな門構えは、高級な映画館を想像させた。


「……なんだか入るのをためらうな」


「……なんか、入りにくいね」


え?俺のつぶやきと、スーの言葉がぴったり重なった。スーとぱちくりと見つめ合う。


「わぁ、すごーい!早く入ってみよう!」


「そうですね。とっとと行きましょう」


しかし俺たちにお構いなしに、二人はさっさと行ってしまった。


「……行こうか」


「そうだね……」


重厚な扉の前には、かっちりしたボーイが立っていた。この前の店にいた胡散臭い男とは、大違いの清潔感だ。


「いらっしゃいませ。四名様でよろしいでしょうか?」


「はーい。お願いしまーす」


「かしこまりました。それではご案内致します」


ボーイが扉を開ける。重そうな戸は、しかし少しもきしむことなく、なめらかに開いた。

廊下には、ふかふかの絨毯が敷かれていた。防音がなされているのか、中に入ったとたん、外のがやつきは何も聞こえなくなった。俺たちの足音だけが静かに続いていく。


やがてボーイは足を止めると、こちらに振り向いた。薄明かりに照らされたボーイの顔を見て、はっとする。

このボーイも獣人だ。見た目はほとんど普通だが、瞳孔が蛇のように細く、時折のぞく舌先は二股に割れている。


「お客様。フロアにご案内する前に、当店のルールについてご説明致します」


蛇のボーイは、瞳を細めた笑みを浮かべた。蛇が笑うと、こんな顔になるのだろうか。


「当店はキャストのショーを楽しんでいただく店となっております。くれぐれもキャストへのおさわりはご遠慮ください。ルールに違反した場合には、“強制的”にお帰り頂きますので」


強制的……なかなか物騒だな。


「以上のことにお気をつけて、当店をお楽しみください。ご理解いただけましたなら、どうぞこちらへ」


ボーイの後ろには、もう一枚扉があった。ボーイがその金色の取っ手を握り、内側にゆっくりと開いていく。まぶしい光が、すき間からあふれ出した。


「わぁ……」


そこに広がっていたのは、巨大なホールだった。スポットライトに照らされるステージを囲んで、いくつものテーブルに客が座っている。今の演目なのだろうか、フロアにはゆったりとした歌声とオーケストラが流れていた。


ボーイは奥のテーブルへと案内すると、一礼して下がっていった。いいぞ、ボスと話すにはうってつけの席だ。あれ、ところで注文はどうするんだろう。


「なぁ、どうやって店員を呼ぶんだ?呼び鈴もないぞ」


「え?ああ、その時は彼女たちに頼むんですよ」


そう言うと、ウィローはさっと手をあげる。すると近くを歩いていたバニースーツ姿の女性が、銀のトレイを小脇にこちらへやって来た。

なるほど、彼女がウェイトレスなのか。よく見れば客席の間をバニーガールが行きかって……じゃないな、あの耳は本物っぽいぞ。彼女たちもみな獣人だ。ルゥと同じ、ウサギの耳を持つ女性たち。


「こんばんは。なにか御用ですか~?」


「シャンパンを一本お願いします」


「シャンパンね。そっちのお兄さんも同じでいいかしら?なんだったらオススメを案内するわよ~?」


バニーが身をかがめて、俺の顔を覗き込んだ。大きく開いた胸元から豊かな谷間がのぞく。俺は必死に顔をあげた。気を抜くと目線が落ちて、釘付けになってしまいそうだ……

そんな俺を見かねてか、ウィローがうんざりしたようにシッシッ、と手を振った。


「結構ですので。とっとと行ってください」


「あら、ごめんなさい。またね、お兄さん」


バニーガールはちゅっ、と投げキッスをよこして去っていった。ほけーっとその後姿を見続ける俺に、ウィローがしかめっ面を浮かべる。


「ちょっと、しゃんとしてください。そんなんじゃ尻の毛まで毟られますよ」


「へ?あ、ああ、そういうことか。リップサービスとかいう……」


店の高級な雰囲気にのまれていたが、ここは“そういう”店だった。彼女たちは客をとろうと虎視眈々なのだろう。


「でもこういうお店はひさびさで楽しーね!よくおじいちゃんと行ったっけなぁ」


キリーはあちこちきょろきょろ見回して、興奮気味だ。……先代も、女の子連れで来るなよ、こんなとこ。


「どうせならスーツじゃなくて、パーティドレスで来たかったね」


スーが地味な格好の自分を見下ろして、ため息をもらす。


「あなたたち……ここに来た目的を分かってますか。タダで飲めるわけじゃないんですからね!」


ウィローが眉を吊り上げた。


「今回もうまくいかないと、いよいよわが組の金庫が宙に浮き始めます。資金的にも時間的にも、なんとしてもここで決めますよ」


おっと、そうだった。俺が言い出しっぺである以上、計画を成功させなければな。


ほどなくして、さっきのバニーガールがシャンパンをトレイにのせてやって来た。


「お待たせ~、シャンパン入りまぁす」


「どうも。これ、取っておいてください」


ウィローは紙幣を二枚取り出すと、バニーに差し出した。チップってやつかな。


「ありがとうございまぁす。はい、どうぞ」


バニーはぐっと腕を寄せ、胸の谷間をずい、と突き出した。


「……なんのつもりですか」


「あは、お客様のお気持ちに対する、ちょっとしたサービスですよぅ。トクベツ、ですからね?」


バニーはウィンクすると、ぷる、と谷間を揺らした。そこに挟め……ということらしい。


「……まったく、悪趣味な店ですね。反吐が出そうです」


「うふふ、お褒めに預かって光栄でぇす」


ウィローは乱暴にお札をねじ込むと、さらにもう一枚お札を取り出して言った。


「オーナーと話がしたいのです。メイダロッカから話があると、伝えていただけませんか」


バニーは目をぱちくりさせると、すぐににこりと頷いた。


「かしこまりました。お任せください」


ウィローは無言で頷くと、お札をゆっくりバニーの胸元へと差し込んだ。


「そのほかに、わたくし共でお手伝いできることはありますか?」


「いえ、結構です。行ってください」


バニーはすっと身を起こすと、軽く会釈だけして去っていった。


「さて、これでうまくいけばいいのですが……」


「そうだな。けど、これほど大きな店とは。ここぐらいの店なら用心棒(ケツモチ)も必要ないかもな……」


「どうでしょね。ここの従業員は獣人ばかりですし、トラブルは起きやすいと思うんですが」


「ああ、そういえば。どうしてここは獣人ばかりいるんだろう?」


「ここのオーナーも獣人なんだそうですよ。そうとうやり手で、頭が切れるようです。老舗でありながら落ちぶれていたこの店を、一年で立て直したとか」


へぇ……身分の低い獣人なのに、すごい成り上がりだな。ずいぶん腕が立つみたいだ。


「手強そうな相手だな」


「そうでしょうね。ただ……」


「うん?」


「手強いというか、抜け目がないというか……なんにせよ、一筋縄ではいかない気がするのです。底意地が悪いとか、性根が曲がったとか……うまく言えないのですが、なんとなく」


またか。この前もそうだったが、ウィローはここのオーナーについては妙に歯切れが悪い。何か知っているのだろうか?


「ウィロー、いったい何を……」


「あーら、あたしのことそんな風に思ってたのね」


なんだ?ウィローのじゃない声が帰ってきたぞ。この声の主は……?


続く


《次回は木曜日投稿予定です》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ