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第107話/Yakuza

第107話/Yakuza


「みんな、おまたせー!ごはんにしよー」


スーが、ほこほこと湯気の立つ巨大な鍋を、でんとテーブルに置いた……スーもこの数か月で、ずいぶんたくましくなった気がする。


「うーん、いいにおい!スーのごはん、ひさしぶりな気がするね」


キリーが鼻をすんすんいわせると、スーは申し訳なさそうに笑った。


「あはは、ごめんねぇ。最近ずっとバタバタしてたから、ありあわせばっかりで。その分、今日は腕によりをかけたよ!」


スーがぐっとこぶしを握る。そういえば、メイダロッカ組のみんなが集まるのも久々だ。こっちに戻ってきてから、長期不在の後始末に追われまくっていた。各々外で済ませることばかりだったな。


「ね、せっかくだから乾杯しようよ!カンパイ!」


キリーがガタン!と勢いよく立ち上がる。イスがひっくり返りそうになって、ウィローが眉をひそめた。


「ちょっとキリー、なにを突然……」


「あら、いいじゃない。音頭はアンタがとってよね、組長さん?」


「アプリコットまで……もう」


「あはは、いいじゃない、ウィローちゃん。わたしは賛成!」


ウィローはあきらめたように笑うと、グラスを持った。ちらりとステリアのほうを見るととっくにグラスを手にしている。俺はにやりとわらうと、透明なさかずきを掲げた。


「えーっと……組長として……えー……」


キリーはしばらくうんうんうなっていたが、結局いいセリフは思いつかなかったようだ。


「もういいや!このサイコーの組員といられて、わたしはすっごくハッピーだよ!メイダロッカ組にかんぱーい!」


「かんぱい!」


ガキン!遠慮も何もない、ガラスが砕けそうなほどの乾杯が、五回鳴り響いた。




「アプリコット、そろそろ聞いてもいいか?」


乾杯から少し経ったころ、俺はアプリコットに声をかけた。アプリコットは、こくりとうなずく。


「なになに?どうしたの?」


「キリー。アプリコットが、気になることがあるらしいんだ」


俺たちの会話に、みんなも視線を向ける。アプリコットは、おもむろに口を開いた。


「……今日、プラムドンナのみんなにあってきたの。最近はあの辺の治安もちょっとずつよくなってきてて、前に比べてずいぶん過ごしやすくなったって言ってたわ」


「よかったじゃないですか。それが、気になるのですか?」


「いいえ。そのあとに、うわさを聞いたのよ」


「うわさ?」


「そうよ。最近、獣人たちの間でちょっとずつ広まってるうわさ。あたしはキノから聞いたんだけど、キノは最近流れてきたばかりの獣人から聞いたって」


キノ、か。俺は、あの蛇のような切れ長の目を思い出した。彼が変なうわさをうのみにするとは思えないが……


「キノの話では、その獣人は首都から逃げ出してきたんですって。っていうのも、最近首都はすっごく物騒らしいの。毎日人が死んでるみたいで、サイレンのならない夜はないってことらしいわ」


「ええっ。どうしてそんな物騒に……あ」


スーははっとしたように、口を覆った。


「……もしかして、あの戦争のせい?」


「らしいと、あたしは睨んでるわ。ま、あんだけ派手にやったんだもの、余波がないわけないわよね。で、その獣人は首都を逃げ出すことにした。西のほうに、獣人に寛容な街があるって聞いたから、そこを目指すことにしたそうよ。ふふっ、あたしたちも有名になったわね」


そこまで話すと、アプリコットは一度グラスを傾けた。


「ふぅ。で、ここからが本題。その獣人がここに来る途中、ある街に立ち寄ったの。そこで、とんでもない話を聞いたんですって」


「とんでもない、はなし……?」


キリーがごくりと唾をのむ音が聞こえる。


「そう。それは、獣人による人間の統治国家の建興……早い話が、クーデターを起こしてこの国を乗っ取ろうってことね」


く、クーデター?それも、獣人たちによる、獣人のために国を作るなんて……どこかで聞いた話じゃないか。


「それって、マフィアが獣人たちに言ってたこととそっくりだよね。マフィアのは首都限定だったけど……」


「ええ。あいつらが言ってたことを、そっくりそのまま……じゃないわね。より過激にしたようなことを言い出す奴らが現れたってこと。いわば、獣人オンリーのテロ組織が出来上がりつつあるってことらしいわ」


「それは……きな臭くなりそうな話ですね。それもやはり、マフィアとの戦いの影響でしょうか」


「どーなのかしらねー……あたしもそこより詳しくは知らないんだけど。あの後、首都はどうなってんのかしら?」


アプリコットは少し酔った様子で、こてんと首をかしげた。


「あ、それなら。本日、レスから電報が入りましたよ」


「でんぽう?電話じゃなくて?」


「ええ。電話だと、通信傍受の可能性があるとかなんとか。やっぱり、むこうはまだ落ち着いていないようですね」


そうだな。傍受を心配するってことは、盗み聞きしそうな相手の心当たりがあるってことだ。


「電報の内容としては、鳳凰会四代目と、ファローファミリーボスとの間で、和平条約が結ばれた、とのことでした。一応は、これで終戦となったわけです」


鳳凰会、四代目……つまり、レスのことだ。そうか、晴れて会長になったのか。


「“代行”が、取れたんだな」


「はい。これもつい最近のことらしいですが」


「けど、ウィローちゃん。戦争が終わったなら、どうして事件ばかり起きるんだろう?」


「大部分は、致し方ないところがあると思いますよ。和平とは言っても、ファローファミリーは相当譲歩しているはずです。なんせ、自分たちが起こした戦争で、自分たちの裏切り者から守ってもらったんですから。実質、ヤクザが首都を取り戻した形になったわけです」


そうか。それなら、マフィア側から不満の一つや二つ上がるだろう。


「けど、よく条約が結べたな。ファローのボスって、ジェイなんだろ?」


パコロに戻ってから、風のうわさに聞いた話だと、次のボス、ゴッドファーザーには、あのジェイが就任したそうだ。俺はてっきりキューかクロがなるもんだと思っていたから、びっくりしたものだ。


「ええ。まあいろいろ理由はあるみたいですが、一番の理由としては、“鳳凰会には獅子がいるから”らしいですよ」


「なっ……なに?」


「あっちじゃそうとう話題になったそうです。鳳凰会には伝説の極道がいて、組が危機に陥ったとき、唐獅子の刺青と共に組を救うとか」


「へー!ユキ、すごいじゃん!伝説の極道だって!」


「じ、冗談じゃないぞ。なんでそんなことになったんだ?」


「さあ。ただ、いかんせんあなたの墨は目立ちますから。それにあなたは、ゴッドファーザーを破った男ですよ。マフィアが意識するのも無理ないかと」


「あっははは!ということはユキ、あんたは生ける伝説ってわけね!」


「か、勘弁してくれ。リーマスに勝てたのは、みんなの刺青の力があったからだ。それ以外だって、俺一人でどうにかしたわけじゃないぞ」


「伝説なんて、そんなもんじゃないですか?それに、レスはあなたに感謝してると思いますよ」


「え?レスが?」


「『ウチには唐獅子がいるんだぞ』って言えた方が、交渉がしやすそうじゃないですか?」


そ、それは確かにそうだが……もしや、そのためにレスが広めたんじゃないだろうな。


「おそらく、ジェイがボスになったのもそれが理由じゃないですかね。一応彼は、ユキには負けてませんから」


ああ……クロとキューは、俺に命を救われている。そいつらがボスになったんじゃ、そこにつけ込まれてしまうってわけだな。


「……とまあ、これが一連の出来事です。しかし、あれだけ大きな戦争でしたからね。火種なんか、そこら中にくすぶってると思いますよ」


「……またいつか、戦いが起きるのかな」


スーが不安そうに、ぽつりと呟いた。それを見ていたキリーが、ポンとスーを撫でる。


「キリーちゃん?」


「スー。それはきっと、しかたないことなんだよ。わたしたちはヤクザ。わたしたちが生きる世界は、そういうところなんだ」


「キリーちゃん……」


「けど、心配することはないよ!メイダロッカ組は無敵に最強!負けっこないんだから」


「……あはは、そうだね!頼もしい唐獅子さんも、いてくれるし?」


う。ス、スーまで……


「よぉし!任せとけ、みんなまとめて俺が守ってやる!」


「ふふ、言いますね。なら、ユキのことは私が守ってあげます」


「あー!ウィロー、それはわたしの役目なんだから!」


ぎゃーぎゃー、わーわー。

ここしばらくで、一番穏やかな時間が流れていった。




濃紺の夜空は、星の光すら飲み込んでしまったかのような暗さだった。実際は、すすが空に舞ってるだけなんだろうけど。

カラカラと窓を開けて、俺は一人夜のベランダへと出た。

俺はいつかのように室外機の上に腰かけた。俺は、ここである人を待っていた。別に、約束をしたわけじゃない。ただ、ここにいれば会える、そんな予感がするのだ。

そうして、どれくらい経った頃だろう。流れていく雲をぼんやり眺めていたから、時間もゆっくりな気がする。コンコンと、背後でガラスを叩く音がした。


「ユキ?こんなとこで、どうしたの?」


そこには、きょとんとした顔のキリーがいた。赤錆色の髪が、闇夜にぼんやりと浮かんでいる。キリーも窓を開けて、ベランダに出てきた。


「眠れないの?夜風にでも当たってた?」


「いや。ここにいれば、きみに会える気がしたんだ」


「へ?」


俺の答えに、キリーは目を丸くした。


「思い出さないか?はじめて、きみに会った日のこと」


そうだ。あの日も、ここでこうして話をした。もっともあの時はまだ出会ったばかりだったし、空は晴れて月明りが辺りを照らしていたのだが。


「へんなユキ……部屋にでも来てくれればいいのに」


キリーはふてくされたように口を尖らせたが、その頬はほんのりピンクに染まっていた。


「ふふ。悪いな、回りくどくて。ほら、ここ座れよ」


俺が室外機を半分開けると、キリーは少し警戒しながらも、ちょこんと腰かけた。


「……それで?どうしてこんなとこで、わたしを待ってたの?っていうか、もし来なかったらどうしてたの」


「うん。すこし考えたいこともあったんだけど……本当は、勇気が出なかったんだ」


「勇気?」


キリーは不思議そうに首をかしげた。


「ああ。おかしいよな、ただ部屋をたずねるだけなのに、俺にはずいぶん度胸が必要らしいんだ」


「それって……」


「たぶん、記憶が戻った影響なんだろうな。どうにも暗くなると、昔のことを思い出しちまうらしい」


俺の中に残る、傷の記憶。頭ではわかっていても、心はなかなかそうもいかないらしい。


「ユキ……」


「けどな。きみを見ていて思ったんだ。俺も自分の闇と向き合って、乗り越えていきたいって。ずっとこのままなんて、いやだ」


「……そうだね。ユキがそう思うなら、その方がいいよ」


キリーの手が、そっと俺の手に触れた。


「それに、わたしも……そっちの方が、嬉しい……」


髪の間からのぞく耳は、真っ赤になっている。俺は目の前の女性が、無性に愛おしくなった。


「……この前言ったこと。あれは、嘘じゃないからな」


「ん?」


「先代の墓参りに行ったときだよ。からかったように聞こえただろうが、俺だってきみが好きだ」


あの時はついごまかしてしまったが、後から考えると、あれはキリーに対してあまりに失礼だった。本気でぶつかってきてくれているなら、俺も正面から向き合うべきだ。


「俺も、きみたちの好きに応えられるようになりたい。だから、もう少し待ってくれないか」


キリーは、俺の手をぎゅっと握った。


「……きみたち、か」


「え?」


「ううん!ゼントタナンだなって思っただけ!」


そう言ってキリーは、俺の頬にちゅっとキスをした。


「見ててよ、ユキ!ユキの方から付き合ってくれって言わせるくらい、わたしにメロメロにさせてやるんだから!」


「……お手柔らかに頼む、って言ったら?」


「あーあー!聞こえませーん!」


にかっと笑うキリーに、俺も思わず笑顔になった。

その時、ざぁーっと風が吹いたかと思うと、薄く張っていた雲が真っ二つに切り裂かれた。


「わぁ……」


思わず、息を飲んだ。

雲の天幕が晴れた後には、淡く色づいた空が広がっていた。いつの間にか、夜明けが近づいていたらしい。濃い藍は美しいグラデーションを描き、東の空を照らしている。


「……」


キリーも俺も、黙って頭上を見上げていた。


「……好きだよ、ユキ」


「ああ……ッ!」


キリーを引き寄せ、胸にかき抱いた。


「待ってるからね。ユキの答え」


「ああ……見つけてみせるさ。俺だけの極道ってやつをな」


空は少しずつ明るくなっていく。いつも見慣れた景色だが、ここは俺の知る空の下ではない。

きっとあの世界には、もう戻れない。だけど俺には、かけがえのない居場所があった。


ガタン!ダンダンダン!


「うん?」


「なんだろ?下の方からだね……?」


早朝の静かな空気を壊すような、けたたましいノック音。


「……ユキ!キリー!いますか?トラブルが起こったみたいです!」


しばらくして、寝起きのウィローの、いらだった声が聞こえてきた。どうやら、こんな時間からお客さんのようだ。


「あはは!しんみりしてるヒマもないね!いこう、ユキ!」


「おう!」


俺はキリーの差し出した手を取った。


そうだ。俺はこの世界で生きていく。


なぜなら、俺は―――



『異世界ヤクザ』 完



《ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。おかげさまで、今まで楽しく執筆をすることができました。この場を借りて、皆様に感謝を申し上げます》

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