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第103話/Judgement

第103話/Judgement

 

「おぉぉまえらああぁぁぁぁ!」


とんでもない大声が喧騒渦巻く広場に響く。最初こそ反応は少なかったが、異変に気付いた者が一人、また一人とこちらを振り向く。水に広がる波紋のように、ざわめきは静かになっていった。


「戦争は一時中断だ!鳳凰会、ファローファミリー、双方共によく聞け!」


浅葱色の髪を振り乱して、レスが声を張り上げる。地声でここまで出せるなんて、とんでもない喉だ。


「この戦争に、第三勢力の介入を確認した!そいつらによって、我々に危機が迫っている!」


ガヤガヤと動揺の声が広がる。一人の威勢のいい男が、大声で口を挟んだ。


「おいおい!何言ってるんだ、危険なら目の前にいっぱいいるじゃねえか!」


「そうだ!こいつらを全員ぶっ殺すまで、安全とは言えねえ!」


そうだ、その通りだ!便乗する野次が飛ぶ。辺りは再び一触即発な空気になりかけた。レスが再度声を張り上げようと、息を吸い込んだその時、横から一人の男が割り込んだ。


「お前たち!話を聞いてくれ!」


その男とは、白銀の頭髪に、十字に輝く瞳の、クロだった。ファミリーの幹部クラスの登場に、マフィアたちにどよめきが広がる。


「兄貴……クロの兄貴だ……」


「どうしてあの人が……?」


クロは困惑するマフィアたちに、きっぱりと言い放つ。


「今は、争っている時ではない!このアジトには、爆弾が仕掛けられている!」


爆弾、という言葉に、広場の空気がピリッと引き締まった。


「……これに関しては、証人がいた方がいいでしょう。ウィローさん、警官を前へ」


ウィローはうなずくと、後ろ手に縛られた警官を前に押し出した。警官は少し不服そうな顔をしたが、抵抗することはなかった。ウィローが警官の口に拡声器をあてがう。


「さて。あなたがたの計画とやらを話していただけますか。ここへ、何を仕込んだんです?」


レスに促され、警官の男はごくりと唾をのんだのち、おもむろに口を開いた。


「……俺たちは、ここへ爆弾を仕掛けた。ここを丸ごと吹き飛ばせるほどの、特大のやつだ」


警官の言葉に、なにも知らなかった組員たちは、にわかに動揺を見せた。


「ば、爆弾だって……ほんとうなのか?」


「おい!そもそも誰なんだてーめは!なんのためにそんなことしやがった!?」


次々と上がってくる罵声に、警官が口をつぐむ。レスが警官の男へ目くばせすると、男はこくりとうなずいた。


「俺は……警察官だ。ここへは、ある命令を受けて来た」


「ああ?警官だと?てめーら、俺たちをハメようとしてやがったのか!」


「おいまて、そもそもこれが罠なのかもしれん。やつは信用ならねぇぞ!」


「ち、違う!本当なんだ!」


警官は慌てたように声を荒げた。


「本当に、ここには爆弾が仕掛けられている!俺がこの手でセットしたんだ、間違いようがない!それよりも、早くしないとあれが爆発しちまうんだ!一刻も早く逃げないとマズイんだよ!」


警官の鬼気迫った様子に、野次を飛ばしていた連中も尻込みした様子だった。

それを見たレスは、頃合いだろう、と後ろを振り返った。そこに立つクロの足元には、麻袋をかぶせられ、紐でぐるぐる巻きにされた男が一人、転がっている。

クロはレスの視線に無言で頷くと、男を引きずりながら前に進み出た。クロはウィローから拡声器を受け取ると、何度かせき込んでから声を出した。


「みんな……突然のことで驚いていると思うが、聞いてほしい。そもそも、この戦いを始めたのは何のためであったのか」


クロは、マフィアたちに語り掛けるような口調で続ける。


「それは、他でもない父……ゴッドファーザーのためだった。父さんは、俺たちの総意であり、ファミリーの象徴だ。俺たちは、父さんのために、ひいては俺たち家族のために戦い続けてきた」


クロの語りに、マフィアたちから賛同の声が上がる。それを、鳳凰会の組員たちが気味悪そうに見つめていた。が、レスが厳しい視線であたりを監視していたために、めったなことを口走ろうとはしなかった。

それでいい。今は、この場を治めることが重要だ。


「だが……俺たちが、誤ったものを目指していたのだとしたら。俺たちが信じていたものが、まやかしだったとしたら、どうだろう」


クロはつとめて冷静に言ったが、他のマフィアたちはその発言に黙っていなかった。


「まやかし……?どういうことだ、クロ!」


「お前、まさか……それは、父さんのことを言っているのか!」


「……」


クロは、何も言わない。いや、どちらかというと言えない、が正しいようだ。アイツのなかでも、まだ踏ん切りが付けられていないのかもしれない。

くそ、まずいな。いまここで付け込まれる隙を与えては、マフィアたちが暴れ出しかねない。


「みんな!わたしの話を聞いて!」


その時、クロを押しのけて、キューが前に飛び出した。クロが慌ててキューの肩を掴む。


「おい、キュー!まだそんなに動くな。お前は下がっていろ!」


「いや!クロだけに押し付けてられないわ。あなたが言えないなら、わたしから言う。娘として、ケジメはきっちりつけるわ!」


キューはそう言うと、クロの手から拡声器をむしり取った。クロも奪い返そうとするが、レスがばっと手で制した。ウィローが背中に鉄パイプをあてがう。


「おとなしくしておいてくださいよ。今は、あなたより彼女のほうが効果的でしょうから」


「ちっくしょうが……」


ヤクザめ。クロは悔しそうに吐き捨て、一歩後ろに下がった。

キューは大きく息を吸うと、少し震える声で話し始めた。


「みんな……その、クロの言ってることは本当よ。わたしたち、間違ってた。騙されてたの」


「嘘だろ……お嬢が、そんな」


「キュー様まで……?いったい、何がどうなってるんだ?」


キューは胸に手を当て、息を整えている。そして震える手で、足元の縛られた男を指さした。


「……この人が、わたしたちを騙した張本人。この戦争の、全ての糸を引いていた黒幕よ!」


自分を言われたのが分かったのか、簀巻きの男が激しく身をよじった。キューはそれを無視して続ける。


「すべての責任は、この人にある!わたしは、今ここで、真実を明らかにしなければならないわ!」


キューが男にかぶせられた麻袋に手をかけた。男はよりいっそう激しく抵抗するが、全身をぐるぐる巻きにされた状態では無駄なあがきだ。やがて袋が完全に外され、白髪の男の素顔が明らかになった。


「お、おい。あれ、まさか……」


「ケイ……?ケイ、なのか?」


そこにいたのは、さるぐつわを噛まされたリーマスだ。片目は腫れ、血の跡が所々こびりついているが、ファローファミリーの人間にはやはり見覚えがあるみたいだ。だが、マフィアたちはやつが警察官だとは、ましてや自分たちのボスだった、なんてことはつゆにも思っていない。彼らが知っているのは、ファローファミリーの幹部としての“ケイ”の姿だけだ。


「そうよ。みんなが、ケイ兄様と思っていたこの男が、全ての発端なの」


「ど……どういうことだ!ケイが、俺たちを裏切ったのか!?」


「いいえ。そもそも、この人はケイという名前じゃないわ。そして、わたしたちマフィアでもない」


キューは憎しみと悲しみがないまぜになった、複雑な表情を浮かべた。彼女もまた、心の整理がついていないのだろう。今まで兄として、父として慕ってきた人間なのだから。


「こいつは……わたしたちがケイだと思ってたこの人が、警察と内通していた裏切りものよ!」


マフィアたちのどよめきは、今日最高潮に達した。キューはざわめく男たちを哀れむように見つめて続けた。


「みんなの整理がつかないのも無理ないでしょう。だけど今は、ここが危険だということを理解して欲しいの。この事は、わたしたちだけじゃない。鳳凰会側も、この危機を認知しているわ」


キューがちらりと振り向くと、レスがうなずいて前に出た。


「この件については、我々鳳凰会も共通の認識を示している!これはヤクザだけでも、マフィアだけの問題でもない!」


レスはリーマスの襟元を掴むと、ぐいと引っ張り上げた。


「この男は、我々をおとしめ、罠にはめようとした!万死に値する裁きを受けてもらわなければならないが、今は脱出が最優先。よって、ここに戦争の停戦と、終局を宣言する!」


代行とは言え、鳳凰会の最高権力者の発言だ。ヤクザたちは言うことを聞くだろう。問題は、マフィアたち、ファローファミリーだな。すでに多くの犠牲者が出ている上に、単純な武力だけならマフィアのほうが今だ遥かに強い。自分たちに有利な盤面をいきなりひっくり返されたようなもんだ。すなおにハイそうですか、とはならないだろう。

案の定、不満の声はあちこちから上がった。


「みんな。鳳凰会さんのいうことを聞いてほしいの」


キューは、懇願するように声を絞り出した。


「このままじゃ、みんな危ない。わたしたちは、ここでついえることはできないわ」


その時、レスのメガネがきらりと光った。レスはキューに乗じるように口を開く。


「……ちなみに、この男が我々を嵌めようとしたことは、ファローファミリー側も重々承知の上です。こちらのキュー嬢は、この男に撃たれ、瀕死の状態だったのです。それを、我が傘下のメイダロッカ組が治療し、この男をとらえたというわけです。ですよね、ファローファミリーさん?」


レスが涼しい顔で言うと、キューは顔をこわばらせながらも、こくりとうなずいた。

意地の悪い……これでキューは、公の場でヤクザに借りがあると認めたことになる。キューとしても、事実がゆえに否定できないのだろう。


「……マジかよ」


「くそ……従うしか、ないってことか」


明らかに渋々ではあったが、男たちは各々武器をしまった。


「……うまくいきそうだな」


「うん、そうだね」


俺はとなりに立つキリーにそっと声をかけた。キリーは満足気にうなずいている。


「けど、きみは……こうなるって、最初からわかってたのか?」


「ん?んー、なんとなくね」


キリーはパチリとウィンクした。

屋上でリーマスとの決着がついたあと、キリーはクロとキューに会いに行こうと言った。


「どうしてその二人なんだ?」


「リーマスのことを説明してもらうためだよ。あの二人が言えば、マフィアも納得しそうじゃない?」


「ああ、なるほど……あいつらに生き証人になってもらうのか。それなら、レスさんもいた方がいいな。爆弾の事は、鳳凰会にも説明しなきゃだろ」


「そうだね!レスさん大暴れしてたから、捕まえるのが大変そうだけど……」


「はは……同感だ」


だが実際、レスを見つけるのはさほど苦労しなかった。彼女の浅葱の髪は遠くからでも目立つし、俺は俺で虹色の光を放ちながら、戦場を真っすぐ突っ切っていったからな。むしろ周りから避けてくれたぐらいだ。

それからレスとクロ、キューに事の次第を話し、今に至る。


「……けど、キリー」


「ん?」


「きみの言っていた、裁きっていうのは、いったい……」


俺が言いかけたその時、ウィローに抑えられていた警官が焦燥にかられた声で叫んだ。


「お、おい!話はまとまっただろ!?はやく放してくれ、頼むよ!」


「わ、ちょっと。暴れないでくださいよ、じきに……」


「そんな悠長なこと言ってられない!俺たちは、もう起爆準備を終わらせちまってるんだ!三十分後に爆発するって聞いてたが、アイツの言うことなんかもう信じられねぇよ!」


警官は必死に身をよじっている。ウィローが困ったようにレスに目くばせすると、レスは仕方ない、と首を振った。ウィローはそれを見て小さく頷くと、警官の縄をほどき、自由にしてやった。警官は解放された途端に弾かれたようにウィローから離れ、そのまま一目散に逃げだした。


「う、うわあああぁぁ!」


「あ、ちょっと!」


呼び止める声にもこたえず、男はわき目もふらずに駆けていく。その姿を見た他の組員たちにも、ざわざわと不安げな空気が伝染していく。やがてファローファミリーの一員であろう、獣人の男が我先にと逃げ出すと、それを皮切りに一人、また一人と広場から脱出し始めた。

すぐにその流れは、まるで川がうねるような巨大なものへと成長していった。


「ふぅ。これで避難の目途は立ちそうですね」


レスがほっと息を吐いた。そこへ、キューがクロといっしょに近寄ってきた。なにやら神妙な面持ちだ。


「三代目代行……ご協力、ありがとうございました。これで、余計な犠牲を出さずに済みそうです」


言葉とは裏腹に、キューの表情は硬いままだ。だがそれは、レスも重々承知のようだ。とくに顔色を変えることもなく、ええ、とうなずいた。


「私たちからしても、僥倖でした。これは、“共通の敵”による策略でしたから」


共通の敵、という部分をレスは強調した。レスは、こうも言えたはずだ。「おたくがボスの悪だくみを見抜けなかったせいで、こちらまで迷惑被ることになった」、と。だがレスは、これをヤクザとマフィア、双方に関する問題とした。つまりは、この先足並みそろえてゴタゴタにけりをつけましょう、というメッセージでもあるわけだ。


「……ええ。この火種が消えるまで、ご協力いただければと思います」


「もちろんです。今後の線引きについても、何かと協議していかねばならないでしょうしね。引き続き、よろしくお願いいたします……まずは取り急ぎ、ここから脱出しましょうか?」


レスはにこりと笑った。キューもぎこちなくそれに返す。これほどまでに女の笑顔が不気味だと思ったのは、初めてだった……


「では、ここで失礼します……クロ。行こう」


「ああ……」


キューはくるりと踵を返す。クロは軽く頭を下げると、足元のリーマスを担ぎ上げた。リーマスは体をよじって抵抗したが、クロは一切意に介さなかった。再び麻袋をかぶさられたリーマスの表情は読めない……あいつはこの先、どうなるのだろう。


「ユキ、キリー!」


俺がもやもやと考えていると、ウィローがこちらへ駆け寄ってきた。


「ひとまず、これでメイダロッカとしての仕事は終わりですかね。私たちも早く行きましょう。みんなが待ってます」


「そうだね。いこ、ユキ」


「あ、ああ」


俺たちは、出口へと押しかける人波に乗って、少しずつ歩き始めた。そのさなか、キリーが俺を振り返る。


「ユキ、どうしたの?何か引っかかる?」


「いや……アイツはこれから、どうなるんだろうって考えてたんだ」


「アイツ?……ああ、長官さん。そういうえば、さっきの話の途中だったね」


キリーは人波のなかを、まるでリーマスの姿を探すように見つめた。


「……きっと彼は、すぐには殺されないよ。彼は、この事件のすべてを知る生き証人で、今後の鳳凰会とファローファミリーの協議にとって、重要な役割を持つだろうからね」


俺は驚いて、キリーを見つめた。


「……今後の協議?」


「うん。これだけ派手にドンパチやったんだから、なにもなかったことにはできないよ。どういう形にしろ、お互いに落とし前をつける必要があるでしょ。彼の証言は、その時の判断材料になるんじゃないかな」


「……そう簡単に、奴が口を割るとも思えないけど」


「割るよ。彼がじゃなくて、他の人たちが」


「うん?」


「割らせる、って言ったほうが正しいかな。ほら、あのでっかい刺青に、鞭を持った人。鳳凰会にも、あの人みたいな拷問のプロがいるから。絶対割るよ」


「う……それは」


具体的な方法はわからないが、あのジェイに尋問されるとなると……想像しただけでも、吐き気がしそうだ。


「彼は貴重な存在だから。きっと生かさず殺さず、ずーっと閉じ込められるよ……すべてにけりがつく、その時まで」


「……そうか。それがきみの言う、裁きってやつか?」


「そう。彼は自分のしでかしたことに応じて、苦しみ続けることになる。それを判断するのは、レスさんたちだろうけど……きっと、もう戻ってこないんじゃないかな?」


それは、つまり……顔をしかめた俺を見て、くすり、とキリーは笑った。


「相変わらず、ユキはそういうところ、まっすぐだよね」


「え、ああ、すまない。顔に出てたか?」


「うん。ねぇユキ、彼を助けたい?」


「え?」


助けたい、か……俺は、リーマスに同情はできない。今回の一件は、すべて奴が招いたことだ。だが、この先の末路を考えると、うしろめたさも少しはあった。それは奴への憐憫というよりは、見殺しにすることへの抵抗感によるものだろう。しかし……


「……いや、助けようとは思わないよ。きみも、そうなんじゃないか?」


俺が言うと、キリーはその通りだ、とうなずいた。


「うん……わたしは、ヤクザだからね。善人でもなければ、ましてや人助けをする柄でもない。裏の社会をひっかきまわしたんだ、彼には裏社会の流儀で、罰を受けてもらうよ」


そう言い切ったキリーを、俺は横目で見つめた。キリーはまっすぐ前を向いて歩いている。その横顔からは、なにが読み取れるのか……

その隣で、ウィローが興味深そうにこちらを見ている。う、俺に何を期待してるっていうんだ……


「……そうだな。俺も、それが正しいと思うよ」


「ほんと?ユキなら、こういうの嫌がるかと思ったんだけど」


「ん、そうだなぁ。ちょっと前の俺なら、そうだったろうけど。きみたちと出会って、いろんなことを学んだからな」


「……ならユキは、どうして助けようと思わないの?」


キリーはおずおずと、上目がちにたずねた。


「単純だよ。助けたいって思えないからさ」


「……それだけ?」


「ああ。もともと、俺の判断基準はずっと気分任せだったしな。記憶を失ってたせいもあるけど、取り戻した今でも、それは変わってないんだ。きっと、俺が何者にもなり切れない、半端者だからなんだろうな……」


「半端者?」


「ああ。きみたちには、話さなきゃならないことがたくさんあるんだ。これまでのこと、これからのこと……」


キリーはよくわかっていないみたいだったが、ウィローはなんとなく察してくれたようだ。


「それなら、早く戻りましょう。あんまり留守にすると、埃をかぶって掃除が大変です」


「あはは、それはやだなぁ……あ!」


何かに気づいたキリーが、手を大きく振る。その先には、メイダロッカ組のみんながいた。


「おーい!キリーちゃーん、ユキくーん!」


スーが手を振り返している。みんなあちこちボロボロで、すすでうす汚れているが……それでも、だれ一人欠けることなく、この時を迎えられた。戻ってからもやることは山積みだが、今はそのことを喜びたい。俺は満ち足りた気持ちで、つぶやいた。


「帰ろう。俺たちの組へ」


つづく

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