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公爵令嬢は我が道を場当たり的に行く  作者: ぽよ子
ご愛顧感謝 大還元祭
40/48

夢幻の彼方へ、さあ行こう!

 ご愛顧御礼、前後編です。

 時間軸が前後して申し訳ありません。エリザベス、二十歳でございます。



 殿下の妃となって四年。二十歳になりました。

 王太子妃としての業務にも慣れてきた、そんな今日この頃。


 本日は、友好国からの使者様のお相手です。


 ルチアーナ・アメーティス王女殿下。アメーティス王国の第一王女で、現在十八歳だそうだ。

 マリーさんの商会の商品(はっきり言えば女性用下着)をいたく気に入ったらしく、国に卸して貰えないかと商談に来たらしい。


 なのでぶっちゃけ私は関係ないのだが、一応王族がご挨拶くらいせねば……という事で、ルチアーナ王女殿下との会見の時間を設けてある。

 ……というのは建前で、マリーさんが「他国の王族の方となんて、何話したらいいんですか!? 失礼とかあったら、私、首飛んじゃう(物理)んですか!?」とガクブルしながら詰め寄ってきたので、多分大丈夫だよ~と私が緩衝役をする事になったのだ。


 王女殿下は穏やかでお優しい人柄であると聞いている。マリーさんが多少やらかしたところできっと、笑って許して下さるだろう(と思いたい)。


 言うても私も、王女殿下とお会いするのは初めてだ。

 あちらの国とは貿易協定があるのだが、協定の調印式には王女殿下の兄上の王太子殿下がおいでになられていた。

 我らがレオナルド殿下の方がキラキラしさで勝っていて、流石は我らが神だと誇らしい気持ちになったものだ。


 マリーさんの商会は中々手広くやっているのだが、あちらの国にはまだ足がかりがなかったらしい。

 マリーさんの旦那さんのポールさんが、目をギラギラさせて「やったんで~」と意気込んでいた。……まあ、程々に頑張って欲しい。

 ポールさんはマリーさんへの愛とお金への愛が暴走しがちなので、マリーさんにしっかりと手綱を握っていてもらいたい。




  *  *  *




「大変お待たせいたしました」

 王女殿下をお待たせしている応接室へ行くと、王女殿下がとても綺麗な礼をしてくれた。

「妃殿下には、お初にお目通りいたします。ルチアーナ・アメーティス、アメーティス王国第一王女でございます」

「どうぞお顔を上げてください。王太子妃エリザベス・ベルクレインです。そしてこちら……」

 私が手で示した先には、最近やっとバイブレーション機能にオン・オフが付いた、マリーさんが控えている。他にも音声のミュート機能や、スピーカー機能なども搭載されているようだ。


「マリーベル・フローライトと申します。王女殿下に拝謁叶いまして、大変光栄でございます」

 いいぞ、マリーさん! 礼も綺麗だぞ!


「貴女が、マリーベル・フローライト様……! お会いしとうございました!」

 王女殿下が、頬を僅かに紅潮させつつ言う。

 そんなにマリーさんに会いたかったん?


 顔を上げたマリーさんも、何やら不思議そうな顔をしている。

 マリーさんにも、王女殿下のこの興奮の意味は分かんないのか。


 何だろ。この王女様、ちょっと変わった人なのかな?



 それぞれ席に着き、侍女がお茶とお菓子を用意して下がっていく。


 ルチアーナ様は、何やらそわそわなさっておられるようだ。

 どうした? トイレ? 行って来ていいよ。


「ルチアーナ様、どうかされましたか?」

 尋ねてみると、ルチアーナ様はハッとされたように姿勢を正した。

「いえ、何も。わたくし実は、ずっとこの国に来てみたいと思っておりましたもので……。本日は念願叶いまして、感動しきりでございます」

「そうですか」

 ……やっぱ、ちょっと変わった子かな?


 この国はとても豊かで平和で綺麗な国ではあるが、「死ぬまでに一度は行っておきたい!」というような名所・名跡などは特にない。

 有名なものがあるとするならば、現在ならそれこそマリーさんちの下着くらいだろうか。

 我が国と言えば!という名物的な物も特にないので、それは今後の課題である。


 そんな我が国に「ずっと来たいと思っていた」って、何で?


「ルチアーナ様は、何かご覧になりたいものなどがあるのでしょうか?」

 特に有名な史跡なんかもないしなー……。

 三百年くらい前に政変あったけど、舞台はここ王城だし。無血開城だったから、見所もないし。

 二条城くらいの歴史はあるけれど、一般公開もしていないから名所って訳でもないしな。


 ルチアーナ様はお可愛らしい顔を紅潮させ、華奢な手をぎゅっと握られた。……どう見てもファイティングポーズだが、そこは突っ込まないでおこう。

「見たいものもありますし、お会いしたい方も居ます! まずは、レオナルド殿下にご挨拶いたしたいと思っております」

「そうですか」

 それはまあ、ある種当然だわね。


 ルチアーナ様は、我が国に滞在中は、王城で寝泊まりされる事になっている。

 そこの主に挨拶は必要だわね。……殿下は主ではなく、主の息子だが。まあ、細けぇ事ぁいいんだよ、の精神でやっていきたい。


「あと、王太子殿下の側近をなさっておられる、ロバート・アリスト様にもご挨拶いたしたいです!」

 閣下に?

「それと、ヘンドリック・オーチャード様にもお会いしたいですし、護衛騎士のアルフォンス・ノーマン様にもお会いしたいです」

 んん?

 ヘンドリック様と、アルフォンス?


 ヘンドリック様だけならば、彼は殿下の側近なので、まだ分かる。……いや、良く分からないは分からないのだが、ロバート閣下に会いたいと仰っていたのだから、側近つながりでそういう事もあるかもしれない。

 だが、アルフォンス?

 一介の護衛騎士でしかないアルフォンスを、何故ルチアーナ様がご存知なのか。因みに、アルフォンス君は今日はお休みだ。護衛騎士にも休日くらいある。


 余談だが、以前にアルフォンスに、休日は何をして過ごしているのかと訊ねた事がある。

 曰く「休日ですので、休んでおりますよ。大抵、自室で寝ております」という、至極ごもっともでつまらん答えが返って来た。

 なので恐らく、今日も寮のアルフォンスの部屋へ行けば、彼はそこに居るだろう。


 というより、このラインナップは、もしかしなくても……。


「あと、可能でしたら、妃殿下のお兄様にもお目通り願いたいと思っておりまして……」

 ビンゴだ!


「ルチアーナ様、もしかしてなのですが……、『夢幻のフラワーガーデン』というゲームをご存知なのでは……?」

 もう、そうとしか思えない。

 そうでなければ、他国の王女が我が家のクソ虫に会いたいなどと、たわけた寝言を抜かす理由がない。あの兄は社交などを一切しないのだから、他国の人間が会うメリットが何もないのだ。それ以前に、自国の人間ですらも会うメリットも必要性もない。


 案の定、ルチアーナ様は驚愕の表情をした。

 大丈夫ですよ。そんなに驚かなくても。


 ……ていうか、マリーさんもその、めっちゃ驚いた顔やめて。むしろ、何で気付かないの?

 おい、しっかりしてくれ、ヒロインよ。普通、今の私の台詞は、ヒロインから出るべきなのではないのか?

 ゲームをプレイした事のない私からの発言で良かったのか?


「もしや……、妃殿下も、前世の記憶がおありに……」

「ガッツリあります。あと、マリーさんも同様に」

「え!? ヒロインさんですよね!?」

 驚いてマリーさんを見るルチアーナ様に、マリーさんも驚きの表情だ。


「いえ、私は『なんちゃってヒロイン』ですので!」

 キッパリと、情けない台詞を言うんじゃありません!

「『なんちゃって』とは……」

 ほら見ろ! ルチアーナ様が戸惑っておられる。


「ていうか、エリザベス様!」

 キッと、マリーさんが私を睨むように見る。そんな目で見られる覚えはないのだが……。

「……何ですか?」

「今の『夢幻のフラワーガーデンというゲームをご存知なのでは?』って、私が言ってみたかったヤツ!!」

 ……じゃあ、言ってくれよ、私より先に。


「憧れのシチュエーションのチャンスが!」

 いや、そんなに悔しがるなら、ホントに私より先に言ってくれて構わなかったんだけど……。

 何コレ? 私、謝らなきゃいけないアレ?

 ……いいや。放っておこう。


 気を取り直したマリーさんは、ルチアーナ様を見て軽く首を傾げた。

「えっと、私とエリザベス様とで考えたんですけど、この世界は『ゲームの元になった世界』というだけで、登場人物や出来事がゲーム通りに進む訳ではない……のではないかと」

「え……?」

 ルチアーナ様の頭上に、『?』がいっぱい浮かんでるのが見える。


 とりあえず、ルチアーナ様に事情説明が必要そうだ。

 という訳で、以前マリーさんにもした説明を、ざっとルチアーナ様にもしてみた。




「ネタ元であるだけで、ゲーム展開などは一切ないのですね……」

 ガッカリさせてもうてスマヌ。しかしそんなに心ときめく展開があったのか、例の乙女ゲームには? マリーさんに聞いた限りでは、ベタ中のベタな感じしかしなかったが。


「王女殿下は、あのゲームがお好きだったんですか?」

 マリーさんが気持ち前のめりになっている。

「はい! 大好きだったんです! 何て言うか、低予算なのがひしひしと伝わってくる作りでしたけど……」

 え? そうなの?

「分かります! でもそこがまた、味なんですよね!」

「そうなんですよ!」

 ……そうなの? 低予算が味って、某社のシンプルシリーズみたいな感じかね?


「マリーベル様は、どの攻略対象がお好きでした?」

「あ、どうぞマリーとお呼び下さい。私はそうですね……、アリスト公爵閣下と、エルリック様でしょうか」

 ぐっ……。名前が出るだけで、何故か私に精神的ダメージが入る。

 何故だ……、クソ虫め……。


「私も同じです! あとそこに、アルフォンス様も入れて下さい!」

 マリーさんとルチアーナ様は、とても楽しそうだ。

 私だけ勝手に精神ダメージを受けているが……。

「妃殿下は、プレイされました!?」

「いえ……。そのゲームの存在すら知りませんでした。申し訳ありません」


 軽く頭を下げた私に、ルチアーナ様は楽し気に笑った。

「いえ、仕方ありません。多分、七千本くらいしか売れてないんじゃないでしょうか。なので、それを知っている人に会えるだけで、ものすごくラッキーです」

 ていうか、実質三人目よな。ゲーム知識アリの転生者。イングリッド嬢は本人に確認した訳じゃないけど、確定でいいと思ってるし。


 ……むしろ、私がレアケースなのか……? 何かちょっと寂しい……。


「大好きなゲームの舞台という事で、聖地巡礼をしたいと常々思っておりまして」

 左様でしたか……。

「コックフォード学園も見てみたいのですが……」

「あ、その必要はありませんよ」

 マリーさんが即座に遮る。


 きょとんとされているルチアーナ様に、マリーさんが苦笑した。

「私もちょっと見てみたいと思って、学園に見学に行ったんですよ」

 ええ、行きましたね。私を通行パス代わりに使ってね。



 この世界は『乙ゲーそのものではない』と納得したマリーさんだったが、攻略対象や舞台となる学園を見てみたい!と言い出したのだ。

 あれはまだ、私もマリーさんも学生の頃だった。学院の二年生だっただろうか。


 コックフォード学園内に入るには、私の『王太子の婚約者』という肩書と、『マクナガン公爵家』という肩書が役に立った。

 学園長のゴマの擦り方がすさまじく、本当にこの学校じゃなくて良かったと思ったものだ。

 ……まあ、向こうも慈善事業ではないのだから、金を落としてくれそうな相手と権力者に遜るのは当然か。悪い事ではないが、必要以上に持ち上げられると座りが悪い心地になるのは仕方ない。


 そうまでして潜入したコックフォード学園は、マリーさん曰く『外観以外同じ場所がない』レベルで別物だったそうだ。

 ゲームのイベントが起こる場所なども、学園内には存在しなかったらしい。


 ていうか、施設がいちいち派手でキラキラしてて、落ち着かない感じの場所だったんだよね。生徒さんもキラキラしてて、陽キャオーラがすごかったし。

 重厚なスタインフォードで良かったよ、ホント。



「……そうなのですか……。あの噴水広場は、存在しないのですね……」

 ああ……。ルチアーナ様がめっちゃしゅーんてなされてしまった……。

「でも、外観は同じなのですよね?」

 ちょっと慌ててマリーさんに確認する。マリーさんもそれにこくこくと頷く。

「外から見た絵は、全く一緒です! あと、校門から見えるポーチとかも!」

「そうなのですか!?」

 お、浮上した。


「では、攻略対象の方々は……」

 こちらに身を乗り出して来たルチアーナ様に、マリーさんが一つ咳払いをして話し始めた。

「まずレオナルド殿下ですが……、ゲームとは全くの別物です。無愛想なんかじゃないですし、無表情でもありません。俺様でもないです。そして、エリザベス様一筋です」

 最後のそれ、必要か?


「まあ……、妃殿下一筋だなんて、素敵……」

「ホントですよね。エリザベス様とお話してると、軽ーく睨まれたりはしますけど。でも別に、嫌味言ってくるとかはないんで、大丈夫です」

 マリーさん、ちょいちょい不敬なんだけど……。


 まあ、殿下もマリーさんはちょっと苦手みたいだしな。

 エミリアさんの事は一定の評価をしてるみたいだけど、マリーさん相手だとなんか扱いが雑というか、何と言うか……。未知の生物を前に戸惑っておられる感じというか……。


「で、次はロバート・アリスト公爵閣下ですけど、性格なんかは私も良く分かりません。ただ、めっちゃイケメンです。あと噂なんですけど、閣下の弟君とBでLな関係なんじゃ……とか言われてます」

「まあ!」

 おい、王女殿下! 嬉しそうな顔すんな!


「噂はあくまで噂でしかありませんよ、ルチアーナ様」

「あ……、そうですよね。申し訳ありません、私ったら……」

 恥じ入っているルチアーナ様を、マリーさんが生温い笑みで見ているが。余計な事吹き込んでくれなくていいんだよ!

 そんでもって、相手は公爵閣下だからな! マリーさんより、断然格上の方だからな! 絶対、本人の前でやらかしてくれるなよ!


 マリーさんが良く知らんと言うので、私からちょっと補足しとこうか。

「ロバート閣下は、とても落ち着いていらっしゃる方です。そして所謂『効率厨』です。ありとあらゆるものの効率化を目指しておられます」

 様々な手続きや、申請など、時間がやけにかかる事務作業を、いかにスマートに効率よく進めるか……に心血を注いでいる。

 あの人多分、根っこは不精なんだろうな。自分が面倒だから、効率化してマニュアル化して、誰がやっても間違いのない作業にしちゃいたいんだろうな。


「で、ヘンドリック様ですが、めっちゃ陽気で優しくて『いいお兄さん』て感じの人ですね」

「え!? ツンデレ担当だったのに!?」

 ヘンドリック様、ツンデレ担当だったんだ!? 似合わねえ!

 そもそも、ヘンドリック様に『ツン』が見当たらんのだが……。乙ゲー、すげえな。


「ヘンドリック様は、ウチの子たちとも良く遊んでくださいます。すっごくいい人です」

「マリーさん、ご結婚してらっしゃるんですか!?」

 驚いたルチアーナ様に、マリーさんは笑顔で「はい」と頷いた。


「お相手は……」

「ポール・ネルソンという人です。殿下の側近をしてます」

「攻略対象の方などでは……」

「ないですね!」

 非常にあっけらかんと言うマリーさんに、ルチアーナ様はやはりちょっとがっかりされているようだ。


 因みに、『フローライト伯爵』はマリーさんが継ぐそうだ。ポールさんは仕事は出来るが、貴族社会のあれこれに疎いからだそうだが……。

 言うても、マリーさんも大差ない気がするけど……。むしろポールさんの方が、要領良いから何とかやっていけそうな気がするけども……。多分これは、言っちゃいけないヤツだ。


「で、えーっと……攻略対象の話ですよね。あと、どなたにお会いしたいんでしたっけ?」

「アルフォンス様とエルリック様です!」

 ……名前が出る度、私のSAN値がちょっとずつ削れていく……。何の呪いだ。どう考えても兄の呪いだが。


「アルフォンス様は、エリザベス様の専属護衛騎士をなさってます。今日は……」

 マリーさんが辺りをきょろきょろとしたので、「今日は休みです」と言うと、ルチアーナ様が少々がっかりされた。

「明日はいらっしゃるんですよね!?」

 慌てて訊ねてきたマリーさんに、私も「明日は大丈夫です」と慌てて頷いた。


 ルチアーナ様、儚げな印象の美少女だから、がっかり顔が心に痛いのよ。何かこっちがすげー悪い事したみたいで……。いや、実際は何にも悪い事してないんだけども……。

 してないよね!?


「アルフォンス様ですが、外見以外チャラい所なんかは全くない方ですね。むしろ、めっちゃ真面目でカタぁい感じの人です」

「真面目でカタぁい……」

 ルチアーナ様、マリーさんの言い方そのまんま真似なくてもいいんですよ……。


「では、エルリック様は……?」

 うぅ……、何故に私がこんな思いをせねばならんのだ……。SAN値が削れる音がするよぅ。殿下、タスケテ……。


 そんな私の思いをよそに、マリーさんはにこにこと笑いつつ言った。

「私もお会いした事はないんですが、エルリック様は領地にいらっしゃるんですよね?」

「はい……」

 まだ領地の改革が終わっていない。……だが、残念な事に、もう直に改革も完遂されてしまう。なんと優秀なのか、あの兄は。


「公爵領は、ここから遠いのですか?」

 ルチアーナ様の無垢な笑顔が眩しい……。

「ここからですと、馬車で一日半くらいですね。途中の宿泊や休憩なども考えますと、二日というところです」

 その距離を、あの兄は一日かけずに単騎で駆けてきますけどね。


「そちらへお邪魔しましたら、エルリック様にお会いできますでしょうか?」

「……どうなんでしょう?」

 実際、私にも良く分からない。


 領地での兄には、緩い監視が付けられている。

 別に兄の行動を制限などはしないのだが、兄が領地から勝手に出る事は禁じている。兄がどこかへ行こうとしているのを阻止などはしないが、領地を出た瞬間に王都の公爵邸へと連絡が入る手筈になっているのだ。


 そんな領地にて、兄が普段どのような行動をしているのかは、私にも定かではない。

 兄の奇行の報告でSAN値を削られたくないので、わざとシャットアウトしているからだ。

 先日上がってきた報告がちらっと耳に入ってしまったが、領地にて『私のエリィ人形(十八歳・夏)』とやらと楽しく暮らしているらしい。

 ……何故、人形を作るのか、兄よ……。いや、答えなど聞きたくないが。


 そうだ。あのゲームをプレイして、『ゲーム中のエルリック・マクナガン』がお好きなのだとしたら、言っておかねばならない事がある。


「ルチアーナ様は、『ゲームのエルリック・マクナガン』がお好きなのですよね?」

「はい。ご本人にはお会いした事もございませんので」

 はにかんだ笑み、とてもお可愛らしいです。


「私はマリーさんに話を聞いただけにすぎませんが、それでも断言できます。『ゲームに出てくるエルリック・マクナガン』は、この世に存在しません」


 私の言葉に、ルチアーナ様は「え……?」と言葉を失っておられる。

 だが申し訳ない。これが真実だ。


「えー、と……、兄はどのような人物として、ゲームに登場しているんでしたっけ?」

 マリーさんに訊ねると、マリーさんは私を見ていい笑顔になった。

「妹思いで、優しくって、ちょっと内気で、照れ屋で――」

「ありがとうございます。もう充分です」

 何故だ。ゲーム中のまるっと別人の兄像を聞いただけでも、SAN値が削れる……。


 途中で話を遮られたマリーさんが少し膨れているが、それは無視させてもらおう。

「ルチアーナ様の認識も、今マリーさんが言った感じで合っていますか?」

「そうですね。あと、努力家で――」

「そんな人物は居ません」

 ルチアーナ様のお言葉も遮ったが、それは後で謝罪しておこう。

 

「兄の人物像に関しては、正直噛み合う部分の方が少ないレベルです。まるっきり別人です。……外見などに関しては、私はゲームをプレイしていませんので、何とも言えませんが……」

 兄のあの無駄に整った外見ならば、さぞやゲーム映えする事だろう。なので恐らく、外見に関してはこの二人も満足するレベルなのではと思う。


「もし領地へ行ってみたいのでしたら、私から一報を入れる事は可能です。ただ、兄に会えるかどうかまでは保証しかねます」

 そして私は、何があろうと同行はしません。ええ、しませんとも。


「マクナガン公爵領って、ユーリア湖とかあるんですよね!?」

「ありますね。周囲には観光ホテルなんかもありますよ」

 キラキラした目で訊ねるマリーさんは、どうやら公爵領に興味があるようだ。


 ユーリア湖は我が領地にいくつかある観光地の一つだ。保養地としても人気があり、貴族の別荘なんかも建っている。

 そして周囲には観光ホテルをはじめとした、我が領自慢の六次産業の商店たちが立ち並んでいる。

 日本の避暑地や観光地を思い描いてくれたら、大体それで合っているだろう。


「いいなぁ~。行ってみたーい」

 何故それを、私を見てキラキラした目で言うのかね、マリーさんよ。

 勝手に行ってみたらどうかね? 別に通行に制限は設けていないのだから。


「公爵領は、ゲームには登場しませんよね?」

「しませんけど、この国で有名な観光地があるんですよ! すっごい綺麗な所らしくて、一回行ってみたいんですよね!」

 推すね、マリーさん。グイグイ行くね。

 ……ていうか、比較的王都から近いんだし、ホント勝手に行けばいいんじゃないかな? ポールさんに言えば、連れてってくれるんじゃないかな。

 ホテルの予約くらいなら、私が取ってあげるから。


「行ってみたぁい」

 ……客に物をねだる水商売の人かな?

 キラッキラの目で私を見続けるマリーさんが辛い……。


 これはもう、今まで濁して来たけれど、兄の奇行の数々を正直に話すしかないか……?

 ……私の精神が一番のダメージを受けるから、話したくはなかったのだが……。


 私はテーブルの上にある呼び鈴を、一度チリンと鳴らした。

 その音に、ドアがノックされ、マリナが静かに部屋へ入ってきた。


「お呼びでございましょうか?」

「……お願いがあるんだけど」

 めっちゃ言いたくない。めっちゃ言いたくないけど、私が公爵領へ行かなくて済む為には、これしかない。

「マリナが知る限りでいいから、このお二方にお兄様がどういう人かを話してあげてもらえる?」

「あのクソむ……んんッ、失礼致しました、エルリック様のお話、でございますか……?」

「そう」


 私からは話したくない。そして多分、マリナの方が私よりも兄の奇行に詳しい。

 何故ならマリナは、私が幼少の頃からずっと、あの兄から私を守ってくれていたのだから。

 ……おかげでマリナと兄は、非常に反りが合わないのだが。そもそも、兄と『反りの合う人物』など、この世に居るのだろうか。


「では、僭越ながら、わたくしからお話させていただきます」

 丁寧な口調で言い、マリナが一礼した。




 十数分後、マリーさんとルチアーナ様が、揃って涙目になっていた。

 私はなるべく聞かないように、ずっと窓の外を眺めていた。……でも、聞こえてしまう話の中に、私も知らない事実が色々混じっていた……。

 タスケテ……。殿下、タスケテ……。


「現実のエルリック様って、そういう方なのですか……?」

 ああっ! ルチアーナ様の目からハイライトが消えている! マリーさんはマリーさんで、どんよりした顔で俯いてるし!

「大分、お話できる範囲のソフトな出来事を選んだつもりですが……」

 やめて、マリナ! 私へのダメージがすごいから!


 私と一緒でなければ寝ないと言い張った幼少期から始まり、勝手に部屋に侵入し衣類などを持ち出す少年期、私の触れた物を愛し気に撫で回していたという青年期、そして領地を人形と共に散歩する現在……。

 どこを切り取っても、ヤベー奴である。

 幼少期だけは、少々の救いがあるか……? 子供の我儘と言えなくもないか? しかしそれを現在に至るまで言い続けているのが問題なのだが。


「……そういう訳ですので、私は兄の居る領地へはご一緒できません」

 マリーさんもルチアーナ様も、どうやら納得してくれたようだ。

「エルリック様のシナリオ、好きだったのに……」

 何だか涙声のマリーさんの呟きが、何故か私の胸に痛い……。しかしあの兄の人格形成に、私は関わっていない筈だ。


 何と言うか、我が家のクソ虫のせいで、マリーさんにもルチアーナ様にもショックを与えてしまったようで申し訳ない。

 私の精神ダメージも相当だが。



「……エルリック様はさておき、お会いできる攻略対象の方々にはお会いしてみたいです」

 クソ虫ショックから少々立ち直られたらしいルチアーナ様が、そう仰った。

 まあ、『聖地』だもんね。そんで、ゲームの中の大好きだったキャラが居るんだもんね。

 別物って分かっても、会ってみたいとかは思うよね。




 という訳で、明日は会える限りの攻略対象の人々に会ってみよう、という話になったのだった。


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