還元祭3 護衛騎士は見た!×3
謎の人気、護衛騎士さんたち。
短めのお話を、三連発。
【ある日のお茶会 語る人:ピエール・ディオン】
俺は王太子殿下付き専属護衛の、ディオン。
子供の頃の夢は、騎士になる事か、冒険者になって世界中を冒険する事だった。第一候補であった騎士になれてしまい、自分でもびっくりしつつ、毎日充実した生活を送っている。
戦う為の技より、守る為の技がいい。誰かを倒すより、誰かを守る方がいい。
そう思って、護衛騎士を志願した。
そして今、王太子殿下の専属護衛となれている。この上ない光栄な事だ。
我らが王太子殿下は、ご婚約者のエリザベス様とお茶の最中である。
殿下はエリザベス様と出会われてから、雰囲気が変わられた。以前までの張り詰めるような感じが少なくなり、どことなく柔らかくなられた。
とはいえ、腑抜けていらっしゃらないのは、流石の一言だ。
その殿下を柔らかくしてくださったエリザベス様は、庭園のどこか一点をご覧になられている。
……あの方がああして、どこか一点をご覧になられていると、緊張してしまう。我らの仕事に不備でもあったかと。
「エリィ? どうかした?」
殿下も気付き、お声を掛けられた。
「あ、ええ……。気のせいかとも思ったのですが……」
エリザベス様は「少々失礼いたします」と断ると、お席を立たれた。
何だ? 何があった? また何か、トンデモな面白い物でもあったか!?
エリザベス様は庭園の一角へと歩いていく。殿下も不思議そうに、席を立たれてそちらへと行く。
「やっぱり!」
「何がだい?」
声をかけられた殿下に、エリザベス様は目の前の草を指さされた。
この庭園は、なるべく自然に近くなるよう作られている。流石に草などは綺麗に刈り込まれているが、自然の風景に近くなるように設えられている為、雑草などもちらほらあったりする。
雑草を完全に除去すると、花にも悪影響があったりするとかなんとかだそうだが、俺には良く分からん。
エリザベス様が指さされているのは、植えられた植物ではなく、勝手に生えてきている草のようだ。
「これはとても卑劣な草なのです!」
……卑劣な、草?
おい、ハリスン、「始まったぞー」みたいな顔すんな! めっちゃワクワクしてんの、見てて分かるから!
エリザベス様はそこにしゃがみ込むと、指さしていた草をブチっと引っこ抜いた。
ご令嬢が! 草を! 引っこ抜い……(悶絶)。
「これは食べられる草にそっくりなのです! ですが間違って食してしまうと、呼吸器不全に陥り、下手すると死亡する可能性があるのです! これを卑劣と言わずして、なんと言いますか!?」
「……そう、か……」
食べられる草にそっくりって!
てかフツー、草食わないから!
殿下、助けて下さい、殿下! エリザベス様が片手に草もって、もう片方の手を腰にあててるその絵面が、もうダメです! このままじゃ、俺らの方が呼吸不全になります!
「これにそっくりな草は、おひたしにするととても美味なのです。それに見た目だけ似せようだなんて、卑劣にも程があります!」
おwwwひwwwたwwwしwwwww!
待って! ハリスン、待って! 行かないで! 俺も限界近いから! 今日の交代要員、一人しか居ねぇじゃん! お前交代しちゃったら、俺居残りじゃん!
奥歯をぎゅっと噛み締めて耐えてみるが、多分肩が震えているだろう。
だがそんな事はお構いなしに、エリザベス様は手に持っていた草をぺいっと地面に投げ捨てた。
どうしよう、もう、エリザベス様が何してても可笑しい……。助けて……。
「全く、性懲りもなく王城にまで生えるとは! 誰かが間違って食したらどうするつもりなのか!」
誰も食わないからーーー!!!
俺らですら食わないからーーー!!!
だからエリザベス様、もう勘弁してーーー!!!
「……エリィ、とりあえず、席へ戻ろうか……。あの草に関しては、庭師に伝えよう」
「はい。そうですね」
エリザベス様が殿下に促されお席へ戻るのを見届け、俺はそっとハリスンと交代する為にそこを後にした……。
【春を感じる瞬間 語る人:ノエル・グレイ】
「……今年は、エリィに何を贈ろうか……」
執務中の殿下が、ぽろっとそんなお言葉を零された。
それを聞いて、『ああ、そんな季節か』と感じる。
毎年、三月の末ごろのエリザベス様のお誕生日に、殿下は贈り物をされている。
それは婚約者として義務のようなものではあるが、殿下の場合はそうではない。ただ単純に、エリザベス様を喜ばせたいのだ。
問題は、エリザベス様が何を喜ばれるのか、全く見当もつかないという一点に尽きるが。
「今まで、何やってきたのよ?」
側近のヘンドリック様がそうお尋ねになる。
「去年はエリィからリクエストがあって、髪飾りだったな。その前は、懐中時計。その前は本の栞、その前は万年筆……」
「……髪飾り以外、色気が皆無なんだけど」
呆れたように言うヘンドリック様に、殿下が溜息をつかれる。
「エリィが装飾品やらに興味を持たないからな」
「でも去年、髪飾りだろ? しかもリクエストだろ?」
不思議そうに尋ねられたヘンドリック様に、殿下がまた溜息をつかれる。
「エリィが、髪が邪魔だから、切ってしまいたいと言い出したからな。簡単に纏められるような髪飾りを贈るから、切るのは勘弁してくれ……と。そうしたらエリィから、こういうのが欲しいとリクエストがあったのだ」
「理由が……」
予想もしていなかった理由だったのだろう。ヘンドリック様が複雑そうな顔をされている。
しかしそれがエリザベス様だ。
そしてこれまで殿下がお贈りになられた、ヘンドリック様曰く『色気が皆無』な品々を、とても喜ばれて愛用なさっている。髪飾りも、パチンと金具を留めるだけで髪を纏める事の出来る品で、エリザベス様はその『機能性』に喜ばれたのだ。とても繊細な細工の品物だったが、それに関しては「綺麗ですね」の一言で終わりだった。
「失礼いたします、殿下。リナリア殿下が面会をご希望でいらっしゃいます」
「通してくれ」
「はい」
侍従が下がって暫くし、リナリア殿下がおいでになられた。
「お兄様、こちらの書類をご確認お願いいたします。……どうされたのですか?」
殿下のお手が完全に止まっているのを見て、リナリア殿下が不思議そうに首を傾げられる。
それに殿下が溜息をつかれた。
「いや……。リーナ、お前はエリィが欲しがりそうな物を、何か知らないか?」
尋ねられ、リナリア殿下は「ああ」と小さく零された。
エリザベス様のお誕生日が近い事に思い当たられたのだろう。
「エリィですか……。……そう言えば、先日」
思い出したように、リナリア殿下がぽつっと仰った。
「草を刈れる鎌が欲しい、と言っていましたね」
その言葉に、執務室におかしな沈黙が流れた。
「…………鎌」
ぼそっと呟かれた殿下に、リナリア殿下が頷かれた。
「はい。鎌」
「そうか……。何の参考にもならなかったが、有難う」
「何のお力にもなれなかったようですが、どういたしまして」
殿下に書類を渡し、リナリア殿下が出て行かれると、殿下が深い溜息をつかれた。
それにヘンドリック様も小さく息を吐いた。
「もうさー、鎌あげちゃえばいんじゃね?」
「……誕生日にか?」
「綺麗に包めば、それっぽく見えんじゃね?」
「どれっぽいかは分からんが……」
殿下はまた溜息をつかれると、ご自分のこめかみを指でもむような仕草をされた。
「……エリィは喜ぶのだろうな、と思ってしまった自分が、何だか少し悲しいな……」
「……ドンマイ」
ヘンドリック様が慰めるように呟いた一言に、コックスが口元を押さえてそっと部屋を出て行った。
結局殿下は、その年のプレゼントは、装飾の美しいペーパーナイフにしたようだった。鎌から刃物の着想を得たのでは……と、護衛の間で話題になっていた事は、殿下にはお知らせしていない。
【羨ましくなんてない! 語る人:ビリー・スタイン】
殿下がエリザベス様とご婚姻され、一週間。
お招きしていた国賓の方々も無事に帰国され、城に日常が戻りつつある。……まあ、まだ殿下とエリザベス様の為のパーティとか、色々あるっちゃあるけど。
殿下は既に、これまで通りに執務に励んでおられる。
けれど、機嫌が良いのが見ていて分かる。
表情や雰囲気が、柔らかいのだ。
まあ、何か、何て言うか……、……スッキリされただろうしな、イロイロと……。
うん、まあ、あんまり突っ込んで言えねーけど。
殿下は既に平常運転だが、エリザベス様はもう暫くのんびりとしたスケジュールになっている。
ホラ……、ああいうのって、女の人の方が大変だったりとか、すんじゃん……。ナニがって、詳しくは言えねーけど。
執務室のドアがノックされ、侍従が顔を出す。
「失礼いたします。妃殿下が面会をご希望です」
「通してくれ」
「はい」
この辺のやり取りに無駄がないのが、殿下スゲーってなるところだよなぁ。
近衛の団長なんて、いちいちどうでもいい話がついてくるのに……。
知らねーよ、あんたんちの犬なんて。子犬が産まれたんだが、どう思う?とか、どうも思わねーよ。おめでとうございます、くらいしか言う事ねえよ。しかも、それで正解なのかも分かんねーよ。
「失礼いたします。お時間いただきまして、ありがとうございます」
「いや。どうかしたかい?」
……何つーか、いつも通り過ぎねえ?
新婚さんよな?
まあ、その『いつも』が、大分仲睦まじいご様子ではあるんだけども。
「座るかい?」
「いえ、すぐ済みますので」
あ。
微笑まれるお二人が、今までよりちょっと柔らかい空気だ。
はー……。やっぱ新婚さんよなぁ。
……いや、羨ましくなんてないけど。うん。全然、羨ましくなんてないけど。
五年前に彼女に振られて以来、女っ気さっぱりないけど。でも、全然羨ましくなんてないし。
強がってねーし。ホントだし。
「少し嬉しい事がありまして。レオン様にもご報告したいと思っただけですので」
「嬉しい事?」
不思議そうに尋ねた殿下に、エリザベス様がとてもいい笑顔で頷いた。
「はい。王城の厨房の使用許可をいただけました!」
やっ……べ! 変な咳出た!
「許可、を……? 誰から、かな……?」
殿下ぁ! その強張った笑顔、やめてください! 気持ち分かるだけに、笑ってしまいそうです!
「王妃陛下です!」
「陛下……。そう……か……」
「はい!」
わぁー。エリザベス様、めっちゃイイ笑顔ぉ。
その厨房で、ナニを作られるんですかね?
それは当然、殿下に差し上げるのですよね?
俺らの分なんて、当然ありませんよね?
「これで私の学院での三年間の研究が、無駄にならずに済みます!」
待ってぇー! エリザベス様、学院で三年も何研究してらしたのー!?
気象学だか何だったかじゃないのー!?
「今度こそクッキーを……、いえ、ケーキを作ってみせます!」
「どうしてケーキにランクアップしたのかな!?」
殿下、やめてぇ! 的確な突っ込み、やめてぇ!
ジェームス! もうちょっと耐えろ! あと顔! 俯けんな! 仕事しろ!
「ケーキの方が美味しそうかなと思いまして」
「そう……」
諦めないで、殿下!
美味しいもなにも、エリザベス様のお菓子、味ないじゃないですかー!
殿下が諦められたら、それ、殿下が召し上がる事になるんですよ! 俺、絶対イヤですよ! 味ないケーキとか食うの!
「今日はご報告までで。いずれ出来上がりましたら、レオン様にお持ちしますね」
小首を傾げて微笑むエリザベス様は、凶悪に可愛い。可愛い、けれど……。
「そう……。……ありがとう……」
殿下の目がちょっと死んでる事、気付いて差し上げてー!
うきうきとした足取りで執務室を出て行くエリザベス様を見送って、俺は心から思った。
これは、羨ましくねぇわ、と。




