25 エリザベスは踊る、されど上達せず。
光陰矢の如しでござる。
学院での一年があっちゅー間に過ぎ去り、現在は二年目が終わった春でござる。
この『学業第一、後は知らん!』な体制の学院には、学祭などない。つくづく、乙ゲーの舞台にならん要素のみで構成されている。
因みに生徒会などもない。男子寮には自治会があるようだ。……男子寮自治会を舞台にならゲーム作れそうな気がする。BでLだけど。
殿下は今年ご成人を迎えられた。
十八歳だ。もう立派な大人だ。そう、見た目も。背が高く、程よく筋肉もつき、お顔もすっかり青年らしくなられて、我らが神は眩いばかりだ。
私は十四になり、身長が……伸びない。何でだ!? お母様はスラっと背の高い美人なのに!
いや、ウソウソ。伸びた、伸びた。ハハハ。
……百五十センチそこそこって、どういう事かね!?
殿下ロリコン説、未だに根強く残っておりますよ……。
これもう、払拭とか無理じゃね? 女子の身長って、まだこっから伸びるモン? 日本基準で言えば、中二よ? 厨二じゃなくて、中学二年生よ?
……前世、小学六年生で成長止まった記憶あんだけど。絶望感、すげぇんだけど。
あと顔も、驚きのベビーフェイスなんだけど! 未だに隣国のロリコン王からラブコール来るんだけど!
まあ、十八歳で美青年になられた殿下は、これからご公務が忙しくなられる。なので、学院は殆どお休みになるそうです。
「卒業資格は、ほぼ取れているから心配いらないよ」
って、さす殿。カッケーす。
「エリィはもう一年、楽しんでおいで」と微笑んでらした。大人の余裕っすかね、殿下。
* * *
「こ、こんなピンチが、人生においてあるなんて……」
今は学院は春休みだ。
三月末から、五月の一週目の終わりまで、かなり長い休暇である。
この間に、あの地獄の入学試験が行われる。既に何もかもみな懐かしい……。
休みでも、学院内の施設は利用できる。
経過観察の必要な実験をしている生徒さんとか、いっぱいいるからね。
そのカフェテリアにて。
今年で十六歳のポンコツ娘がガタガタ震えている。
手に持ったグラスが、ブルブル震えまくって、中のオレンジジュースが零れそうだ。
それをエミリアさんがはらはらしながら、既にハンカチを待機して見守っている。
「マリーさん、とりあえず、グラスを置きましょう」
「お、置きます……」
グラスの底がテーブルに当たり、カチャカチャと小刻みな音を立てている。
どんだけ震えとんねん!
エミリアさんが介護要員みたいになってる。さすがエミリアさん、白衣の天使……。
マリーさんの『人生最大のピンチ』とは、五月の二週目に王城である大舞踏会だ。
これが所謂『社交デビューの場』になる。
成人は十八だが、社交デビューは十六歳だ。
何が違うかというと、飲酒が十八歳からである。十六や十七の子たちは、夜会に出てもお酒は飲めない。別に飲んでもいいが、それで何かやらかした際の罰則が重くなる。
あと、十八から『参政権』的なものが得られる。
王城の主要部署で働こうと思ったら、十八歳を超えている必要がある。
政治に絡まない侍女や料理人などはその限りではないが。
社交デビューを果たすと、夜会への参加権を得られる。というか、強制される機会が増える。
あと、十六から結婚できる。
……殿下が、私が十六歳になるのを、指折り数えて楽しみにしておられる……。事ある毎に「あと〇年と〇か月だね」と仰るが、最後の『〇か月』の部分が細かすぎてちょっと怖い。
その社交デビューだが、その年に十六歳になる貴族の令嬢・令息全員に、王城から大舞踏会への招待状が贈られる。
オーストリアのオーパンバルのようなものだ。格式高いお見合い会場という意味でも同じだ。
男性はテールコートに白手袋、女性は純白のドレスとロンググローブが決まりで、その年のデビュタントたちがお披露目される。
そこで、決められたダンスを踊る必要がある。
マリーさんのピンチは、そのダンスだ。
パートナー固定のダンスではなく、数人一組で輪になって、何度もパートナーチェンジを繰り返しながら踊る。
デビューの大舞踏会でしか踊らないダンスだ。
人生一度きりの晴れ舞台なのだ。
……が、このダンスが! かなりクセがあって難しい。
「そんなに難しいものなんですか?」
社交に縁のない、由緒正しき庶民のエミリアさんが聞いてくる。
「難しいのよぉぉ!」
「マリーに訊いてないわ」
わぁお、笑顔で辛辣ゥ!
「まあ、難しいですね。なので、間違えても『御愛嬌』で済みますよ」
「ですって! 良かったじゃない、マリー!」
「良くないぃぃ……」
マリーさんのバイブ機能がぶっ壊れっ放しだ。
うーん……。どうするかねぇ。
私は覚えてはいるが、私自身の運動神経がちょっぴりアレだ。他人様にお教えできるものではない。
ダンスを教えて下さった先生にも「動きは合っているのですが………。いえ、何でもありません。エリザベス様はそれで大丈夫です」と引っかかる所しかない太鼓判を貰っている。
どうでもいいが、このダンスの練習の際にパートナーを殿下が務めてくださった。
何度も殿下の足を踏んだり、脛を蹴りつけたりしてしまったのだが、「エリィの初めてのデビューダンスの相手を務められて光栄だよ」と色気が溢れすぎてもうエロい感じの笑顔で言われた。
ダンス、ねぇ……。
我が家の謎経歴の使用人たちに、一人くらい得意な人が居るかなぁ?
訊くだけ訊いてみるか。
* * *
「いや、何で平民(最底辺スレスレ)の俺らがダンスとか踊れると思ったんすか?」
公爵家を訪れ、「誰かデビューダンス踊れる人居ない?」と訊いたら、最底辺スレスレのディーからそんな答えが返って来た。
「いや、ディーが最底辺だとしても、誰か居そうかなーって。一人くらい、普通の貴族家の出身居るでしょ!?」
もしかして、一人も居ないの!?
フツー、公爵家レベルの使用人って、貴族の娘とか次男とか三男とかだろ!?
「何でお嬢様、マクナガン公爵家に『普通』をお求めなんですかぁ?」
アンナにのんびりとした口調で言われた。
……いや、ちょっとくらい『普通』要素あるかな……って。
「男性パートでしたら、お教えできるのですが……」
流石、爵位持ち執事トーマス!
しかし、今求めているのは女性パートだ。
「つーか、城で探した方がいんじゃねっすか? 死神が一応貴族だった筈っすけど、この国の出身じゃねぇし」
「いや、死神には特に何も期待してないから」
他国出身者に用はねぇ!
……素直に、城で探すか。
誰か、私の友人のポンコツに、デビューダンスのコツを伝授してもらえんかね?と声をかけまくったら、一人釣れた。しかも、どえらい大物が。
エビもついてない針で、鯛どころかマグロ釣っちゃった感あるわ。
本日は、ポンコツヒロインを公爵邸に招いての、ダンスレッスンだ。
「エリザベス様ァァ……、ありがとうございますぅぅぅ……」
まだバイブ機能壊れとる。
「友人の為ですから」
溜息をつきつつそう言ったら、色々ぶっ壊れてるマリーさんが泣き出した。
怖いから、勘弁してくれ。
我が家にも一応、広間がある。
夜会など滅多に主催しない為、普段使用人たちの遊び場になっているのは内緒だ。
マリーさんをそこへ連れていき、本日の講師と引き合わせる。
「マリーさん、こちら、本日の講師を引き受けて下さったリナリア王女殿下です」
礼! 礼して、マリーさん!! アホの子みたいに口開けてないで!!
マリーさんはハッと気づき、慌てて礼を取った。そのバタバタとした優雅さの欠片もない状況に、リナリア様はくすくすと笑っておられる。
「まっ、マリーベル・フローライトと申しますっ! 拝謁できまして、恐悦至極に存じますっ!」
「どうぞお顔を上げて下さいな。初めまして、マリーベル様」
「いいいいえっ、どどどうぞ、マリーとお呼び下さい!」
どんだけ震えんねん。
「エリィは『マリーさん』とお呼びしてるのね?」
「はい」
「ではわたくしもそう呼ばせていただくわ。よろしくね、マリーさん」
「ははははぃぃ…………」
バイブ、そしてミュート。
マリーさんが新たな機能を手に入れた。マリーさん16sと名付けよう。
リナリア王女殿下は、今年で十五歳であらせられる。私の一つ年上、マリーさんの一つ年下だ。
王太子殿下が眩い美形であるように、リナリア様もそりゃもう眩しい光属性な美貌だ。
二年後、私と殿下が婚姻した後に、リナリア様も他家へお輿入れされる事が決まっている。お相手は、ロバート・アリスト公爵閣下だ。
婚姻後も国政に携わりたいリナリア様と、嫁探しで辟易されていた閣下の利害が一致した。
互いに「天啓を得た!!」みたいな顔で、非常に熱く、且つ事務的に婚姻について語り合っていたそうだ。殿下が遠い目をしながら教えてくれた。
とても仲睦まじい婚約者同士なのだが、会話を聞いていると『同じ道を志す同志』か『戦友』という風情で色気が全くない。
……まあ、本人たち幸せそうだから、それでいいけども。
閣下の元にゲリラ豪雨の如く降って来ていた縁談も、さすがに王女殿下の降嫁とあっては横槍も入れられない。という訳で、婚約の成立以来、閣下のご機嫌がすこぶる良い。
「女性パートはリナリア様が教えてくださるそうです」
そんな!! みたいな顔しないで、マリーさん!
まだ震えるマリーさんの背を撫でつつ、小声でコソっと言った。
「大丈夫です。リナリア様は不敬だとかお気になさらない、寛容なお方です。まず、そのバイブ機能を止めて下さい」
「て、停止ボタンを……」
どこだよ!!
「で、男性パートですが、リナリア様の護衛騎士を務めていらっしゃるモルゲン様と、そこのアルフォンスと、あともう一人、運動神経と見目の良さのみで選ばれた我が家の死神です」
死神?と、リナリア様とマリーさんの声がハモった。
紹介に与った死神は、しゃがみこんで顔を両手で覆い、さめざめと泣いている。
「……セザール。悪かったわ。謝るから、泣かないで」
「……こんなに長くついて回るとか……。昔の僕を殺してやりたい……」
一生消えない、それが黒歴史の黒歴史たる所以!
とはいえ、デカい図体で泣かれても鬱陶しい。
「セザール、王女殿下の御前で、失礼よ」
「……元はと言えばお嬢様がぁ……」
しゃくりあげんな! いい年の男にやられると引くわ!
「じゃあ、あっちの隅っこで泣いてなさい。いいわね?」
「……あい」
ぐずぐずと鼻の詰まった声で返事をしつつ、セザールは素直にホールの隅へ移動した。
いい年したイケメンの体育座り。
レアな絵面だが、全くときめかん。
「楽団は居りませんが、趣味で楽器をやるという我が家の使用人たちが、呼んでも居ないのに集まっております」
ホールの隅には、思い思いの楽器を持った使用人が居る。
リナリア様がそれを、やたらキラキラした目でご覧になっているのだが……。
イェー!とか言いながら、思い思いに楽器鳴らすのやめて! うるさいから! モルゲン様もびっくりしてらっしゃるから!
……何だろう。本当に、会場が我が家で良かったのだろうか……。
無理言って王城にしてもらった方が良かったのでは……。
とりあえずアンナ、そのトライアングル置こうか。使わないから。
「いち、に、さん、し、ご……でクルっと回ります」
リナリア様が動いて見せながら、マリーさんに丁寧に教えている。
マリーさんにはバイブ機能をミュートにしてもらい、何とか頑張ってもらっている。
「お嬢はあっち参加しないんですか?」
なんとバイオリンが弾けたらしい、我が家のパン職人ネイサンが、あっちと弓でリナリア様たちを指した。
「私は一応、動きは覚えてるから」
そう。動きは覚えている。
先生からの謎の太鼓判が不安だが。
「じゃあお嬢様、踊ってみてくださいよー!」
トライアングルは禁止、と強く言い渡した為手ぶらのアンナが、セザールの腕を引っ張ってきた。
セザールはトーマスに借りたのであろうテイルコートを着ている。
サイズが全くあっておらず、ぶかぶかで格好悪い。
「そんじゃ行きますよー」
言いつつ、弓で軽く床を叩き、リズムを取る。
セザールの手を取って、互いに礼。
がっちり組むのではなく、互いに片手だけ取り合って、ステップを踏んでくるくる回るダンスだ。
私が足を出したところを、セザールの足がひょっと避ける。
足を出す。避ける。出す。避ける……。
「……これ、何の演武?」
うっさいわ!!
「セザールだから避けてっけど、他の人だったら蹴り入ってるよな?」
「いや、お嬢様にしちゃすごくね!? 何となくダンスに見えんじゃん!」
全員、「確かにー!」じゃねぇからな!? 覚えとけよ!?
あとアルフォンス! お前もバイブ機能切っとけ!
身体を動かしっぱなしも疲れるので、一旦休憩だ。
たった数人で使用するには広すぎるホールの隅に、使用人たちによってお茶コーナーが作り出されていた。
あの重たいテーブル、良く運んだな……。
席に着くと、侍女が紅茶とエルダーフラワーのコーディアルを用意してくれる。動いた後は、お茶より冷たい飲み物がいいやね。
「あの、リナリア様……、お疲れではありませんか……?」
リナリア様に慣れてきたらしいマリーさんが、恐る恐るという風に訊ねた。
それにリナリア様はにっこりと微笑まれる。
「大丈夫です。むしろ、楽しんでますわ」
そう。楽しんでおられますよね? 何で?
あと、「会場を公爵邸にしてもらえる?」と指定されたのも、何でですかね?
「マリーさんは、その緊張さえとけたら大丈夫だと思いますよ。エリィは……」
私は?
ねえ、リナリア様、私は?
「居るだけで可愛いから、大丈夫よ」
ニコッじゃないですよ!
何も大丈夫じゃねぇだろ!
マリーさんも、何頷いてんの!?
……ちょっとくらい、エリちゃんのダンスも褒めてよ。褒められたら伸びるかもしんないのに。
「ところでリナリア様、何故練習の会場を我が家に? 王城のお部屋をお借り出来た方が、(あの面白楽団じゃなくてちゃんとした)楽団も居ますし、(運動神経だけで選ばれた死神じゃなくて)パートナー役も幾らでも居ますのに……」
「実はマクナガン公爵家に興味があって」
いい笑顔で、訳わかんねぇ事言い出しましたね!
「お兄様のお話を聞いて、一度訪ねてみたいと思ってましたの」
それは……どのようなお話なんですかね……?
「お兄様が良く、『マクナガン公爵家は魔境だ』って仰るから、どのような場所なのかしら……って」
ぅおい、殿下ァ!! どういう意味だァ!
何だ『魔境』って!
確かにちょっと普通と違うけど!
使用人とか、ちょっと(大分? いやかなり?)おかしいけど!
兄はアレでナニで色々腐ったクソ虫だけども!
……いや、やめよう。挙げていくとキリがなさすぎて、マジでウチが魔境みたいだ……。
おい、アンナ、「チーン♪」じゃねぇ。トライアングル、置けっつったろ!
「『魔境』って、何ですか?」
いや、怯えなくて大丈夫だから、マリーさん。
「わたくしも良く分からないのですけれど。お兄様がそう仰いますの。あといつも、公爵家からお帰りになられると、とてもお疲れのように見えますので……」
あぁ~……、それは申し訳ない。
「先日は、王家の諜報員である秘密部隊の隊員まで連れて行っていたようですので……。一体、何があるものかと」
……はい。お連れでしたね。
数日前、殿下が公爵家を電撃訪問なさった。
常にご予定がぎっしりな殿下は、訪問の際には必ず先触れを出してくださる。
それがなかったので、我が家は大分慌てた。
あ、私は長期休暇中の里帰り中でしたよ。めっちゃビックリした。
日本の友達の家に遊びに来た、くらいの気軽さで「やあ」とかって現れた。
何しに来たのか分からんまま、とりあえずおもてなししていたのだが、二十分ほど経過した時点で殿下の目的が分かった。
我が家の隠し祭壇を探しにいらしたのだ!! しかも、国王から『梟』を二人も借りて!!
どんだけガチやねん!
殿下が「止められたなら、諦める」と仰った為、我が家の使用人たちが全員本気を出した。正真正銘ただの料理人のオッサンまで、レードル持って「来るなら来い!」とか言ってた。……アンタ、何も出来ないから、スープ作ってなよ……。
迎撃態勢バッチリの使用人の中でも、特にディーが酷かった。
どうも特殊部隊の三つは、それぞれ相容れないらしい。
同じ会社でも、部署同士で仲があんまり良くない……みたいな感じ。
あっちは本職で現職、こっちは全員『元』が付く。だが人数では上回る。地の利もある。
という訳で、私は殿下とお茶をしていただけだが、使用人たちは敷地内を縦横無尽に飛び回っていた。交わされるハンドサインを、殿下がじっと見ておられたのが怖かった。
殿下、本気で覚えようとしてらっしゃいますね……?
二時間後、軍配はマクナガン公爵家に上がった。
ロープで拘束された『梟』の二人を、ディーが「はっ、ざまぁ!」と嘲笑っていたが、お前、後でなんかされんじゃねぇか?
殿下は非常に悔しそうなお顔で帰って行かれた。……ロープでぐるぐる巻きの『梟』を連れて。
しかしこんな話を馬鹿正直に出来ん!
あと、使用人ズ! 「あったねー」だの「面白かったねー」だのうるさい! お前ら何で平然と私語ぶっ叩いてんだ!
「楽しい方々ですね」
ほらぁ! リナリア様に笑われたぞー!
パン職人、照れてんじゃねぇ! 誰も褒めてねぇからな!
「申し訳ございません。我が家は使用人に大分自由にさせていますもので」
「ふふ。大丈夫ですよ。……で、お兄様は一体、何がしたかったのですか?」
あ、その話、忘れてくれてなかったんですね。
「レオン様は、我が家のどこかにある、『ある物』をお探しになりたかったのだそうです」
「ある物……」
はい。内容はどうかご容赦を。殿下に致命的なダメージが入りますので。
「それが何か……は、詳しくは申せませんが、ご容赦ください」
「ええ、構いませんわ。マクナガン公爵家の、お家の事情ですし」
ゴフっと、アルフォンスが咳き込む音がした。
だからさぁ、その笑い上戸、何とかならんかね?
ほらぁ。リナリア様が「ノーマン様はどうされたのです?」とか言っちゃってんじゃん。
「いえ、何も。どうぞお気になさらず」
しれっと笑顔で答えるアルフォンス。いいツラの皮よな。
「お兄様は、その『ある物』を見つけられたのですか?」
「いえ。我が家の使用人が守り切りました」
だから! イェー!じゃねんだよ! ちょっと黙っとけ!
リナリア様は「まぁ」と驚いておられる。
「随分と、優秀なのですねぇ……」
感心したように「ほぅっ」と息を吐かれるリナリア様。
とてもお美しいですが、今話していた内容がアレ過ぎて、ギャップがすごいです……。
その後は、男性も交えて、組んで踊る練習をした。
大分緊張がほぐれたらしいマリーさんは、何度かつかえたりしたものの、問題ないレベルまで上達していた。
リナリア様は流石の優雅さで、くるくる回る度、金の髪がふわっと舞って、めちゃくちゃに綺麗だった。マリーさんと二人で「ほえー……」て見てた。
私? アルフォンスの足蹴ってたけど、何か?
違うのよ! セザールがさ、避けるじゃん? それで男性側のステップが変わってんじゃね?とか思ってさ。絶対避けなそうなアルフォンス相手なら、もうちょいダンスになんじゃね?って思って……。
めっちゃ蹴ったね! 地味に痛いですね……て、悲痛な表情で言うな!
いいもん。まだエリちゃんのデビューまで、二年あるもん。もっと練習するもん。
* * *
大舞踏会当日。
一番初めのデビュタントたちによるダンスが終わるまで、他の人はホールへは降りられない。周辺に観客席のようなものが作られており、そこでデビュタントたちを見守るのだ。
娘や息子の晴れ舞台を見る為に、沢山の貴族が居る。
その中の貴賓席に、こっそり混ぜてもらった。同じ席に、王太子殿下がお着きになっている。あとリナリア様もマリーさんを心配なさって見に来てくださった。
そんなん知ったら、マリーさんのバイブ機能が働きだしそうだから、本人には言ってないけども。
入場の音楽が鳴り始め、大扉が開かれた。
一人ずつ、名前が読み上げられる。
これは爵位の順なので、マリーさんは真ん中からちょっと過ぎたくらいだ。
「フローライト伯爵家、マリーベル様」
うわー! 呼ばれた!
何だろう、こっちが緊張する!
思わず両手をぎゅっと組み合わせたら、その手を殿下がそっと握ってくださった。
はわ~……、ちょっと落ち着いたわ。殿下の癒し効果、すごいわ~……。
真っ白なドレスに、ロンググローブ。そしてきっちりと結い上げた髪に、小さなティアラ。
マリーさんは大扉の入り口で、すっと綺麗に礼をした。
マリーさん……!! 立派になって……!!
なんだろう。自分の子供の成人式見てるみたいだ……。ちょっと謎の感動がある……。
「マリーさんは、大丈夫そうですね」
リナリア様のお声が、ほっとしている。
デビュタントたちはまずは国王陛下と王妃陛下にお言葉を賜るため、ボールルームに整列するのだ。
その列に並ぼうと歩いているマリーさんが……、……コケた。
カクンと。
見て分かるレベルで。
「あら……」
「マリーさん……」
「緊張しているのではないかな? 時折そういうご令嬢も居るからね」
殿下のフォローが優しい……。
何とか列に並んだマリーさんは、平伏しているというより俯いていた……。
いや、忘れらんない思い出になったじゃん。良かったと思おうよ。
後日、学院のカフェテリアにて大泣きするマリーさんを、私とエミリアさんで慰めたのだった……。




