84話:英雄との戦い
武術大会の英雄の部は優勝者を決めるものではなく、模範試合的なものらしい。
普通の武術大会に英雄が参加すると優勝者が固定されてしまうので英雄の参加を禁止したところ、英雄の戦いを見たいと言う要望がかなりの数届いたんだとか。
それで本戦とは別に英雄同士の戦いの場を設けたようだ。
英雄同士。うん、英雄同士ね。
いや、言ってることは理解できるんだけどね。
それ、アレイさん対シマウチハヤトさんの戦いだけじゃダメだったのかなーとは思う。
ダメだったんだろーなー。
かと言って他に穏便に済みそうな英雄もいないからなー。
まあ、仕方ないのかな、うん。
という訳で、武術大会最終日。
初対面の英雄と闘技場で向かい合っています。
長い黒髪を後ろで縛り、長剣を肩に担いだ精悍な青年。
切れ長の目の色は髪と同じ黒。
『変幻自在の魔剣』の加護を持つ剣士、英雄シマウチハヤト。
以前戦闘記録を読み込んだ時、感覚が違いすぎて全く再現が出来なかった人。
息をするように剣を扱う天才。直感だけで魔物と渡り合う英雄。
こうやって向かい合うと、ただ立っているだけなのに威圧感が凄い。
肌がピリピリする。
「はじめまして。オウカです」
「シマウチハヤトや。噂は色々と聞いとるけど、レンジュさんに一発当てたんはほんま?」
「あー。嘘ではないですけど、実力で当てた訳ではないと言うか……乙女の意地です」
「……さよか。何か俺の身内がすまんかったな」
あれ? 意外と普通って言うか。
なんだろ。凄く親しみやすい感じがする。
「いやまー、制裁は加えたので大丈夫です」
「そう言ってくれると助かるわー」
「……何か、苦労してそうですね」
「おう。勇者の親友にして英雄一行のツッコミ役やからな」
「……ほんと苦労してそうですね」
「分かってくれるんはありがたいわ」
あの面子にツッコミ入れるのは大変だったろうなあ。癖が強い人しかいないし。
『皆様、長らくお待たせ致しました。英雄の部、一回戦の出場者を紹介します』
『赤門側っ‼ 英雄一行の常識担当、全自動ツッコミ英雄‼
最強の剣士、『変幻自在の魔剣』シマウチハヤト‼』
あ。解説がレンジュさんになってる。
いつでも元気だな、あの人。
「いや、誰が全自動ツッコミ英雄やねん」
『多分いま「誰が全自動ツッコミ英雄やねん」ってツッコミいれてるはずっ‼
そしてオーエンさんと渡り合った剣技は未だ健在なのかっ‼ 楽しみだねっ‼』
「……あんたはオーエンさんボロボロにしとったやん」
苦笑いを浮かべて実況席を見上げるシマウチハヤトさん。
あ、やっぱりそうなんだ。なんかそんな気はしてた。
『対して白門側っ‼ みんなのアイドル、殺戮天使‼ 時代が求めた最強幼女‼
一般の部優勝者、夜桜幻想オウカちゃん‼
愛らしい見た目とは裏腹にその戦闘力はオーガを超えるっ‼
今回の犠牲者は原型をとどめていられるのかっ‼
私が許す、全力でやっちゃえっ‼』
これはあれだな。かんっぺきに喧嘩売ってんな。
「……ちょっと解説席行ってきます」
「まあまあまあ。抑えて抑えて。あの人は真面目に相手したらあかんって」
「ぐう……あの人なんでこりないんだろう」
「あー。あれはあの人の愛情表現やからなあ」
なんて迷惑な。もうちょいストレートに来てくれないかな。
『レンジュさん、いい加減にしないと嫌われますよ……』
『大丈夫っ‼ 私は大好きだからねっ‼』
『はあ……では、一回戦、始め‼』
『オウカちゃん頑張ってねぇぇぇっ‼』
「……なんか、ほんまにすまん」
「……いえ。とりあえず、やりましょうか」
「あー……せやな」
何だか既に戦う空気じゃないけど。
仕方ない。やるか。
「リング、お願い」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
立ち昇る、見慣れた薄紅色。
さて。何だか凄くやりづらいけど、とにかく戦いましょうか。
「さあ、私と踊ってくださいね、英雄サマ?」
先ずは小手調べ。
肩に乗せたままの長剣の柄を狙い、射撃。
そのまま前傾になり駆け出そうとして。
「おお、ほんまに拳銃なんやな、それ」
ひょいと振られた長剣に、魔弾が切り裂かれた。
…………は?
驚きに思わず足が止まる。
いまこの人、撃つの見てから斬ったよね?
見てから避けるだけならまだしも、発射後に弾道を読んで剣で斬るとか訳分かんないだけど。
うっわ、やっぱこの人普通じゃないわ。
「リング! アヴァロン!」
「――SoulShift_Model:Avalon. Ready?」
「Trigger!」
即座に障壁を左右に展開、球形デバイスを拳銃に接続。
撃ちまくる。左右からの跳弾に、正面からの銃弾。
その全てを、軽い調子で斬り裂かれる。
あの剣、一瞬毎に形が変わってる。
あれがあるから最小限の動きだけで対処出来るのか。
やばい。能力自体は地味だけど、持ってる人の性能が高すぎてメチャクチャな事になってる。
つーかこれ、どうしろってのよ。
さすがに圧縮弾撃つ訳にもいかないし。
じりじりと迫ってくる英雄に焦りを覚えながら、思考する。
それならば、近接戦闘を仕掛けるか。
腰を落とす。左手は前に、右手は逆手に顔の横に。
「おー? なんやアレイさんに似た構えやなー」
気軽な調子で言う英雄。
その懐目掛け、接近。背を低く、地を舐めるように駆ける。
即座に振るわれた剣の峰による切り上げ。首を傾げるだけで回避するも、瞬時に剣の形が変わり、横凪ぎとなる。銃底で捌こうとするも、速すぎて上手く流せない。
少しだけ軌道を変え、その隙に潜り込んだ。
剣の間合いの内側、私の距離だ。
即座にブースターで加速した肘打ちを放つも、剣の持ち手で簡単に防がれた。
ふわりと回転、発砲しつつ、速度をそのままに回し蹴り。
至近距離での銃撃を躱し、蹴りは受け止められた。
しかしそこを起点に縦回転。上から銃底を叩き降ろし、回避した隙に発砲。そのどちらも容易く避けされてしまう。
けれど、まだ止まれない。踏み込み、加速した銃底を打ち付けるがあっさりと峰で受けられた。
回転しながら屈み、足を狙った水面蹴り、
これも、軽い調子で止められた。
化け物か。全ての攻撃を無効化される。
しかもこちらに危害を与えないように加減しながら。
「あー。中々えっぐい攻撃やけど……これならカエデとかアレイさんの方が手数は多いなあ」
「英雄と、一緒に、しないで、くださいっ‼」
蹴り、銃底、射撃、射撃、銃底、足払い、蹴り上げ。
回る。遠心力を付け、撃ち、屈み、跳ね上げる。
その全てを受け、躱し、止められた。
「せやかて、オウカちゃんも英雄やって聞いとるんやけど」
「私は、ただの、町娘、ですっ!」
「……そら無理あるんちゃうかなー」
くそ、当たらない。どんな反射神経してんだのの人。
「ほい。んで、どないする?」
終わりに、反応出来ない速度で剣を首筋に突きつけられた。
こうなったら仕方ないか。拳銃をホルダーに戻し、両手を上げる。
「降参です。後は人に向けちゃいけない技しかないんで」
「お、おう……さらに先があるんか。見たいような見たくないような」
「……やりませんからね? ただの町娘に戦闘力を求めないでください」
「さよか。ま、お疲れさんやったな」
「はい、お疲れ様でした」
『勝者、シマウチハヤト!』
『オウカちゃん残念だったねっ‼ 後で私が慰めてあげるねっ‼』
……まーいっか。お互い怪我も無く終われたんだし。
今回は特に頑張る理由もない。続行される前にさっさと退散しよう。
何か意味分かんない事言ってる人もいるけど、そっちは無視。
……またエリーちゃんに心配かけたくないし、何より痛いのはやだからね。
さて、次はリリアさんとアレイさんの戦いだ。
とりあえず軽食と飲み物買ってこようかな。





