81話:英雄として
準決勝戦の後、一時間の休憩を挟んで決勝戦が行われるらしい。
治療室に運び込まれたリュートの様子をちらっと見に行った後に控え室に戻ると、なんとエリーちゃんが来てくれていた。
「オウカさん、おめでとうございます!」
「ありがとー」
いえーいとハイタッチ。
「決勝、来ちゃったねえ」
「来ちゃいましたね。そんな気はしてましたけど」
「うーむ。世の中、分からないもんだねー」
「こうなったら優勝しちゃいましょう」
「えぇ。それは無理じゃないかなあ」
決勝戦の相手は栗色の髪の美少女、リリアさん。
あの人には決して折れない芯があるように見えた。
多分、めちゃくちゃ強いんだろうなー。
何せ、英雄の弟子だし。
……あの人も空飛んだりすんのかな。
「てかさ、決勝戦に出る時点で後ろめたい気もあるんだよねー」
「え、どうしてですか?」
「私は出場取り消しが出来ないから参加してるだけだからね。
何となく申し訳ない気がしたり」
「なるほど……」
みんな、何かしらの理由があって大会に出てるんだと思うし。
私なんかが勝ち進んでいいんだろうかと思う。
それに借り物みたいな力で勝ったからって、私がすごい訳じゃ無いしなー。
「……じゃあ、私のために勝ってください」
「うん? どゆこと?」
「オウカさんが負けるところ、見たくないです。だってオウカさんは私の英雄だから」
「英雄……私が?」
「私を助けてくれたのは物語の英雄じゃなくて、オウカさんなんです」
勘違いでしたけどね、と小さく笑う。
……なるほど。そりゃ負けらんないわ。
英雄、希望、願いを叶える者。
そんな風に言われちゃったら、仕方ないよね。
「ふむ……勝ったらモフっていい?」
「あ、その……お、お手柔らかに」
「よし。めっちゃやる気出たわ」
んじゃ、決勝戦、頑張りますか。
〇〇〇〇〇〇〇〇
『これより、決勝戦の選手を紹介します』
『白門側、戦乙女リリア・レンブラント。自称、英雄の弟子。
鮮やかな剣技と独特な魔法を融合させた唯一無二の戦術を使い、あらゆる敵を撃破してきました。
パーティを組まず、ソロで討伐依頼を達成する異端な冒険者としても知られています。
可憐な見た目とは裏腹の鋭い剣技で優勝を掴みとる事が出来るのか、期待が高まります
赤門側、夜桜幻想オウカ。自称、ただの町娘。
えー……関係各所から自称詐欺だとクレームが入っています。
物珍しい拳銃という武器を巧みに操り、遠距離から至近距離までこなすオールラウンダー。
素早い動きと見た目から想像できない攻撃力で果敢に攻める、正に勇猛果敢な戦闘に目が奪われた人も多いでしょう。
奇しくも二つ名を持つ女性同士の戦いとなった決勝戦、どのような展開になるのか楽しみです』
『……お兄様、楽しそうですね』
『珍しく自分に被害が及ばないからな。両方知り合いだし』
『女癖が悪いのがお兄様の欠点です』
『自分で言うのも何だが、お前のお兄様は引くほどモテないからな?』
『そのような事は……はい? どうかされましたか?
え、実況の魔道具が起動したまま? あっ……』
『……。あー。では、両者、開始線へ進んでください』
仲いいなあ、あの二人。
改めて、リリアさんと向かい合う。
……何だろ。穏やかに立っているだけに見えるのに、威圧感が凄い。
英雄を前にした時のように、恐怖が涌き出る。
むう。やっぱこの人、苦手かもしんない。
「……ども。よろしくお願いします」
「決勝戦でお会い出来ると思っていました」
「いやいや、私ただの町娘なんで……って、普段なら言うとこなんですけどね」
拳銃を抜き放つ。
借り物だけれど、私だけの戦う為の力を。
「ちょっと、負けられない理由が出来まして……リング」
「――Sakura-Drive Ready.」
体を半身に構えて腰を落とす。左手を突き出して、右手は肘を上にして逆手で顔の横に。
「Ignition」
トリガーワードと共に、足元から立ち昇る魔力光が全身を包んだ。
視界を染める薄紅色。私に勇気をくれる桜色。
さあ、私の恐れを塗り潰せ、サクラドライブ。
「今だけは、英雄でいたいと思います」
そう言い放ち、私は笑った。
「……その構え、その言葉。いま確信が持てました。
貴女は強い人ですね。ならば私も、全力でぶつかります」
その言葉と同時に円盾と片手剣に魔方陣を展開し、魔法を発動させる。
何かの琴線に触れたんだろうか。先程とは雰囲気が違う。
まあ、関係ないか。
どうせ、何が相手でも勝たなきゃいけないんだし。
『それでは決勝戦、開始!』
「さあ、踊りましょうか」
まずは牽制、円盾を狙って発砲。狙い通り真正面から魔弾が当たる。
しかし、盾に少しのぶれもない。
着弾時に魔法陣が浮かびあがり、衝撃が相殺された。どういう魔法なのかな、あれ。
銃撃に怯まず突き進んで来る。片手剣の鋭い振り下ろしの軌道が見えた。
銃底を合わせようとして、悪寒、咄嗟に飛んで剣を躱すと。
闘技場の床が、裂けた。
これは……衝撃反射の盾に、石製の床でも斬れる剣、かな?
私と同じ速度重視かと思ってたけど、パワータイプなのか。
対人ってより対魔物って思った方がいいのかもしれない。
大きく踏み込み、回りながら銃底を叩き付ける。
しかしその一撃は盾に阻まれ、逆に殴られたような衝撃を返された。
弾かれた勢いを利用して、逆方向に回りながら屈みこんで足払いを放つ。
足を軽く上げて躱されるが、これはフェイント。
そのまま回転、今度は銃底を斜めに振り上げた。狙いは、目の前の腹。
しかしその軌道の先に、片手剣を合わせられた。
無理矢理軌道を変えて剣の腹に打ち当てる。
ほんの一瞬だが、剣が浮く。その隙を狙い射撃するが、すかさず構えられた盾によって無効化された。
やはり、強い。戦い方が上手い。
こちらの攻撃を先読みし、最善の行動を取ってくる。
厄介だな。剣も、盾も。そした、本人も。
魔弾が通らない。一撃もらったら終わり。そこそこ速い。
ついでに頭もいいし、油断も隙も無い。
つまり、全方位で単純に強い、と。
いやまあ。相手が自分より強いとか、別にいつも通りだけどね。
硬くて魔弾が通らない。一撃当たったら終わり。
素早く動くやつ。知恵の回るやつ。
私より強い敵。それは多分、いつでも同じ。
私にあるのは借り物の戦闘技術と凄い武器。
それ以外は本当にただの町娘と変わらない。
それでも。
「リング、ヴァンガード」
「――SoulShift_Model:Vanguard. Ready?」
「Trigger」
ガチャリと、どこがで聞こえた気がした。
拳銃を逆手に持ち直す。腰に球形デバイスを装着。
これで最大出力を発揮出来るはず。制御出来れば、の話だけど。
でも、引くことは出来ない。
「いきます。英雄として、貴女を撃ち抜きます」
決意を宣言する。
それに対して、彼女は懐かしむように微笑んだ。
「はい。全力で迎え撃ちます」
覚悟を決める。
右拳銃、左拳銃、右腰、左腰。
その全てから、一気に魔力を噴出した。
一瞬、意識が途切れる。
すぐに我に返るも、風圧で息が出来ない。視界が暗いまま戻らない。
体が速度に追い付いていない。
それでも。
止まらない。止まれない。
噴き出される薄紅色を纏い、弾丸となって真っ直ぐに突撃する。
多分、私が放てる最大威力の攻撃。
止められたらもう、どうしようもない。
それでも。
撃ち抜くと決めた。
町娘のオウカではなく、英雄『夜桜幻想』の名を背負って。
無理も無茶も承知。て言うかこれ、上手くいっても怪我は免れない。
それでも。
私らしいとは、思う。
「━━Code:Vanguard Howling. Ready Over.」
「 撃 ち 抜 け え ぇ ぇ ! 」
無理矢理に身体を廻して。
速度を全て右手に込めて。
ただ、円盾を殴り付けた。
右腕に走る衝撃。
大槌で殴られたような錯覚を感じる。
骨の軋む音。身体が壊れていく感覚。
知ったことか。突き進め。
ブースター出力最大。後の事など考えない。
今この瞬間に、全てを出しきる。
「ああぁぁあっ!」
雄叫びを上げ、突進する。
私に託されたの想いを。英雄の一撃を。
止められるものなら、止めてみろ。
凄まじいまでの反動、衝撃に乱れる黒髪。
舞台にが割れ、轟音が響き渡る。
――やがて。
円盾に亀裂が走り、それはすぐに全体に周り、砕け散った。
同時に、私の右手が弾けた感覚。骨どころか、腕ごと吹き飛んだな、これ。
でも、まだ終われない。
その場で回転、全てのバーニアを駆使、最大速度を保つ。
その速度と遠心力を力に変えて、蹴り出した。
「飛んでけぇっ!」
後ろ回し蹴り。
意表を突いたそれはリリアさんの胸当てに当たり、その華奢な体を吹っ飛ばした。
弾かれたように真横に飛び、観客席下の壁に激突して止まる。
それを見て、私はそのまま前のめりにぶっ倒れた。
『勝者、オウカ! 治療班、急げ! リリアじゃない、オウカの方だ!』
両手から拳銃が零れ落ち、サクラドライブが解除される。
勝てた。けどこれ、右手の感覚が死んでるわ。
痛みも感じないって相当ヤバイんじゃないだろうか。
怖くて目を向けらんないんだけど。
……まあ何にせよ、もう動ける気がしない。
とりあえず、治療班さん。後はお願いします。
あ、無理。意識が、飛ぶ……





