73話:必殺技

　オウカ食堂開店から半月くらいが経過した。

　カエデさんに頼んでアスーラから住み込みで働くの子達を転移してもらったり、食材を定期的に購入したい事を肉屋さんや農家さんに頼みに行ったり、まだ働きたいと言う子を無理やり休ませたり、特製弁当を食べたいと騎士団長(レンジュさん)が駄々をこねたり、色々な事があった。

　ようやくお店が落ち着いてきたので、今日は香辛料の補充と、更なる人手を求めてビストールに来ている。

　で、ギルドで相談して知った事実なんだけど、どうやらビストールには孤児院がないらしい。

　じゃあ戦災孤児なんかはどうしているのかというと、他の希望者達も含めたみんなで集まって、町外れでテント張って暮らしている地区があるんだとか。

　みんな今の暮らしに満足しているらしく、住民の半分ほどは町外れの辺りに集まって生活しているらしい。

　働ける人は働いて、他の人は料理とか小物作りとかしてるんだとか。

　なんというか、こういうところは異文化だよね。

　ユークリアだと考えられない話だわ。

　その小物を見せてもらったら、平たい紐をめっちゃ複雑に編み込んだコースターだったり、意匠が細かい木製のおもちゃだったり、向こうじゃ見られないものばかりだった。

　うーむ。面白いなー。

　じゃあ働き手はいないかなーと諦め半分で交渉したところ、意外にも結構な数の移住希望者が出てきた。

　基本的に亜人の方が人間より寿命が長いので、たまには違うことをやってみるのも面白そうというのが一番の理由。

　あと、私の住む街で働きたいと言ってくれた子が何人か。

　その子達はめっちゃモフり倒した。

　ブラッシング用の特製ブラシは最近常備してあるのだ。

　ちょっと本末転倒な気もするけど、まあ働きたい子がいるならと言うことで、今回は希望人数だけ控えておいた。

　また、仕事に必要な読み書きや計算に関して、出来る子と出来ない子を把握しておいてほしいとお願いしてきた。

　次来たときは大移住だなー。

　……あ。領主さんと話した方がいいんだろうか。

　次来た時に聞いてみよう。

　そんな訳で人手をゲットし、珍しい食材や店の備品をたくさん買い込んで帰宅中である。

　てかあの子達が来たら毎日モフれるんだろうか。

　めっちゃ期待しちゃうんだけど。

　ついでに、香辛料が補充出来たので明日の特製弁当はちょっと豪華になることだろう。

　それとは別にバニラアイスもチャレンジしたいな……ああ、夢が膨らむ。

「――オウカ」

「ん？どしたの？」

「――前方下方に魔力反応:オーク二十四匹、並びにハイオーク(上位個体)一匹を確認。

　――オークの軍隊(レギオン)です。警戒してください」

　うげ。団体さんじゃん。

　そっちのお客さんはお断りしたいとこだけど…

「リング。そいつらの進行方向は？」

「――推測:ビストールです」

「あちゃー。まあ、そだよねー」

　あいつらは基本的に獲物を求めて移動する。となれば、町へ向かうのも当たり前か。

　何にせよ放っておくという選択肢は無い。

　んーむ。軍隊(レギオン)なら弓をもってる奴がいるかもしれない。

　なら、空から行くより地上から突っ込んだ方がいいか。

　とりあえず、行ってみるか。

　ある程度接近してから地上に降りる。

　うっわぁ。あの数はちょっとビビるなー。

　砂煙を巻き起こしながらすごい勢いで走ってきてる。

　不意に、集団墓地の事を思い出し、指先が震える。

　敵の攻撃が当たれば死ぬ。とても簡単に、命を奪われる。

　改めて思う。怖い。恐ろしい。

　膝から力が抜けそうになる。

　それでも。やらなければ街に被害が出るかもしれない。

　それならここで引く選択肢はないし、腹を括るか。

「リング。やろうか」

「――Sakura-Drive Ready」

「Ignition!」

　舞い上がる桜色が、私に勇気をくれる。

　世界を、敵を、私の恐れを。

　全部まとめて塗りつぶせ、サクラドライブ。

「さあ、踊ろうか」

　腰のデバイスに加え、両拳銃から魔力を噴出。

　低空に躍り出て最大速度で突撃。景色が後ろに吹っ飛ぶ。

　地面と平行に、落下しているような感覚。

　その途中で慣性を残してバーニアを停止。

　ガチャリと音を立ててデバイスを両拳銃に接続、甲高い音を立てながら銃口に魔力を収束させる。

　最大射程の最大威力。まずは、あいつらのど真ん中を貫く。

「当たれぇぇぇっ！」

　狙いを着けて引き金を引く。

　私の全力を収束した一発は、地表を削りながらオークの群れの大半を巻き込んだ。

　桜色の残滓が漂う中、しかしその一撃を、ハイオークは盾をかざして防ぎきっていた。

　まじかあいつ。あの魔弾を止めやがった。

　あの盾、魔法で強化されてるみたいだな。

　慣性のまま横にふっ飛び、弾丸を散撒(ばらま)いてオークの数を減らす。

　とにかく当たればそれでいい。

　オーク達の戦力を削りながら群れの中を通り過ぎで行く。

　着地。地を滑りながら体勢を整え、即座に振り向くと。

　反撃で飛んできた、空を覆い尽くす程に大量の矢の姿。

　瞬時に全ての弾道を見切り、両手を広げてふわりと回る。

　二連続で発砲。ただそれだけで身体の中心を目掛けて飛んできた十三本の矢を撃ち落とした。

　残りの矢はその殆どが見当違いの方向に飛び、残りの幾つかは遠心力を乗せて振り回した銃身で叩き落とした。

　再び前を向き、獣のように身を低くして駆ける。

　まずは取り巻きを潰すか。

　放たれた魔弾のように薄紅色を纏って駆け抜ける。

　尚も降り注ぐ矢はかすりもしない。演劇のようにこの身を逸れて行く。

　当たらない進路を選んでいるのだから当然だ。そして、当たらない攻撃など脅威を感じない。

　私が止まることは無い。

　やがて、近接距離。慌てて弓を捨てるオークを蹴り飛ばし、ヘッドショット。

　勢いのまま回転し、違う個体に銃底を打ち付け、怯んだ所に発砲。

　廻る。桜色が渦を巻く。黒髪が後を追い、風に靡(なび)く。

　両手を突き出し乱射。駆け巡り、蹴り抜き、叩き付け、撃ち放す。

　振るわれた剣を半身に引いて躱す。突き出された槍を銃底で逸らす。

　遠くから飛来する矢を、首を傾げるだけでやり過ごす。

　この程度では、止まってやれない。

　突き進む。竜巻のように喰い荒らす。

　地に伏す程低く駆ける。回りながら敵の頭より高く跳ぶ。

　オークの短い足を蹴り刈り、振り回した銃底で骨を砕く。

　隙を無理矢理作り出し、銃撃で仕留めていく。

　くるり、くるり。私は踊る。

　廻る。打つ。撃ち抜く。殲滅の輪舞曲(ロンド)を奏でる。

　響き渡る怒号と銃声。その音を纏い、私は加速する。

　フィナーレに、両手での銃撃。

　最後のオークを撃ち抜き、ゆっくりと視線を巡らせた。

　その先には、怒り狂う事もなく冷静な瞳でこちらを見つめるハイオーク。

　その眼には明確な知性が見える

　こちらを観察していたのか。厄介だな。

　身の丈を超える巨大な斧に、圧縮した魔弾を受ける事が出来る強靭な盾。

　あの盾が厄介だ。大きさもあり、あれを抜いて攻撃を当てるのは困難だろう。

　ならば。

「リング、アヴァロン」

「――SoulShift_Model:Avalon. Ready?」

「Trigger」

　どうせ盾で止められるなら、今出来る最大火力を叩き込むまで。

　デバイスを両拳銃に再接続。

　魔力を最大まで圧縮、収束させる。

「直線方向検索。魔力反応は？」

「――All　Green(問題無し)」

「障壁を背部に展開、銃口固定」

「――Complete(いつでもどうぞ)」

「行くよ、リング」

　今の私の渾身の一撃だ。

　止められるものなら止めてみろ。

「――Bullet(装填)Type(完了) : Quadruple(四重収束) Penetrate(貫通弾). Ready Over.」

　リングの声に応え、引き金を引いた。

「撃ち抜けぇぇぇ！」

　薄紅色の一条の極光。

　それは、ハイオークの持つ巨大な斧を残し、強靭な盾ごとその体をごと消し飛ばした。

　反動で後ろに跳ね飛ばされそうになり、障壁に背中を激しく打ち付けて止まる。

　痛みを感じるが、転ぶよりマシだ。

　やっぱり堅城(アヴァロン)を出しておいて正解だったな。

「リング、索敵」

「検索:周囲に敵性反応無し」

「了解。状況終了」

　両手の拳銃を腰のホルダーに差し込むと、桜色が空に溶けていった。

　戦いが終わり、日常へと帰還する。

　あー。しっかしこれ、やっぱりえげつない威力だな。

　カエデさん(最強の魔法使い)にも負けてない火力だし。

　ううむ……適当に撃っ放さないように十分気を付けよう。

　とりあえず、一休みしたらオークだけ回収して帰りましょうかね。

　ハイオークは全部消し飛んだから無理だけど。ちょっと惜しい事したかなー。

　てゆか、魔力一気に持ってかれてしんどいわ。

「リング、ちょい休む。索敵お願いね」

「――了解しました」

　魔力不足でふらふらしながら、そのまま座り込んだ。

　気休めにしかならないけど、小さな黒砂糖の塊を口に放り込み、口の中でコロコロ転がした。

　うむ。疲れた時の甘味、美味し。