57話:戦鎚シスター
ビストールの魔物の討伐報酬と買取額を受けとると、金額が合わせて金貨二枚分になった。
おお……半年は遊んで暮らせる額だわ、これ。
なかなかの大金だし、一度町に戻ってシスター・ナリアに渡しておこうか。
という訳で。本日は実家に帰ってみる事にした。
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いつものように門より手前で降りると、門番のおっちゃんが大きく手を振って迎えてくれた。
「おう、オウカちゃん。おかえり!」
「ただいま!」
「元気そうでなによりだ。ほれ、通んな」
「はーい!」
元気に挨拶して、教会に向かう。
前回とは違い堂々と通りを歩いていると、町のみんなが挨拶してくれた。
「久しぶりだな。王都に行ってたんだって?」
「うん。また向こうに戻るけどねー」
「また店に顔だしな。サービスしてやっからよ」
「わ、ほんと? 行く行く!」
「教会に行くんだろ? これ持っていきな!」
「おっと。なに、リンゴ? ありがとっ!」
みんなにこにこ笑顔で挨拶してくれて、なんだか帰って来たんだなぁと感慨深くなる。
いや、空を飛べば数十分の距離なんだけどさ。
何か、凄く遠いような気がするんだよね。
〇〇〇〇〇〇〇〇
教会に到着。裏口からこっそり入る。
備蓄が切れかけているキッチンを通り、礼拝堂へ。
そこに、いつものようにシスター・ナリアが居た。
いつも通り、祈りを捧げている姿はどこか神聖に見えて、ちょっと声を掛けにくい雰囲気だ。
恐る恐る近付いてみると、いきなりくるりとこちらを振り返った。
「あら、おかえりなさい。また急ね」
「うわ⁉ なんで分かったの?」
「さぁ。勘かしら」
「どんな勘してんのよ」
何故かいつも見つかるんだよね……解せぬ。
「それで、今日はどうしたの?」
「ん。ちょっと臨時収入があったから」
「そうそう、オウカ。この間みたいにいきなり大金を渡すのは止めてね。凄く驚いたわよ」
「あ、ごめん……て言うか、今回はもっと多いんだけど」
「……娘が何をしてるのか心配になる瞬間ね。ねぇ、銀行は使えないの?」
ぎんこう? なんだっけそれ。
首を捻ると、大きくため息を吐かれた。
「……もう少し、外の世界についても教えるべきだったわね。ギルドカードは持ってるんでしょ?」
「冒険者ギルドの?」
「どこのギルドでも良いんだけど、ギルドカードがあれば窓口でお金を預けたり引き出したり出来るのよ。ほらこれ」
小さめなギルドカードを渡された。なんだこれ。
ナリア・サカード。シスター・ナリアの本名が刻印されている。他には何のギルドかも書かれていない簡素なカードだ。
「銀行利用だけできるギルドカードよ。これにお金を預けてくれたらこっちで引き出せるから、大金を持ち歩くのは止めなさいね」
「ほう。そんな便利なもんがあるのか。今度からそうする」
「……前に一度教えた気もするけど、まあいいわ。それで?」
「え。それでって?」
「今度はいつまでいられるの? 今日こそ晩御飯は一緒に食べられるのよね?」
にっこりと微笑みながら、そう言われた。
あー。そういう事か。
「あ、うん、大丈夫。あと、今日は話したい事があるのよ」
「あらやだ、結婚相手でも見つかった?」
いや、なんでよ。
「あのさ。結構真面目な話なんだけど」
「結婚相手も真面目な話だと思うけど……その話は後でいいの?」
「ん。先に晩御飯作っちゃう」
「わかったわ。じゃあ、お願いね」
「うぃ。ぱぱっと作っちゃうよ」
キッチンに戻って、お皿を準備する。
ぱぱっと作ると言うかまあ、作り置きしておいた食事をアイテムボックスから取り出すだけなんだけど。
時間が空いたら作り置きしてるから二十人前程度ならすぐに出せるのだ。
ついでなので、空いた時間で教会の保存食を大量に作り置きしておいた。
これでまた、しばらくは保つだろう。
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久々に見たチビどもは少し大きくなっていた。
あー。みんな伸び盛りだしなあ……私、すぐに抜かされるかもしんないなー。
既に何人かに抜かれてるけど。
くっそう。早く来い、私の成長期。
みんな揃って夕飯開始。しっかり手を合わせて「いただきます」を合唱。
これもなんか、久しぶりな気がする。
なんだか、ちょっと嬉しかった。
用意した二十人前の夕飯は、凄い早さで食べ尽くされてしまった。
ギルド職員よりも早い。恐るべし、食べ盛り。
但し、デザートに関してはゆっくり味わうように食べていた。
何か釈然としないけど……まあ、よしとしよう。
洗い物を終え、広間に戻ると、紅茶を淹れてシスター・ナリアが待っていた。
「お疲れ様。さて、お話を聞こうかしらね」
「んーと……私さ、王都の滞在費を稼ぐために冒険者やってんだけどさ」
「ええ、この間言ってたわね」
「……あのね、私、冒険者を続けたい」
少し前から考えていたことだ。
冒険者として、私にも出来ることがある。
まだ怖いっていう気持ちは無くならないけれど、それでも。
誰かの助けになれるなら、この道を進みたい。
「そう。まぁ、私の娘だものね。いいんじゃない?」
「え。どういう意味よそれ」
「私、元冒険者だし?」
「……うえぇ⁉ 初めて聞いたわよ⁉」
「そうだったかしら」
何をしれっと。道理で腕っぷしが強い訳だわ。
「と言うか、私が冒険者をやめたのはオウカが理由よ?」
「え、私?」
「貴女を預かると決めたから、冒険者を辞めてシスターになって教会に入ったのよ」
「うわ、そうだったんだ」
「そしたらまぁ、次から次に戦災孤児だった子が来て、今じゃ大家族だわ。人生って分からないものねぇ」
のんびりと紅茶をすするシスター・ナリア。
そういや、昔の話って初めて聞いた気がするわ。
「でもオウカ、貴女戦えるの?」
「え。まぁ、そこそこ」
「ふうん……ちょっと見てみましょうか。裏庭においでなさい」
にっこりと物騒な話を持ちかけてきた。
いやいや、外、真っ暗なんだけど。
「えー。この時間に?」
「灯りがあれば大丈夫でしょ。それに、夜じゃないと子ども達が見に来ちゃうでしょ?」
「んーにゅ。まーわかった。んじゃ、やろっか」
そういう事になった。
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庭に出て灯りを灯す。
目の前に立ちはだかるのは、十字架の戦槌を持ったシスター・ナリア。
弾装は非殺傷に切り替え済。けど、シスター・ナリア撃つのはちょっと気が引けるんだけど。
「さて。久々に全力でやろうかな。貴女も加減は無しでいらっしゃい」
「うーん……分かった、割り切るわ。リング?」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
暗がりに灯る桜色。闇夜を照らす魔力光。
見慣れた景色が、私の舞台となる。
「全力で踊るから、受け止めてね」
駆ける。体を深く沈め、地を這うように。
「あら、速い速い。でも、まだまだ」
真上から振り降ろされる戦槌。速い。前騎士団長のオーエンさんと同じくらいだ。
銃底で横から叩き、軌道を変えてやり過ごす。
直ぐに横振りに切り変えての追撃。
跳躍だけでは避けきれず、戦槌を蹴って空に逃げる。
そのまま宙返りしながら発砲するも、引き戻された十字架に防がれた。
「なるほど、拳銃ってそういうものなのねぇ。物騒だこと」
言いながら距離を詰めてくる。
あんなでかいもん担いでんのに、異様に速い。
突き出される戦槌。風切り音をすぐ傍に聞きながら回避。
引き戻し。前に倒れてやり過ごすと、目の前に靴が迫る。
銃底で迎撃、反動で起き上がり、縦に振られた追撃の十字架を半身になって躱し、上から銃底を叩きつけて戦鎚を地面に突き刺した。
その隙に、回転。遠心力を乗せた飛び蹴りはシスター・ナリア自身の蹴りで相殺され、離れ際の銃弾はまたしても十字架に止められた。
強い。速い。巧い。
こんなに強かったんだ、この人。
心の中でギアを上げる。
もっと速く。もっともっと速く。
大きく息を吐き、腰を沈める。
左手を突き出し、右手は逆手に顔の横に。
さぁ、行こうか。
右手で銃弾を浴びせ、戦鎚で受けたのを見て回転、角度を変えて左で発砲。
避けられる。しかし回避の軌道を読み、先回り。くるりと回り、銃底で殴り付ける。
しかし、また十字架で弾かれた。回転、屈み込みながら足払いを放つが、これも止められる。
下から弾丸を撃ち上げる。ギリギリで回避され、飛んできた掌。そこに蹴りを合わせ、跳躍。
上から銃弾の雨を降らせるも、既にそこにシスター・ナリアはいない。
離れた場所から駆け込みながら、十字架の振り回し。両銃底を沿わせ、軌道を逸らす。
反撃に放った前蹴りは上げた膝に止められ、回転、振り向き様の射撃は、引き戻した十字架に止められた。
凄い。強い。通じない。
まるで昔、遊んでもらった時と同じような感覚。
楽しい。
ざわり、と心が躍る。
速まる鼓動、綻ぶ口元。
右銃弾で足を狙い、左で一泊遅らせて肩を狙う。
受け、躱され、崩れた所に一気に距離を詰める。
右銃底の横薙ぎは止められ、回転しての射撃は回避された。勢いを緩めずに更に回転しながら跳躍する。
空中からの蹴り下ろし、縦に回転、左右の拳銃を連続で発砲、次いで横に回転しながら左回し蹴り。
受けられ、止められ、躱される。
その悉くが通らない。
……ふふ、ふふふ。
撃つ。放つ。殴る。蹴る。弾く。
駆ける。跳躍し、回る。
くるくると、止まらない。
撃ち続ける。嗚呼、堪らない。
私は加速する。宵闇に溶け込むように、駆ける。
黒髪を靡かせ、拳銃を伸ばし、撃つ。
躱される。すかさず逆手で射撃、左腕にヒット。
回転、後ろ回し蹴り、踵を引っかけ、回転、右の銃底で殴り付け、左で撃ち抜く。
まだ。まだまだまだ。
私は弾丸。薄紅色を撒き散らし、世界を塗りつぶす。
右で撃ち抜く。左で戦鎚を弾き飛ばす。
疾駆、飛翔、輪転。
速く、速く。さあ、踊ろう。
魔力圧縮、直後に射撃。ギリギリで受け止められるが、その硬直を狙い横に廻る。
頭と腰をに弾丸を撃ち込みながらそのまま背後へと回り、跳躍。
逆さまの世界。黒髪がたなびく。
伸ばした両手には、紅白の拳銃。
その先に映る、驚愕に彩られた顔。
……あ。やば。
我に帰り、慌てて拳銃を引き戻して。
そのまま頭から地面に落ちた。
ごんっ
っっったぁ……⁉ 後頭部、もろに打ったわ。
「……オウカ、大丈夫?」
「…………大丈夫。ちょっと、意識飛んでたわ」
いつの間にか霧散していた桜色を見遣り、ホルダーに拳銃を戻す。
危なかった。色々と。
戦闘が長引くとたまにこんな感じになるんだよな。
「……なるほどねぇ。『夜桜幻想』とはよく言ったものねえ」
「ちょっ⁉ なんでそれ知ってんの⁉」
町の人達は知らないのに!
「昔の縁で情報が入ってくるのよ」
「くそう。シスター・ナリアにだけは知られたくなかったのに」
「名誉な事じゃない。誇りに思いなさい」
「いや、二つ名なんてただの町娘にはいらないじゃん」
「でも冒険者をやるなら邪魔にはならないでしょ?」
……まあ、そうかもしんないけどさ。
「とにかく、引きずられないように気を付けなさい。それ、危ないわよ」
「ん。そだね、気を付ける」
やっぱり、ちょい危ないよね、これ。
「まぁ、今日はこんなところね。オウカが戦えるって分かったし、十分だわ」
「うぃ。んじゃお風呂はいってくるわ」
「あら。一緒にはいる?」
茶化すように言われた。
…………。
いやいや、十五歳にもなってそれは……
うーん。でもなんか、こう。少しだけ、甘えたいような。
「……………いや、やめとく」
「ふふ。おやすみ、オウカ」
「ん。おやすみ」
火照る体を冷ますため、温めのお風呂にでも浸かろう。
そんでもって、今日は寝てしまおう。
いろいろ考えるのは、また明日。





