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45話:前騎士団長


 本日はお家探しの日である。

 お風呂の件で一軒家の重要性を再確認したのもあるが、そもそも自分の事は自分でしてきたので、ご飯や寝床を用意してもらう現状が落ち着かないのだ。

 いやまぁ、おばちゃんのご飯美味しいからまた食べに行くと思うけど。


 何にせよ、情報を集めるならギルドに限る。


「てな訳でリーザさん、グラッドさん。いい家知らない?」

「ごめんなさい、まだ見つかってないのよ」

「むぅ。ある程度どんなんでも構わないけどなー」


 何せ教会は結構ボロかったしなー。

 すきま風とか雨漏りとか酷かったし、そもそも一人部屋なんて無かったからね。

 そんな事を話していると。


「無いことも無い、が」


 リーザさんの横で腕を組んでしかめっ面していたグラッドさんが、苦々しい声を上げた。


「え、あんの?」

「正確には家じゃないが、あるにはある」


 あん? どゆことよ。


「ギルド職員の寮の最上階が空いているな」

「寮って、ダメじゃん」


 それ、ギルド職員しか住めないって事でしょ?

 私ただの町娘だし、条件に合ってないじゃん。


「なるほど。あそこなら大丈夫かもしれませんね」


 リーザさんが胸の前で手を打ち合わせる。


「その最上階だけは少し特殊でな。部屋を借りるのに試験がある」

「試験?」

「代わりに合格したら購入料金は無料だ」


 え。なにそれ。めっちゃお得じゃん。

 あーでも試験があるのか。

 試験……嫌な言葉だ。学校のテストを思い出しちゃう。


「それってどんな試験?」

「魔法で再現された前騎士団長と戦うことだ。勝つか、五分持てば合格なんだが」

「前騎士団長って、オーエンさんと?」

「ああ、英雄が召喚されるまで最強と呼ばれていたアイツと戦える奴自体が少ないんだがな。

 お前なら大丈夫だと思うぞ。どうする?」

「やるっ!」


 即決だった。試してみる分はタダだし。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 という訳で、ギルドの裏庭で試験を受けることになった。

 見物客がたくさんいるけど、みんな暇なんだろうか。


 何気に対人戦は珍しいな。

 対人戦って言っても本人じゃないけど。

 しっかしまぁ……会ってみたいとは思ってたけど、こんな形は予想外だわ。


「おう、準備はいいか」

「大丈夫!」

「じゃあ始めるぞ」


 グラッドさんが手元の四角い魔道具を起動させると、音もなく全身鎧のおじさんが現れた。

 おお、イケメン。整ったお顔のおじさんだ。

 体格も良いし、モテたんだろうなー。


 ただ、その目付きは頂けない。殺る気満々じゃん。

 威圧感が凄い。膝が震えそうになる。でも。


「リング」

「Sakura-Drive Ready.」


「Ignition!」



 立ち上る薄紅色の魔力光に合わせて恐怖が消えていく。

 代わりに湧き上がってくる高揚感。

 この人と戦えることが、嬉しい。

 元世界最強。どれほどの腕前なのだろうか。


「さて、素敵なオジサマ。一緒に踊ってくださいね」



 私の戯言を断ち切るように、突進から振り下ろされた騎士剣。

 空間ごと斬り裂く巨大な刀身。その横を叩いて軌道を逸らす。

 速い。それに、重い。


 間断無く振り上げ、再度斬り降ろし。

 くるりと横に回避しながらの射撃は、しかし引き戻された騎士剣に防がれた。

 うわ。あれを受けるのか。動やはり動きが速い。


 距離を取りながら牽制射撃、その全てを横向きにした剣で受けながら突進してくる。

 ならばと足を狙って射撃、しかし跳んで躱された。

 全体重を乗せた振り下ろし。咄嗟に横に跳んで躱すと、地面が爆ぜる。

 あれ、(かす)っただけでダメな奴だな。


 天を断つかのような振り上げ。くるりと回って避ける。

 地を砕く振り下ろし。遠心力を乗せた銃底で大きく逸らし、腕を外側に流した。


 桜が舞い散り黒髪が靡く中、両手の拳銃を突き付ける。


 近接距離で射撃。横に飛び回避されたが、微かに横腹を撃ち抜いた。

 敵の膝を足場に跳躍、頭上から両肩を狙い放たれた弾丸は、右側だけ騎士剣で防がれた。

 敵の背後に降り立つと直後に風斬り音。

 身を屈めると同時、頭上を凄まじい勢いで騎士剣が通りすぎる。

 振り返りざまに再度腹を撃つ。着弾と同時、鋭い前蹴りが飛んできた。

 避けられない。無理矢理銃底を叩きつけるも、そのまま銃ごと吹っ飛ばされた。


 勢いを殺してこの威力か。剣以外の攻撃でも、直撃したら死ぬかもしれないな。


 これが元騎士団長。この世界で最強と呼ばれていた人か。

 強い。まっすぐに、正直に、駆け引き無しに繰り出される攻撃。

 その(ことごと)くが、研ぎ澄まされている。


 この人、下手したら英雄レベルなんじゃないか?

 加護も無しに、ただ体を鍛えただけの筈なのに……人間ってここまで強くなれるのか。


 駆け寄ってくる長身、その陰から振り払われる騎士剣。

 これは受け流せる角度じゃない。地に沈むように伏せてやり過ごす。

 すぐに逆軌道の低めの横凪ぎ。剣を足場に、跳ぶ。

 頭を狙って放った弾丸は、騎士剣の柄で受けられた。

 こちらの着地を狙った突き。銃底を削るように軌道を逸らし、接近。

 至近距離で膝、太腿、腰、腹を流れるように撃ち抜く。

 体制を崩し膝を着く巨体、その首に銃口を押し付け、トリガー。


 確かな手応え。勝った、と思った瞬間に背筋を悪寒が走り抜ける。

 その場から大きく飛びすさると、騎士剣が横凪ぎに通りすぎた。


 この人、首を撃たれて動けるのか。


 よく見ると首を守るように紐が組まれていた。魔法の品か何かだろうか。

 なるほど。あれに防がれたったことか。


 密着からでも撃ち抜けないなら、連射しても意味がない。

 ならば、最大威力を近接距離から撃ち込むしかない。

 拳銃に魔力を廻し、最大まで圧縮。

 風に舞う桜が、その数を増した。


 地を駆ける。夜のように流れる黒髪。世界を彩る薄紅色。


 振りかざされた騎士剣に対して、回転。

 その重厚な一撃を紙一重で躱し、狙うは白銀の鎧の中心部。


「撃ち抜け!」


 圧縮した魔力弾を両手で撃ち放つ。

 振り切った所を狙ったにも関わらず、左から撃ちだした弾丸は騎士剣に逸らされた。

 化け物か、この人。

 しかし、右の銃撃は全身鎧の胸元を真っ直ぐ撃ち抜いた。


 ゆっくり倒れながら、此方を見つめ笑いかけてくる。

 地に倒れる前に、前騎士団長は黒い塵になって消え去った。


 勝った、のか? イマイチ実感が湧かないな。

 しかし、しばらく待ってみるが、復活などはしないようだった。


「リング?」

「状況終了を確認:オウカの勝利です」

「了解」


 ホルダーに拳銃を戻し、サクラドライブを解除した。



 途端、張り詰めていたものが切れ、ぺたんと尻餅をついた。

 同時に周りから歓声が上がる。


「いいぞー! よくやったー!」

「さすがだな! オーガキラー!」

「『夜桜幻想(トリガーハッピー)』の二つ名は伊達じゃないな!」

「よっ! 最強幼女!」


 おい、最後の。誰が幼女だ、誰が。


 しっかしまー……うへぇ。めっちゃ疲れた。

 最後の一撃、オーエンさんの左肩が万全なら斬られてたわ。

 さすが元最強。もし相手が本物だったらどうなってたんだろ。

 ……いや、考えない方がいいか。怖いし。


「オウカ、大丈夫か?」

「にひひ。腰が抜けた。立たせて」

「おう。しかしお前、オーエンに勝つか」

「んー? でもあれ偽物じゃん。本物だったら無理だよ」

「どうだかな。いい勝負をすると思うが」


 んな訳ないでしょ。

 ただの町娘が騎士団長と互角に戦うなんて悪夢でしかないわ。


「まあ何にせよ、手続きせにゃならんな」

「あ、お願いします」

「おう。後で荷物持ってギルドに来い」


 ゴッツイ腕に引き上げてもらい、なんとか立ち上がることができた。


 何はともあれ。新しいお家、げっと。


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