31話:お母さん
ギルドに顔を出したらリーザさんにめちゃくちゃ心配された。
どうもまだ目が赤かったようだ。やらかしたわ。
うーにゅ。腫れは引いたと思ったんだけどなー。
「オウカちゃん、本当に大丈夫? 何かあったなら私が殴り込みに行くわよ?」
「物騒な事言わないでください。リーザさんは私の中で唯一の癒しなんで」
「あら失礼。でも心配なのは本当よ?」
いつも通り。にこやかに笑いかけてくる。和むなー。
「大丈夫です。何かあったなら自分でケリ付けますんで。
あ、でも、どうしようもなくなったら助けてください」
「その時はちゃんと言ってね?」
「はい……あ、私ちょっと出てきますんで、ギルマスにも言っておいてください」
「そう。気をつけてね」
「はーい。行ってきます」
冒険者ギルドを出て、そのままの足で街門を抜けた後。
人目が無くなったのを確認して空へ。
いつもより、少し遅めの速度で飛んだ。
〇〇〇〇〇〇〇〇
前回同様、町の手前で一旦降りて、とぼとぼと歩く。
身を隠すように町門を避け、裏道から町に入った。
別に後ろめたい事がある訳ではないけれど、何となく。
今は知り合いと会っても、いつも通りに振る舞える自身がない。
結局、教会に着くまで誰とも出会わなかった。
〇〇〇〇〇〇〇〇
裏庭から壁越しにこっそり近づいて、窓から礼拝堂を覗く。
そこではシスター・ナリアがいつも通り祈っていた。
長い銀髪が陽の光を反射してキラキラしている。
何だか久しぶりに顔を見た気がするな。
実際にはそれほど時間も経ってないのだけれど。
酷く懐かしいような、胸が締め付けられるような。
そんな感覚を抱きながら、声をかけようとして、けれど言葉が出ず壁にもたれ掛かる。
王城で知ったことを伝えない訳にはいかない。
けれど、もしかしたら。きっと大丈夫だとは思うけど。
拒絶されるかもしれない。
その事が、ただ怖かった。
……今日は帰ろう。そう思い、壁から背を離した時。
「……オウカ?」
「ひゃいっ⁉」
壁越しに話しかけられ、動揺が声に出た。
え、なんでバレたし⁉
「ああ、やっぱり居たのね。そんな気がしたのよ」
「や、どんな勘してるのよ」
「伊達に神様に仕えてないわ。で、何をしでかしたの?」
「え……なんで?」
「イタズラの後、いつもこうやって壁越しに話していたから」
あー。なるほど。たしかにそうなのかもしれない。
……バレちゃった以上、言わない訳にもいかないか。
ぎゅっと握った拳を胸に当てて、言葉を絞り出した。
「……イタズラ、ではないんだけど」
「違うの?」
「うん。あのね、私……人間じゃ、なかったみたい」
「あら、そうなの。驚きね」
……うん?
「なんかめっちゃ軽くない?」
「え? だって、オウカはオウカだもの。何も変わらないわ」
「……」
「貴女は私の娘よ。何があっても、それは変わらないわ」
「……」
「それより今日は、ご飯はどうする? 一緒に食べられる?」
「……ううん。すぐに、出るから」
「そう…体に気を付けなさいね。貴女はいつも怪我ばかりしていたから」
「……うん」
「ご飯は……まあ、オウカならちゃんと食べてるわよね」
「うん」
「またいつでも帰ってらっしゃい」
「うん! 行ってきます、お母さん!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
身も心も、何だか軽くなった気がした。
でも照れくさくて、すぐにブースター点火。一気に空に舞い上がる。
周りの視線なんて、今はどうでも良かった。
長居すると決意が鈍る。まだやり遂げていないのだ。教会に帰る訳にはいかない。
まずは、ゲルニカへ。
そこで、私のルーツを探そう。
「リング、道分かる?」
「――検索中……該当の遺跡を確認。マップに表示します」
「あ、こっちなのね。ありがと」
「――オウカ。私も側にいます」
「……あんがとね、相棒」
〇〇〇〇〇〇〇〇
エルフの住む森を越えてしばらく飛ぶと、その先にある港町アスーラが見えてきた。
王都よりは私の町に近い感じだけど、たくさんの人達が行き来している。
その先には、どこまでも広がっている海。
小さい頃に一度見ただけだったけど、こんなに広かったのか。
海の向こう側に太陽が沈んで行きながら、それに照らされてオレンジ色になった幾つもの船が波を作りながら進んでいる。
何だか凄い光景だ。ちょっとワクワクしてくるな。
よし。今日はここで宿を取ろうか。
最初に目についた宿が運良く空いていたので、記名だけ済ませてしまう。
初めて来た場所だ。ならばまずは、腹ごしらえだろう。
港町と言うことは魚介類で攻めるべきだろうか。
それとも珍しい食材を狙うべきか。
うぅむ。悩むなー。
まぁ結局、屋台の誘惑に負けて買い食いしちゃったんだけど。
だって、新鮮なエビの塩焼きとか、もうね。
ぺろりと三匹平らげたわよ。
屋台で見かけた貝の酒蒸しなんかは直ぐに真似できそうだ。
醤油を垂らしてやると尚美味いと思われる。今度作ってみるか。
後は串焼きの魚やクラーケンのゲソ焼き、香辛料の効いたオーク肉の盛り合わせなんかを食べてみた。
どれも珍しくて、そして美味しかったです。
この辺りになると自分では再現が難しそうだけど……味は覚えたし、何とかなるかもしんない。
途中、ラピスラズリのペンダントに目を奪われてリングが拗ねるアクシデントがあったものの、非常に平和な夕暮れ時だった。
と言うか、リングってペンダント枠なの? 指輪じゃなくて?
確かに私は首から下げてるけど。
しかしまぁ、なんと言うか。
朝は食事も喉を通らない状態だったのに、今は既に三人前は軽く食べている。
シスター・ナリアのあの一言に、救われた。
それにしたって現金なものだと、我ながら少し呆れる。
まぁ、切り替えが早いのが私の利点だ。良しとしておこう。
今はそれより、あの屋台の焼きもろこしが気になる。
醤油を塗って直火焼きしているようで、香ばしい香りが辺り一面に撒き散らされている。
これは買わない手は無いわ。王都と比べて物価も安いし。
ついつい旅の目的を忘れかけている私であった。
……うじうじしてるのは、らしくないし。
とりあえず美味いもの食えば元気になる、はず。
ただ、ひたすらに食べ続けたせいで周りから視線を感じるけど、お腹いっぱいになればそんな些細な事は気にならないだろう。
美味しいはいつだって正義なのだ。
「あ、おっちゃん! そのたこ焼きも一人前ちょーだい!」





