九月特別番外編:月夜の晩に
角ウサギ。
オークと並んで食肉として知られる魔物だ。
味的には鶏のもも肉に似ている。
気性が荒くて何にでも攻撃する厄介な奴だけど、しびれ薬入りのお団子を持っていくと簡単に捕獲できる。
ちなみにお餅や他の食べ物ではダメらしい。団子じゃないと食べないそうだ。
草食系の癖にお団子が好物なのはよく分からないけど。
まぁつまり、ウサギと言えば角ウサギな訳で。
これは決してウサギではないし、ウサギの仲間でもないだろう。
「レンジュさん正気ですか? 水着の時も思いましたけど、マジでこれ着るんです?」
「アタシたちの世界だとこれが普通だったからねっ‼ 当然着るよっ‼」
……まじかー。みんなコレ着てたのか。
なんて言うか、大胆な世界だよなー。
目の前にあるのは肩と太ももが完全に露出している黒い服。
レンジュさん達が居た異世界では秋になるとみんなが着る衣装らしい。
バニースーツというらしいその服は……いや、これもう服じゃないよな。
なんだろ、スカート外したドレスって言うか。
そこまでして肌を見せたいのか、と思うような一品だ。
いやまあ、英雄たちは似合いそうだけど。カノンさんとか。
てかこれさー。形的に胸がある程度ないと下にずり落ちるんじゃね?
肩ひもも無いし、完全に胸だけで押さえる作りじゃん。
つー訳で。
「じゃあ私はこれで。また遊びに来ますねー」
逃げるが勝ち。
「ちょっと待ったぁっ‼」
あ、くそ、回り込まれた。
「離してください。そんなん絶対着ませんからね」
「大丈夫っ‼ 今回はこれじゃないからっ‼」
「え、そうなんですか? じゃあなんで出したんです?」
「ワンチャンあるかなってっ‼」
「撃ち抜きますよ?」
ワンチャンあってたまるか。
水着の時ですらめちゃくちゃ勇気出したんだからな。
「そんな恥ずかしがり屋なオウカちゃんにはこっちを渡しておこうかなっ‼」
「……なんですかこれ?」
「ウサギ耳だねっ‼」
それは見れば分かる。
角ウサギの耳にそっくりだし、カチューシャになってるから頭につける物なんだろう。
けど何でこれを渡されたのかが不明なんだけど。
「バニースーツを着れない子は代わりにコレをつけるんだよっ‼」
「……さっきみんながバニースーツ着てたって言ってませんでした?」
「気のせいじゃないかなっ‼」
言い切りやがった。マジで撃ち抜いてやろうか。
てかやっぱり着れない人もいるんじゃん。
「で、なんでウサギの耳なんですか?」
「中秋の名月って言ってねっ‼ 明日は月のウサギを見ながら宴会するってイベントなのさっ‼」
「いや、月のウサギって何ですか。また嘘ついてません?」
月って、夜に昇るあの月だよな?
なんであそこに角ウサギがいるんだよ。てか誰が確かめたんだそんなの。
「あっちの世界の月にはウサギが居たんだよっ‼」
「はぁ。で、ウサギの扮装をして宴会をしたい、と」
「そういう事だねっ‼」
「ご自由にどうぞー」
再度撤退。しようとしたけど、レンジュさんに裾を摘ままれた。
「……何ですか? 毎回お願いを聞く訳じゃないんですからね?」
最近どうもレンジュさんに対して甘くなってるからなー。
たまには断っておかないとダメな気がする。
放っておくと際限なくなりそうだし。
「いやその……えっと、ね? それは口実って言うかさ……」
耳元に顔を寄せてきて。
「いつかみたいに、一緒に月を見たいなって」
小声でささやく。その声は少し震えていて、そして熱がこもっていて。
この最強の英雄が、かつてないくらい緊張しているのを感じた。
……むう。今回は負けておいてあげよう。
珍しくちゃんとシラフの時に誘ってくれたんだし。
「はぁ。ウサギ耳無しなら良いですよ」
「ほんとにっ⁉」
「せっかくだからおつまみ作っていきますね」
「やったっ‼ 焼きトマトのやつが食べたいなっ‼」
「はいはい。いろいろ作って行きますから」
茶化して言ってるけど、レンジュさんの耳はまだ赤いままだ。
こういうところは可愛いんだけどなー。
んーにゅ。せっかくだし、ちょっと意地悪しちゃおうかな。
「あ、でも。一つだけ条件があります」
「おっ⁉ なにかなっ⁉」
「ちゃんと二人っきりでお願いしますね。前みたいに実は他の人も誘ってましたーってのは無しです」
「ふぐぅっ‼ な、なんでバレたのかなっ⁉」
「いやぁ、レンジュさんってこういう時ヘタレなんで」
いつもは軽率にセクハラしてくる癖に、二人っきりになるといきなり奥手になるんだよね。
そして他の人たちから聞いた感じ、どうやら私に対してだけらしいし。
そんなん聞かされたらさ。
私はレンジュさんの特別なんだって、思っちゃうじゃん。
「私は準備してから行きますんで。色々と」
「い、色々って何かなっ⁉」
「そりゃもう夕飯とかおつまみとか。あとしっかりお風呂に入っていきます」
「お風呂っ⁉」
「あ、それとも一緒に入りたいですか?」
「一緒にっ⁉」
あ、固まった。ほんと攻められると弱いよなー。
基本的にはいつもの軽いノリに付き合ってあげてるけど、それでもやられっぱなしはイヤだからね。
それにまぁ、なんて言うかさ。
こっちは覚悟決めてんのにいつまでビビってんだってのもあるし。
待ってほしいって言った以上はもうちょい頑張ってほしいものだ。
「いいですか? ちゃんと二人っきりの時に、ふざけないで、お酒はほどほどに。酔った勢いなんて絶対許しませんからね?」
何をとは言わないけど。でもたぶん、ちゃんと伝わってるはず。
「ふぐぅっ⁉ 具体的なご意見っ⁉」
「当たり前ですよ。どんだけ待ってると思ってんですか」
呆れて溜息をつく。
最強の英雄の癖に何をびびってんだか。
私はもうOK出してるし、これでもかなり条件緩くしてんだからな?
「うぐぐ……ちょっ、ちょっと考えさせてほしいかなっ‼」
「あ、またそうやって……って、もういないし」
無駄な加護の使い方しよってからに。
まぁ、いっか。ちゃんと釘は刺しておいたし。
いい加減何かしらアクションを起こしてくれないと困るって言うか、うん。
好きな人とはたくさん触れ合いたいじゃん。
言葉も、心も、身体も。その全部でレンジュさんを感じたい。
行動しなければ伝わらない。だったら私は、迷わず行動する。
やらないで後悔するよりはやって後悔したいから。
さぁて、レンジュさんはどんだけ頑張ってくれるのかなー。
明日が楽しみだ。
■オマケの挿絵(ある意味本編)





