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183話


 フリドールの街門で見慣れた門兵さんに挨拶した後、まっすぐオウカ食堂のフリドール支店に向かった。

 相変わらず壁一面の笑顔の私にお出迎えされたけど、今はそんな事どうでも良い。

 お店の売り場に、探し求めた白猫がちょこんと座っていた。


「おや、マスターか。久しぶりだニャッ!?」

「あはは! ネーヴェ! 久しぶり!」


 抱き抱えて、雪の中にも関わらずくるくる回る。

 頭を撫でたり喉元をくすぐったりして(たわむ)れて堪能した後、売り場の台にそっと戻してあげた。


「マスター、今日は一段と楽しそうだな?」

「あのね! 海の中を通ってきたんだよ!」

「ああ、列車に乗ったのか。どうだった?」

「最っ高だった! 今度ネーヴェも一緒に乗ろう!」

「それは構わないのだが……少し落ち着けマスター。死人が出るぞ?」

「……は?」


 ほれ、と前足が向けられた先には。

 血だらけで仰向けに倒れているシルビアさんの姿があった。

 雪の上に『尊死(とうとし)』と書かれている。


 ……うん。落ち着いたわ。


「ネーヴェ、元気にしてた?」

「ああ。マスターも元気そうで何よりだ」


 改めてハイタッチ。ついでに肉球をぷにると、少し嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らされた。


「お店の方はどう?」

「繁盛している。連日売り切れが続いているのが問題だな。やはり現地で食材を調達できるメニューを考えるべきだな」

「なるほろ? て言うか、どうせもう考えてあるんでしょ?」

「そうだな。オークと鶏の代わりに雪熊と一角ウサギを使おうと思う。そうなれば列車で運ぶのは調味料だけで済む」


 なるほど。鶏と一角ウサギは味も似てるからね。

 雪熊はフリドールの定番食材だから、オークより手に入りやすいし。


「さっすが。頼りになるわ」

「シルビアも優秀ではあるからな。問題点と解決策を同時に提案してくれるので話が早くて助かる」

「……あー。そういや優秀ではあるんだっけ」

「ああ、優秀ではあるんだがな」


 雪の上にぶっ倒れている変人を見て、揃ってため息をついた。


「それよりさー。お店ってまだ安定しないの?」

「マスターは気が早いな。流石にまだ無理があるだろう。せめて一ヶ月は様子見だな」


 む。そんなにかかるのか。

 あーでも確かに、王都でもそのくらいの間はどたばたしてたなー。


「……そっか。まーしゃあないか」

「だが、今日はもうピークも過ぎた。少しくらい外しても問題は無いだろう」

「お、まじか! じゃあちょっとデートしようか!」

「ああ、久々に共に出かけようか」

「んじゃ、ネーヴェ連れてくねー!」


 中の人に声をかけ、ネーヴェを内ポケットに入れた。

 嬉しそうに顔を出してる姿を見て、ついつい撫でてしまう。

 あーもー。可愛いなー。


「そだ、近くに良い感じの花畑があるの知ってる?」

「話には聞いているが行ったことは無いな」

「んじゃ行ってみよっか!」

「ああ。悪くないな」


 ネーヴェとイチャイチャしながら、街の外へ向かった。



 歩くこと二十分ほど。

 目的地に到着した。


 相変わらず一面の花畑だ。

 咲いている花も色とりどりで、はらりはらりと降り(しき)る雪とのコントラストが綺麗だ。

 ネーヴェもほう、と感嘆の声を上げて、するりと肩まで昇って来た。


「これは美しいな。素晴らしい景色だ」

「でしょ? ここ、ネーヴェと来たかったんだー」

「そうか。想い出を共に出来るのは幸福な事だな」

「にひ。私もそう思う」


 ここだけじゃない。私の好きなもの、好きな場所、好きな人達。

 全部、一緒に想い出にしたい。

 思い返すだけで幸せになれるような、そんな日々をネーヴェと過ごしたい。


 ここに来たのだってそうだ。

 ネーヴェと入れば、どんな所でも幸せな記憶として残る。

 嫌な事も全部、上書きしてしまえば良い。


「……ここさ。セッカと二回目に会った場所なんだよね」

「ほう。例の白い少女か」

「うん。だからちょっと、私的に微妙な場所だったんだけど、ネーヴェと来れたから良かった」

「……そうか。マスター、私は幸せだぞ?」

「えへへー。私も幸せ」


 顎下をくすぐり、うにゃんと返される。

 あーもー。可愛いなー。うりうり。



 しばらく草原に咲く花を見て回って、日が落ちてきたのでフリドールに戻ることにした。

 店舗には向かわずに、ちょっと寄り道。

 前回来たタルトの美味しいお店に来てみた。


 ドアを開けると、暖かな空気が流れてくる。

 ほっと一息ついて、店員さんに声をかけた。


「すみません、猫も一緒で大丈夫ですか? 使い魔なんですけど」

「使い魔でしたら大丈夫ですよ。お好きな席にどうぞ」

「ありがとうございます」


 前回座った席に着いて、同じベリータルトと紅茶を頼む。

 ネーヴェは机の上にちょこんと座り、顔をぐしぐしと洗い出した。


「ネーヴェってさ。ご飯食べることは出来るの?」

「人間と同じものは食べることが出来るな。体内で魔力に変換されるがな」

「へー。んじゃ、タルト半分こしよっか」

「いや、流石に半分は私には多いだろう。一口分けてくれればそれで良い」

「あ、たしかに。じゃあ、一口あげるね」


 ここのタルトは美味しいし、ネーヴェと一緒だともっと美味しいと思う。


「マスターはその、何だ。いつもこんな感じなのか?」

「うん? どゆこと?」

「いや、私は楽しそうなマスターしか知らないのでな。距離感も近いし、好意的な感情も読み取れる」

「んー……どだろ。ネーヴェは大好きだけど、他のみんなも好きだよ?」


 私の知り合いは良い人ばっかりだ。

 たまに暴走するけど、それでも大好きな人達。

 それは私の宝物。決して忘れることの無い、大事なもの。


「分かんないけど、私はネーヴェが好きだよ」

「……そうか。私も好きだよ、マスター」

「ふへ。知ってる」

「ああ、私も知っているよ」


 穏やかに言いながら、頭を()り寄せてきた。

 うわー。モフりたい。感情のままにモフりたい。

 これはあれかな。誘ってるのかな。

 いや、人前だからさすがに我慢するけど。


「お待たせしました。ベリータルトに紅茶です」

「わ。ありがとうございます」

「小皿もお付けしましたので、良ければお使いください」

「どもですー!」


 受け取った小皿にネーヴェの分を切り分け、手を合わせる。


「ん? マスター、なんだそれは」

「ああ、食事前の決まりっていうかね。いつもやってるの。命を頂くから、いただきますって」

「なるほど。良い習慣だな。では私も……む?」


 前足を合わせようとして上手くいかず、両手で手招きをしている。

 なんだこの可愛い生き物。


「ふふ。じゃあ、言葉だけ」

「……そうだな。では」

「「いただきます」」


 この日食べたベリータルトは、先日の何倍も美味しく感じた。



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