182話
王城でやらかした次の日、冒険者ギルドでグラッドさんに爆笑され、その報いとしてドロップキックを浴びせた後。
そろそろ頃合かなと思ったので、アスーラに行って見ることにした。
……しばらく王都には居たくないし。
港町は今日も賑やかで、船着場では色んな人種の人達が忙しそうに動き回っている。
潮風に吹かれて靡く髪を抑え、ぼうっとそれを見ていた。
と言うか、訳が分からなくて固まっていた。
なんかね。港に前に見たのとは違う列車があるんだけど。
大きな丸っこいゴーレムに、小さな丸い部屋みたいなのが連なった形。
前回の物より少し部屋数が多くて、その全てに丸いはめ殺しの窓。
それぞれに耐水用と思われる魔法陣が刻印されている。
うん。そこはいいんだ。そっちじゃなくてさ。
ゴーレムに描かれた、私の似顔絵。
めっちゃ良い笑顔でこちらを見つめている。
……またかよ。
「いい加減慣れてきましたけど、説明してくれませんか、イグニスさん」
「うん? 何をだね?」
「いや、何で列車に私が描かれてんですか?」
「ああ、フリドールから要請があってな。既に四つある全ての列車に描かれておるぞ」
……どうしよう。やり場の無い感情がこう、ふつふつと。
シルビアさん責めても喜ばれるだけだしなー。
かと言って、イグニスさんが悪い訳でも無さそうだし。
「良い宣伝になると言われてな。何か問題があったか?」
「問題しかないんですけど。せめて許可取りましょうよ」
「ふむ。本店には連絡を入れておいたはずだが?」
フローラちゃん!? 何で止めてくれなかったのかな!?
いや、全部投げっぱなしな私も悪いんだけど!
「とにかく、フリドールまで何度か往復したが問題なかったのである。本日は改めて食料品や雑貨等を運ぶ予定だ」
「……そですかー」
つまり何回も列車走らせたのね。この状態で。
あはは……死ぬほど目立つだろうな、これ。
「なんならオウカも乗って行くか?」
「あー。そですね。せっかくなんで」
ネーヴェにも会いたいし、海の中にも興味はある。
なんかちょっと楽しそうだ。
「先頭から三つが客室だ。今回は乗客も少ないので、好きな所に乗ると良い」
「んじゃ真ん中に乗りますね」
「うむ。すぐに出発だ。急いでくれたまえ」
イグニスさんは言いながら、積み荷の確認をしに行った。
足場を踏んで客室に入ると、中は馬車のような作りをしていた。
三人がけくらいのサイズの椅子が向かい合わせに一つずつしかない、簡素なものだ。
その一番窓際に座り、外を眺めていると、列車が動き出した。
相変わらず全然揺れないなー。
てか、海の中に入るの、本当に大丈夫なんだろうか。
ワクワクが半分、ドキドキが半分。
結構怖いけど、それよりも興味の方が強い。
だって海の中だ。そんなもん、楽しみに決まっている。
やがて、列車は海に面したスロープを下っていった。
海の中に、入る。
しばらく待ってみても水漏れしてないのを確認してから、改めて窓から外を見てみた。
うっわぁ……凄い!
青い。上も下もまだら模様に光っていて、お日様の光が差し込んでいるのが見える。
地面は岩がでこぼこ生えていて、海藻がゆらゆらと揺らめいている。
少し離れた所には魚の群れ。あれは多分、ブレイドフィッシュかな。
陸上と違って鱗が光を反射していないので、より鮮やかな色合いに見える。
遠くには大きな影。水生の魔物だろうか。凄くでっかい魚が見える。
おー。これが海の中かー。
陸上とはまた違って、どこか幻想的に綺麗だ。
奥の方が蒼くてちょっと見えにくいのが怖いけど、そんなもんどこかに吹っ飛ぶような光景だ。
一頻り堪能した後、アイテムボックスから小さなテーブルとお茶を出して、のんびり楽しむことにした。
お。小さなオレンジの魚の群れに混じって亀が泳いでる。
なんだかまったりしてんなー。
あっちのもじゃもじゃしてんの、イソギンチャクかな。
色が濃くて海の青に映えて綺麗だ。
なんだか、時間の流れがゆっくりになったような気分。
海の中は面白いもので溢れていた。
『オウカ。乗り心地はどうだね?』
客室の天井の隅っこにくっついてる魔石から、イグニスさんの声が聞こえた。
「めっちゃ楽しいです!」
『それは良かった。関係者以外は乗れないので、感想を聞きたかったのだ』
「相変わらず揺れも少ないし、海の中が綺麗!」
『うむ。魔物避けの魔法陣を刻印しておるので、危険も無いのである。すぐに着いてしまうが、その間は楽しむと良い』
「はーい!」
アイテムボックスからいそいそとクッキーを取り出す。
ネーヴェ菓子店で売っているバニラクッキーとチョコクッキーだ。
バニラの方を齧るとサクッとした口当たりの後、バニラな香りと甘みが口の中で広がる。
んー! 海の中で食べるクッキーも、また良き!
これならまた乗りたいなー。
うわ、あのバカでかいイカ、クラーケンか? 生きてるとこ初めて見たわ。
こうやって見ると、大きいな。海龍とどっちが大きいんだろ。
あ、今度は……なんだろコイツ。見たことない魚のようなものが列車の横に並んで泳いでる。
長くてうねうねした……魚か? 蛇にも見えるけど。
コイツ、美味しいのかな?
……あ、離れていった。
しばらくして、海面が白っぽくなって行き、列車が斜めに上がって行った。
水面を抜け、陸上へ。
蒼い世界から、白い世界へ切り替わる。
うわ、すっげぇ。今度は真っ白だ。
山も木も地面も、全部雪が積もっていて、お日様を反射してキラキラ輝いている。
海の中とはまた違って、こちらも幻想的で美しい光景だ。
あれ? てか、雪の中にいるのに寒くないな。
なんかの魔法なんだろうか。便利だな。
遠くに見えるワイバーンの群れ。
森の近くに居る雪熊。
平地には六角トナカイや角ウサギ。
こうして見ると、雪国でも生き物がたくさんいる。
こんなにゆっくり見る機会、無かったからなー。
とても新鮮な感じだ。これも、楽しいな。
『オウカ。そろそろ着くのである』
「分かったー!」
『楽しんで頂けたかな?』
「もちろん! また乗りたい!」
『なに、幾らでも機会はあろう……さあ、着いたぞ』
列車が次第に減速していく。
視界の端に見える、氷の街フリドール。
歩いて十分と行ったところだろうか。結構近いな。
列車が完全に止まってから、外套を着込んでドアを開けた。
思ってた通り、客室を出た瞬間、寒さが襲ってくる。
さっむ! 事前に心構えしてて良かったわ!
「オウカ。吾輩は積み荷を運ぶ用意をしなければならん。先にフリドールに行っててくれ」
「お。了解です! 海の旅、ありがとうございました!」
「うむ。大丈夫だとは思うが、道中気をつけてな」
「はーい!」
上がったテンションのまま、駆け出す。
列車は楽しかったし、雪は綺麗だし、何よりフリドールにはネーヴェが居る。
早く会ってこの感動を伝えたい。
そんな気持ちから、自然と笑みが溢れてきた。





