181話
フリドールでネーヴェと別れて、早十日。
その間、オウカ食堂で手伝いをしたり、料理を大量に作ったり、常駐の採取依頼や討伐依頼を受けたりしていた。
アスーラやビストールの支店は安定してきたし、王都のネーヴェ菓子店もオウカ食堂と並んでかなり繁盛している。
そんな、忙しくも平穏な、そして少しだけ内ポケットが寂しく感じる日々を送っていたところ。
何故か、冒険者ギルド経由で王城から呼び出しをくらった。
「はあ? え、なんでです?」
「さあ……詳細は私たちにも分からないんだけど、とにかくお城に来いって。国王陛下直々のお話みたいよ」
「うわぁ……なんか、うん。なんとなく、理由を察しましたけど……」
多分アレだ。以前言ってた遊びに来いってやつだ。
言われてから一度も行ってないもんなー。
いやでも、そんな事のためにわざわざ人を呼び出すか?
……やるな。あの方なら。
「んー。とりあえず、行って来ますね」
「頑張ってね」
「頑張りまーす」
さて。マカロンのストックはどのくらいあったかな?
王城に着くと、門兵のおっちゃんがめっちゃ心配してくれた。
「おい、陛下直々の呼び出しだって? 大丈夫なのか?」
「あー……まーたぶん。大したことじゃないと思いますよ」
「それなら良いんだが……あまり無茶するなよ?」
「うぃ。気をつけます」
苦笑いされながらも、あまり気にせずに門を通り、場内へ。
見覚えのあるメイドさんにお出迎えしてもらい、案内されたのはいつもの客室。
ではなく。
初めて足を踏み入れる、謁見の間だった。
……おやぁ? ちょっと待て。何でこんなところに通された?
予想とだいぶ違うんだけど。
「あの……今日って何の呼び出しなんですかね?」
「詳しくは聞いていませんが、ユークリア国王陛下個人の呼び出しでは無いようですよ?」
「……え?」
「つまり、国王としてオウカさんを呼び出したって事です」
「……はぁっ!?」
え、ウソ、そんなマジなやつだったの?
またお話聞けるかなーとか思ってウキウキしながら来たんだけど!?
「さあ、陛下をお待たせする訳にも行きませんので、お入りください」
「ちょ、私、普段着だけど大丈夫ですか!?」
「冒険者とはそういうものですから。さあ!」
背中をぐいぐい押され、謁見の間に通された。
豪奢な作りの空間。
華美な飾りがふんだんに使われていて、敷かれた赤いカーペットの左右には武装した騎士団の人達が並んでいる。
その先。少し高みになった場所に、一際豪華な椅子と。
そこに腰掛ける、ユークリア王国国王、ユークリア・ミルドセイヴァン陛下の姿。
いつもの穏やかな顔立ちではなく、精悍な表情をしていて、それはまさに国王に相応しい佇まいだった。
「オウカ。よく来たな」
掛けられた声すら、普段よりも威厳を感じる。
大きくないのによく通る、迫力のある声。
あ、やば、返事しないと。
「……はい。今回はどのようなご用件でしょうか」
「うむ。簡略化された様式にはなるのだが……」
あ。なんか、嫌な予感がする。
これ、逃げた方が良いやつじゃないだろうか。
「此の度、オウカの様々な功績に対し、男爵位を与える運びとなった」
…………。
「はぁっ!?」
「よってこの場で、授与を行う」
「いや待ってください! ちょっと頭が追いつかないんで!」
男爵!? 男爵って言ったか今!!
一番低い爵位だけど、それって貴族様のことだよね!?
私が、貴族!?
「戸惑う事もなかろう。それだけの功績を上げているのだ。
店舗に寄る街の活性化、流通の発展による交易の活性化、何より冒険者として討伐した数多の魔物たち。
それらを踏まえ、貴族として迎えるに相応しいと判断する」
いやだから前半! それやったの私じゃなくて周りの人達だから!
……魔物に関しては、まあ、うん。結果的にそうなってはいるけど。
「更には救国の英雄たちとも親睦を深めておる。本来ではあれば子爵に値する功績であるが、前例がない以上、段階的に爵位を上げていく流れとなった」
荘厳ながらも、どこか沈痛な面立ちで説明してくれる陛下。
その表情を見て、疑問を抱いた。
よく見ると、騎士団員の奥に、多くの貴族の方々が居る。
みんなどこか不安そうな、でも喜びを隠せていない表情。
緊張してて気が付かなかったけど、この視線は知っている。
異質に対する怯え。恐怖。排他的。そして、保身を考えるような視線。
そういう事か。
「……陛下。言葉を遮る無礼、お許しください。申し上げてもよろしいでしょうか」
「よい。申してみよ」
「私はその、冒険者です。冒険者は街のみんなの為に働いて、報酬を得て生きる者。全てを自己責任で行う、そう言った者たちです」
「ほう。つまり?」
周りからの視線の圧が強まる。
ほらね。大正解だ。なら、敢えてそれを汲み取ってやろう。
「他者の生活を守る貴族様に比べ、小さな存在ではあります。ですが決して蔑ろにしてよい職業でもありません。
冒険者は国にとって、無くてはならない職業だと、私は思います」
言葉の切れ目に、小さく呟く。
……相棒。頼んだ。
「だから私は、冒険者という職を辞める訳にはいきません。一人の小さな町娘として、街の皆の生活を守りたい。それが私の想いです」
「――Sakura-Drive Ready.」
私だけに聞こえる、頼れる相棒の声。
さすがだ。よく分かっている。
「つまりはどういう事だ? はっきり申してみよ」
「私は国に飼われはしません。助けたい人達を、自分自身の意志で助けます」
ざわりと、場が沸いた。
うひゃあ。言っちゃった言っちゃった。視線がこえぇ。
騎士団員さん達、めっちゃ警戒してるし。
でもね。貴族様方。あなた達の思惑には乗りません。
自由に暴れ回るように見える私が、怖かったんですよね?
だからこそ、貴族の爵位を与えて、手の届く所に置こうとした。
気持ちは分かるんだけどさ。
そうなると、出来ないことが増えちゃうんだよね。
ならば、私が取る選択肢は、一つしかない。
「私はただの町娘です。それを誇りに想いながら、王国の民を守り続けます。この力を使って」
ゆっくり腰に手を回し、拳銃に触れる。
小さく、呟いた。
「……Ignition」
トリガーワード。意識が切り替わる。
日常から非日常へ。桜色を迸らせ。
そして、周囲に向けて、笑う。
「私を縛りたいのであれば、自分自身を矢面に立てろ。個人として私と向かい合え。
国王陛下の陰に隠れているだけでは、私に想いは届かない
。
私は貴族の方々を尊敬している。国を、民を守ってくれている、その名の通り貴い存在であると。
私たちを救ってくれた、誇り高い方々であると。
ならば堂々と、ご自身を誇りに思うべきだ!
私如きと顔を合わせられない筈がない!
さあ! こちらに来て! 私に命じてみろ!
でなければ、私は止められないぞ!!」
顔見知りの騎士団員に包囲される。
向けられる槍、皆に辛そうな表情をさせてしまっているのが少し申し訳ない。
そして、その先から向けられていた視線が、逸らされる。
残ったのは大きく暖かな陛下の視線と、私達を助けてくれている領主のゲイルさんの楽しそうな視線だけ。
私が貴族になれば、救える者も増えるかもしれない。
しかしそれは、私がやるべきことでは無いし、やれることでも無い。
今の私だからこそ、助けられる命がある。
ならば、それを阻まれる訳には行かない。
「陛下。異論は無いようなので、誠に勝手ながら男爵位は辞退させて頂きます」
「ふむ。仮に、それが不敬に当たるとしてもか?」
「私は自らの行いに恥じることはありません。国のため、民のため、そして私の愛する人たちの為に、冒険者であり続けます!」
胸を張る。堂々と、言い放つ。
馬鹿な事をやっている自覚はある。
最悪、不敬罪としてお尋ね者になる可能性まである。
それでも。譲れない事がある。
「私はシスター・ナリアの娘! 『夜桜幻想』のオウカです!
私の意志は、例え国王陛下であっても、簡単には止められません!!」
さあ、言ってしまった。もう後戻りは出来ない。
幸いなことに、オウカ食堂も教会も、私が居なくても大丈夫。
もし店を取り壊しになっても、今までの蓄えを分散すればみんな生きていける。
私自身は、そうだな。どこかの英雄を見習って、世界中を旅して回ってみるか?
「良い。オウカの気持ちは分かった。さて、皆の意見を聞きたいのだが、彼女を罪に問うべきだと思うものはその手を挙げよ!」
威厳に満ちた声。その宣言に応える者は、誰も居なかった。
「であれば、オウカを不問とする! 槍を収めよ!」
安堵の息を吐き、包囲を解く騎士団員たち。
どうにかやり過ごせたか。争いにならなくて良かった。
みんな、ごめんね。付き合わせちゃって。今度お詫びはするから。
手を拳銃から離し、サクラドライブを解除する。
謁見の間を彩っていた薄紅色は、やがて薄れて消えていった。
「さて、私としてもオウカを罪に問うつもりはない。そして、男爵位を断るというのであれば、もう一つの権利を授けよう」
……え、なに? まだ続きがあんの?
「国王陛下。権利とは?」
「なに、簡単な事だ。元々こちらの話が上がっていたのだが、反対する声があった為、男爵位を与えるという事になっていてな」
……おや? この流れは、嫌な予感がするんだけど?
「この場を持って告げる! シスター・ナリアの娘! 『夜桜幻想』のオウカよ!
貴殿に王位継承権を与えよう!」
はっきりと、断言された。
…………やられた。
なるほど。そういう企みか。
だから英雄たちはこの茶番を止めなかったのか。
……てか前に言ってたこと、冗談じゃなかったのね。
「あの……陛下?」
「なに、ワシは権利を与えただけじゃからな。爵位と違って義務では無い以上、拒否は出来んじゃろ?」
「いやいやいや。辞退しますよ」
「しかしのう……既に宣言してしもうたからなぁ。取り消すこともできんし、困ったのう」
いつもの調子ですっとぼけないでください。
困るのは私なんだって。
「辞退! 辞退しますから!」
「おや、騎士団員が皆に知らせに行ったみたいじゃのう。仕事の早いことじゃ」
「あ、こら待て! ちょっと! 逃げんなって……ああもう! リング!」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition!! 待てやこらぁ!!」
唖然とする皆の頭上を抜けて。
謁見の間を抜け出そうとしていた騎士団員を、何とか取り押さえる事に成功した。
ちなみに。別ルートで各冒険者ギルドに通達が行っていたらしく。
グラッドさんに大笑いされたのは、また別の話。
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