178話
ネーヴェが来てから一週間くらい、常駐依頼を受けたりオウカ食堂料理したりネーヴェとイチャついたりしていた。
さすがにそろそろヤバいかなと思って、現在、ネーヴェにジャケットの内ポケットに入ってもらい、空を飛んでフリドールに向かっている。
途中途中でネーヴェに寒くないか聞いてみたけど、使い魔だから大丈夫だと答えられた。
なんか、そういうものらしい。
うーん。てか、ご飯とか何食べるんだろ。
「ネーヴェってさ。ご飯は普通の猫と同じなの?」
「いや、私は食事は取らない。大気中の魔力を動力としている。まあ、食べられないことはないが」
「ほほう。使い魔って凄いなー」
「ちなみにだが、魔法も使えるぞ?」
「使い魔って凄いな!?」
猫なのに魔法使えるのか。猫なのに……
マスターの私は使えないのに……!
「そもそも、今だって翻訳魔法を使って会話している。人間の言葉は猫には発音できないからな」
「あ、そっか。便利だなー、魔法」
やっぱ使ってみたいなー。
どうにかなんないかな。
「あ。てことはさ。ネーヴェ居たら普通の猫とも話せるの?」
「私が通訳すれば可能だな。なんだ、マスターは猫と話したいのか?」
「……微妙、かな。前は話したかったけど」
「ほう? 何故考えが変わったんだ?」
「だって、ネーヴェいるし。モフりたい放題だし」
こんだけ綺麗で可愛い猫がいるから、他の子に浮気するのもどうかと思うし。
「……マスター。いつでも触って良い訳では無いからな?」
「え、そうなの!?」
「当たり前だっ! あんな姿、他の人間に見られたくないからな!」
「あー。蕩けてたもんね」
普段はクールなのにモフってる時は可愛いんだよな、この子。
そのギャップがたまらん。
「あとな、マスターは迂闊にモフるんじゃないぞ。ダメ猫が増える」
「んー……じゃあその分、ネーヴェをモフる」
「……それはその。お手柔らかに頼む」
恥ずかしそうな、嬉しそうな声。お気に召したようで何よりだ。
あ、でもフリドール着いたらしばらくお別れになるのか。
それはちょっと寂しいかもしんない。
「ねぇネーヴェ。転移魔法とかは使えないんだよね?」
「当たり前だろう。あんな高等魔法、使えるはずも無い」
「そっかぁ。お別れ前にモフらせてね?」
「……人目のない所なら」
「んじゃ今から」
腰のブースターで飛んでるから両手空いてるし。
こんだけ高ければ人目も無いし。
「いや、待て、心の準備というものがだな!」
「ふふふ……大丈夫、優しくするから」
「マスター! あっ……! にゃぁんっ!」
フリドールに着くまで、あと三十分。
お楽しみはこれからだ。
到着する頃には、ネーヴェはぐったりとしていた。
いかん。またやりすぎた。
いやだってさ、直接感想聞けるから、嬉しくてついね。
反省はしている。でも後悔はしていない。
フリドールの白い街並みを歩きながら、内ポケットのネーヴェを撫でていた。
手触りが気持ち良いし、暖かい。
「……なあマスター」
「ん? なに?」
「マスターは、王都に帰るのだろう?」
「そだね。あっちでやる事多いし。でも時間があれば会いに来るよ」
「……そうか。私はな、まだ生まれたてだが、知識は豊富に持ち合わせている。そのように作られたからな」
「あ、そうなんだ。道理で難しいこと知ってるわけだ」
最初になんか難しい事聞かれたしなー。
「ああ、世の中に色んな人が居ることも知っている。善き者、悪しき者、偉大なる者、罪を犯す者。
だが、マスターは純粋だ。純粋すぎると言っても良い。
だからこそ、気をつけてほしい。悪意を持つ人間はたくさんいるからな」
「……んー。純粋かどうかは分からないけど、気をつけるね」
「そうしてくれ。マスターが居なくなったら……その、寂しいからな」
「ありがとね」
猫なのに、人について詳しいな。さすが使い魔だ。
そして、ネーヴェの言ってる事は正しいと思う。
世の中色んな人がいる。私はたまたま良い人たちと巡り会えたけど、悪い人だって、いる。
敵意を向けられたり、殺意を向けられた事もあった。
それでも。
「うん。私は、疑うよりも、人を信じたいかな」
「……お人好しめ」
「にひ。あ、冒険者ギルドに着いたよ」
古びた白く大きな建物。
そのドアを開いて中に入ると、暖炉で温められた空気がふわりと流れてきた。
うおー。ぬっくい。ありがたやー。
「アルカさーん! こんにちはー!」
「あらぁ…いらっしゃいぃ…あれぇ…? 可愛い猫だねぇ…」
「お初にお目にかかる。使い魔のネーヴェという。よろしく頼むよ」
「この子喋れるのねぇ…凄いわぁ…撫でてもいい…?」
「すまんが、それはマスターの特権だ。諦めてくれ」
そうなんだ。嬉しいことを言ってくれるな。
「あ、そんでアルカさん。お店ってどうなってますか?」
「あぁ…お店ねぇ…もう出来てるわよぉ…」
「……は?」
「フリドールのぉ…冒険者全員でぇ…取り掛かったからねぇ…」
「……まじですか」
いや、ありがたいんだけどさ。
たった一週間で建つものなのか、お店って。
「それにぃ…あと一週間くらいでぇ…列車が来る予定よぉ…
働く人もぉ…練習してる所だわぁ…」
話が早過ぎないか!?
てかイグニスさん、一ヶ月かかるって言ってなかった!?
「うわぁ……こっちでも暴走してるのかー……」
「みんなぁ…オウカちゃんの事ぉ…好きだからねぇ…」
「うーん。嬉しいですけど、無理してないか不安ですね」
「マスターは人々に愛されているな」
「んー。みんな良い人たちばかりだからじゃないかなー」
雪で外が寒い分、この街の人達は温かい。
いや、フリドールだけじゃないか。
王都ユークリアも、アスーラも、ビストールも。
本当に良くしてもらっている。
なんだか、すっごい嬉しいな。
「看板もぉ…吊り下げてるからぁ…行けばすぐ分かるわよぉ…」
「ありがとうございます。ちょっと行ってみますね」
「気を付けてねぇ…色々とぉ…」
「ん? あ、はい。どもです。ではでは」
お礼の言葉を告げて、冒険者ギルドを後にした。
そして私は、振り積もった雪の上に、膝から崩れ落ちた。
目の前にあるのは、冒険者ギルドと同じくらい大きな建物。
新築なだけあって、キラキラと壁が白く輝いている。
アルカさんの言っていたとおり、オウカ食堂のシンボルマークである黒髪の女の子が描かれた看板が吊り下がっていて。
そして、壁のど真ん中には私の似顔絵がでかでかと描かれていた。
しかも、実物よりちょっと可愛めに。
……まーじかー。
「おや、オウカさん。お久しぶりです」
「……ああ、ロウディさん、どもです」
「そんな所に座り込んで、何かありましたか?」
「現在進行形ですね、トラブル」
壁を指さしてやると、スーツ姿のロウディさんは少し申し訳無さそうな顔をした。
「ああ、これはですね。シルビアの強い希望がありまして」
「なんてことしてくれてんだ、あの人」
「しかしこれがまた、評判が良いのですよ」
「……あははー。またそのパターンかー」
ビストールと同じな訳ね。はいはい。
もう、諦めるしかないのかなー。
「で、そのシルビアさんはどこに?」
「恐らく店舗内でしょうな。今日も皆さんが料理の練習をしているようですから」
「ちょっと文句行ってきます」
「ああ、いや、今はおやめになった方がよろしいかと」
「へ? なんでです?」
「中には貴女のファンが大勢いますので。大混乱になりますよ」
「なにそれこわい」
ファンて。いや、そういやこないだも言ってたな。
まさか吟遊詩人という職業を恨む日が来るとは思わなかったわ。
「一旦時を置いてから行く方が妥当かと思います」
「そですね……じゃあギルドで依頼でも受けようかな」
「それは助かります。では、エスコートしましょう」
「あざますー」
ロウディさんに連れられて、冒険者ギルドに戻ることになった。
……やっぱり、最初から最後まで関わらなきゃダメだな、うん。





