172話
氷の都、フリドール。
雪の降り頻る純白の街。
今日も建物や道がキラキラしていて、とても綺麗だ。
お昼前に到着し、冒険者ギルドに足を運んだ。
受付にいたアルカさんに手を振って、尋ねてみる。
「おはよーございます。ロウディさん、いますか?」
「ごめんねぇ…今はぁ…出かけてるのよぉ…」
いつものおっとりした口調で教えてくれた。
「ありゃ。お留守ですかいないんですか?」
「しばらくはぁ…戻らないかもぉ…」
「そですかー。じゃあまた後で来ますねー」
「はぁい…また後でねぇ…」
もう一度手を振ってから、冒険者ギルドを後にした。
とりあえず、街を回って時間潰すかー。
外が寒い事もあってか、どの店の人達も、みんな温かく出迎えてくれた。
王都の顔なじみの店のように雑談してくれたり、この辺りのことを色々と教えてくれたり。
先日足を運んだ花畑は街の人達が協力して管理している事とか、六角トナカイの美味しい調理法とか。
あと、近所にカフェで出た新メニューのベリータルトがとても美味しい事とか。
……ほほう。タルトですか。
カフェの件が気になった私は、教えてもらった道を雪を踏みながらぽふぽふと進んだ。
この街の店には、ドアの上に絵が描かれた看板が吊るされている。
目の前の店に紅茶カップの絵が吊るされているのを確認して、木製のドアを押して、中へ。
暖かな空気に、チリンと小さなベルの音。
こないだの店と似て、とても馴染みやすい内装のお店だった。
そこかしこにクマの絵が描かれているのが少し面白い。
キョロキョロと周りを見渡していると、店員のお姉さんが声を掛けて来てくれた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「あ、そです」
「少し混み入ってますので、後で相席になるかも知れませんが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよー」
「ではこちらの席へどうぞ」
案内してくれた席は、店の奥にある窓際の席だった。
窓が近いのに寒くないのは、何か魔導具が使われているんだろうか。
「ご注文はお決まりですか?」
「ベリータルトと紅茶をお願いします」
「かしこまりました。お待ちくださいね」
ぺこりと頭を下げた時、大きなお胸がたゆんと弾む。
……おお。なんか、凄いな。
少しして、ポットに入った紅茶と、色とりどりのベリーが散りばめられた小さなホールタルトが運ばれてきた。
もう、アレだ。見ただけで美味しいのが分かるヤツだ。
下は……これ、チーズタルトかな? その上に瑞々しいブラックベリー、ブルーベリー、クランベリーにイチゴ。
他にも王都では見かけない小さな果物がたくさん乗っている。
小さなナイフで切り分け、フォークで一口。
うん。やっぱり美味いわ。
果実の酸味とチーズの甘みがちょうど良い。
そこに紅茶を飲むと、スッキリとした後味で口の中がリセットされる。
ヤバい。これ、幾らでも食べられるやつだ。
もう一個頼むか……あーでも他のメニューも気になるし…
まあとりあえず、このタルトを食べちゃおう。
「すみません、お客様の相席宜しいですか?」
「ん? あ、どーぞどーぞ」
声を掛けられたので、少し席を詰める。
さて。このタルト、再現できるかなー。
あとで果物屋さん行って乗ってるフルーツを買って行ってみよう。
チーズクリームの方は多分大丈夫だし。
「隣、失礼致しますね」
「はーい」
「店員さん。チョコレートケーキと紅茶を」
「かしこまりました」
「それにしても、とても熱心ですね。お好きな味でしたか?」
……ん? あ、これ私に聞いてんのか。
「あーはい。これめっちゃ美味し……」
隣を見ると。頬杖を着いてこちらに微笑みかかける、真っ白な少女。
セッカの姿がそこにあった。
思わず。ナイフとフォークを落としてしまった。
「あら、大丈夫ですか?」
「……は? いやいやいや。あんた、何してんの?」
「お姉様の姿を見かけたのでご一緒しようかと」
「……はあっ!?」
「先日お約束しましたでしょう。今度はお茶でもご一緒したいと」
クスクスと笑うその姿は。歳相応の愛らしさを醸し出していて。
綺麗に笑うそれは。とても美しくて、まるで天使のようだった。
……はっ!? いかん。つい見惚れてた。
「いや、あれは約束とは言わないから」
「連れないお言葉ですね。それもまた愛おしいですけれど……ああ、こちらをどうぞ」
はい、と新しいナイフとフォークを手渡され、とりあえず受け取る。
にこり、と微笑まれた。
「今日は争うつもりはありませんよ。せっかくの機会なのですか」
「……信用しろって?」
「あら。ではこの場で撃ち合いますか?」
「ぐぬ……まあ、信じてやるわよ。黒いのもいないし」
「ええ、今日は一人ですから……ああ、どうも。美味しそうですね」
店員のお姉さんからティーポットとケーキを受け取り、優雅に切り分けながら口に運ぶ。
そんな何気ない動作でも、綺麗だと思ってしまう。
「……で? なんか用なの?」
「お姉様とお茶をする以外に目的はありませんよ」
「いやだから、それが意味わっかんないんだけど」
「あら、このケーキ美味しいですね。はい、お姉様、あーん」
にこりと嬉しそうに微笑みながら、私の目の前にフォークを突き出してくる。
反射的に口を開けると、フォークを突っ込まれた。
甘い。そして、少しだけほろ苦い。
「あ、うま……いや、じゃなくてさ」
「姉妹ですもの。たまには良いじゃないですか」
「いや私はアンタの姉じゃないし、同席すんのも初めてだけどね」
「まあひどい。こんなにお慕いしていますのに」
くすくす笑いながら紅茶を飲む。
こいつほんと、訳わかんないわ。
「お姉様は何をしにここへ?」
「あん? いや、ギルドに用があって来たんだけど、タイミング悪かったみたい」
「そうですか。私にとっては良いタイミングでしたね」
「そうね、最悪なタイミングだったわ」
「あら。そんなお姉様も愛らしいですわね」
「あーもう……無敵かアンタ」
やっぱりセッカと話してると調子が狂う。
心と頭がチグハグになってるような、変な感じ。
セッカは、敵だ。けど。
どうしても、身内として見てしまいそうになる。
……すっげぇめんどくせーな、こいつ。
「お姉様、そちらも一口くださいな」
「んあ? あー、ほれ」
「……むぐ。こちらもなかなか美味しいですね」
「…………いや、だからさ。距離感、おかしいでしょってば」
だーめだ。やっぱり、調子が狂う。
「そうですか? 普通の姉妹ならこんなものでは?」
「姉妹ならね。私らは違うでしょ」
「んー。なかなか認めてくださらないですねぇ…」
「私の家族は教会のみんなだけだからね。アンタは、違う」
「あらあら。それでしたら……」
「そちらを皆殺しにすれば、家族は私だけになりますね?」
天使みたいに綺麗な笑顔のまま、小さく呟いた。
「………おい、てめぇ」
ピリ、と。肌が泡立った。
反射的に拳銃を抜きかけ、意志の力で抑える。
ここで抜くのは、ダメだ。
「あら嫌だ、冗談ですよ。お姉様に嫌われたくありませんから」
「……アンタとはやっぱり合わないわ」
「そうですか?相性は良いと思うのですが」
「悪趣味すぎんのよ、アンタ」
冗談にしても、タチが悪すぎる?
「お褒めいただき光栄です」
「うっさいわ。私はもう行く」
「そうですか。では、またお会いしましょう」
「ぜってぇやだ」
急いでタルトを食べ終わり、紅茶を流し込む。
ちょっと勿体ないけど、残すよりはマシだ。
そのまま荷物を引っ付かみ、会計を済ませて表へ出た。
寒い。ちらほらと雪が降っている。
手袋を着けて、帽子を被り直す。
ため息を吐くと、白くなって空に消えていった。
冷たい風で冷まされた頭で、思う。
セッカが私にとって何なのか、分からない。けど。
私の家族を害すると言うのであれば。
誰であろうと、私は容赦しない。
腰に下げた拳銃の重みを感じ、もう一度大きく深呼吸。
白いモヤはやはり、空の奥へと吸い込まれて、やがて消えていった。
気持ちを無理やり切り替える。
ずっとピリピリしたままって訳にも行かないし。
最低限の警戒だけして、意識して普段通りに振る舞おう。
とりあえず、もっかいギルドに行くか。





