16話:ちょっとだけただいま
初めての空の旅は快適だった。
少し寒いけど、そんな事が気にならないくらい眺めがいい。
空が近い。視線を落とすと、下の方に街道が見える。
なんか、世界中が見渡せる気がしてくる。
それに、速い。馬車とは比較出来ないくらい。
雲や景色が凄い速さで流れていく。
うわー! すっごい! めっちゃたのしい!
王都を出て三十分ほどで、私は育った町に帰って来た。
「はっや。凄いねこれ、めっちゃ便利じゃん」
「――進言:町に直接降りるのは危険です」
「あ、おっけ。門より前で降りよっか」
確かに。魔力吹き出して飛んでる訳だしね、これ。
逆方向に少し噴射しながら速度を落とし、ゆっくり着地。
いやー、凄い楽しかった。リングさまさまだね。
髪、ぼっさぼさだけどね。ここらで軽く整えて行こう。
∞∞∞∞
「……お? 誰かと思えば、オウカか? 王都に行ったんじゃ無かったのか?」
町の門まで歩いていくと見慣れた門番のおっちゃんが目を丸くしていた。
まー、普通に帰って来るより、めっちゃ速かったもんね。
「はい。今戻ってきたとこです。またあっち行きますけど」
「そうかい。よく分からんが……どうせなら教会にも顔見せろよ? チビ共も喜ぶだろうからな」
「もちろん。じゃあまた」
「おう、気ぃつけろよ」
さてさて、教会の前にパン屋の旦那さんに顔出しとくか。
久しぶりにあそこのパンが食べたいし。
∞∞∞∞
「オウカアアアアアアア!
よく帰って来たあああ!」
ぎゅうううう!
「ぎゃああああ⁉ 痛い痛い痛い!
旦那さん、ちょ、離して! 折れる折れる!」
「あなた。落ち着いてください……なっと!」
ぱかーん!
フライパンのフルスイング、後頭部に命中。
「……おう、すまん」
奥さんにフライパンで殴られて、旦那さんは正気に戻った。
今かなり良い音したけど……大丈夫だろうか。
「おかえり、オウカ。速かったわね。王都はどうだった?」
「人がたくさんいました。またすぐ向こうに行かなきゃいけないんですけどね」
「そうか……まあ、無事で何よりだ。お前、教会帰るんだろ? これ持っていけ」
旦那さんはいつも通り気のないそぶりで、パンの詰まった袋を押し付けてきた。
「わ。ありがとうございます。あ、向こうで少し稼いだんでお金払います」
「ああ? いらんいらん。シスターに渡しとけ」
「え、でも」
「いいから早く帰って、元気な顔見せてやれ」
「……はい。ありがとうございます!」
ここは素直に甘えておこう。
大きく手を振り、両手でパンの入った袋を抱えて教会に走った。
∞∞∞∞
教会に着いたは良いものの。久しぶりだからか、何だか少し緊張する。
うーん。たった数日離れてただけなんだけどなー。
「……。ただいまー」
「あら、おかえり。早かったのね」
おずおずと中に入ってみると。
シスター・ナリアは、いつものように何事も無く出迎えてくれた。
パンの袋をキッチンに置いて、ちゃちゃっと軽く作業してから広間に戻ると、シスター・ナリアがお茶を淹れてくれていた。
変わらないいつもの光景に、ちょっと嬉しくなる。
お茶を飲んで一息入れてから、改めて口を開いた。
「えーと……何から話そっかな。そだ、手紙ってまだ着いてない?」
「手紙? いいえ、来てないけど」
「あー。追い越しちゃったのか……あのね、私、また向こうに戻らなきゃいけないの」
「そうなの……それで、お話は聞けた?」
少し心配そうに微笑みながら問いかけてくる。
その心遣いが、少し嬉しい。
「聞けたと言うか、聞けなかったと言うか……ちょっとトラブルがあって、しばらく向こうにいなきゃなんないの」
「あらそう……じゃあ滞在費が足りないんじゃない?」
頬に手を当てて、少し眉間にシワを寄せて困り顔になった。
あ、そだ。それも言わないと。
「あのね、それは大丈夫。向こうで稼いだし。こっちにも少し渡しておこうと思って。はい」
「あら、そうなの。ありがとう、預かっておくわね。それで、しばらくこっちにいられるの?」
「いやー、今日中には出なきゃいけないのよね」
宿取りっぱなしだし、明日はホルダー受け取らなきゃなんないからね。
それに、すぐ帰ってこれるし。
「そうなの…あまり無茶はしないようにね?」
「……。してないよ?」
「嘘ね。怪我はしてないようだからいいけど。オウカはすぐ問題を起こすから心配だわ」
「う……ごめん。気を付けます」
むむ。何故ばれたし。
何でかいつもすぐばれるんだよねー。
「じゃ、お昼つくっちゃおっかな。チビ達は?」
「そろそろ帰ってくると思うわよ」
「んじゃいつもの量か。了解」
ぱぱっと作っちゃいますか。
∞∞∞∞
キッチンに引っ込み、自分が作り置きしていた食料を確認。
ふむ。良いペースで使ってる。及第点だ。
ま、ちょっと作り足すか。
その前に。
「リング。ちょい試したいんだけどさ。
魔力を炒め鍋の形で固定できる?」
「――可能。試行します」
見慣れた魔力光の色をした炒め鍋、成功。
「よっしゃ。加熱してみて」
「――加熱:開始します」
水を落として火の回りを確認する。
火の通りは……おお、ムラなく回る。これ、いいわ。
「じゃ炒め鍋、大きくしてみてー」
「――試行」
炒め鍋のサイズが二倍に膨らむ。
すご。これだけ大きくても重さが無い。
しかも魔力製だから加熱に時間が必要ないし、何より洗う必要が無い。
「ふふふふふ……まずはお昼ご飯ね。チャーハン作っちゃおうか!」
今までだと鍋のサイズと効率の面で滅多に作れなかったメニューも、余裕で解禁出来る。
やっばい! 超楽しい!
「油が無くても鍋にくっつかない……素晴らしいわね、これ!」
ジャッ ジャッ ジャッ
「にひひ。今の私、最強だわ。おらおらぁ!!」
ジャッ ジャッ ジャッ
あっという間に二十人前のチャーハンが完成した。
炒め鍋を一旦魔力へ戻し、再構成。
空炒りが必要な食材が何種類あっても、炒め鍋の形を変えるだけで全部一度に出来る。
楽しい。笑いが溢れる。
料理は好きだけど、調理器具は重くて多人数分を一度に作るとなると難しい所がある。
……背がね。足りなかったりもするし。
でも魔力製調理器具なら好きな形を作れる。背の低さも関係無い。
正直、めちゃんこ捗る。
「リング、次、煮込み鍋ね」
「――了解:試行」
私の快進撃は未調理食材が無くなるまで続いた。
日持ちがする物しか作ってないとはいえ、やり過ぎた感がある。
シスター・ナリアにちょっと叱られたけど、後悔はしていない。
チビ達と一緒に騒がしいお昼ご飯を食べ終え、久々に勉強を見てあげたりしていると帰る時間になってしまった。
「じゃあまた。今度はお土産持って帰るね」
「はいはい。元気でね」
「ん。またね」
シスター・ナリアに見送ってもらい、町の門の外まで歩いて行く。
少しだけ名残惜しいけど……まあ、またすぐ帰って来れるし。
来たときと同じ場所でリングにバーニアを作ってもらい、そのまま王都までかっ飛んだ。





