168話
大黒蟹をゲットした数日後。
せっかくの高級食材だったので、一部を実家の方に持って帰ることにした。
こんなもん滅多に食べられないし、チビ達も喜ぶだろう。
あ、てかパン屋さんにもお裾分けに行きたいなー。
普段からお世話になってるし。
なんて。考えていたんだけど。
いつものように町門の手前で降りて教会に辿り着くと、なんだかすごい数の人が窓から中を覗いていた。
……え、なに? なんかあったの?
「あ、オウカちゃん! ちょうど良い時に帰ってきたわ!」
「あれ、パン屋さんの女将さん。これ、何事ですか」
「それがね、領主様がオウカちゃんに会いに来てるのよ!」
「……は?」
「つい先程いらっしゃって、オウカちゃんは居るかって!
さっきまでシスター・ナリアと話してたところよ!」
領主様がわざわざ、私に会いに?
なんだろ。嬉しいと言うか恐れ多いって感じる傍ら、すっげぇ嫌な予感がすんだけど。
いやまー、いつか直接会って色々とお礼を言いたいとはおもってたけどさ。
……とりあえず、入るか。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。お客様がいらっしゃってるわよ」
「さっき表で聞いた。領主様が来てくれてるってほんと?」
「そうなのよ。オウカと連絡の取りようが無いから困ってたところ。
いま客室にお通ししてるから」
「ん。ちょっと行ってくる」
普段あまり使われない客室へ向かい、ドアをノックする。
低めな男性の声で返事があったので、中へ。
そこには、以前見かけたことのある領主様が、安物のソファに腰掛けていた。
貴族が着る華美な服に、端正な顔立ち。
遠目で見た時よりもどこか若々しく見える。
うわお。本物だ。
「おお、初めまして。この辺りの領主を務めている、ゲイル・ウィリアムズです」
「前に遠目ではお会いしましたけど、初めまして。オウカです。今日は私を訪ねて来ていただいたって聞きましたけど……」
「その通りです。視察のついでではありますが、噂の英雄と是非ちゃんとお話したいと思いましてね」
うお。マジで私に会いに来てくれたのか。
「わ、恐縮です。でも私、ただの町娘なんですが」
「おお、噂通り謙虚な方ですね。なんと素晴らしい」
「ええと……ありがとうございます」
なんだろ。この方、爽やかな笑顔なんだけど……目がね。
この目は知ってる。よく見慣れている。
物珍しいものを見るような、相手を見定めるような、そんな視線だ。
……まー慣れてるから良いんだけどさ。
でもとりあえず、本題の前に一言だけ。
「領主様。ありがとうございます、色々と」
「おや。なんの話でしょうか」
「教会への寄付とか学校の授業料とか、たくさんお世話になってますから。
お会い出来る機会があれば、直接お礼を伝えたいと思ってました」
「なんとまあ……まさか英雄様からお礼を言われるとは思いませんでした。
しかし、私は貴族として当然の行いをしただけですよ」
「それでも、私たちはみんな、とても感謝しています」
「ふむ。感謝という事であれば、一つ頼み事をしても良いですか?」
うん。まあ、そう来るよね。
さてさて。何の討伐依頼かな。
この辺りだとそんな大層な魔物は出なかったはずだけど。
「私に食事を作っていただきたいのです。それも、普段作っているような料理を」
「……ご飯ですか?」
「はい。王都で繁盛している店の店長の料理を、是非」
おおっと? これはさすがに想定外なんだけど。
なるほど、そうくるのかー。
「えーと……そんなことで良ければ。御屋敷で作ります?」
「いえ、出来ればこちらで皆さんと一緒に」
「大丈夫ですけど……うるさいですよ、ここ」
「構いません。生憎と独り身なので賑やかな食事をとる機会が無いので、喜ばしい限りです」
「分かりました。じゃあ準備してきますんで、お待ち頂いても良いですか」
「はい。よろしくお願いします」
にっこりと、領主様は爽やかな笑顔でそう言った。
さてさて。良く分からんが……とりあえず、ご飯作るか。
普段食べているものという事で、カニは却下。
かと言ってあまり簡素なものを出す訳にも行かないし…
ここは無難なところでいこっかな。
ミノタウロス肉とオーク肉のミンチをこね合わせて、パン粉と卵を入れて良く練る。
下味を付けたら空気を抜いて、おっきな四角形に引き伸ばす。
上面にパン粉をまぶし、オーブンに入れて焼いている間に、アイテムボックスからスープを出して温めておくのを忘れずに。
お肉が焼き上がったらちょうど良い大きさに切り分けていく。
ここで大きさが違うとケンカになるので慎重に。
普段より少しだけ贅沢な丸ごとハンバーグの完成だ。
いつもならお祝いの日くらいしか作らないけど……まあ、今日くらいは良いだろう。
あとは買い込んでおいたパンを出せば準備完了。
チビ達を呼んで広間に運んでもらった。
「おお……これがここの料理ですか。いや、実に美味そうだ」
「領主様、良ければご一緒にお願いできますか?」
両手を合わせると、皆が同じく両手を合わせた。
領主様も続いて手を合わせてくれる。
「んじゃ。いただきます」
「いただきます……これは何かの儀式ですか?」
「命を頂く、その事を忘れない為にやってます」
「なるほど……それは素晴らしい。我が家でも取り入れて見ましょうかね」
とても楽しそうに手を合わせている所を見ると、悪い人ではない気がする。
まだ、視線が気になるところだけど。
「おかわりもたくさんあるんで、召し上がってください」
「では遠慮なくなく……ふむ。これは美味い!」
「それは良かったです……あ、こら、おかわりあるんだからケンカしないの!」
わいわいがやがや。いつもながら、賑やかな食事だった。
◆視点変更:ナリア・サカード◆
オウカがお皿を洗っている間に客室へ向かう。
待ってもらっていた領主様に頭を下げ、許可を貰って対面側に腰掛けた。
「いや、美味しかったです。ご馳走様でした」
「良かったです。それで、見極めは終わりましたか?」
「……さて。なんの事ですか?」
「本日ご覧頂いたとおり、あの子はこの領地に害を成す人間ではありませんよ」
「流石、戦鎚のナリアですね。お見通しですか」
「伊達にあの子達の母を名乗っていませんから」
ニコリと笑うと、彼は肩を竦めて苦笑いした。
なんともまあ、様になっている。
「なるほど、参りました。確かにあの子は善良な娘にしか見えませんね」
「かと言って、政治に利用するのも難しいでしょうね。何せ国王陛下と懇意にさせて頂いているようですから」
「そこは最初から諦めていますよ。しかし、私がもう少し若ければ、アプローチを掛けていたかも知れません」
「あら。随分お気に召されたようですね?」
「明るく、強く、美しい。更には料理上手と来れば、逃す手はないでしょう」
「お褒め頂き光栄です」
にこりと微笑みかける。
娘を褒めて頂いたのだから、嬉しくないはずはない。
「……て言うかナリアさん。いい加減素で話したいんですけど」
「あら、ゲイル君、公務はもう終わりかしら」
「噂が広まり過ぎてるから形だけ見に来ただけですって。ナリアさんの所の子が悪さする訳がないし」
「まあまあ。随分信頼されてるわね?」
「それはもう。この町で一番信頼してますよ、師匠」
「領主様にそう言って貰えると嬉しいわねえ」
頬に手を当てて微笑むと、彼はまた苦笑いしながら肩を竦めた。
着ているものが変わっても、仕草や表情は昔のままだ。
懐かしくも忘がたい、あの頃の記憶が頭を過る。
「ひとまず今日は帰りますんで。また今度改めて……来れっかなー」
「忙しそうだもんねえ。えらいえらい」
「はぁ……ナリアさんが貴族になっててくれてればもう少し楽できたんですけどね……」
あらあら。またその話かしら?
「私には荷が重いわ。お偉いさん方の相手はゲイル君に任せます」
「これだよ……まあ、周辺貴族はなんとか黙らせますよ。
この教会もオウカちゃんも、俺にとっては守るべき民だ」
「お願いね。何かあったら手伝うから」
「そんときゃ頼りにさせてもらいます」
朗らかに笑う彼と握手して、そのまま入口まで見送った。
大層な馬車に乗り込みながら、彼は周りに聞こえないよう、顔を近づけて小さな声で囁いた。
「あの子の事は諦めますが、師匠の事は諦めませんので」
「あら。約束通り、私に勝てたら嫁いであげるわよ?」
「その条件、厳しいなー」
また苦笑いをして、ゲイル君は馬車に乗り込む。
御者が手網を振るい、豪奢な馬車は領主邸へと帰って行った。
さて、と。お茶でも淹れて、オウカと少しお喋りでもしましょうかね。
せっかく帰ってきたんだもの。楽しい話を沢山聞きたいわ。





