166話
大通りを通らずに歩いたので、いつもより時間がかかってしまった。
まー仕方ない。それより、今日は居るかな?
「おーいフローラちゃん、いる?」
「オウカさん? いまちょっと忙しいんですが……あら、その子たちは?」
オウカ食堂の裏手。
中に向かって呼びかけると、フローラちゃんが出て来てくれた。
……ふむ。今日は休みだったはずだけど、助かったから不問にしておこう。
「この子たち、雇うことにした。風呂入れて仕事教えてあげて」
「あら。人手が増えるのはありがたいですね。
では手が空いてる子たちに任せましょう。着替えも必要ですね」
「頼んだー」
さすがフローラちゃん。話を聞いてすぐに店の中に戻って行った。
まだ何も話してないのに、頼りになるなー。
一番歳上の男の子に向き直り、目を見る。
……うん。だいぶ混乱してんな、これ。
「いいかー。アンタらはしばらくこの店で仕事しな。
そんで、ご飯食べられるようになったら、その先でどうするかは自分らで考えなー」
「……え。いや、良いの? 俺達、料理なんてした事ないけど」
「うちのフローラちゃんを舐めんな。新入りに仕事教えるくらい楽勝よ。
ここなら毎日ご飯は食べられる。読み書きや計算も教えてるから、他の仕事にも就きやすくなるし」
「なんでそこまでしてくれるんだ? 俺たち、何も持ってないからお礼なんてできないよ?」
「お礼ならさっき聞いたけど、理由は……理由? うーん」
連れて来た理由、ねえ。
そんな大層な話じゃないんだけど。
「私の見える範囲で、出来る事はやる。感謝してるってんなら、アンタらも余裕が出来たら他の人に同じことをしたらいい。
世界はそうやって回ってるんだから」
いつもの、綺麗事。
上等だ。綺麗事でも貫き通せば真実になる。
私は、子どもがお腹を空かせてるなんて絶対許さない。
美味しいは正義なのだ。
それが出来ない人生なんて、ぶち壊してやる。
「オウカさん、みんなを連れてきましたよ」
「お、ありがと。んじゃアンタら、風呂入って着替えといで」
仕事が早いなー。いつも助かってるわ、フローラちゃん。
「……俺たち、飯が食えるようになるの?」
「毎日お腹いっぱい食べな。んで、お仕事覚えて、無理がない程度で頑張ること。
そしたらきっと、良い事があるから」
「ありがとう、ございます……この恩は……ぐすっ。忘れません!」
「あーほら、泣くんじゃない。ちゃっちゃと行っておいで」
大粒の涙がボロボロと零れるのを、袖で拭ってやる。
とりあえずはこれで良い……と思う。
正解なんて分からないし、ただの自己満足に過ぎないけど。
それでも。見捨てるなんて私には出来そうにないから。
……あ。てか、やば。陛下達のこと、忘れてた。
慌てて振り返ると、二人とも、なんだか温かい目でこちらを眺めていた。
「なんともまあ、そう来たか。オウカは面白いことをするのう」
「うむ。見事な采配だった。素晴らしい」
「あーいや、そんなんじゃないです」
ただ、やりたいようにやってるだけ。
ワガママにみんなを付き合わせているだけだ。
フローラちゃん達には後で改めてお礼を言わないとなー。
「なあオウカや。やはり、王位を継がんか? きっと皆に愛される女王となるじゃろう」
「いやほんと、勘弁してくださいそれ」
「では私の嫁に来い。共に森人の一族を導こうぞ」
「お断りします。私はただの町娘です」
実際、周りに助けてもらって何とかなっているだけだ。
今回も、今までも。そして多分、これからも。
本当にありがたい。また今度お裾分け巡りに行こう。
「とにかく、お待たせして申し訳ないです。お城に行きましょうか」
「ふむ……まあ、良いじゃろ。戻るとしようかの」
「そうだな。話し合いもせねばならんからな」
「……一応聞いておきますけど、話し合いって私抜きでやってくれるんですよね?」
「なんじゃ、参加せんのか?」
「すみません、ほんと勘弁してください。難しい話は分からないんで」
「遠慮することはないんじゃがなぁ。オウカが居ると楽しいでな」
にこにこと。穏やかに笑う陛下。
いやほんと勘弁してほしい。どんな罰ゲームよそれ……
「今日は王城まで案内したら帰ります。用事もありますし」
「そりゃ残念じゃ……また今度遊びにおいで」
眉を垂らした笑顔でそう言ってくれた。
けど、そんな気軽に行ける場所じゃないと思うんだけど。
いや、いまさらかな?
「はは……まーその時は、マカロン持って行きますね」
「マカロン? なんだそれは。食い物か?」
「お菓子です。今度ファルスさん達にもお裾分けに行きます」
「ほう。人族の菓子は美味いからな。楽しみだ」
「オウカの作るものはみな絶品じゃからのう」
「喜んでもらえるなら嬉しいです」
よし。腕によりをかけて作るか。
色んな調味料やフルーツのストックがあるし、色んな種類のマカロンを大量に作るのもアリかもしんない。
「あ、てか城門着きましたね」
「なんじゃ、もう着いたのか。早いのう」
「うむ。案内ご苦労だった。また近いうちに会おうー!」
大袈裟な身振りで笑う。この人は……仕方ないなー。
「……陛下、あんまり無茶なことしないでくださいね?」
「はて、なんの事かのう……ジジイにはよく分からん」
「いやほんと、お城の人が困りますからね?」
「仕方ないのう……前向きに善処するとしよう」
それ、高確率でやらないやつだよね?
私もよく言うから知ってる。
「もー……頼みますよ、ほんと……では私は行きますね」
「またの。気をつけてな」
にこにこ顔の陛下と朗らかなファルスさんを門兵さんに引渡し、足早に王城から離れた。
……よし。今日は遭遇しなかったな。
毎度毎度、どこからともなく現れるから油断出来ないんだよねー、あの人。
なんかの魔法でも使ってんだろうか、あの人。
「おやっ!? その愛らしいフォルムは愛しのマイエンジェルかなっ!?」
そんな事を考えたせいか。
門の上から、レンジュさんに声を掛けられた。
「……だから。遭遇率高すぎませんか?」
「これも運命かなっ!!」
「なるほど。ではさようなら」
「今日はいつも以上に塩対応すぎないかなっ!?」
いや、うん。だってさー。
「や、割とマジで疲れてるんですよ。お偉いさんの護衛なんて性にあいません」
「それはお疲れ様だったねっ!! マッサージでもしてあげようかっ!?」
「絶対やです」
そんな恐ろしいこと頼む訳ないじゃん。
絶対何かしてくるし。
「それは残念だねっ!!」
「はあ……仕事は大丈夫なんですか?」
「今日は全部終わらせてるからねっ!! オウカちゃんはこの後暇かなっ!?」
「いえ、一旦ギルドに戻って依頼を受けるつもりです」
「ありゃ、残念っ!! じゃあまた今度デートしようねっ!!」
「はいはい。デートくらいなら付き合いますから」
ほんっとに、いつ見てもテンション高いな、この人。
なんかカエデさんとは違う意味で和むけど。
「………。おおっ!? オウカちゃんがデレたっ!?」
「いや、別にレンジュさん嫌いじゃないですし。仕事終わらせてるなら一緒に遊びに行くくらい大丈夫ですよ?」
どちらかと言うと……て言うか、結構好きだしなー。
これだけまっすぐ好意を向けられると嬉しいし。
……後が怖いからぜってー言わないけど。
あとまー、対処に困ることは多いんだけどね。
「ちょっと明日分の仕事片付けてくるっ!!」
「あーはいはい。頑張ってください。私、明日は料理の日ですけど」
「じゃあしばらく分の仕事終わらせておくかなっ!!」
「普段からそうしてください。副団長のジオスさんが可哀想なんで」
頑張ってくれるのはいいけど、それを普段からやってほしいなー。
主に周りの人のために。
「ご褒美が無いと仕事なんてやってられないからねっ!!」
「堂々と言うことじゃないですよね、それ」
「んじゃまたねっ!! 空いてる日があったらお城に来て欲しいなっ!!」
「暇ができたらそうしま……って、もういないし」
なんて言うか……相変わらずのレンジュさんだったな。
多分今日も、私が疲れてるの分かって早めに退散してくれたんだろうし。
ほんっと周りをよく見てる人だな。
……まじでセクハラさえなければなー。マイナスポイントが大きすぎるんだよなー。
まあいっか。とりあえず、帰ろっか。





