160話
朝方、冒険者ギルドの依頼表を確認していると、リーザさんから呼び止められた。
「私に手紙ですか?」
「はい。ナリア・サカード様から届いてます」
「え。シスター・ナリアから?」
なんだろ。わざわざ手紙に書くようなこと、あったっけ。
こないだ戻った時は特に何も言われなかったけど。
「えーと……?」
便箋を開いて中身を確認する。
確かに、シスター・ナリアの字だ。
こちらの健康を心配している事、あちらは元気でやっている事。
パン屋さんのおじさんが会いたがっている事なんかが書かれていて、ちょっと嬉しくなった。
最後に締めの挨拶。それに、追伸。
『テスト勉強はちゃんとやってる?』
…………。
かんっぺきに忘れてた!
うそ、もうそんな時期だっけ!?
やっば。何にも勉強してないや……
そもそも勉強用の道具とか全部向こうに置きっぱなしだし。
「……リーザさん。私、しばらく里帰りします」
「なにかあったんですか?」
「学校の勉強、しなきゃ……」
やばい。まじで、やばい。
これ、今から間に合うかな。
「あー……その、頑張ってください」
「しばらく居ないんで、急ぎの用事があったら王城通してください」
「王城経由ですか……まあ、何も無いことを祈りましょう」
「んじゃ、行ってきます」
「はい。お気をつけて」
とにかく、帰るか。
高速の空の旅を終え、教会の裏に直接着陸。
キッチンを通って広間に行くと、シスター・ナリアが紅茶を飲んでいた。
「あら、おかえり。手紙は読んだ?」
「ただいま……読んだから帰ってきた」
「やっぱり忘れてたのね」
「うん。しばらくこっち居るわ」
「分かったわ。ゆっくりしていきなさい」
「ゆっくり……できるかなあ」
しばらく全く勉強してなかったからなー。
マジで。大丈夫だろうか。
……うん。まー、頑張ろ。
てな訳で。
帰省して一週間くらい、ほぼ勉強漬けの日々だった。
今も机に向かい、教科書見ながら格闘中である。
読み書きは出来る。簡単な計算も大丈夫。
問題は、魔法だ。
実技で全く点が取れないから、座学でその分を補わなきゃなんない。
……んだけど。
「だああ……ややこしい……」
そもそも、使えもしない魔法の理屈を分かれって方が無理があんだよね。
魔力を属性に変更して、それを魔法に変えるって基本は分かってんのよ。
でもその具体的な方法が意味分からん。
そもそも、魔力を属性に変更するって何よ。
どうやってやんのさ、そんな事。
さあ君もやってみよう、じゃねーわよ。
「うーだー。訳分からぬ……」
投げ出したい。放り投げてベッドに潜り込みたい。
けど、そういう訳にもいかないからなー……
くっそ。とりあえず、詰め込むしかないか。
現在時刻は夜十一時頃。
なんかもーあったま痛い…
いい加減寝なきゃなー。
ただ、寝ると間に合わない気がして嫌なんだよなー。
「んーにゅ……なんか食べるかな」
お腹すいてて勉強も寝るのも無理っぽいし。
軽く何か食べてから考えるかー。
この時間だし……作り置きしてる分を出そう。
確かまだ、干し芋とかあったはずだし。
キッチンに向かっていると、広間でシスター・ナリアが編み物をしていた。
あらま。こんな時間まで起きてんのかー。
「なに、まだ起きてんの?」
「オウカこそ。勉強?」
「んー。そんなとこー。頭煮詰まってきたわ」
「そう……ねえオウカ」
「ん? なーに?」
「王都での生活はどう? 楽しい?」
穏やかに微笑みながら、問いかけてくる。
いつもの、私の大好きな笑顔。
暖かくて安心出来る、そんな顔。
「……うん。まあ、楽しい、かな」
「なら良かったわ。でも何かあったら帰ってきなさいね」
「……ん。あんがと」
なんだか照れくさいので少し俯く。
いつでも私たちの事を考えてくれる。
それは、とても嬉しくって。
少しだけ。心が緩む。
そんな中。
「――警告:町門付近にアンデッドの群れです」
聞きなれたリングの声。
少し、いつもより緊迫してる気がする。
「……アンデッド? こんなところに? しかも、群れ?」
「――通常ではありえません:警戒を」
アンデッドは基本的に死んだ人間が魔物になったもの。
確かに、こんな普段から人通りも少ない町の付近で、群れになる程に大量発生するのはおかしい。
「あらまあ。なに、アンデッドが出たの?」
「なんか、町の外にいるっぽい。ちょっと行ってくるわ」
「そう。じゃあ私もいきましょうかね」
え。行くの? シスター・ナリアも?
「ほら、一応聖職者だからね」
「えーなに、祝詞でも唄うの?」
「いいえ。物理的に天に還してあげるのよ」
「……なるほど」
自分の背丈より大きな十字架型の戦鎚を担ぎ、にっこりと笑う。
こっわ。てか何気にめっちゃ力持ちだよね、この人。
さすが元冒険者だわ。
「……んじゃまあ、やろっかー」
「さあ、迷える魂を救いに行きましょうかね」
町門に向かうと、言われた通りアンデッドの群れ。
動く死体、ゾンビ。
死肉を喰らう、グール。
骨だけの姿の、スケルトン。
その団体さん。
うっわあ……グロい。
ていうか生々しい。
ちょっと勘弁願いたい相手だわ。
……まー。やるんだけどさ。
「リング」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
満月が照らす明るい夜を、桜色が彩る。
ざぁ、と風に舞い、まるで世界を埋め尽くすように。
「マップ出して」
「――展開します」
前方に広がる敵性を示す赤い光点。
五十は下らない。この数は異常だ。
まるで、戦争の後かの様だ。
「シスター・ナリア。どうする?」
「私は町を守りましょうか。オウカは奥をお願い」
「了解。無理はしないでね」
「あら。誰に向かって言ってるの? 私は戦槌のナリアよ?」
「……二つ名持ちだったのね。知らなかったわ」
「聞かれなかったからねえ……さ、やっちゃいましょうか」
言いながら、駆け出す。
巨大な戦鎚を持っているとは思えないほど、速い。
横薙ぎに振り回される十字架。
その一振りで、五体のアンデッドを押し潰した。
暴風のように振り回される鉄塊。
その度に敵が吹っ飛んでいく。
圧倒的な暴力。それが届かない距離で。
桜色を撒き散らし、地を走る。
そう言えば。
昔はよく訓練してもらったなと。
そんな事を思いながら、敵陣に突っ込む。
銃撃。意図も容易く貫通し、複数体を同時に屠る。
銃底。遠心力を使って打ち出し、的確に敵の真ん中を貫く。
蹴撃。加速を用いた横蹴りで、後ろの奴ごと吹き飛ばす。
一撃で何体か巻き込みながら、更に加速する。
全てを巻き込む嵐のような戦鎚、その範囲外を廻り、魔力光を舞わせる。
後ろには町がある。私の育った、故郷。
一体足りとも逃しはしない。こいつらは、此処で殲滅する。
鈍い攻撃を避け、近距離から射撃。
振り下ろされる剣。躱し、発砲。
回転、銃底を叩きつけ、怯んだ隙に頭を撃ち抜く。
「オウカ。奥に何か居るわね」
「見えてる。人間だと思うけど」
大量の敵。その先に光る、人を示す緑の光点。
「ネクロマンサーね。死霊術師がこんな田舎町にどんな御用かしら」
「さあ。とりあえず、聞いてくるわ」
「あらそう? じゃあ、私はここを守っておくわね」
「頼んだ。行ってくる」
爆発推進。超速で低空を突き進む。
さして時間もかからず、黒いフードの人影が迫る。
鬼気迫る表情。余裕のない、追い詰められた顔。
ひとまず、話を聞くか。
「何のつもり? この町を襲う理由なんて無いと思うけど」
「ヒ……ヒヒッ! お前! お前だよ! お前さえ殺せば、俺は助かるんだ!」
「……どういう事?」
「そうすれば俺はあいつから解放される! さあ、死ね!」
言葉と群がる死体。しかし、遅い。
跳躍、魔弾をばら撒き、制圧する。
話が通じない。先に戦力を削りきるか。
町の方を見ると、変わらず暴れているシスター・ナリアの姿。
私は、目の前の障害を取り除く。
魔力を銃口に圧縮。飛び跳ね、回転。
その勢いのまま、引き金を引く。
凝縮された桜色の一筋が、アンデッドの群れを薙ぎ払った。
眼前、敵性反応無し。
後方、ほぼ殲滅完了。
一旦戻り、残敵を駆逐する。
「アイツ、私が狙いみたい。ごめん」
「気にしなくていいわ。娘なんだから、親に迷惑かけなさい」
「……ありがとう」
息が合う。タイミングを計らずとも連携が取れる。
何をしたいのか分かるし、何をしたいのか分かってくれる。
久しぶりの共同作業。物騒だけど、どこか楽しさを感じる。
暴風に舞う木の葉のように、振り回される戦鎚の周りを飛び回る。
「これで、ラスト」
やがて最後の一体を片付け終わり、先程の男性の元へと向かう。
「さて。詳しい話を聞かせてもらおうか」
「くそ…!! なんで、なんなんだよお前ら!!」
「いや、それこっちのセリフなんだけど」
「次だ! 次、次こそ、必ず……!!」
懐から取り出した宝石を、地面に叩き付けた。
瞬間。眩い光が視界を阻む。
ぱしゅん、と聞き覚えのある音がして、気が付くと男の姿は消えていた。
……転移魔法? でも、確かそんな簡単に使えるものじゃない。
専用の魔法陣に上級の魔石が複数個必要だったはずだけど。
でもさっきの音は、確かに転移魔法のものだった。
「――残敵反応無し。殲滅を確認」
「なんなんだ、マジで」
「――不明。死霊魔術師である事は確かです」
あの男は誰なのか。
何故私を狙ったのか。
この町にいる時に来たのは偶然なのか。
それに、最後の転移魔法はなぜ使えたのか。
分からないことだらけだ。
思わずため息を吐いた。
サクラドライブを解除。
夜の空に仄かな薄紅色が散っていった。
「ほらほら、ため息は幸せが逃げるわよ」
「シスター・ナリア。あいつ、見覚えある?」
「いいえ。初対面ね」
「だよねー……なんかすっきりしないなー」
「そうねえ……でもそれより、気になることがあるんだけど」
「え、なに?」
「明日、というかもう今日だけど…テスト、大丈夫?」
「……。やっば」
とりあえず、帰って寝るか。
明日大丈夫かなー。





