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143話


 黒い英雄が、嗤う。

 黒髪の英雄が笑い返す。


「オウカちゃんっ!! ちょっと待っててくれるかなっ!!」

「あの、大丈夫ですか…?」

「大丈夫っ!! アタシは最強だからねっ!! それにっ!!」




「見ていてあまり気持ちいいもんじゃないからね」




 その言葉に、身が(すく)んだ。

 ゲルニカの時とは違う、怒りの込められた殺気。

 空気が張り詰められる。呼吸が重い。



「行くよっ!! せっつっなっ!! どらいぶっ!!」



 その声を置き去りにして。

 二人の姿が消えた。


「あ、ちょ……リング、ヘイムダル・バレット!!」

「――SoulShift_Model:Heimdall bullet. Ready?」

「Trigger!!」


 エイカさんの加護を借りて、ようやく姿を捉えられた。

 凄まじい勢いで攻め立てるレンジュさん。

 偽物が完全に受け手に回っている。


「うわ、すっご……」


 速いだけでは無く、上手い。

 体の使い方。力の流れ。

 研ぎ澄まされた技。

 相手の動きを読んで最低限の動作で躱す。

 隙を見逃さず、斬り込む。


 それはまるで、芸術のようだった。


 それに、この動き方。

 私の方に被害が無いように動いてくれてる。

 それだけの余裕があるんだ…



 でも……見た感じだけど。

 速さは、同じように見える。


 おかしい。今までの偽物はみんな、本物より弱かったはず。

 なんでコイツ、こんなに強いの?


「リング……アイツなんか変じゃない?」

「――敵後方より魔力バイパスの接続を確認:敵性個体に魔力が供給されています」

「え、どゆこと?」

「――敵の仲間によって:常に身体強化された状態です」

「……つまり、もう一人いるってこと?」

「――肯定」

 


「この感じっ!! 後ろのっ!! 出ておいでっ!!」



 いつの間にか間合いを離していたレンジュさんが、叫ぶ。

 すると。




 偽物の後ろから、するりと。

 真っ白な少女が、姿を現した。




 ドレスのような服も、長い髪も、そして、瞳も。

 彼女を形作る全てが、白い。




「いつ気付いたのですか?」

「途中でねっ!! 聞いてた話と違ったからっ!!」

「それだけですか? 根拠としては薄いかと思いますけれど」

「あとは勘かなっ!!」

「なるほど。それも反映すべきですね」

「……で、キミは誰かなっ!?」



「失礼致しました。改めて名乗らせて頂きますね。

 私はスクラップドールズ。Type-0【killing Abyss】シリーズの一つ。

 個体名称をセッカといいます。以降、お見知り置きを」



 優雅にスカートの裾を摘んで、貴族風のお辞儀をする少女。




 待て。今コイツ、何て言った?



「……タイプゼロ? それって……」

「貴女の妹です、愛しのお姉様。さあ、私と愛の巣へ帰りましょう」



 ………は?



「えーと。ごめん、頭が追いつかない」

「無理もないです。サーバーとの接続が切れていますので」

「なんかそこじゃない気がする……」



 妹? 愛しのお姉様?

 何言ってんだこの子。



「説明が必要ですか?」

「あーいや……なんとなくわかる。貴女は私の姉妹機なのね」

「正確には同型機となります。私の方が後に造られましたので、お姉様はお姉様なのです」



 Type-0【killing Abyss】

 試作機として造られた人造の英雄。やっぱり、私以外にも居たのか。

 でも。



「……貴女は、なんでその黒いのと一緒にいるの?」

「あら。お分かりにならないですか。それなら……Type-2、いいですよ」




「……え?」



 見えなかった。

 気がついたのは、止められた後。


 黒い偽物が私に斬りかかり、レンジュさんがそれを受けていた。

 

「おっとぉっ!? 速さがマシマシだねっ!?」

「リミッターを外しました。時間稼ぎにはなるかと」


 ゆっくりと、軽やかに、私に歩み寄る白い少女。

 まずい。何がまずいって、これ。



 こんな状況なのに、この子に危機感を抱けない。

 一緒に居るのが当たり前のような感覚。




 それはまるで、シスター・ナリアと一緒に居る時みたいな。




「ふ……ざ、けんなっ!! リング!!」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition!!」



 怒り。薄紅色を纏い、理解した。

 私はこの子と同型機。だけど。

 私の家族は、シスター・ナリアとチビ達だ。

 お前じゃない。そんな事は、認めない。




 人間と言って貰えた。

 娘だと言ってくれた。

 その想いを、踏みにじらせはしない。




「あら。お姉様の魔力光は綺麗な桜色なのですね。よくお似合いです」

「私を、姉と呼ぶな!」

「……残念です。和解出来るかと思ったですけれど」

「お前と話すことなんて、何もない!」

「本当に、残念です。ですが……仕方ないですね。今日のところさは帰るとしましょう」



 つい、と。後ろを向き、歩き去る。

 その途中。


「次にお会いする時は。考えが変わってることを望みます」


 歌うような声を残し、その姿は消え去った。




「とりあえずっ!! キミはおさらばだねっ!!」



 少女が消えると同時に斬り伏せられる偽英雄。

 やはり、泥のように溶け、やがて小さなカードだけが残った。


 戦意が途切れ、薄紅色が霧散する。



 ……なんなのよ、マジで。

 心が、モヤモヤする。


「オウカちゃんっ!! 大丈夫かなっ!?」

「……見ての通りです」

「あんまり大丈夫そうにはみえないけどもっ!!」

「大丈夫ですよ。怪我もないですし」

「うんにゃっ!! こっちだよっ!!」


 胸の中心を、トン、と指で押された。

 じんわりと、温かなものが広がってくる。

 この人は、ほんと……よく見てくれてるな。


「……ん。いま、大丈夫になりました」

「それは何よりかなっ!!」

「でも、セクハラです」

「それはないんじゃないかなっ!?」

「アレイさんに報告しときますね」

「いやマジで勘弁なんだけどっ!?」


 二人で帰りながら。

 私は、自然と笑うことが出来ていた。


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