139話
「やー。もーねー。最近、色々ありすぎてねー」
ぐでっと。テーブルに突っ伏して伸びてみる。
「お疲れ様。頑張ってるみたいね。噂はここにも届いてるわよ」
そんな私の頭を、シスターナリアが撫でてくれた。
優しい手つき。思わず眠くなる。
「あー。そうなんだー」
「それに、オウカ。かなり無茶してるみたいね?」
ぽんぽん、と頭を、軽く叩かれるわわ
それに合わせて起き上がると、シスターナリアは優しく微笑んでいた。
「いや、やりたくてやってる訳じゃないんだけどねー」
「……少しだけ、心配したりもするのよ?」
あ、困り顔になった。
んー。ちょっと申し訳ない気持ちになる。
「うん……ごめん。ありがと」
「それで、今日は泊まっていけるの?」
「ん。そのつもり。パン屋さんにも顔出したいし」
「そう。ゆっくりしていきなさい」
「そうするー」
気が抜けて、ゆるっと返事をする。
あー。何だかんだ、やっぱりここが一番落ち着くわ。
「とりあえずお昼ご飯ね。どうする?」
「んー。んじゃ、作ろっかな」
「そう。みんな喜ぶわね」
「そっかなー。ま、ちゃちゃっと作ってくるね」
いつもの、キッチンへ向かうと。
久しぶりなせいか、何だか少し新鮮な気がした。
時間が出来たので、久しぶりに帰省している。
シスター・ナリアはいつも通り、穏やかな笑顔で迎えてくれた。
何となく気恥しいけど、とても嬉しい。
帰ってきたんだなーと思える。
そんな、笑顔だった。
……しっかし。見た目の年齢、マジで変わんねーなー。
いま幾つくらいなんだろうな、あの人。
お昼ご飯の後、いつものパン屋さんに顔を出してみた。
「ども。お久しぶりです」
「オウカあぁぁぁ!!」
「そいやっ!」
抱きついてきた旦那さんをひらりと避け。
「ていっ!」
その旦那さんを、奥さんがフライパンでフルスイングした。
うわ。今、ごつん、って良い音がしたけど……
「……えっと、あの。今、角でしたよね?」
「大丈夫。この人、頑丈だから。それより、久しぶりね」
わお。スルーすんのか。さすがだな。
「はい。今日はパンを買いに来ました」
「あらあら。最近噂の英雄様がわざわざパンを買いに?」
「勘弁してくださいよ……それに、ここより美味しいパン屋は王都にもありませんし」
「嬉しいこと言ってくれるわね。じゃあ今日はサービス……」
「させませんからね? 今日こそは定価で払わせてもらいます」
ほんと、ありがたいんだけどさ。
そろそろ恩を返しきれないので、せめて普通に買わせて欲しい。
そもそも雇ってくれてたのも完全に好意だったし、お世話になりっぱなしだ。
「うーん。じゃあ、こういうのはどう? ちょっとお店を手伝ってくれたら、サービスしてあげる」
「それならまあ……でも、いいんですか?」
「今日は他の子達が休みだし、むしろちょうど良かったわ」
むむむ。さすが奥さん。やり手だな。
しゃーない。これで手を打とう。
「そゆ事なら喜んでお手伝いします。仕込みは終わってますよね?」
「そうね。売り子と商品の補充をお願いしようかしら」
「りょーかいです。んじゃ、着替えてきますね」
久しぶりに、見慣れたカウンターに立って売り子をさせてもらった。
そんなこんなでしばらく売り子をしていると、これまた見慣れた人がお店にやって来た。
「ありゃ、先生? どもです」
ここに居るってことは、今お昼休みなのかな。
「オウカさん。戻ってたんですか?」
「いらっしゃいませー。まー明日には帰っちゃいますけどね」
「なるほど。ではとりあえず、丸パンを三つお願いします」
相変わらず丸パン好きだなー。いつもこれだもんな。
「ところで、作り置きはありますか?」
「……は?」
なんだいきなり。
えーと。さっき見た感じだと、今並べてる分しか無いはず。
「いえ、たぶんあまり無いかと」
「それでしたら、在庫を確保して置くことをオススメします……では」
「えーと……まあ、奥さんに話しておきますねー」
今あった出来事を奥さんに話すと、慌てた様子で旦那さんを起こし、急いでパンを焼き始めてしまった。
……なんだ?
「やばいな。間に合うか?」
「量が量ですからね。でも、何とかしなきゃ。でしょ?」
「ああ、珍しくオウカに会える機会だからな。大切にしてやりたい」
「ならほら、口より手を動かして」
「そうだな。急ぐか」
そのまま売り子を続け、何人かのお客さんと談笑なんかしていると、見慣れた金髪がやってきた。
あれ、珍しいな。学校休んだのか?
「おい黒いの。黒パンを一つくれ」
「お、久しぶり。てか黒いのって呼ぶな。はいよ、黒パン」
「おう。最近、その……どうだ?」
「は? 何がよ」
「怪我とか、してないか?」
え。なんだコイツ、いきなり。
怪我の心配とか、私らそんな関係じゃなくね?
「あー……ついこないだ、右腕折ったわね」
「はあっ!? おま、大丈夫なのか!?」
「見ての通りよ、ほれ」
ぶんぶんと右手を振ってみせる。
しっかり治してもらったからね。
いやほんと、毎度お世話になりっぱなしだわ。
また今度治療院の手伝いにでも……おや?
何か。見慣れた顔の団体さんが、こっちに向かってきてるんだけど。
具体的には、学校で見かけた事ある奴らが。
てか今の時間って授業中じゃないの?
何してんだこいつら。
「黒パン一つくれ」
「こっちもだ。黒パン一つ」
「私は丸パンちょうだい」
「いや待てお前ら。何でいんの?」
言われた通りの商品を取り出しながら尋ねてみる。
「……通りすがりの客だよ」
「はあ? 授業は?」
「休みになった」
「……。休みに、なった?」
今日は休み、じゃなくて。いきなり休みになったってこと?
……いや、なんで? 何かあったのか?
「えーと。大丈夫なの、それ」
「ある意味、大丈夫じゃないな……」
「は? なんかあるなら手伝うけど?」
「いや、いい。ここでパンを売っててくれ。客が大勢来るからな」
いやちょっと、真面目に意味が分からない。
どゆこと? なんでお客さんが来るの?
「……え、いや、なに? なんかのイベントか?」
「ある意味、イベントだ。じゃあな」
「えーと……まいどー」
なんか良くわかんないけど…とりあえず、ここに居ればいいのか?
まーお客さんめっちゃ居るし、言われなくても売り子するけども。
こんな調子で、知った顔が次々とお店にやって来ては、何かのパンを一個だけ買っていった。
あれ、学校のメンツ全員じゃないか?
なんなんだ、ほんとに。
ふたたび、教会にて
「やー。もーねー。意味わかんないっての」
ぐでっとテーブルに突っ伏して伸びてみる。
「あらあら……オウカはその辺、昔から鈍い子だったからね」
そんな私の頭を、シスター・ナリアがが撫でてくれた。
やっぱり優しい手つきで、落ち着く。
「んー? 何がー?」
「いいえ……ほら、夕飯は私が作ったから、行きましょうか」
お。やった。何気に久しぶりだなー。
「あ、肉焼いた匂いがする。珍しいね」
「最近はオウカのおかげでかなり贅沢してるのよ?」
「そなんだー。そりゃ良かった」
頑張ってるかいがあるってもんだ。
みんなが幸せなら、私も幸せだ。
「毎食パンとお肉があるからね。みんなもう、張り切っちゃって大変よ?」
「そっかー。うん。美味しいは正義だからねー」
「オウカは変わらないわねえ」
「んー……まあ、ほら。私は、私だからね」
うん。この場所があるから、私は頑張れる。
今日も、明日も、もっと先でも。
私は私らしく、できると思う。
「ほら、はやく行こ!」
「はいはい。走らないの」
いつもありがとう。シスター・ナリア。





