134話
◆視点変更:カツラギアレイ◆
魔力の蒼と血の赤を撒き散らし、急制動を掛けながら飛ぶ。
不規則に動く俺を、アイシアの蛇腹剣が掠り、体の至る所を削いでいく。
深い傷ではない。けれど、浅くもない。
距離を詰めては離され。それを繰り返していた。
「くそったれ。キリがねぇ」
「あらあら。余裕がなさそうな顔ねぇ……くふ。もう逝っちゃいそうなのかしらぁ?」
「言ってろ、この変態が」
軽口を返すが、さて。どうしたもんか。
死角が無い。
こちらの魔力を探知しているのか、真後ろからの強襲も対応されてしまう。
近付いても右手の攻撃だけは避け、その他は受け止められる。
口調とは異なり、油断がない。面倒な相手だ。
元より、身体能力も魔力も大きな差がある。
基本スペックで見れば戦いにすらならない相手だ。
それでも今、俺が生きているのは、知識と経験。
それに何より、アガートラームのおかげだ。
瞬時に加減速を行えるバーニア、それと、あらゆる物を貫く鉄杭。
この二つだけが、俺に与えられた武器だ。
当たれば攻撃が通る。当たらなければ殺される。
命を天秤に掛けた分の悪い賭け。
しかし、俺にはそれしか無い。
だと言うのに。
賭けの舞台にすら乗らせてもらえない。
こちらの全てを対策しきった相手とは、久しぶりに戦う。
命のやり取りとなれば、初体験だ。
「大人しく喰らっとけ、悪霊が」
「くふ。ほら、もっと貴方を見せて。私の英雄、アレイ?」
「相変わらず話を聞かん奴だな」
話しながら隙を窺うも、微塵もその気配は無い。
長引くとそれだけ不利になる。
軽傷とは言え、こちらは傷を負っている。
それに、魔力残量も多くはない。
どこかで無理矢理突っ込むしかない。
しかし。
「ほらほらぁ。おいでなさい? 愛しい人、アレイ?」
赤い三日月のように、嗤う。
相変わらず、怖ぇ笑い方しやがる。
逃げたい。帰りたい。勝てる気がしない。
そもそも戦いなんて、俺には向いていない。
臆病で、優柔不断で、どうしようも無い人間だ。
それなのに、戦いは俺を逃がしはしない。
どうやら世界は、俺のことが嫌いらしい。
そんな馬鹿な事を考えていると。
不意に後ろから聞こえてきた、空気の抜けるような独特な音。
転移魔法の移動音。
まさか。
「あ。おーい、アレイさ……ん?」
手を振る途中で固まるオウカちゃん。その後ろに、楓たちの姿。
くそ。あっちはもう終わったのか。最悪だ。
「あら。アナタ、アレイのお友達かしら?」
麗しき魔人は、赤い三日月のように嗤う。
「アナタは、どんな声で鳴いてくれるのかしらねぇ?」
◆視点変更:オウカ◆
手を上げた体制で、固まってしまった。
その女の人の笑顔を見た瞬間。
ぞくり、と。悪寒が走った。
ヤバい。この人、怖い。
この人多分、笑いながら人を殺せる。
「ツカサ!! 他の奴らを守れ!!」
「…わかってる。こっちは任せて」
「アイシア!! お前の相手は俺だ!!」
黒いドレスの魔人が、嗤う。
「くふ。くふふ。あらアレイ? さっきより必死ねぇ?」
「くそったれ!! めんどくせぇな、お前は!!」
「アレイが私だけを見てくれるならぁ……手は出さないわよ?」
「言われなくても、お前を撃ち抜くのは俺だ!!」
雄叫びを上げ、突貫する。
不規則に、ジグザグに。
やがて、近接。
しかし、アレイさんの右腕の攻撃だけ。
他の箇所の攻撃は受けながら、アガートラームの攻撃だけは全て避けられ、蹴り飛ばされて間合いを離される。
「ぐっ……!!」
「あらぁ。残念残念」
脚甲で地面を削りながら地を滑る。
「ちょ……あれ、大丈夫なんですか?」
「…かなり不味い。対策されてる」
「元々強襲が出来ないとアレイが不利だからねっ!!」
「いやそれダメじゃないですか!!」
いやいや!? 見てる場合じゃないよね!?
「…でも、アイツだけはどうしようも無い」
「は? え、ツカサさんでも?」
「…アレイさん以外、アイツに触れる事が出来ないんだ」
「あっちからは触れるんだけどねっ!!」
レンジュさんが言いながら、物凄い勢いで石を投げつける。
そのままアイシアの体をすり抜け、背後の木にめり込んだ。
え、なにそれ。ずるい。
てか、何で? 炎の精霊も殴り飛ばしたツカサさんでも無理なの?
「…アイツは虚ろなんだ。精霊と違って、この世界に実態が無い。
…『神造鉄杭』の加護を受けたアレイさんの攻撃しか、通らない」
「……なるほど。幽霊みたいなもんですかね?」
「…大体合ってる。と思う」
ついにお化けが出てきたか。
てかどうしよう。このままだと、アレイさんが…ゝ
……ん。いや、待てよ。アレイさん?
アガートラーム。
女神様から貰った『意志を貫く力』
神の造りし鉄杭。
それは。もしかして。
「……試す価値は、あるか?」
どうだろう。分からない。
全く意味が無いかもしれない。
アレイさんが苦戦する相手だ。
下手をしたら、死ぬかもしれない。
あの日の銀光が頭を過ぎる。
怖い。あの瞳。殺意の籠った眼差しが、怖い。
身体が竦む。心が凍る。
でも……やらないで後悔するよりは。
やって後悔、したい。
「……リング」
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition」
私に勇気をくれる桜色。
いつもの、私を彩る薄紅色。
「ソウルシフト、ヴァンガード」
「――SoulShift_Model:Vanguard. Ready?」
「Trigger…リング、ちょっと地獄まで付き合って」
「――OK. My Master.Sakura-Drive:Limiter release. Ready.」
「Exist」
桜は燃え尽き、焔と変わる。
私の命の燃える色。覚悟を現す紅蓮の形。
「……うん。レンジュさん。ツカサさん。カエデさん。エイカさん」
「オウカちゃんっ!? 何してんのかなっ!?」
「ちょっと、行ってきますね」
アレイさんが手を焼く相手だ。まともに行ってどうにかなるとは思えない。
ならば。
「リング。ソウルシフト、アガートラーム」
「――OK. SoulShift_Model:Agatram.
――Start all boosters.
――Agartram Pseudo expansion」
右腕を覆うように現れる、深紅の手甲。その中央から張り出している、炎のような突起。
焔色のアガートラーム。
「さすがだ、相棒」
後は、特攻あるのみ。
守りたいものがあって。
戦える力があって。
でも、戦う義務はない。
知ったことか。
「町娘、舐めるなあぁぁぁぁあ!!」
突貫。
嗤う三日月。
獲物を狙うような眼差し。
襲いかかってくる鞭のような剣。
速度は落とせない。
回転。頬を掠らせ、避ける。
加速。加速。加速。
上下も左右も分からない。
けれど。
美しき黒の魔人。
その、胸元目掛けて。
突き進む事は出来る。
「――Code: Inferno whowling... Ready Over.」
「穿けええぇぇええ!!」
がたつく視界に狙いが逸れ。
胸元ではなく、その右肩を撃ち抜いた。
反動。想像を絶する衝撃が走り、右腕が、折れた。
勢いのまま吹っ飛び、そのまま木々の枝を折りながら突き進む。
その、回る世界の中。
「感謝するよ、英雄」
アレイさんの声と。
ーーー『装填』
ーーー『神造鉄杭 : 全魔力圧縮完了』
ーーー『神穿鉄杭 : Ready?』
リングに似た声が聞こえてきた。
私の作った隙に対して、英雄の行動は速かった。
他には目もくれず、ただ一心でアイシアに向かって飛び。
『神造鉄杭』を、突き付けた。
「じゃあな、アイシア」
いつか聞いた、魔王殺しの轟音は。
魔人の胸を貫き、その核を粉砕した。
そして、そこまで見届けてから、私は全魔力が尽きた。
暗転。





