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123話


「オウカさん。そろそろ私も我慢の限界なのですが…」

「いやほんと待ってください。マジで知らなかったんですって」

「しかし、事の発端はオウカさんですよね?」

「私が関わったのは最初だけです。しかも聞いてた話とだいぶ違いますし」


 まじで。イグニスさん、何やらかしてくれてんのよ。


「……だとしてもです。わざとでは無いにせよ、国を巻き込んだ事業ですよ? どれだけ仕事が増えることか……」

「いや、うん。なんかごめんなさい」

「そもそもですね、毎度毎度、何故あんな頻度で問題を起こすのですか?

 普通に生活していればあのような事はないと思うのですが」

「あー……それに関しても、ごめんなさい」



 王城のカノンさんの部屋にて。

 お説教は一時間に渡って行われた。

 その間ずっと正座である。

 さすがに足の感覚無くなったわ。



「……それで、その。大丈夫なんですか?」

「いえ、足がヤバいです」

「そちらではなく……先日の件です」

「……えーと?なんでしたっけ」

「人に襲われたと聞きましたが……」

「あー……はい。ぶっちゃけ、怖かったです」


 サクラドライブがきれた状態だった。

 普通の町娘にとって、誰かに殺意を向けられることは、これまでに無い恐怖だった。

 あの時の銀光は、忘れることができない。


 いま、私が笑っていられるのは。

 表に出ないよう、隠しているからにすぎない。


「まーでも、大丈夫ですよ。ある意味慣れてますし」


 命を狙われること。

 命をやり取りすること。

 それが魔物か人間か。その違いでしかない。


「貴女は……そうやっていつも、隠してしまうのですね」

「……さあ。なんの事やらですけど」

「貴女は強いです。けれど、強いだけではないですよね。

 いつでも怯え、恐怖している。私はその姿を目撃しています。

 貴女は……オウカさんは、冒険者を辞めるつもりは無いのですか?」 



 ……その想いが無かったとは、言えない。

 日常は尊いものだ。今でも教会に帰って、元の生活に戻りたいと思うことはある。

 チビたちの世話をして、パン屋さんで働き、学校に通い。

 そして教会で、ただいまを言う。

 そんな、穏やかで幸せな日々に戻りたいと、思う時は確かにある。

 けれども。



「私にしか出来ない事がある以上、私はこの生き方を続けます」

「……そうですか。オウカさんは、お兄様に似ていますね」

「え。そんなに似てますか?」

「そうですね……お兄様は元々、優しくて、優柔不断な人でした。

 いつも周りに気を配って、トラブルが起きないよう立ち回る。

 そんな人だったんですよ」

「……うーん。そうは見えないんですけど」


 確かに、アレイさんは優しい人だ。

 一緒に居るとなんか安心出来る。


 でも、やると決めたら止まらない。

 リーダーとして仲間を守り、導き、そして魔王を倒した英雄。

 そんな人だと思ってたんだけど。


「それはですね。お兄様が女神様に願ったのが『意志を貫く力』だからです。

 強力な武器でも、人智を超える魔法でも、自身を守る盾でも無く。

 ただ、魔王を倒す。その意志を持ち続けるというだけの加護でした」

「……は? え、じゃあ『神造鉄杭(アガートラーム)』は?」

「女神様、みんなの願いをかなり曲解してましたからね。あんな調子の方なので。

 言ってみれば、物理的に意志を貫く力、でしょうね」

「なにそれこわい」


 曲解にも程があるでしょ、クラウディアさん。

 

「元の願いも加護として与えられています。そのせいで、お兄様は今のような方になったんです」

「ほえー……なんか、すごい話ですね、それ」

「お兄様はいつも言ってましたよ。

 戦うのは怖い、死ぬのは怖い。だけど、引けない理由がある、と」

「……なるほど」


 確かに、ちょっと似てるかも。

 いや、私はドラゴンに特攻なんてしないけどさ。


「まあ、恋愛感情を向けられる事に鈍いのは元からですけれど」

「……あの。前から聞きたかったんですけど。カノンさんって、アレイさんの事、どんな感じで好きなんですか?」

「どんな感じ、とは?」

「や、実際のところ、家族として好きなんですよね?」

「あら。おかしな事を聞くんですね」


 カノンさんは穏やかに微笑み。




「そんな区分けに意味などありません。

 恋人も、夫婦も、兄妹も、友人も、親子も。

 どんな関係でも、二人揃えば大抵事足りるものです。

 お兄様と私がいれば、それで問題ありません。

 私がお兄様を愛している。それだけが事実です」




 だいぶ意味のわからない事を言い出した。

 うわ、目から光が消えてんだけど。


「……ソウデスカー」

「ちなみにオウカさんは、お兄様の事を」

「尊敬できる人ですが恋愛対象にはなりません」

「……そうですか。それはそれで複雑ですが」


 どうしろと。

 うーん。ただのブラコンなのかなーとか思ってたんだけど……

 違う。これ、マジなやつだ。


「でも、この国だと兄妹は結婚出来ませんよね?」

「今、法律を変えようとしているところです。既に何名かの貴族からは直接話して同意を頂いています」


 うわあ。なんて言うかもう……うわあ。

 そうだった。この人、実質的に一人で国を運営してる方だったわ。

 ちょっと……いや、かなりヤバい気がするんだけど。

 大丈夫かな、この国。


「あとついでに多夫多妻制度を設けるつもりです」

「……うん? 何でです?」

「私はお兄様が居ればそれで良いですが、他の方もお兄様を愛してしまうと思うんです。あれだけ素敵な人なので……

 ですから多夫多妻にしないと、殺し合いになってしまいますし」

「いや待って。頭が追いつきません」


 何言ってんだこの人。


「えーと。つまり、アレイさんの為に多夫多妻制度を作るんですか?」

「そうですね」

「それって職権乱用ってやつでは?」

「ふふ。この国では私がルールです」


 うわ。この人が言うとシャレになんないんだけど。


「冗談ですよ。半分くらい」

「……残り半分は?」

「それは……ね?」


 にこりと。聖母のように微笑むカノンさん。

 改めて怖いんだけどこの人。

 兄妹揃ってブレーキぶっ壊れてんじゃん。


「……まーその、頑張ってください」

「…………ちなみに同性間の結婚も出来るよう手配しています」

「まって。それは辞めてください。私の貞操がピンチです」


 レンジュさんとか、レンジュさんとか、レンジュさんとか。

 あの人はあの人で、ガチか悪ふざけか分からないとこあるんだって!


「まあそこは仕方ないと諦めてください。手続きには騎士団長の署名も必要だったので」

「え、待って、レンジュさんの要望なんですかそれ」

「……ナイショ、です」



 口の前に人差し指を立て、イタズラな顔で笑う。

 ……あーもー。可愛いなチクショウ。

 私の負けでいいです。


 とりあえず、頑張ってください、貴族様。

 私が言っても無駄っぽいので。


「と言うか、オウカさんは気になる方とかいないんですか?」

「え? あー。んー……どですかね?そこんとこ良く分かんないんですよね」


 そもそも、恋愛がどんなものかイマイチ分かんない。

 ただ一緒に居たいだけってのは恋愛じゃないだろうし。

 今度じっくり考えてみっかなー。


「……まあとりあえず。カノンさんは美人で可愛いと思いますよ?」

「う……その、ありがとう、ございます」

「にひ。そゆとこです」


 よく分からんけど、とりあえず。

 可愛いものは好きだって事に違いはないと思う。


 しばらくの間。アレイさんが様子を見に来るまで、ひたすらカノンを褒めては照れさせて楽しんだ。

 いやー……半泣きで照れてるカノンさん、眼福でした。


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