100話
ただひたすらに腕を振るう。
一切の邪念を捨て、望む物を形とする為に。
そこにあるのは強い意志と、使命感。
目指すは至高の一品。
つまり、炒め物なう。
最近バタバタしすぎて考えることに疲れたので、久々にオウカ食堂のキッチンで新メニュー作りなんてやっている。
とりあえず、酢豚とチャーハン、それに簡単な野菜スープ。
そこそこ手軽に作れてレシピも簡単。
お店の子達にも作りやすいように、希望者を集めて料理会のようなものを開いている次第だ。
「うし、こんなもんかな」
「うわぁ……あっという間に作っちゃいましたねー」
「こんなもん、慣れよ慣れ。それよりも、みんな作れそう?」
後ろでメモを取っている皆に声をかけると、一斉に頷かれた。
うむ。良き良き。
「これなら大丈夫だと思います。でもスープはどうやって売るんですか?」
「そこは大丈夫。ほら」
「これは……銅製の筒ですか?」
「そそ。前から職人さんに頼んでたやつ」
カノンさんに聞いた異世界の品物を再現してもらった物だ。
元ネタは缶ジュースと言うらしい。
とりあえず、同じのを五百個用意してもらっている。
この銅製の筒ならスープを一人前ずつ売れるし、二回目以降は容器を持ってきたら割引をつける。
そうする事でゴミを減らすことが出来るし、こちらも容器を再利用できるので費用が浮くという二度美味しい仕様だ。
「なるほど……すごいですね」
「英雄のアイデアだからねー。それで、いつからお店に出そっか」
「これなら一週間後には大丈夫だと思いますよ」
え。まじか。早過ぎないか?
「みんな、慣れてきましたからね」
「さっすが。毎晩練習会してるだけあるね」
「う……最近は控えてはいます」
「その辺りはまあ、今度じっくり話そうか」
この調子だとまたお説教かな。
うーん。ほんと、働きすぎるのはどうにかしないとなー。
サボられるよりは余程いいけど、体を壊さないか心配だ。
「んじゃそこは任せるとして、お菓子屋の方はどう?」
「順調ですね。すぐにとは言いませんが、店ができる頃には調理も接客も問題ないと思います」
さすがフローラちゃん。頼りになるわー。
「……てかさ、もうフローラちゃんが運営していいんじゃない?」
「私はあくまで店長代理です。と言うか、いい加減キッチンに紛れ込むのは辞めてください。
あれ結構心臓に悪いです」
「えー。だって、みんなで作ると楽しいし」
「……まったくこの人は」
頭痛を抑えるように額に手を当てて唸るフローラちゃん。
うん。なんか、ゴメンね。でも楽しいんだもん。
「まーとりあえず、そんな感じで」
「はぁ……分かりました。とりあえずレシピ書き出してみんなと共有しておきます。
そう言えば、評判を聞いたアスーラとビストールの冒険者ギルドから支店を出してほいしと要望がありましたよ」
うわ。いつか来るかもとは思ってたけど、ついに来たか。
「どうします? 一応何人か人員は回せますけど」
「うーん。そうだなー」
どうしたものかなーこれ。
支店を出すこと自体はまだいいんだけど、私が常駐する訳にもいかないし。
なにか問題が起こった時に対処できる人がいればいいんだけど、そもそもうちの店って大人いないしな。
「とりあえず保留かなー。てか、ついに私じゃなくてフローラちゃんに連絡が行くようになったか」
「オウカさん、よく街から離れてますからね」
「んー。もうちょい落ち着いたら何とかなりそうなんだけどねー」
現状、調味料の仕入れとかは現場調達だし。その辺がどうにかなるならなー。
それに責任者とかの問題もあるしなー。
……ん? 待てよ? アスーラと、ビストール?
「……あ。何とかなるかもしんない」
両方の問題点、解決できるかも。
「ふむ。私、ちょっと出てくるね」
「行ったそばからこれですか……」
「ごめん、あとは任せた」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
さて。まずはビストールかな。
∞∞∞∞
ビストール。またの名をモフモフの街。私の癒しスポットでもある。
でも今日は別件だ。冒険者ギルドで所在を聞いて、その足で尋ねてみた。
「てな訳なんですけど。イグニスさん、お願いできませんか?」
「ふむ。吾輩も研究が一段落したところであるし、時間は作れるが」
「ちなみに料理経験は?」
「調理と魔導学は似通ったところがあるのでな。嗜み程度には行えるのである」
「おー。さすがです」
なんでも出来そうだなって思ってたら、やっぱり出来るのか。
「まあ、承った。流通の件にしても引き受けよう。自走式長距離運搬ゴーレム君二号を先日開発したばかりでな。
量産すれば街と街との流通も容易いことである」
「おー。さっすが元四天王」
「……できればその名で呼んで欲しくはないのだがな」
苦笑するイグニスさん。
元四天王、マイスターと呼ばれた魔族のおじ様。
ゴーレム造りの第一人者でもある彼との話し合いは上手いこといった。
引き受けてくれるか微妙なところだったんだけど……うん。何とかなったな。
「んじゃレシピ置いていきますね。人員や店舗なんかは私の方から冒険者ギルドに依頼しておきます」
「待たれよ。人員に関しては吾輩に心当たりがある」
「あれ、そうなんですか?」
へー。イグニスさん、そんなに顔広いんだ。
まだこっち来たばかりなのに、すごいな。
「今回の件を引き受けた理由の一つでな。吾輩のようにゲルニカからこちらに移り住んだ魔族がいるのであるが……
生活していく上で中々難しい所がある故、職場を探していたところなのである」
「あー。まだ戦争の記憶がありますもんね」
魔族。魔王国ゲルニカに住む、青い肌の人達。
数年前までユークリアと戦争をしていた国だ。
やっぱりお互いに遺恨があったりするのだろう。
でも、王都は無理でも、亜人の多いビストールではそこそこ受け入れられているところがある。
元々魔族も含めて色んな種族が入り交じっている街だし。
「わかりました。そっちはお任せします」
「助かる。では、すまぬが建築の方は任せたのである」
「頼んでるのはこっちなんですけど……まあ、ギルドに依頼だしときますねー」
これでビストールと流通の件は片付いた。
帰り際に冒険者ギルドに寄って、建築依頼を出した後、こんどはアスーラにひとっ飛び。
次はもちろん、あの人だ。
∞∞∞∞
港街アスーラ。潮の香りと喧騒に包まれた、主に魚介類を買いに来る街だ。
こっちに関しても今日は別件だけど。
「ハルカさん、こんにちは」
「あら、いらっしゃい。遊びに来てくれたの?」
「や、今日はお願いがあって来ました」
「私にお願い……? とりあえず中へどうぞ」
「お邪魔しまーす。あ、手土産にお菓子もってきました。お店の商品ですけど」
「まあ、ありがとう。お茶を淹れるわね」
相変わらず、ほんわかした感じの人だ。
髪や瞳の色が違ったらどこにでもいる優しいお姉さんにしか見えない。
ハヤトさんと並んで十英雄の常識担当だと思う。
お店のことを任せるには持ってこいの人だ。
「……て事で、ハルカさんにアスーラ支店のことをお願いしたいんですけど」
「んー……お話はわかったんだけど、私にできるかしら?」
「逆にハルカさんができないなら、誰もできないと思います」
『終焉の担い手』と名付けられた彼女の加護は、あらゆるものを解体できる能力だ。
召喚前の世界でも料理屋をやってたらしいし、適任だと思う。
「私としては是非引き受けて欲しいんですけど。どですかね?」
「うーん……そうねえ」
立ち上がり、窓の外を見つめる。
そこには、戦争で亡くなった前騎士団長のオーエンさんを始めとした、多くの人たちの墓標がある。
彼女がこの街にいる理由。英雄である事を捨てた理由。
墓守。以前、ハルカさんは自分の事をそう呼んでいた。
けれど、亡くなった人を思い続けるだけの日々は、私としては何だか寂しさを感じる。
この人は今を生きるべきだと、勝手ながらにそう思ってしまう。
「まあ、いい機会かもね。私もそろそろ、前を向いた方が良いのかもしれない」
「わ。ありがとうございます」
「但し、お墓のお世話もしなきゃならないから、兼業になっちゃうけど……」
「構いません。むしろ休みの日はちゃんと休んでもらった方が落ち着きます。王都の子はワーカーホリック気味なので……」
まーじで。あれ何とかならないかなー。
普通逆じゃないか?
「あらあら。苦労してるのねえ」
「まあ、そこそこに……」
その後、グチを聞いてもらいながら談笑して、夕方に食材の買い出しを済ませて王都に帰り着いた。
∞∞∞∞
で、ことの次第をフローラちゃんに話すと、なんか怒られた。
「オウカさん……魔王軍四天王と英雄をなんだと思ってるんですか」
「えっと……私的には優しい知り合い、みたいな」
「これ、カノンさんが聞いたらまた呼び出しかかりますよ?」
「あー。うーん、それはちょっと勘弁してほしいかも」
「だったらもう少し自重してください…私も頭痛がしてきました」
「あはは……なんか、ゴメンね」
こうして、アスーラとビストールにオウカ食堂が開かれる運びとなった。まる。
……まーとりあえず、支店を出すことは良しとしよう。
戦災孤児の子も仕事に就ける訳だし。何より、美味しいは正義だ。





