2、色落ちのリスクがあるので壺(骨董品)のお手入れに漂白剤はいかんですよ
「そう警戒するんじゃないよ。なぁに、懐かしい魔力を感じたからちょいと声をかけただけさね」
「それは大変失礼した。して、父とはどういったご関係で?」
「大したもんじゃないよ。大昔に今で言う所の合コンをしてね。幹事としてアンタの母親を数合わせに誘っただけの単なる知人さね」
いや結構な事しとるがなーー!?
え、もしこの人が合コンに母上を誘わなかったら父上と出会わなかったかもしれないって事?
俺が生まれない可能性もあったとか考えるとゾッとするんだけど!
「その話が事実なら俺誕生にまつわる重要人物という事になるな……よし。価格にもよるが壺かブレスレット、いずれかの購入を検討しよう」
「いやさっきから占い師への偏見が凄くないかい!? どんだけ壺の押し売り詐欺を警戒してるんだい!」
俺なりの純粋な感謝の感情は三分の一も伝わらず。
何故か老婆は頭を抱えて溜め息を吐いた。
「全く……こんなふざけた小僧がいっちょ前に二代目とは世も末だねぇ。城の方は放っておいて良いのかい?」
「いやいや、もう俺は引退したからな。今は三代目の平凡太が政権握ってるぞ」
「……はぁぁ~……やはりあの噂は本当だったかい。この道楽息子が」
どうやら俺の引退の報は耳に入っていたらしい。
あからさまに肩を落とす老婆の姿には同情心がくすぐられるが、俺にだって言い分はある。
「別に遊び歩いてる訳では無いぞ。これでもマイホームを目標に掲げて日々堅実に働いているんだからな」
「ふぇっふぇっふぇ。立派な城があるのにマイホームを求めるとは強欲だねぇ。……まぁ良いさ。アタシも他人をどうこう言えたもんじゃないしねぇ」
老婆はどこか自嘲気味に喉を鳴らすと水晶玉を静かに撫でた。
「これも何かの縁だ。特別に半額の二千エーヌで占ってやるよ」
「ほぅ? ウィッチの占いでその価格なら結構良心的かもな」
折角の機会だ。
この厚意は素直に受け取っておこう。
水晶玉の中で仄暗いモヤが渦巻くのが見える。
それが彼女の目にどう映っているのかは俺には分からない。
「ふぇっふぇっふぇ、見えてきたね」
「あ、悲惨な未来の予言だったら良い感じに濁す感じでヨロ」
「お黙り小僧。フム……これは忘れ物の兆しだね。……黄金色に輝く紙切れのイメージが見えるよ。細かい字が書かれているみたいだが……」
何だそりゃ?
全く心当たりがない件。
首を傾げる俺に構わず彼女の話は続く。
「紙切れ自体は薄い橙色かね。文字は数字のようだが……最近疲れ目のせいか、どうも近くの字が読みにくくて困るよ。全く、これだから疲れ目は嫌だね」
「頑なに老眼と認めない姿勢、嫌いではない。だがな、俺は依頼書と日記以外の紙なんて触った事…………あ」
その時魔王の頭に衝撃走るッ!
──これはねぇ、最近王都周辺で流行っている『夢くじ』っていうのよ。
──八桁の番号の紙を買ってね、当選したらお金が貰えるのよ。当選番号はいくつかあって、前後賞なんてのもあるわ。皆大金の夢を求めて買ってくって訳。
『連番下さい』
『連番下さい』……
『連番下さい』…………(エコー)
心当たりあったわーー!!
(※5章、3話参照)
夢くじとか懐かしい事山の如しだろ!
財布の内ポケットに入れたまますっかり忘れてたわ!
普段使わないポケットあるあるで困る。
弾けるように財布を確認すると、確かにコレカラ町で購入した夢くじが十枚入っていた。
どうやら当選発表日は半月前だったようだ。
「換金は当選発表から一ヶ月以内……? あっぶな!」
確か前後賞合わせたら二億エーヌだったか。
これで忘れたままだったら一万エーヌ無駄にしたも同然であった。
そうと分かればこうしちゃいられない。
「有意義な占い感謝する。そしてすまんが俺はもう行くぞ。やるべき事を思い出したのでな」
「そうかい。まぁ占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦。あまり過信はしない事だね」
「いや、今回ばかりは信じる。信じるぞ俺は!」
「アタシが言うのも何だが、変な勧誘や詐欺に引っかかる典型例みたいな奴だねぇ」
老婆の白けた視線など痛くも痒くもない。
だって当たれば億万長者である。
俺が信じずして誰が信じる?
金運の女神はいつだって信じる者にヴェーゼするのさ。
老婆に代金を支払い礼を告げた俺は、コエダを落とさないよう気をつけながら夢くじ売り場を探した。
購入時に「王都周辺で流行っている」と言っていたし、きっとこのヤット港にも支店がある筈である。
そんな俺の勘は見事に当たった。
「たのもーっ!!」
「道場破り!?」
両手を上げて驚く夢くじ売り場の女性に、俺は意気揚々と夢くじを突きつけた。
「当選してるかどうか確認をお願いしたい!」
「あ、あぁ……かしこまりました。只今確認致しますね」
「よろしくお願いしまぁぁーーーっす!」
売り場の女性が「何コイツ」みたいな顔をしている気もするが、きっと気のせいだろう。
ソワソワと待機する俺の視線を一身に受けつつ、彼女はペラ、ペラ、と丁寧にくじを確認していく。
頼む頼む頼む頼む頼む。
当たれ当たれ当たれ当たれ!
もし当たったら100エーヌあげます神様。
もし当たったら一日一善どころか三善目指します、父上母上ご先祖様。
……やたらと念入りに確認されている気がする。
一秒が一分のような心持ちで落ち着かない。
お願い当たれ、当たってくれ俺の二億エーヌ!
「大変お待たせ致しました」
「一等か!? それとも二等か!? 三等……いや、最悪六等でも良いぞ!」
「え、あ……いえ……えっと……」
思わず食い気味に詰め寄れば、女性は苦笑しながら夢くじを返してきた。
「その、今仰られた賞は全て外れております……」
「ファッ?」
【俺氏、無事爆散の巻】
ショックで言葉も出ないでござる。
敗北したギャンブラーよろしく真っ白に燃え尽きていると、女性は慌てた様子で「ですが!」と言葉を紡いだ。
「おめでとうございます。ゾロ目賞の555万エーヌ、ご当選です!」
女性が示す一枚のくじに目が点になる。
ゾロ……目……?
え?
「…………………え?」
どえぇ~~~~っ!?
◇
「……と、いう訳だよグルえもん」
「グルオです。話は分かりました。やはり魔王様は持っているお方なんですね」
夜の宿屋にて。
俺は混乱冷めやらぬままグルオに全てを打ち明けた。
だってまさか本当に金運の女神がヴェーゼぶちかましてくれるなんて思わないじゃん?
今年一番ビックリした。
「金額が大きい故、換金手続きは明日の午後以降になるらしい」
「それは仕方ないですね。では明日の出立は明後日に延期としましょう」
カロンとエーヒアスへの説明は後でするとして、本題はここからである。
「で……だ。そんな大金を持って歩いて、もしウッカリ失くしでもしたら一生引きずる自信しかない。だからグルオ、すまないが半額お前に預けておきたい」
数十万でも持ち歩く事に抵抗がある庶民派な俺には荷が重すぎる額なんだから仕方がない。
俺の必死の頼み込みに、グルオは眉をひそめながらも了承してくれた。
「今まで貯めた資金も合わせると私の方こそ荷が重い額ですが……まぁ構いませんよ」
「いや分かる! 凄い分かる! けどありがとうグルバンク!」
流石、安心と信頼の歩く金庫マンだ。面構えが違う。
万が一グルオが財布を落としたとしても、失う物は父上の形見の売却金と国王を始めとした多額の依頼料、お掃除講習や城の清掃で稼いだ大金くらいである。
そこまで責めないようにするとこの黒角に誓おう。
「よっ! 歩く身代金!」
「それ何一つ褒められてませんが、資金はお守りしますよ」
その言葉が変な伏線にならない事を祈る。
こうして我々は、もう一日だけヤット港に滞在する事が決まったのだった。
翌日。
くじを紛失しないようギンギラギンに激しく気を張った甲斐もあり、午後一番で無事に換金する事が出来た。
よしよし、ここまでは百点だな。
俺は震えそうになる手で自身の圧縮魔法ポーチに280万エーヌをしまう。
こんな大金がポケットマネーになる日が来るとは思わなんだ。
大事にしつつ、可能な限り普段は忘れておこう。
275万エーヌを圧縮魔法鞄にしまうグルオを見届けた所で、俺はようやくひと心地つく事ができた。
周囲に人の気配は無い。
売り場の女性や換金に関わったスタッフ以外からの情報漏洩のリスクは限りなく低い筈である。
「落とすなよ、絶対落とすなよ?」
「だからそういう振りは止めろ下さい定期」
知らんのか。
お約束は繰り返さないとお約束として成立しないんだぜ。
「やれやれ……また一歩夢に近付いちまったな」
「声が裏返ってます、魔王様」
家臣の無粋なツッコミに応える余裕など、今の俺には無いのであった。




