1、綺麗好きなら人間関係も美しく
──トチュー大陸、イヨイヨ漁港。
漁業が盛んなこの港は豊富な海産物で有名です。
また、イヨイヨ町は海の男達が水揚げした海産物と町の半数を占めるギルドの働きによって財をなす、活気溢れる港町です。
「……と、ガイドブックに書いてあります」
「あっそう……その情報、今いる?」
「ふぅぅ……まだ少し辛いですぅ……」
今しがた、俺達はイヨイヨ漁港に到着した。
地面に足が着く喜び、半端ないって。
あんなに不快だったベタベタ潮風すら気持ちよく感じる位だ。
「では魔王様、私は休める宿を探して参ります。魔王様はカロンとここで大人しく待っていて下さい」
「すまぬ」
あらほらさっさと行ってしまうグルオを見送りながら、俺達はグッタリと波止場の近くにあるベンチに腰かけた。
勿論ベンチには直に座らず布を敷いている。
準備は万端だ。
「先生は元気ですね、マオーさん……」
「あいつのステータスはどうなっているのだろうな、カロン……」
周りは漁港というだけあって漁船が多く、漁師らしき男達もそこかしこにいる。
生臭さや磯臭さはあるものの、この三日間で大分鍛えられた俺には匂い位どうという事はない。
「ふふふ、俺も強くなったものだ」
「え、船酔いしてただけでレベル上がったんですか?」
どこかずれた事を言うカロンに、そういえばまだ彼女についての詳しい話をしていなかった事に気付く。
俺は忙しなく働く海の男達をぼんやりと見ながら口を開いた。
「ときにカロンよ」
「何です?」
「貴様のステータスを教えよ。船上では聞きそびれたからな」
「わ、私は炎の魔法を少々……」
何故言い難そうにする? と一瞬不思議に思ったが、あれか。
一つの魔法しか扱えないのが恥ずかしいのか。
まぁレベル2では仕方もないだろうが。
「では後でその魔法を見せてみよ」
「あ、今でも大丈夫ですよ」
「ほう?」
まだ顔色が優れないようだがカロンは気丈にも姿勢を正した。
俺も彼女の実力を見るべく姿勢を正す。
カロンは静かに深呼吸をするとポケットから一本のマッチを──
──マッチ?
「え、待って、何でマッチ? おかしくない?」
「……燃えよ、燃えよ、ファイア!!」
シュボボッ
擦っていないマッチが勢いよく着火した。
「よし……! ほら、火がつきましたよ! マオーさんっ!」
「あ、はい。スゴイデスネ」
……これは思った以上にヘッポコな人材を雇ってしまったらしい。
そして何故こいつはやりきった顔してんだ。
「良かったぁ~、今回は上手くいって」
失敗する事もあるのかよ。
思わず頭を抱えていると背後からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
誰だ? 気配と匂いからして複数人いるようだが……
ダルさの残る体に鞭を打ち振り返れば、いかにも「冒険者です」といった出で立ちの男女が四人立っていた。
若い男二人と若い女二人だ。
ふむ、服装から察するに剣士に盗賊、魔法使い、癒し手といった所か。
そこそこバランスの良いパーティーだと分かる。
……あくまで職業としては、だが。
「何か用か」
「べっつに~。ただ随分と可愛い魔法しか使えない奴も居たもんだと感心してなァ」
リーダーらしい男剣士がニヤニヤと笑いながら女魔法使いを連れて歩み寄ってきた。
お、凄い美人。ちょっと香水キツいけど。
剣士に肩を抱かれながら女魔法使いはカロンをジロジロと見下ろしている。
「本当、同じ魔法使いとは思えないですわ。そぉんな赤ちゃんみたいな可愛い火しか起こせないなんて」
女魔法使いは色っぽく体をしならせて剣士に抱きつく。
なるほどそういう関係か。
俺達が黙っているのをいい事に、今度は四人が一斉に笑い始めた。
シーフの男がゲラゲラと笑いながらヒーラー女の腰に手を回す。
下品な笑い方な上、煙草臭い男だ。
「そーんなヒヨッコ魔法じゃ、どっこのダンジョンにもいけやしねぇっぺ」
「笑っちゃダメよ~。頑張ってるのに可哀想だわ~」
そう言いながらヒーラー女はクスクスと笑って盗賊の手を握った。
こいつらもそういう関係か。
つかこのヒーラー乳でかいな。男の趣味悪いけど。
カロンは居心地が悪そうに真っ赤になって俯く。
なるほど。
俺は立ち上がると四人に向かって胸を張った。
「そうだろう、そうだろう。ウチの子は何をやっても可愛いのだ!」
「……は?」
カロンを含む全員が間抜けな顔をして固まる。
よし、今日の俺は天然路線で行こうそうしよう。
「良かったなカロンよ。見ず知らずの者に褒めて貰えるなど、なかなかないぞ」
「いや別に褒めた訳じゃ……」
少ししどろもどろになる剣士を気にせず、俺は言葉を並べる。
「まぁウチの子が可愛いのは当然であろう。しかし悪いな。どれだけ頼まれようとカロンは貸さぬぞ。我がパーティーにおいて貴重なマスコッ……ヒロインなのだ」
「いやいらねーし!」
剣士が苛立たしげに地団駄を踏む。
隣でカロンが「今マスコットって言いかけましたよね」と頬を膨らませたが無視だ、無視。
「そうか。わざわざ声をかけてしまう程羨まれていると思ったのでな。悪いがウチの事務所は引き抜きNGだ」
手でバツ印を作ると剣士が声を荒げた。
「引き抜かねーよ! どんだけポジティブだよてめぇ!」
「カロンよ。いくら褒められても知らないパーティーについてっちゃ駄目だぞ」
「聞けよ!」
剣士は「付き合ってらんねー!」と吐き捨てて俺達に背を向けた。
自分から噛み付いて来ておいて引き下がるとは情けない男だ。
「ところでそこの剣士よ」
「あぁ!? 何だよ」
ちゃんと振り返るあたり、意外と律儀である。
ここはキチンと伝えてやろう。
「そこのシーフからその女魔法使いの香水の匂いがする。逆に二人の女からは煙草の匂いがする。ウチの子を勧誘したいのなら、まずは綺麗な環境を整えよ。悪影響だ」
「だから勧誘しねぇって……はぁ!?」
剣士は激昂して「どういう事だ!」と仲間達に詰め寄った。
途端にシーフと女魔法使いは慌てだし、アワアワと不自然に口ごもる。
すかさずヒーラーが「やっぱりあんただったのね!」と女魔法使いを平手打ち。
「やっぱりって何だよ!」と罵声と怒声が飛び交う大惨事──
「おぉう……これが男女の修羅場というものか」
「おぉう……私、初めて見ました」
俺達は巻き込まれないようにコソコソとその場を撤収する。
後ろの方でガシャーンと何かが壊れる音が聞こえたが、これ以上は我々の知った事ではない。
「それにしてもマオーさん、よく分かりましたね。あの人達の人間関係」
カロンは後ろを気にしながらもひょっこりと俺の隣に並んだ。
グルオと合流しやすいようにあてもなくゆっくりと波止場沿いを練り歩く。
「俺は鼻が利くのでな。特に汚いモノの匂いには敏感なのだ」
「あぁ、なんか納得です」
「綺麗好きですもんねぇ」と笑う彼女の姿はどこか元気がないように見える。
見ず知らずの他人にあれだけ馬鹿にされたのだ、仕方もあるまい。
だが何となくこのふいん、ふんい、ふ……雰囲気は不快だ。
何を名も知らぬ奴等の為に暗くなる必要がある。
俺が歩みを止めると、カロンもピタリと足を止めた。




