5、汚物は消毒? 当然だ!
魔法は決して万能ではない。
俺が使う空間転移魔法だってそうだ。
行った事のある場所ならともかく、初めて行く場所だとあまり遠くに行けない。
しかも転移先の安全も分からないから、そうホイホイと使えない。
着地点がうっかりズレてマグマの上、なんて日には死んでも死にきれないだろう。
つまり俺は空間転位魔法を「ビビり使い(命名・グルオ)」しながら少しずつ進むしかないのだ。
ちなみに今日は城を出てから七日目の昼過ぎである。
何で急に日にちが飛んだかって?
特筆すべきイベントが無かったからだ。
毎日面白ネタがあるような日常など、そうはない。
昨日の俺の日記なんて「今日は何もない、素晴らしい一日だった」の一行である。酷い。
「魔王様、まだMP残ってますよね。あと一、二回の転移で次の町に着きます」
「疲れた……精神的に疲れた……」
「大丈夫です、魔王様。HPは満タンです」
「お前は鬼か」
「グールです」
涼しい顔をするグルオを一発殴りたい。
だってこいつ、俺の魔法で同行しているだけで何もしてない。
ジトリと睨みつけると逆に冷たい目を向けられてしまった。
怖ぁい。
「何もしていない訳ではありません。宿に着いたら掃除をして魔王様がゆっくり休めるように働いております」
「ぐぅ」
そう、俺達の役割はこの一週間ですっかり決まってしまっていた。
まず俺が限界までMPを消費し、町から町へ移動する。
そして移動出来なくなったらグルオが宿を取り、部屋を掃除したり食事を調達したりするのだ。
俺はやけくそで次の目的地である町に意識を向け、集中力を高めた。
「えぇい、やってやる! ペクマクマヨヨン!」
「呪文ダサいです、魔王様」
本日何度目かの空間転移魔法が発動する。
身体中がグニャリと歪んだような嫌な浮遊感に包まれ、少しオエッてなる。
数秒後、地に足がつく感覚が戻ると同時に視界が開けた。
「……着いたか……?」
「無事着いたようですね、魔王様」
よしよし、流石は俺だ。
どうやら舗装された道の端に着いたらしい。
数百メートル程離れた所には目的地であろう港町が見えた。
「何という町だったかな?」
「シューバン大陸のモスコシ町です、魔王様」
「ふむ。変な名前の町だな」
こんな変な町名をつける奴は変な人間に決まっている。
きっと変な小説とか書いてる変な奴に違いない。
すると突然、若い女の悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃあぁぁ! 馬のフン踏んだぁぁ!」
「ぎゃあぁぁ! エンガチョォォ!」
「……何で魔王様まで叫ぶのですか」
ビックリした! ビックリしたっ!
反射的に声のした方へ振り返ると、大きなとんがり帽子を被った赤髪の小娘が左足を地面に擦り付けている姿が目に入った。
「くっさ! どうしよぉ、今日は面接なのにぃ~」
おかっぱ頭を振り乱しながら半泣きで靴底を擦り続ける姿はかなり滑稽、もとい気の毒である。
……ってくっさ!
臭いが、臭いがこっちにまで来た!
人より鼻が利く俺にはあまりにもダメージがでかすぎる!
「うぉぉ、鼻が、鼻が穢れる……」
「風上へ逃げましょう、魔王様」
俺達は小娘と距離をとりながらジリジリと移動する。
馬車がよく通る道なのか、よく見るとフンがちらほらと落ちていた。
「あっぶな!? 空間転移がズレてたら馬糞の上に着地してた可能性!」
「幸運でしたね、魔王様」
グニッ
「……」
「……」
誰でも良い、嘘だと言ってくれ。
今、俺の右足に、地面とは違う何かを踏んだ感覚が……
「ぎゃあぁぁ!? 馬のフン踏んだぁぁ!」
「落ち着いて下さい魔王様」
「お前何さりげなく俺から距離とってんだ!」
ザリザリと地面に右足を擦りつける。
そして漂う悪臭……最悪だ。
ここが地獄か。
「グルオよ、どうしたら良い!? このままでは町で白い目で見られる! 汚物野郎と思われる!」
「仕方ありませんね……ではまず、」
「あっあのぅ……私にも、教えてくれませんか?」
急に話に割り込んできたのは先程のウン付き小娘だった。
左足をヒョコつかせながら俺達の元へと近付いて来る。
顔はそこそこ整っているだけに何とも残念な姿だ。
どうしたものかとグルオと顔を見合わせていると、ウン付き娘は必死な形相で俺達を見上げた。
「私、今日は冒険者パーティーの魔法使い採用面接があるんです。こんな悪臭撒き散らしてたら、不採用確実です!」
「確かに」
「魔王様、しっ」
お願いします! と頭を下げるウン付き娘に、特に断る理由もない俺達はあっさりと了承。
こうしてグルオのフン取り講座が始まった。
グルオは近くに落ちていた木の枝を拾い、俺の靴を手にする。
「まず可能な限り枝や石でナニを削ぎ落とします」
俺は左足でフラフラと立ちながらヤジロベエの如く見守る。
実践? 俺がする訳ないだろう。
グルオとウン娘がしゃがみ込んでゾリゾリと靴底の汚物をこそぎ始める。
何だこの光景、シュールすぎる。
「次に布や便所紙等で拭き取ります。これだけでも臭いはだいぶ軽減されます」
「先生、水で洗ったりはしないのですか?」
ウン娘がピシッと挙手をする。
何だ、先生って。
グルオは俺の靴底を丁寧に拭きながら「良ーい質問ですねぇ」と答えた。
「中途半端に水で洗うと却って臭いが強くなります。逆に乾燥させてからの方が綺麗に取れる事もあるのです」
「へぇ~」
「へぇ~」
「ウン娘さんの場合は時間が無さそうなので、これ以上を求めるなら新しい靴を購入して下さい」
「誰がウン娘ですか失礼な」
憤慨する小娘を華麗にスルーして、グルオは掃除道具用の圧縮魔法鞄からバケツとタワシを取り出した。
「さて次に洗い方ですが、やるからには徹底して洗います。まず水、又はお湯を用意して靴底を浸けます」
「えっ今から? ガッツリ?」
「ガッツリです」
もう俺、左足がプルプルしてきたんだけど。
くそっ、ここで負けてたまるかぁぁっ!
俺は歯を食い縛りながら我が靴(右)の行く末を見守るしかなかった。
「ぬぅおぉぉ……」
「だ、大丈夫ですか? スゴい顔しながら揺れてますけど」
いつの間にか靴を履いていたウン娘がドン引きしながらも肩を貸してくれた。
良い奴。
「すまぬ。礼を言うぞ、ウン娘」
「はっ倒しますよ」
「あ痛っ」
わき腹に肘打ちをされてしまった。
まぁ言う程は痛くなかったが。
おそらくこの小娘はまだレベルが低いのだろう。
「私にはカロンって立派な名前があるんですぅー!」
「分かった、分かったから揺らすのを止めよ」
グラグラしながらウン娘改め、カロンをなだめる。
こんな所でバランスを崩す訳には行かな
「「あ」」
どしゃあっ
俺達は馬糞の道で盛大にズッコケたのだった。




