5、清掃に必要なのは気遣いと心の余裕
コレカラ町での生活一日目。
住宅街の一角にある小さな公園の片隅にて──
俺とカロンは新しい魔法の特訓に励んでいた。
「吹きすさべ……吹きすさべ……ウインド!」
▽しかし なにも おこらない
「うわぁぁん、また失敗ですぅー!」
カロンは「やっぱり私は才能ないんだぁ」と今更な事を叫んでいるが、人より優れた視力を持つ俺にはちゃんと見えていた。
そう。
カロンの前を漂う糸ボコリがフワリと飛んでいった所がな!
「大丈夫だカロン。魔法自体はちゃんと発動している。ただどうかと思う程に超微風だっただけだ」
「それを世間では失敗って言うんですぅ~!」
公園で遊ぶ子供に「魔法使いごっこ? 仲間に入れてー」と言われながら、この日はカロンの修行に一日を費やした。
……仕事?
なんかギルドで「急募! 下水処理作業員!」って貼り紙があった気もするが、俺は何も見ていない。
そう簡単に仕事なんて見付かる訳もないからな。
初日だし、しゃーないしゃーない。
コレカラ町での生活二日目。
住宅街の一角にある小さな公園の片隅にて──
「そういや昨晩、エーヒアスがおニューの杖を持って帰ってきてたな」
「あはは、今時おニューは無いですよぅ。って訳ではい! これがデカボアのツノで出来た新しい武器です!」
「世代の違いを笑顔で突いてくるスタイル」
魔王を傷付けるとはやるな、カロン(震え)
自慢気に振り回される乳白色のそれは以前の杖よりも短く、ステッキに近いデザインをしていた。
デカボアのツノはそれなりに強度がある為、カロンでも使いやすいように軽さを重視したのだろう。
「では行きますよ! 吹きすさべ、吹きすさべ……ウインド!」
そよっ……
「あ、今なんか吹いた! 一瞬顔になんかかかった! なんか擽ったかったしなんか前髪も揺れた気がする!」
「マオーさん、なんかなんか言い過ぎです……」
褒めたのに落ち込まれるとは……思春期の娘とは難しいものである。
結局この日もカロンの修行だけで一日が終了した。
……仕事?
そういや昨日とは違うギルドで「求む! 町外れの廃屋に住み着いた浮浪者グループの説得と施設への案内人」って仕事を勧められた気もするが、俺は何も知らない。
ちなみにグルオはカロンとエーヒアスが寝静まった夜更けに帰ってきた。
二日見なかっただけでもの凄い久しぶりな気がする。
一応「あー……飯はちゃんと食べているのか?」とか「最近どうだ?」とか声をかけたものの、「その思春期の子供にどう接すればいいか分からないお父さんみたいな反応、止めて下さい」とあしらわれてしまった。
心配してやっただけなのに、こんなの絶対おかしいよ。
コレカラ町での生活三日目。
住宅街の一角にある小さな公園の片隅にて──
「吹きすさべぇぇ、吹きすさべぇぇ~……ウインドウ!」
「カロン、やけになるな。もはや意味が変わっている」
ウインドウって何。
窓魔法とか聞いた事無いわ。
修行に付き合うのに飽きたのか、コエダは朝から公園の隅でまったりと日光浴を楽しんでいる。
木の枝に擬態しているので何度も見失ったかと焦るが、ウロチョロしない大人しい子なので助かる。
そのまま日差しをエンジョイするがよい。
そうしてこの日も修行で一日が終わった。
公園の子供達ともすっかり顔馴染みである。
「頑張れよヘッポコ姉ちゃん!」とか「もっとちゃんと教えてやれよ変兜!」と激励を貰って宿へ帰った。
子供が元気なのは平和な証拠である。(青筋ビキビキ)
……仕事?
そういやギルド行くの忘れてたわ。
毎日忙しいから仕方なかろうなのだぁ。
コレカラ町での生活四日目。
住宅街の一角にある小さな公園の片隅にて──とでも言うと思ったか! 残念ハズレ!
今は懐かしいオッサン(善)の民宿前でしたープックスー。
「……と、茶化したは良いものの……これは……」
「匠って本当に居るんですねぇ……」
なんということでしょう。
あれほど外観からして近寄りたくない廃屋同然だった民宿が、素朴なゲストハウスに様変わりしているではありませんか。
グルオの奴、何が「模様替えは専門外」 だ。※第一話参照
模様替え所かリフォームの域ではないか。
「あいつ、まだ俺に秘密にしている特技の二つや三つある気がしてきた。劣等感で死にそう」
「そんな下らない死因はお控え下さい、魔王様。流石にリフォームを行ったのは私ではありません」
あ、そうなの? 命拾いしたな。俺が。
グルオが民宿の扉を開けて中に入るよう促してきたので恐る恐る近付いてみる。
ふむ、この程度の古めかしさならギリ許容範囲内だ。
以前の俺なら考えられない程の進歩である。
慣れって怖い。
「凄いですねぇ~」と呑気に民宿一階を歩き回るカロンとコエダはさておこう。
「して、グルオよ。お前のやりたい事とはこの劇的ビフォーアフターだったのだな」
「いえ違います」
「違った」
じゃあ何だってぇんだよォーッと聞き返そうとした矢先に、二階から見覚えのある小柄なオッサンが降りてきた。
あれ? あのオッサン、この民宿の主人だよな。
どことなく雰囲気が……
「ボス! 201号室、講習のセッティング全て完了しました!」
「ご苦労。時間になるまで三階の清掃チェックでもしておけ」
「Sir, yes sir!」
な に が あ っ た し 。
オッサンのあまりの変貌ぶりに俺の思考回路はショート寸前である。今すぐ逃げたいよ。
グルオの指示に従いテキパキと動くオッサンには、以前の可愛げある所作は全く見られない。
「……グルオよ……わざわざ俺達をここに呼んだのは、あのオッサンの悲劇的ビフォーアフターを見せる為か?」
「そんな訳ないでしょう。今日お呼びしたのは私が始めた仕事をお見せする為です」
「それってどんな、」
カランカラン──
突如としてベルが鳴り、扉が開く。
やって来たのは主婦らしき女性の方々だった。
「こんにちわぁー! 講習受けにきましたぁー!」
「キャー! グル先生、今日も素敵よぉぉー!」
「今日もよろしくお願いしまぁす!」
俺とカロンを突き飛ばしてドヤドヤと押し寄せる主婦軍団。
何事だ、これは。
上階からかけ降りてきたオッサンが「講習会場は二階でーす」と声を張り上げている。
……講習?
「なるほどな……民宿の一室を使ってお掃除テクニックの講習会を始めたのか」
主婦達相手に換気扇掃除のコツを説明するグルオを遠巻きに見つつ、俺達はオッサンから事情を聞いていた。
参加費用は一人六〇〇エーヌらしい。
地味に高い。
「そうなんですよ!!! ボスのアドバイスを受けて、思い切って知人の大工に頼んでリフォームしたのです!!!! 清掃のイロハも叩き込んで頂き、私とこの民宿は生まれ変わる事が出来ました!!!!! 今の私は完璧で幸福な民宿のマスターです!!!!!!」
「ほ、ほぅ……」
叩き込まれすぎたな、こりゃ。
っていうかビックリマーク多すぎじゃね?
カロンとコエダがドン引きしてるから元のオッサンに戻って欲しい。切実に。
「それにしても先生、生き生きしてますねぇ~」
「あいつ意外と語るの好きだからな」
勢いに乗ったグルオは細長い棒に布を巻き付けただけの物を取り出し、「狭い隙間にも届くお掃除アイテム『グル棒』です。今なら四本ワンセットで一〇〇〇エーヌ、今から三十分以内に限り、俺のサインも付いてきます」などとギリギリアウトな説明を始めている。
そんなボッタクリ、誰が買うかバカ野郎。
「キャー! グル先生! 私買うからバーンしてぇー!」
「私は二つ買うわ! 握手してぇぇー!」
「ご購入される方は一階の受付カウンターまでご案内します(バーン)」
「「「ピギャアァァァ!」」」
拝啓、父上様。
どうやらこの人間社会は我々が思っていた以上にヤバいみたいです。
「カロンよ……今すぐこのイカれた空間から緊急脱出だ」
「家族の方に訴えられたら勝てる気しませんものね……」
民宿を出る際、カウンターの陰に「本日のノルマ・五万エーヌ」と書かれた紙が見えたが、見なかった事にしよう。
「しかし参ったな。まさかあんなにガッツリ稼いでいるとは」
これでは俺達はただの穀潰しではないか。
今から公園に行く気分にもなれず頭を抱えていると、カロンがトドメを刺してきた。
「エーヒアスも商売大繁盛みたいですしねぇ」
▽魔王 に 500 の ダメージ!
「そう……なのか……?」
「腕の良い美人エルフの期間限定鍛冶屋って事で、かなり評判らしいですよ~」
あ、簡単に想像ついたわ。脳内に長い行列できたもん。
そしていよいよ状況が切迫してきた事を自覚する。
このままでは次回から「穀潰しの二代目魔王、無収入の小娘と共に珍道中! 生活費は家臣と美女の収入頼み!」とか評されてしまうだろう。
それだけは阻止せねば。
「カロン、今すぐギルドを回るぞ! 片っ端から探せば一つくらいは我々でも出来る依頼が見付かる筈だ!」
「? は、はい!」
それ急げ、やれ急げ。
俺は今一つ危機的状況を理解していないカロンの腕をひっ掴み、ギルドに向かって駆け出したのだった。




